愛した人を殺しますか?――はい/いいえ

@yumetogi_birt

第35話 船長の処刑 * ※

 敵の商船にて、ラムズの周りにいた者は全てが死体となって転がっていた。ラムズは宙に浮かぶと、商人の一人がもごもごと口を動かし、何かを伝えようとしていることに気付く。船尾楼の前で、先ほどツタで縛られた商人だ。


 ラムズはごった返す船員の上空を通って商人の前へ降り立つ。口をふさいでいた茎を、ラムズは思い切りぎ取った。
 商人の男は慌てて話し始める。

「降参だ、もうやめてくれ。船員がいなくなっちまう。商品は全部持っていっていいから、頼む。命だけは……」
「船長はどこだ」

 商人は震えながら、顔を動かした。どうやら船長室にこもっているらしい。


 とんだ船長だと思いながら、ラムズは船長室の扉を開いた。殺風景な部屋で、目立った物は何も無い。船長は自分の椅子に座って、地図を見ていたようだ。
 戦闘狂いが多いと噂されるプルシオ帝国の船長にしては、かなり気弱そうな顔つきである。歳は30を過ぎているくらいで、無精髭が生えている。
 ラムズはドアの縁をガタンと蹴った。

「おい、降参しろ」
「お、俺の船がやられたのか?!」
「出てきて確かめればいいだろ。早く出ろ」

 ラムズの冷たい眼光にさらされて、船長は足をがたがたさせながら部屋を出た。


 船長は辺りを見渡した。たしかに死んでいるのは自分の商船の船員だけである。いくつもの死体が床に転がっているのが見える。戦っている者もいるが、かなり苦戦しているようだ。

「降参だー!」

 船長は自分の役割を忘れていなかった。そう大声で叫んで、自分の船員に負けを知らせる。商船の船に白旗が掲げられる。戦っていた者たちが徐々に武器を落としていく。商船の船員たちは膝をついて、手を挙げた。

 シャーク海賊団の、完全勝利だった。




 ルテミスたちに連れられて、商船の船員が集まっていく。全員が船尾楼の近くに立つと、彼らはツタで一括りにまとめられた。 
 ラムズの近くには、血塗れで笑っているジウ、疲れた顔のロミュー、まだ元気そうなヴァニラとロゼリィがいる。

 商船の船長は手を縄で縛られ、船長室の扉の前で立っている。ラムズは彼の方に身体を向けた。

「まずは持っている食料、宝石、その他全ての積荷をこちらに寄越せ。三日分くらいの食料は残してやろう。あとは神にでも祈るんだな」
「お、俺の命は……」
「ああ? 命乞いをするのか」
「その……」
「俺達の船の噂は知っていたはずだ。それなのに初めから白旗を挙げなかった。そして無駄に船員や雇った冒険者を危険に晒した」
「い、いや……それは……」

 船の戦いで、負けた船の船長が殺されることはほとんど常識であった。無様にも命乞いをするなど、むしろ軽蔑される行為である。

 ラムズは無慈悲な表情で船長を見やった。手に持っているカトラスを投げる。カトラスは船長の顔すれすれを通って、後ろの船長室の扉に突き刺さった。船長がびくりと肩を震わせたと同時に、ラムズが口を開いた。

「とっとと積荷を出せ! 命令しろ!」
「ぜ、全部渡すんだ! アムリューク、グニェフ!」

 船長は慌ててそう叫んだ。呼ばれた船員が返事をする。ラムズがその者たちをツタから解放すると、二人の船員がラムズの前へ立った。

「積荷の場所を案内するから、運び出す手伝いをして欲しいっす……」
「ロミュー、何人かルテミスを寄越してやれ」
「あいよ」

 三人のルテミスが頼まれて、五人は倉庫の方へ向かった。




 ラムズは敵船の全ての積荷を確認して、シャーク海賊団が頂戴する物と、敵船に残す物に分け終える。そして頂戴する積荷をガーネット号に運ぶ作業も、全て終わらせた。

 ラムズは敵船の船長の方へ向き直って、また声をかけた。

「お前がいなくなったら、次は誰が船長になるんだ?」
「そ、そんな……」
「早く答えろ」

 ラムズは静かに、威圧的な声を出した。船長は歯をカタカタと鳴らして、一人の船員の方へ顔を向ける。

「あ、あいつだ……」
「ほう、じゃあお前はよく見てろ」

 ラムズは一度その船員に声をかけた。船員はこくこくと頷いて、震える瞳でラムズたちを視界に入れる。


 ラムズは敵船の船長の方へ向き直る。船長は既に膝を付いて、拝むようにラムズの前で座っていた。冷笑の載った声で、ラムズはさとすように話した。

「なあ、お前一人で船長室にこもって、命だけ助かるなんて、そんな馬鹿な話があると思うか? お前の誤った判断で大勢の船員が死んでんだぞ」
「いや、でも。どうか……。頼む……」
「まだ命乞いをするか。見上げた精神だなあ?」

