高校生である私が請け負うには重過ぎる

吾田文弱

第47話 豹変

 現時刻十七時四十九分——タイムラグ的に言えばそろそろ彼がここら辺に道にいる筈なのだけれど、頭金くんの姿はまだ見つからない。周りが道ばかりで開けた場所なので直ぐに見つかるものだと思っていたけれど、次第に陽も落ち始め辺りが薄暗くなり始めていた。

「駄目ッス、見つからないッスね……。一体あの人、何処に行ったッスか?」

「おかしいなぁ。学校へ行ったのであればこの道を通る筈なのだけれど」

 絶対に人っ子一人見逃すまいと辺りをくまなく捜索する。そうしている内に、ある一軒のコンビニエンスストアへ辿り着いた。見覚えがある……確か陰山くんに昨日昼食を買ってくるよう頼まれた時に訪れたコンビニエンスストアだ。
 私達が住む町はそれ程大きくはないのでコンビニエンスストアはわずかに四軒しかない。その内の一軒がこのお店だったので直ぐに解った。

「ハァ……ハァ……、いつの間にか……ここのコンビニにまで来ていたなんて。とにかく早く見つけないと大変な事に……! 臆助君見つかった? ……って臆助くん?」

「う、海野さん。あれを見るッス……」

 と臆助君はその場で立ち尽くし、彼はある一点を指差していた。その指の先を見やると、その先にあったのは先ほど説明したばかりの道を挟んだ所にあるコンビニエンスストアだった。

「? 何臆助君お腹空いたの? もう! この非常時に何考えてるの!」

「違うッスよ! 俺っちが指差してるのはコンビニの中に居る人影ッス! ほら! あそこの雑誌コーナーで立ち読みしている人! あれ、さっきの人に似ていないッスか?」

「え?」

 と半ばキレ気味で臆助くんにそう言われてしまった。どうやら彼はコンビニエンスストアの店内にいる人が怪しいと睨んで指を指していたらしい。誠に申し訳ない。

 気を取り直して、再度彼に示された方向、雑誌コーナーにて立ち読みをしている人物に注目してみた。立ち読みをしている人はたったの一人。注目するまでも無く一番にその人物に目がいった。
 そこに居た人は——服装が違っており最初は人違いだと思ったのだが、あの特徴のある硬そうな髪質の髪型をした人を見間違う筈がない。
 雑誌コーナーにてアダルト雑誌をニヤニヤと厭らしい目付きで優優閑閑と読み耽る頭金くんの姿がそこにあったのだ。

「うん、あれは確かに頭金君だよ。六時までもうあまり時間が残されていないのにあんなところで雑誌なんか読んでいていいのかな?」

「いやいやそれよりも、何であの人服装が変わってるんスか? 俺達が会った時はジャージを着ていた筈ッス。こんな短時間で着替えを済ませられるもんスかね」

「解らないけれど、しばらく様子を見ましょ……って、あ! ちょっと待って! 彼が雑誌を置いて店を出ようとしてる!」

「いや海野さん、別に隠れる必要なんてないッス。直接あの人に話し掛けるッスよ」

 そして彼は床に下ろしていたのか、ボストンバッグを背中に背負い直し、そのまま店外へと出たのだった。彼の恰好は白の無地のティーシャツに学校指定の体操服の半ズボンを穿いていた。数分前まで来ていた上下のジャージなど身体の何処にも身に付けていない。一体いつ着替えたのだろう?

 などと当たり障りのない事を考えていると、彼はその場で二、三歩程前へと歩き店の自動ドアを閉めると、彼は何故か辺りを警戒するようにキョロキョロと見回し始めたのだ。まるで尾行してきている人がいないかを確かめるように。

「な、何だろう。あんなに周りを見回して」

「いやいや、きっと大金を持ってるもんだから、盗まれやしないか警戒しているだけッスよ。ちょっと近付いて話し掛けてきまッスね!」

「あ。ちょっと臆助くん!」

 私の制止も聞かず彼は頭金くんの元へと歩み寄って行ってしまった。でも、このような所で油を売っていても良いのかどうか訊くだけなのだし、先程の臆助くんの推測だって筋が通っている。大金を運んでいると言うのに警戒しない人はいない。別に慌てる必要ないか。

 ——と思い安心したのも束の間、なんと頭金くんは臆助くんの姿を見つけるなり、強張った表情となり、逃げるように走り出してしまったのだ! 

「あ! ちょっと、何で逃げるんスか  ちょっと待つッスぅ!」

 そう叫びながら反射的に臆助君も頭金君を追い掛ける。
 意味が解らない、何故彼は私達の姿を見るなり逃げ出したのだ?
 あの表情は何か後ろめたい気持ちでもありそうなそんな感情を私は垣間見たのだ。彼に詳しく訊く必要がありそうだ。私も反射的に頭金君を追い掛ける臆助君を私も追い掛けた。

 だが車通りがあまり無いとはいえ横断歩道のない道を横切る程私は命知らずではない。今いる歩道を沿って行くことにしよう。

「お―い! 何で逃げるッスか  話を聞くッス―!」

 追い掛けている内に反対側の歩道にて、逃げる頭金くんを追い掛ける臆助くん達に追い付いた。臆助くんの必死の呼び掛けは聞こえている筈なのだが、一切振り返ることなく我武者羅に走り続けていた。だが背中に重いボストンバッグを背負っている所為で彼が走る度にバッグが左右に揺れ身体が大きく揺さぶられて上手く走れないでいる。
 お陰で臆助君の方が僅かに速い。あと数秒もしない内に追い付けるだろう…!

