高校生である私が請け負うには重過ぎる

吾田文弱

第57話 団長の経歴と本題

「B.W軍団……真しやかに噂されていた例の一団──その長が貴様だということか」

「御明答。そうだよ、やはり知ってくれていたかい君は」

 待って待って。私を置いてけぼりにしないで欲しい。その会話、何も知らないままでついて行くなんて出来っこない。

「か、陰山くん。その、何? 嵌村くんが属している……ブ、B.W軍団て言うのは……?」

「ム……、まあ委員長様風情が知る訳がないか。アンタにはこの者たちがしている活動とは縁遠いものであるからな」

 思うところがあったのか少し考えた後、陰山くんはそう切り替えした。
 既に『その界隈』とかなんてワードが出てきた時点で置いていかれているようなものだから、縁もゆかりもない気がするのは承知の上だ。

「B.W軍団──私も噂程度にしか耳にしていないが、常勝志向の者たちで構成されているギャンブラー集団だ。ギャンブルに勝つ為ならば手段を選ばない、命さえ代償に賭ける事さえ躊躇わない賭博界のアナーキストたちの集まり……、と私は聞いたことがある」

「よくご存知で。流石は噂通りの情報収集力だね、陰山くん」

 軽く拍手をしながら嵌村くんは讃えたけれど、その後「だが……」と切り出し、

「軍団と銘打ってはいるものの、実はB.W軍団の団員は僕一人なのだよ」

「は?」

 カミングアウトは突然に。それは果たして組織と呼んでいいものなのか。
 一匹狼の軍団か、Wウルフだけに。

「だから必然的に唯一の団員である僕が団長を名乗っている訳なんだ」

「なるほどな。貴様一人で活動していれば納得だ。存在するかどうかも分からないような一味だったからな」

 取り敢えず、彼が何やら裏世界での大物であることは分かった。そしてもう一つ、分かったことがある。

「嵌村くん、もしかしてあなたが停学していたのはそれが原因? 所謂、賭博行為をしていたのがバレて」

「お恥ずかしい限りだよ。僕とした事がとんだヘマをしたものだ。御明答だよ、海野さん」

 やっぱりか。皆さんご存知の通り賭博行為は法律で禁止されている。それが未成年や学生であるならば以ての外である。
 
「でもそれは当時、僕自身が『学生』であるという身分であったが為だ。だが、今は違う」

「何を言っている。貴様はまだ四髙高校に籍を置いている。言うなれば『学生』であろう?」

「今もね。この制服を身に付けている限りは……ね」

 またもや意味深な発言だ。まるで私服とかであるならばいいかのような……。
 私服……………………………………。

「嵌村くん…………、いえ、『さん』」

「?」

「何だね、急に改まってどうしたんだい海野さん」

 私たちは勘違いしていたのかもしれない。私たちは、彼が『学生』であるという事を前提に話が進めてきた。
 しかし、その前提が崩れたら……ピロティでの話が変わってくる……!

「嵌村さん……失礼ですが、あなたはどれくらい停学をしていたのですか?」

「何故そんな事を言わなければならない?僕にとっては黒歴史同然とも言える経歴を話せと?」

「ええ、教えて下さい」

 顎に手を添え、考えるような仕草をした後、彼は指を私たちの前に突き立てた。

「ざっと『三年間』。確か三年生に進級して間もない頃だ。僕は今日までずっと幽霊生徒としてこの学校に在籍してたよ」

「何? では貴様……」

「そう、僕は今年で二十一歳を迎える。自慢じゃないけど君たちより人生の経験は豊富だと自負しているよ」

 私は先程、発想を逆転させた。
『いつ』渡部先生が彼を教え子として受け持っていたのを考えるのではなく、『どういう』状況なら彼を教え子として受け持つことが出来るかを考えたのだ。
 これで合点がいった。そうじゃないと辻褄が合わない。
 嵌村さんは、私たちよりも年上だったのだ。三つも年が離れた本来会うはずのない先輩が留年をしてまで停学し、学校に在籍していたんだ。

