高校生である私が請け負うには重過ぎる

吾田文弱

第23話 陰山奇鬼はぐっすり眠れない

 では、手短ではあるけれど、整理していこう。

 まずは——彼の特技。
 いきなりで申し訳ないのだけれど実の所このことに関しては私はまだハッキリとは解っていない。あまり確信が持てずにいると言うのが正直な気持ちである。何故なら彼には特技と言えるものが幾つもあるのだ。
 紅茶を上手く淹れたり、料理もプロ顔負けで、掃除が至る所まで行き届いてたり、私のスリーサイズを目測で見極め、ピッタリの下着を買ってきたり、とにかく彼は何が得意なのか解らない。取り敢えず彼の特技は今の所、色んなことを完璧にこなすということだろう。

 続いて——彼の身嗜みについて。
 基本的に彼は黒ずくめの恰好をしているけれど、それもその筈、彼は全く同じ物のパーカー、スラックス、キャップの三点セットが今彼が着ている物も含めて十二着もあったのだ。ハッキリ言ってそのこだわりが私には未だ理解が出来ない。また信じたくないことだけれど、彼には女装癖があるのではという疑惑がある。ボディソープやシャンプーが女性用だったりと彼のキャラに似合わないちょっとイメージと違ったようなところもある。

次に——彼の性格。
 目立つことを嫌悪し常に警戒心が強い。なので人の言う事を信じようとせずにまず疑うことから始める素直じゃないところがある。特に素顔を見られることに関しては病的な程に敏感であり助手であるこの私にでさえ素顔を見せようとはしなかった。そんなに信用が無いのだろうか。頼られていないようで若干凹む。

 そして無愛想且つぞんざい、だけれど客人に対する持て成しはピカ一。そして妙なところで気遣いをしてくれる優しい一面を持ち合わせている。普段悪いことばかりしている不良が一つ良い行いをすると高く評価されるのと同じ感覚なのだろう。彼の普段の無愛想な振る舞いからの優しい気遣いはこの上なく嬉しく感じるのだ。

 話が戻るけれど、やはりどうしても気になる。
 フードと帽子の下でどんな顔をしているのかと思うと尚更彼の顔をチラッとでもいいから拝見したくなる。

――あれ? 私は今から何をしようとしているんだろう? 

 暗闇の中で、私はあろうことかベッドから起き上がり、電灯の紐を引っ張り真っ暗な状態からオレンジ色の薄明かりの電球を照らし、彼の寝ているソファの前に立っていた。その場でしゃがみ込み彼の様子を探ってみる。

 薄暗くてぼんやりとしか確認できないけれど、彼はソファに倒れこんだ状態のまま変わらず顔を突っ伏した状態でスヤスヤと寝息を立てて寝ていた。完全に眠りについている。

 こんな事をしてはいけないと言うことは解っている。解ってはいるけれどこんなチャンス滅多にない。あの陰山くんが、警戒心が草食動物並みに強い彼が、完全に無防備な状態を晒してしまっている。
 というか帽子の鍔が倒れこんだ時にソファに当たり帽子の方はもうほぼ脱げかけている。このまま寝返りを打てば完全に顔が露わになってしまうという彼にとっては危険な状態だった。私はここで考える。このまま彼が寝返りを打つのを待ち続けるのを待つか、それとも此方から行動を起こすか、のどちらかに。

 前者だと私に非はないけれど待たなければならないと言う欠点がある。それ以前に彼が寝返りを打つとも限らないのだ。このまま朝まで寝返りを打たないことになると私自身寝不足になってしまい危険である。後者だと彼が起きてしまう可能性があり確実に私のせいになる(当たり前)。どちらにしても危険を伴う当に究極の選択である。

 そして私はついに決断した。後者にしよう。寝不足になるのは非常に危険である。寝不足になりその日一日をぼんやりと過ごすくらいなら彼に怒られる方がまだいいと思った。

 やらないと言う選択肢など今の私には無かった。私はやらなくて後悔するよりやって後悔する派なので。
 そう決めたなら善は急げだ。私は彼の頭にあるフードに手を伸ばした。

「痛っ 」

 しかし、フードに手があと数センチで掛かろうとした時、いきなり思い切り手首を掴まれた感覚があった。手に視線を移すと私の手首は彼の腕に力強く握られていた。私がここへ無理やり連れて来られた時にも握られていたけれどその倍痛く感じた。まず爪がやや食い込んでいる。いやそれ以前に彼は寝ていた筈なのに、まだ触れてすらいないのに、もしかして起きていたのだろうか? そして彼は脱げかけていた帽子を被り直しつつこう言った。

「私の寝首を掻こうとはいい度胸しているじゃないか、委員長? 言うのを忘れたが私は睡眠が浅いのだ。そのお陰で俺はこれまで寝込みを襲われたことは生まれてこの方一度もない。そんな奴にただの女子高生Aが寝首を掻くなどあんたに餓鬼が生まれてその餓鬼が成人し年を取り死に生まれ変わったところでまだ早い」

 取り敢えず彼に意見をするよりかは早くないということが解ったが、彼はホントに何者? 
 いくら眠りが浅いからといっても人の気配を感じられるほど浅い睡眠なんて聞いたことがない。彼の言う事が本当ならもう彼に隙などない。警戒心マックス。

「ごごごごめんなさい陰山くん。決してそんなつもりじゃ……、痛い……痛いよ」

「まあ、私の顔を見ようとしたんだろうが、そんな事は断じてさせぬ! 見たが最期、あんたはこの世から消えてなくなると思え。物理的に」

「骨まで ︎」 

 せめて死ぬのなら土に還るくらいのことはしたい。私はこの瞬間、心から誓った。彼の秘密は素顔を含めて、決して探りを入れるようなことはしないと。

「さあ、分かったらもう寝ろ。明日も早いと言っただろう」

 そう言い彼は腕を離してくれた。爪が食い込んだ痕が凹んで赤くなっている。

「う……うん。あの、ごめんなさい。本当に……本当に……」

 その言葉に彼は反応せず、また静かに眠りに入っていた。

 電灯を消し、そして私はベッドの上に再度横になった。
 しかしやはり私は眠ることが出来なかった。やらないで後悔するよりやって後悔する派だと私は言ったけれど、今回ばかりはやらないで後悔した方が良かったと後悔をしてしまったからだ。

 そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら私は彼の匂いが染みついたベッドの上で浅くて薄い眠りに就こうとする努力をしていた。

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