愛した人を殺しますか?――はい/いいえ
プロローグ *
ねえ、神様って信じる?
わたしの世界には7人の神様がいる。わたしの姿を変えたのも神様だ。
神は人間を創り、わたしたちを創り、エルフを、フェアリーを、ドラゴンを創った。他にも、創られた者たちがたくさんいる。
途中で姿かたち、性格、能力を変えられた者たちも。
わたしは呪いにかかっている。この姿がその証。
この呪いを解くために、わたしは旅に出た。
船に乗った。
そして、海賊になった。
まだ呪いは解けていない。
呪いを解く方法はただ一つ。
わたしが愛したあの人を、
───殺すこと。
さあここからは冒険の始まり。 
わたしがこの後戦ったのも、やっぱり運命だったのかもしれない。
  神様の仕組んだ、運命だったのかもしれない。
**********************
「帆を畳め!」
船長の怒鳴り声は突風でかき消された。それでも船長は、船尾楼で必死に指揮をとろうとしている。
船員たちがマストに駆け寄っている中、ある男が、独り船首に向かって駆け出した。男は風に吹き飛ばされて、勢いよく倒れる。床に手をついて身体を起こそうとするも、雨水で滑り再び甲板に打ち付けられた。
またしても突風。
船体が大きく揺れ、多くの船員が体勢を崩した。船長が何かを叫んでいるが、その指示に従っているのは周りにいる者だけだ。傾いた甲板に横たわる男にも、船長の声は届いていなかった。
雷。
よりによってそれは、船のすぐそばに落ちた。轟々と耳を裂く雷鳴。沸き起こる悲鳴と怒号。波がうごめき、船が勢いよく持ち上げられた。船員たちの身体がふわりと宙に浮く。
叩きつける豪雨。
雷鳴が轟く。風が咆哮する。船体はぐらりと傾いた。船からギシギシと音が鳴る。
男は風に抵抗して、なんとか立ち上がった。大きく足を踏み出す。走り回る船員たちの間を縫って、船首へと歩を進めた。何度か仲間とぶつかったが、誰も男を気に留めなかった。それぞれが、生き残るために必死だった。
船首に辿り着くと、船首から前方へ伸びる棒──バウスプリットに、男は手を伸ばした。ちょうどよく風が吹き付け、男の身体を宙に浮かせる。男は舳先へ飛び乗った。真下は海だ。
荒波。
それが船を襲って、男の全身は海水で浸された。海に振り落とされそうになるが、男はなんとか棒に掴まっている。
甲板にいた船員たちは波で押し流されていく。必死でマストに掴まるが、それさえも強風がさらう。負の感情の凝縮された叫び声が、男の耳に届いた。
もうだめだ、と誰かが叫ぶ。
男は目を閉じた。
上へ上へと身体を伝っていく水の感覚。全身が興奮で疼いた。体内で水が渦を巻き、暴れ回っている。身体を巡る海が黒から青へと徐々に変わっていく。
男の唇が弧を描いた。片手をすっと海に向かって伸ばし、今この船を支配している全てのものを感じた。
風、雨、雷。
そして、海。
男は眼を開く。真っ黒な海面の下、何かが動いた。愛おしげに目の前の光景を見つめると、男はかすかに唇を動かした。
◆◆◆
雲ひとつない青空の下に、びしょ濡れの船がひとつ。帆は所々破け、船から削り取られた木片があちこちに散らばっている。
船員たちは皆、力尽きていた。暖かい甲板に横たわったり、膝を付いたり、太陽を相手に目を細めてみたり。力尽きてはいたが、その表情は幸福に満ちていた。
「助かったあ……」
船員の一人が言った。途端に笑い声が起こる。船員たちは互いに肩を叩き合った。どの顔も上機嫌だ。
「俺たちは本当に運がいいな」
「あぁ。いつもすんでのところで嵐がおさまる」
「水の神ポシーファルが見守ってんのかもしれねえ」
そう言った船員は、なんとはなしに船首の方を見た。男が棒の上で座っている。そこが男の特等席だった。
男はまだ海を眺めていた。
海はただ凪いでいる。どんな宝石よりも輝いている、男はそう思った。ときおり現れる白い飛沫が、一面の青に色を付ける。
鏡のように透き通った海に、男の赤髪が映った。青い眼が、海底に沈んでいく影を捉える。
嵐に乱された長い赤髪から、ぽたりぽたりと滴が落ちる。肌を潤していた海水は、太陽に奪われていった。
男はようやく海に背を向けた。仲間たちの弾んだ声が男の耳にも入る。いつの間にか飛ばされていた帽子が、樽のひとつに引っかかっているのを見つけ、男は足早にそこへ向かった。
しっとりと湿った帽子を取り上げ、深く被り直す。青の瞳は影に溶け込んだ。