「では、当時の担任の先生は……」

渡部橋立わたべはしだて先生だよ。ははは、いや相変らずあの人の熱さは三年経っても当時と変わらないよ。鬱陶しいぐらいさ、あの人の熱血漢ぶりは」

 感慨深そうにしみじみと嵌村さんは言う。きっと当時、相当な指導を受けたんだろうな。
 渡部先生は不正や嘘、そして何より仲間たちを傷付ける者は絶対に許せない性だ。
 自分の教え子である生徒がこんな事になってしまって、さぞ悔しい想いでいっぱいだったんだな。

「では、そこで寝ているミイラ男と貴様はどういう関係だ。時期的に考えても貴様とその男との接点など皆無の筈だ」

 次から次へと疑問が湧いてきて話が脱線しかけているが、最初に追求したのは私だし、何よりそれも気になってくる疑問だ。
 陰山くんの問いかけに、何故か誇らしげな笑みを浮かべる嵌村さんは、やはり誇らしげな口調で喋り始めた。

「逆に君たちは不思議に思わないのかな? 彼のお家はお世辞にも裕福と言える環境じゃない。そんな彼が例えスポーツ特待生として入学してきたとはいえ、あの名門校に今日まで通学出来るものかね?」

「どういう事だ?」

「随分お金に困っている様子だったからね。早い話がね、教えてあげたんだよ。裏の世界ってやつを……ね」

「え……!?」

 衝撃の事実に驚き、ソファの上でいつの間にやら深い眠りに付いてしまっていた頭金くんを私は一瞥していた。

 信じられない事ではある。けれど、頭金くんの家庭の事情の事、そして空手部の月賦の事を考えるとするならば、どうやってそのようなお金を今までの間工面できていたのかという疑問が出てくる。
 しかしその疑問は考えるまでもなくすぐさま解決した。それも最悪な結果で。

「まさかあなた……頭金くんに、賭博を……!」

「何でそんなに怒っているんだい? 腐っても僕はB.W軍団の団長だよ? ギャンブルっていうのは勝つ為にやるんだ。
 僕はギャンブルの負け方を知らない。むしろ教えて欲しいほどに知らない」

 その結果として頭金くんが勝った負けたの話などはどうでもいい。
 問題なのは、頭金くんがギャンブルに手を染めてしまっているというこの事実だ。
 事実は隠し続けてもいつかは明るみに出る。もう取り返しがつかない。頭金くんがかつての嵌村さんの二の舞になってしまう恐れが大いに有り得るのだ。

「で、こいつは今の今まで貴様の教えたギャンブルとやらで生活を食いつないでいたというわけか。身も心も廃人と成り果てたか」

「ギャンブルを愚弄しないで頂けるか。立派な職業だよ、ギャンブルは」

 その堂々とした発言から、彼にはこの三年間の停学処分など全く効果がないように窺える。反省の色など滲み出てもいない。

「絶対に……許せない……!」

「待つのだ委員長。ギャンブルとは、世間的に見れば確かに印象は悪い。その道へと引きずりこんだこいつは当然悪いが、いくら金に困っているからと言ってそれにのめり込んでしまった頭金もよほど愚か者だ」
 
 後に奴がどんな処分をされようと自業自得だ。と、陰山くんは冷たく口頭で頭金くんを、そして物理的に私をあしらった。

「話が逸れたな。そろそろ喋るのだ、貴様……私に用があるのだろう?」

「用……その言い方には語弊がある。正確に言うならば、僕は君に、依頼を申し込みたい」

「何、依頼?」

 その言葉を聞いて陰山くんの目付きが変わった。
 私自身もその言葉には意外の一言だった。

「陰山奇鬼くん……君の裏稼業の事はもちろんご存知だよ。君は人から頼まれればどんな汚れ仕事でも請け負うと裏の世界では評判だからね」

「裏の世界ね……、迷惑この上ないな。私を知る者が数多存在するというのは。
 そして、汚れ仕事でも引き受けていたのは昔の話だ。今は請け負う仕事は選んでいる」

 嵌村さんが陰山くんの裏稼業の事を知っていたのが意外だった。
 それにしても、陰山くんは……、その、『裏の世界』ではかなりの有名人だそうで。
 逆接的に言えば、私たち『表の世界』の人間は誰一人として知らない。陰山奇鬼という男の存在を。
 