 ラムズは眼をギラギラと輝かせ、嘲笑で見下した。船長の肩がこわばる。

 殺したのはラムズたちではあるが、たしかにプルシオ帝国の船は初めから降伏するべきであった。シャーク海賊団の噂はもちろん知っていたが、自分たちの力を過信し、本当に噂通りか確かめたい、などと言った者たちの意見が通ったのだ。
 命乞いが通る訳がないと知りながら、敵船の船長は最後まで抗おうとしていた。それもまた、常識を知る者からすれば滑稽こっけいな姿であった。

「凍死でいいか? それとも絞殺か? あとは熱で殺してもいい。好きな方法を選ばせてやる。俺のお勧めは絞殺だな。苦しまずに逝けるぞ?」
「ど、どうか……お慈悲を……」
「せっかく選ばせてやったんだけどなあ」

 ラムズはわらいながら船長の頭に触れた。

「【奪えよ、熱を零に ── Calor   カロエ  Varscet バーシャ 】」

 瞬間、船長の体温が急に下がっていく。ラムズの触れたところから、皮膚が真っ黒く変色し始めた。顔が黒くなり、首、手首、掌、足に伝っていき、足の爪先にまで回る。ガタンと音がして、死体が倒れた。


 ラムズは倒れた死体を足で横にどかした。平然とした声でロミューに話しかける。

「ロミュー、さっきの奴らはどこだ?」
「あの二人だな」

 ロミューは、二人の敵船の船員の頭をとんと叩いた。ラムズは彼らのツタも外す。ラムズはうんざりした顔で、ロミューの示した二人を再度見やった。溜息を一つついてから、彼らに声をかける。

「俺、扉開かないようにしておいたんだが?」
「い、いや」
「それは……」
「押し入ろうとしていたと聞いた」
「その……こいつが! こいつがやろうって!」
「はぁ? チェルヴィが言ったんだろ?!」
「俺のせいにすんなよ!」

 二人は睨み合いながら、お互いに罵声を浴びせている。

 彼らは戦闘中、どさくさに紛れてラムズの船長室に無理やり入ろうとしていた。ロミューがそれをたまたま見かけて、ラムズに報告したという訳だ。
 こうしたことはよくあった。ラムズが宝石狂いなのは有名であるため、移乗戦の合間に盗もうとする者がいるのだ。あまりにも頻繁にあるため、最近は、怒りよりも面倒臭さが勝っていた。

 例に漏れず、今回もラムズは特に苛立っていなかった。また彼らは船長屋に押し入ろうとしただけで、実際にラムズの宝石に触れたわけではない。
 だが、以前降伏を示した船の船員が、勝手にラムズの船長室に入った時のことをラムズは思い出した。今回の二人も、扉さえ開いていれば宝石に触れていたのかもしれない。そう考えると彼らだけ拷問しないのもおかしい。

 一方、ラムズの顔に怒りがないことを見てとり、犯人たちの心に生への期待が芽生えていた。二人して甲板に頭を擦り付けた。

「すまなかった! この通りだ!」
「お、俺も! 忠誠を、忠誠を誓うから! 命だけはどうか!」

 揃って二人は頭を下げる。彼らの叫ぶ声は、右から左へラムズの耳を通り抜ける。
 ラムズにとって、自分の宝石を盗もうとした時点で彼らは重罪なのだ。毎度のやり取りが面倒になっているだけで、命を助ける気はさらさらない。

「お前らの死は初めから決まってる。今は拷問をしようか迷っていたところだな」
「ヒィッ」
「そ、そんな……拷問は、どうか……」

 ラムズがなんとはなしに後ろを振り返ると、ジウが瞳を輝かせてラムズを見ていた。ジウの言わんとしていることを察すると、ラムズはニコリと微笑んだ。

「どうぞ?」
「わーい! 船長さっすがー!」


 ジウはスキップをするように二人の前へ躍り出た。手には何やら細い木の棒を持っている。口元についた血を、ジウはペロリと舐める。指をぼきぼきと鳴らして、彼らに笑いかけた。

「拷問していいって言われたんだ。もちろんそのあとは殺すから安心してね」
「そんな! 待ってくれ!」
「ダイジョーブ。すぐ終わるよ。じゃあキミからね」

 ジウは後ろを振り返って、ラムズの方へ意味ありげに笑った。ラムズがツタの魔法を出すと、ツタが片方の男の足に巻き付く。ツタの反対側は船のヤードに固定される。ツタが勢いよくヤードの方へ巻かれると、男は逆さ吊りになった。

