天空の妖界

水乃谷 アゲハ

雪女の調べ事(伍)

「それにしても不思議だよね?」
 人間の世界で電車と呼ばれるものに三人で乗った私は、話題を探すために二人に声を掛けました。
「確かに不思議ね……学校側は私たちと敵のはずなのに、なぜこうも私たちに有利な条件を出すのかしら?」
「え? そっちじゃなくてどうもこうもだよ?」
 そう、どうもこうもにも誘ってみると、彼女は自分には自分の仕事があると言って私たちの申し入れを断ったのです。
「ついてきた方が学園長のそばにいなくていいし楽なのにね?」
「そっちなのね……」
「雪撫ちゃんは~そういう人だよ~?」
 こめかみを押さえる文を、キララちゃんが慰めるように肩を叩きます。
「そうね……自分より他人を優先するタイプだったわ」
「そ、それより人間の世界ってこんな早いものがあるんだね! こんなものがあるなら潮ヶ浦っていう島もすぐに見つかるんじゃないかな!?」
「……雪撫ちゃんって~、たま~にわかりやすいよね~?」
 誤魔化す私に、キララちゃんは意地悪な笑顔を浮かべてそういいました。それを軽く聞き流し、文が手に持っている地図を横から覗き込むと、降りる駅の名前やそのお金、船の数とその港などをびっしりと書いてあり、思わず目を見張りました。
「……どうせ、雪撫やそこの飢々娘々にはこんな事しようとも思わないだろうって思ったから、行く前に全部調べたのよ」
 視線に気が付いていたかの様に、地図に視線を落としたまま文はそう言いました。……凄い頼りになるんだな文って……。
「べ、別にあなた達が抜けているだけだと思うけれど……それに、こんなのただ図書室にあった地図とか本とかで調べただけだから、もしその地図とか本が古かったら無駄になるわけだから、今こうして駅の名前があっているか確認しているんだから、私もまだ完璧とは言えないわ」
 突然多弁になる文に、キララちゃんと私で顔を見合わせました。とりあえず、意地悪な笑いのままのキララちゃんに、アイコンタクトでやろうとしている事を全力で止めます。……が、そんなのに縛られないマイペースなのがキララちゃん。
「人の心が読めるって~便利なようでこういう時にわざわざ照れ隠ししなきゃいけないから~不便だよね~?」
 ……電車を降りるのが今から怖いです。

 しばらくして、文に指示された駅で三人で降りると(降りた直後に土下座を強制されました)、目の前が高い山と森だけしか見えないような場所でした。
「ちょ、ちょっと文? う、疑うわけじゃないんだけど、文は潮ヶ江に行こうとしているんだよね? えっと……その、潮ヶ江は島だよ?」
「失礼ね。色々な本を読んでいた中にふと昔話の本があったのを思い出したのよ」
「む、昔話?」
 昔あった地名という事でしょうか……? そしたら真君の年はおかしいはず……。
「えぇ、私たちの様な妖怪についての話だったわ」
「なんて書いてあったの~??」
「『妖怪は空に穴をあけて人間をさらって食べ、何もなかったかのようにその土地を削り取る。防ぐ術を知るにはその被害から唯一逃れる事の出来た、神の住む空飛ぶ島へと行くべきだ』。最初は何のことだか分からなかったのだけど、本当に空飛ぶ島があるなら地図に載ってなくても納得がいくのよ。そして、そこのヒントがあるのはこの山の頂上って聞いたんだけど……」
 文の言葉に、見上げるても頂上が見えない目の前の山を見上げて少し冷や汗をかきましたが自分に気合を入れます。……真君の事を知るためだ。がんばれ私!
「……気合を入れているところ悪いけど……エレベーターあるわよ?」
「……あ、そう」

「わっぷ!?」
 頂上に着いてエレベーターの扉が開くと、以前私が住んでいた雪山に吹くような、冷たい突風が私たちを襲いました。
「ここは命を大事にしない人間以外が絶対に登りに来ない山として本で紹介されていたけど……確かにこの突風じゃ危険すぎるわね。鳥葬山ちょうそうざんというそうよ」
「とりあえず、潮ヶ江のヒントを探してすぐに下りよう!? さ、寒すぎるよ!」
「……なんで雪女のあなたが一番寒がっているのよ……」
 ゆ、雪女だからって寒いのに強いと思ったら大間違いなのです……。
「自分で出す吹雪は寒くない様に調節できるけど、自然の風はそんなことできないでしょ? 普段から、自分の妖力で寒くない環境を作り出してるだけの私たち雪女は一番の寒がりでもあるんだよ。……って、文は分かってるくせに……」
「えぇ、あなたが雪山を苦手としているのを知っていたから雪山のステージを選んだし、寒さで動けないから単純な指の動作だけで殺傷能力が出る銃にしていたのも全部見抜けているわ。寒い中どうしようって、戦い方を真剣に考えてたわね」
 ……怒らない怒らない……。
 相手の思考、記憶を読める能力っていうのは本当に相手を不利にさせられると実感しました。そう、私が真君に自信ないと言っていたのはそれもあるし、嫌みのように雪山にしてきた文にいらいらしていました。
「ね~二人とも~? 喧嘩はそこまでにして~これ見て~?」
 一人、突風も気にせず歩き回っていたキララちゃんが指を指した先には、山と山の間にできた大きな谷川がありました。
「絶対この危ない物人間が作ったよね~?」
 確かにキララちゃんが指さす川は流れが速く、ここから落ちたら危険な感じはしますが……。
「キララちゃん、さすがにそれは無いと思うなぁ?」
「そうね……第一ずっと流し続ける為の水が無……」
 言葉を続けようとした文は、エレベーターの所へと戻り、唐突に地図を取り出しました。私もその後ろに立って地図を見ますが、山の間にはちゃんと川が書かれていました。
「あ、いやそうよね。確かに山に囲まれている場所で水が無いイメージだけど、ここの山と隣にある江相山えそうざんとの間にはちゃんと川があるわよ。だから、それは人間の作ったものじゃ……」
 そこで振り返り、息をのんだまま固まる文を不思議に思って振り返ると、そこには向こうの山を目指して歩くキララちゃんがいました。
「せ、雪撫……あなたの結界は固有結界、空を飛べるようになる結界だったわよね? 今は使っているのかしら?」
「い、いや使ってないよ。た、多分キララちゃんが空を飛べたんじゃないかな?」
「ば、馬鹿を言うのはやめなさい。私たち妖怪は、足のない妖か羽、翼のない妖しか飛べないはずでしょ……」
 確かに、私が飛べる理由は固有結界のおかげだし、他の人にはこれが使えないからそんなわけがないのです。でもキララちゃんは、山と山の間、谷川の上の空中歩行を続けています。
「……あ」
 そこで、私はキララちゃんの足元に正解を見つけました。
「文、キララちゃんの足元、見えにくいけど少し太い糸が張ってあるよ」
「……命知らずっていうのはそういう事ね……この突風の中綱渡りをする人はそういないわ。ということは、この紐からずっとどこかへと渡り歩けば潮ヶ江なのかもしれないわね。私は綱渡りなんてお断りよ?」
 ……同感です。私と文は、キララちゃんの後ろを邪魔しないように結界で飛びながらついていきました。

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