「よ~し! もうすぐで追い付くッス! 観念するッスよ~!」

「……  隙あり 」

「 」

 この時、私達は気付いていなかった。
 彼はただ逃げているだけなのではなく、虎視眈々と反撃の機会を窺っていたのだという事に。

 実は彼はわざと身体が揺さぶられるように走っていたのだ。
 右へ左へ身体をバッグの揺れに身を任せ、その揺れがピークに達し左に大きく傾いた時…彼は徐に肩から背負っていたバッグの紐を両手で外し、その傾きで生じた遠心力を利用し思いっきり右へバッグを振り被ったのだ!

「喰らえぇ!」

 遠心力に加えて彼の空手により鍛えられた腕力の力も相俟ってその力は絶大なものだっただろう。思い切り振り被られたバッグが油断していた臆助君の右脇腹にクリーンヒットしてしまったのだ!

「ぐあああああぁ 」

 臆助くんの大きな身体が殴られた勢いで左側へと吹っ飛び彼は倒れ込んだ。彼は倒れ込んだまま身体を震わせ殴られたところを凄く痛そうに押さえている。

「臆助くん!」

 ボストンバッグの紐を両手で持ち唖然とその場で立ち尽くす頭金くん。
 その視線の先にはアスファルト舗装された歩道の上に倒れ込んだままの臆助くん。そんな惨状が目に入った瞬間、私は我を忘れ、気が付けば車道を横切り彼らの元へと駆け寄っていたのだ。

「臆助君  大丈夫  ここが、脇腹が痛いの 」

「ぐ……! うう……! い、痛い……ッス……よ。海野………さん」

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 少し手を添えただけだけなのだが、彼は大袈裟ともいえるくらい身体を捩じらせ痛がった。顔全体に皺が出来るくらい顔を顰め、脂汗も大量にかいている…。間違いない、これは確実に何本か骨が折れている。何てことだ……!

「う、海野さん済まない……ッス……。俺っちが、あんな事を言わなけれ……ば……! フラグは……回収……されなかった筈、だったのに……。言い返す言葉が……無いッスよ……!」

「臆助君、こんな時にまで謝らなくても……。悪いのは私だよ、ごめんなさい……」

 と、責任の認め合いをしていると、後ろの方で誰かが後ずさるように動く気配を感じた。

「待ちなさい 」

「…… 」

 その気配を私は涙声で掠れながらも出来る限りの大声を出し制した。自分でもびっくりするぐらいの声が出た、大した肺活量だ。当然ながらその声に慄いた背にいた気配はその場で立ち留まった。私は後ろを振り返り、その気配に向かって普段からやり慣れていない…『目くじらを立てる』と言う行為を行った。

「あなた、一体どういうつもり……? 私が納得いく説明をしないと、後で酷いよ……?」

「………正当防衛だ」

「は?」

「臆助くんが俺を追ってきたのが悪い。だから俺は自分の身を自分で護っただけだ」

 正当防衛? いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやそれは違う! 

 明らかにどう考えてもどう転んでもどう変じようともそっちが悪いでしょう  逃げたのはそっちなのだから  逃げたという事は何か後ろめたい何かがあるから逃げたのだろう。私達に知られたくない何かがあるから  
 その事について追及していこう、徹底的に  徹頭徹尾 

「その前に何故あなたは私達の姿を見かけるなり逃げ出したりしたの? 何も逃げ出す事無いじゃない!」

「知られたくなかったんだ」

「………?」

「俺がこの金をどうやって使うのかを。お前らに知られたくなかったんだ! 俺の考えている事を見透かされてしまうのが嫌で、俺は自分を追ってきた臆助くんをやり過ごす為に、つい手を出してしまったんだ!」

 と、彼は両手をバッグの紐から離し、その両手を今度は頭にやり抱える様に掴み、その場で跪き掻き毟りながらそう切実に訴えた。臆助くんを殴った理由がこじつけのような感じになってしまい、モヤモヤするがそれ以上にモヤモヤする疑問が新たに生まれてしまった。

「あなたがお金をどう、使うか……? 何を言っているの? あなた自分で言っていたじゃない……そのお金は、あなたが部活を続ける為に必要な部費を払う為に使うんでしょ?」

「俺も始めはそうだったよ。そうするつもりだった。お前らにこの金を受け取ってから、このバッグの中身を確認するまではな」

「どういう事なの頭金くん。ちゃんとあなたの口から説明して、そして正直に話して頂戴。ちょっと私は冷静になってきたけれど、まだあなたの事、許したわけじゃないから…!」

「………ああ、話してやるよ! ここまで来たらもう隠す必要なんてないしな…!」

 と、何かを考えているかのように沈黙した後、彼は先ほどまでの申し訳なさそうな態度から一変、別に悪びれる様子も無くむしろ開き直り堂々としたふてぶてしい態度になった。

「臆助君。ちょっと汚いかもしれないけど、コレの上に寝て安静にしてて。私は頭金君の話を聞かなきゃ……」

 私は来ていた制服のブレザーを歩道の上に置き、その上に臆助くんを寝かせた。

「は、はい……。お気遣いありがとうッス……。海野さん、どうかお気を……つけて……」

 そう伝えると彼は、ゆっくりと目を閉じ、気が付けばそのまま寝入ってしまった。

「そっちはもう済んだようだな。じゃあ話を始めよう、俺がこの短時間で考えた事を」

 そして彼は、この思いがけない大金を手にし、どんな思いを抱いたのかを、語り始めるのだった。

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