わたしの世界には7人の神様がいる。わたしの姿を変えたのも神様だ。
神は人間を創り、わたしたちを創り、エルフを、フェアリーを、ドラゴンを創った。他にも、創られた者たちがたくさんいる。
途中で姿かたち、性格、能力を変えられた者たちも。
わたしは呪いにかかっている。この姿がその証。
この呪いを解くために、わたしは旅に出た。
船に乗った。
そして、海賊になった。
まだ呪いは解けていない。
呪いを解く方法はただ一つ。
わたしが愛したあの人を、
───殺すこと。
さあここからは冒険の始まり。 
わたしがこの後戦ったのも、やっぱり運命だったのかもしれない。
  神様の仕組んだ、運命だったのかもしれない。
**********************
「帆を畳め!」
船長の怒鳴り声は突風でかき消された。それでも船長は、船尾楼で必死に指揮をとろうとしている。
船員たちがマストに駆け寄っている中、ある男が、独り船首に向かって駆け出した。男は風に吹き飛ばされて、勢いよく倒れる。床に手をついて身体を起こそうとするも、雨水で滑り再び甲板に打ち付けられた。
またしても突風。
船体が大きく揺れ、多くの船員が体勢を崩した。船長が何かを叫んでいるが、その指示に従っているのは周りにいる者だけだ。傾いた甲板に横たわる男にも、船長の声は届いていなかった。
雷。
よりによってそれは、船のすぐそばに落ちた。轟々と耳を裂く雷鳴。沸き起こる悲鳴と怒号。波がうごめき、船が勢いよく持ち上げられた。船員たちの身体がふわりと宙に浮く。
叩きつける豪雨。
雷鳴が轟く。風が咆哮する。船体はぐらりと傾いた。船からギシギシと音が鳴る。
男は風に抵抗して、なんとか立ち上がった。大きく足を踏み出す。走り回る船員たちの間を縫って、船首へと歩を進めた。何度か仲間とぶつかったが、誰も男を気に留めなかった。それぞれが、生き残るために必死だった。
船首に辿り着くと、船首から前方へ伸びる棒──バウスプリットに、男は手を伸ばした。ちょうどよく風が吹き付け、男の身体を宙に浮かせる。男は舳先へ飛び乗った。真下は海だ。
荒波。
それが船を襲って、男の全身は海水で浸された。海に振り落とされそうになるが、男はなんとか棒に掴まっている。
甲板にいた船員たちは波で押し流されていく。必死でマストに掴まるが、それさえも強風がさらう。負の感情の凝縮された叫び声が、男の耳に届いた。
もうだめだ、と誰かが叫ぶ。
男は目を閉じた。
上へ上へと身体を伝っていく水の感覚。全身が興奮で疼いた。体内で水が渦を巻き、暴れ回っている。身体を巡る海が黒から青へと徐々に変わっていく。
男の唇が弧を描いた。片手をすっと海に向かって伸ばし、今この船を支配している全てのものを感じた。
風、雨、雷。
そして、海。
男は眼を開く。真っ黒な海面の下、何かが動いた。愛おしげに目の前の光景を見つめると、男はかすかに唇を動かした。
◆◆◆
雲ひとつない青空の下に、びしょ濡れの船がひとつ。帆は所々破け、船から削り取られた木片があちこちに散らばっている。
船員たちは皆、力尽きていた。暖かい甲板に横たわったり、膝を付いたり、太陽を相手に目を細めてみたり。力尽きてはいたが、その表情は幸福に満ちていた。
「助かったあ……」
船員の一人が言った。途端に笑い声が起こる。船員たちは互いに肩を叩き合った。どの顔も上機嫌だ。
「俺たちは本当に運がいいな」
「あぁ。いつもすんでのところで嵐がおさまる」
「水の神ポシーファルが見守ってんのかもしれねえ」
そう言った船員は、なんとはなしに船首の方を見た。男が棒の上で座っている。そこが男の特等席だった。
男はまだ海を眺めていた。
海はただ凪いでいる。どんな宝石よりも輝いている、男はそう思った。ときおり現れる白い飛沫が、一面の青に色を付ける。
鏡のように透き通った海に、男の赤髪が映った。青い眼が、海底に沈んでいく影を捉える。
嵐に乱された長い赤髪から、ぽたりぽたりと滴が落ちる。肌を潤していた海水は、太陽に奪われていった。
男はようやく海に背を向けた。仲間たちの弾んだ声が男の耳にも入る。いつの間にか飛ばされていた帽子が、樽のひとつに引っかかっているのを見つけ、男は足早にそこへ向かった。
しっとりと湿った帽子を取り上げ、深く被り直す。青の瞳は影に溶け込んだ。
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