 裏の世界か……行ってみたいとは思わないけれど、既に私はそこに片足突っ込んでしまっている気がする。手遅れだ。

「で、私は依頼という言葉を聞いた限り、話だけは聞かなければならない。請け負うかどうかは私が判断する」

「大丈夫。君は僕の依頼を受けてくれさえすればいい。それだけでどちらもハッピーになれるんだから」

「意味が分からぬ。言った筈だ。私は請け負う仕事は選んでいるとな」

 ならば私の適当にお願いした依頼……、請け負わなくて良かったのにな……。

「なら、その言葉、そっくりそのまま返すとしよう。言った筈だよ、大丈夫ってね」

 流石は生粋のギャンブラーと言ったところか、ここまであの自信満々且つ不敵な微笑みが崩れた瞬間が一度もない。
 自信家と言われれば過剰過ぎる程なのだが、世俗的なそれとは一線を画す雰囲気が彼の言動が虚勢ではないことを物語っていた。

「君は絶対に僕の依頼を受けてくれる」

「だから何度も言うが、私が受けるかどうかは内容次だ──」

「受けてさえくれれば、その時点で五百万円差し上げると言ったら?」

「乗った」

 わお…………あっさり…………。
 
 人って驚きを通り過ぎると、実際こんな言葉しか出てこないものなんだ……。
 陰山くんに限った話じゃないけれど、男の子ってホント……単純。

「ほら、証拠としてここに五百万円分の金額が記載された小切手がある。という訳で約束通り、これは君に差し上げよう」

「今渡してもいいのか? そいつを受け取った瞬間に私がここから逃げ果せるかも知れぬぞ。言っておくが、貴様ぐらいなら撒く自信はある」

「それは常套句というものさ。そんなセリフを喋る人間っていうのは大抵の場合、有言実行はしないものだ」

 見え透かすかのようなセリフが鼻につくけれども、陰山くんは意に介す様子もなく、五百万円の小切手を手に──

「!?」

「では、確かに貰っておくぞ」

「! 君、いつの間に取ったんだ……。全く気が付かなかったよ」

「これで分かったか。貴様が一瞬の油断を見せた結果がこれだ。その気になれば、貴様が気が付いたら私は目の前から煙の如く消え失せる事も出来るのだぞ」
 
 出た、陰山くんの神速の掏摸すり
 私も経験があるけれど、あまりの早業にマジックか何かの類なのかと錯覚してしまうのだ。
 彼の手には嵌村さんが持っていた筈の小切手が瞬間移動していた。という表現をするのが分かりやすく適切だろうか。

「いやはや、何とも素早く鮮やかな強奪だったね。流石は天下の陰山奇鬼って感じだよ」

「フン、これだけ打診しても眉一つ動かさず余裕を崩さぬとはな。貴様、中々の胆力の持ち主だな」

「当たり前だよ。勝負師というのは常に冷静さ、自信、そして心の余裕というものを失ってはならない。どれか一つでも欠けたなら、それは負ける時だよ」

 敗北を知りたい。と、遠回しに表現するような言い方に私は聞こえた。
 それを君が教えてくれ。と懇願しているとも取れる。それが、陰山くんに頼もうとしている依頼と関係があるのだろうか。
 
「いいだろう、男に二言はない。貴様の依頼とやら、私が請け負ってやろう」

「感謝するよ。陰山くん」

 陰山くんにしては珍しく、依頼の内容が何かを訊かないまま、嵌村くんの依頼を承諾するのだった。

 手にした小切手をそっと懐にしまいながら。

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