「お、おい! なんだよこれ!」
「うるさいなあ。キミは黙ってそこで休んでて」

 ジウは男の太ももにカトラスを突き刺した。男の顔が苦痛で歪む。叫び声が上がった。


 甲板に座っているままの男の方に、ジウは顔を向けた。男の顔は青ざめ、尻を引きずりながら後ろに下がろうとしている。
 ジウは男の横に、思い切り足を踏み込んだ。ぐしゃりと木が割れて、船の床が抜ける。男は唾を飲んだ。

「動かないでくれない?」

 ジウの声に、男は凍ったようにぴくりとも動かなくなった。ジウは満足そうに頷くと、持っていた木の棒を男の耳元に近付けた。

「痛そうだから、ゆっくりやってあげるね」

 ジウは木の棒を、耳の中にそろそろと入れていく。男の瞳孔が見開かれて、眼球が震え始めた。

「ん~。入らないねえ」

 ジウはそう言うと、入っていた木の棒を勢いよく突き刺した。何かが折れる音がする。

「い、あああいいいいい」

 男が痛みに耐えきれず奇声を上げる。

 ジウが耳から木の棒を抜くと、木は元からこうだったのかというくらい真っ赤に染まっていた。ピンク色の肉片がいくつも垂れている。ジウはそれを男の口の中に突っ込んだ。
 舌に穴が開く。男は口を閉じることが出来ず、「あー、あー」とうめき声を出した。鮮血が口から溢れていく。目がギョロギョロと回った。

「プルシオ帝国は戦いが好きなんじゃないの? ぜんっぜん、面白くないね。こんなんで気絶しそうだなんて。期待外れだよ」

 ジウはつまらなそうに口をすぼめて、軽く甲板を蹴った。その足が男の腹に当たる。ジウは蹴る力を徐々に強めていく。男はその度に唸り、口から血を吹き出した。


 ジウの足は男の血でぐっしょりだ。ジウは一旦蹴るのをやめると、しゃがんで男に目線を合わせる。そして彼の足を掴むと、裸足の足の裏につうっとカトラスを滑らせた。

「いっかーい」

 ジウは足の裏をカトラスで薄く切った。みずみずしい肉が顔を出す。

「にかーい」
「あぁあ゛──ぁあ゛──────」
 
 ジウはまた皮を剥いだ。足の裏から鮮血が流れ落ちていく。口に木が刺さったままだからか、男は叫んでも声にならない。喉がピクピクと動いている。

「さんかーい」

 ジウはもう一度シュっとカトラスを動かす。そのあとは、狂ったように何度もカトラスを滑らせた。男の足の横に、薄い皮が散らばっていく。ジウの掌は既に血だらけだ。


 ジウは顔を上げると、彼の腕を掴んでてのひらをしげしげと見つめた。

「盗みをするなんて、ダメなんだよー? この手が悪いのかなあ?」

 ジウはそう言って、男の指を逆向きに折った。ボキリと鈍い音がする。一本ずつゆっくりと折っていく。指がだらりと垂れ下がった。
 両手の指を折り終わった時には、男は白目を剥いて失神していた。

「もう終わりかあー。つまんなーい」

 ジウは「えいっ」と言って、男の胸に向かってカトラスを投げつけた。それは狙い通り心臓に刺さり、男は死んだ。



 ◆◆◆


  
 ジウによる二人の拷問が終わり、辺りは血の海になっていた。死体は既に海に投げ捨てられていたが、あちこちに腕や指、肉片が転がっている。ツタで縛られている敵船の船員たちは、そこから目を逸らして、気が触れたようにぶつぶつと呟いている。

 ラムズは次期船長になると言われていた男ヘ話しかけた。

「お前はこれから船長になるらしいな。だから伝言を頼む」
「は、はひ……」
「いいか、国に帰ったら伝えとけ。シャーク海賊団には黙って降伏しろとな。その時は船員だけでなく、船長の命だって助けてやる。今回だって負けは決まっていたんだ。意味の無い戦をさせるな、時間の無駄だ」
「分かり、ましたっ……」

 か細い声で、若い男は答えた。先程の恐ろしい拷問といい、威圧的な視線といい、若い船員には耐えられなかったようだ。

「よい、船旅を」

 ラムズはわざとらしい笑みで、船員にお辞儀をした。船員はぎこちなく手を挙げて、敬礼をする。
 ラムズは残りの船員の全てのツタを解くと、ルテミスやヴァニラたちを引き連れて、ガーネット号に戻った。




「ねえヴァニラ、キミいくつ? 絶対オバサンだよね?」

 ジウはガーネット号に着くと、早々にヴァニラにそう声をかけた。ヴァニラは冷笑を浮かべ、そして同時に例のツタを体の周りに彷徨さまよわせた。しかもとげ付きだ。

「レディに歳を聞くって、どういうことか分かるの? ジウ?」
「悪かった! 悪かったって!」

 追いかけるヴァニラと逃げるジウを横目で見ながら、ラムズは溜息をついた。

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