天空の妖界

水乃谷 アゲハ

雪撫の調べ事(肆)

「え……が、学園長?」
 流石に文の言葉を聞いた私も席を立ちあがりました。
「君まで席を立つか。いやぁ、確かに学園長である僕を信用するのは難しいかなぁ……」
「……そうですね」
 流石に敵ではありますが、警戒しすぎるのも悪いので椅子に座りなおしました。
「ちょっと雪撫!?」
「真君の情報を教えてくれたのもそうだけど……普通に考えてこの人数相手に迷わず入ってこれるって事は勝てる自信があるって事でしょ。ならここは抵抗するべきじゃないって私は思う」
「私も雪撫ちゃんに賛成で~」
 最初からずっと座っていたキララちゃんもニコニコしながら賛同してくれました。……キララちゃんは肝が据わっているのかそれとも鈍感なのか未だに分かりません……。
「……なるほどねぇ」
 私とキララちゃんを見て、学園長は何かを納得したように頷いて私の横の席へと座りました。
「君と真君がなぜ仲良くなれたのかが分かった気がするよ」
「?」
「君と真君は……性格がよく似ている」
 私と真君が……? あまり言われてもピンと来ないんですが……。
「いやいや、こっちの話さ」
「それより、なんで私たちに助け船を出してくれるんですか?」
 警戒をやめ、普通に質問すると、学園長も笑顔で答えてくれる。
「助け船のつもりはないんだけどね。学校側としても影弥真の事は近々調べなきゃいけないとは思っていたんだ」
「……え、な、なんでですか?」
「彼の情報がさっぱり無いからさ。彼の出身が潮ヶ江であるという事しか知られていないから、成長過程も、ここに来る以前何をしていたかも分からないのさ」
 ……あれ? おかしくない? それなら……?
「ちょ、ちょっと待ってください? でも、真君をここに招待したのは学園長さんだって真君から聞いたんですか……じゃあ学園長さんはどうやって真君に出会ったんですか?」
「……あぁ、彼の住んでいたあの家は、元々学園の所持していたもので……。彼はいつあそこにいたのか分からないけれど、以前から姿がない不法侵入者がいるという噂があってね」
 ……真君の家じゃないって事? でも真君はあそこの家の記憶はあったって……?
「見回りの人が行っても物音だけが聞こえて何もいないって言い張るから、僕が見に行ったら彼に出会えたというわけさ。で、記憶を失っていたみたいだからそのままあの家を明け渡して、学校への入学を勧めたのさ」
「……どういう事? じゃあ真君が持っていた家の記憶っていうのは嘘?」
「いや、確かに彼は『ここは俺の家だけど?』と迷いなく答えていたから、多分そう思い込んでいたんだと思う」
 もうダメ……話がややこしくなって若干ついていけなくなりそうです……。
「変だろう? だから学校側としても彼を調べてくれるなら大歓迎なのさ」
「……」
 ずっと黙って話を聞いていた文が、ようやく手ごろな椅子を手に取って座りました。
「……彼があの家の記憶を持っていた理由は、誰か別の男に言われたからよ。フードに仮面をつけているから顔は分からないわ」
「おや、ようやく警戒を解いてくれたのか」
「いいえ警戒はしているわ。ただ、あなたの意識からは襲うというものは無かったから少し信用することにしただけよ」
「……ま、それでもありがたいか」
「学園長さん? は、潮ヶ江に行ったことは無いんですか?」
 真君がここに来てからかなりの日数が経っている事を考えて聞いた純粋な疑問に、学園長は席を立ち、近くにあった本を手に取りました。
「これは地図なんだけど……潮ヶ江なんて島が見つからないんだ。多分聞かれるから答えるけど、潮ヶ江という名前は彼本人から聞いただけだし、行き方も同じく彼の言い方を真似しただけだ。つまり、彼の出身地の正確な位置は僕にも分からないんだ」
 かなり大きい日本地図に、学校の位置が赤く記されたその紙をキララちゃんや文、私でじっと見ていましたが、
「ないね~」
「無いわね……というか、学校の周りの島が無いじゃない」
「だよね……一番近くても名前が違うし……」
 全員お手上げでした。
「……潮ヶ江出身の子は他にいないんですか?」
 未だに警戒を続けるどうもこうもだけが学園長に距離を置いて質問をします。
「いたら聞けるんだけどね……残念ながらいないのさ。だからこそ君たちに頼もうと思ったのさ。一応潮ヶ江が南の方にあるのは聞いてる」
「南にある……確かに南に海は広がってるけど……けど」
 もう一度地図に目を落としますが、海の上に島のようなものは一切見つかりません。
「けど…………行こう」
「ん? 今なんて?」
 自分でも音が出ていたか曖昧だった声に、学園長が聞き返してきます。そんな学園長の顔を見返し、私はもう一度言いました。
「私、潮ヶ江に行きます。学園長さんの頼みって事もあるけど、私自身が真君の事をもっと知りたい……だから行きます」
「お~ついていくよ~?」
「……そうね、このまま学園長と同じ空間にいるよりかは何倍もマシだわ」
 キララちゃんと文は、私の言葉にすぐ賛成してくれました。
「そうかいそうかい、いやぁ嬉しい事だね」
「ただし条件があります」
「条件?」
 少し冷たい目に戻った学園長の目を正面から見つめ返し、私は続けます。
「ここに私たちがいた事を忘れる事と、今後私たちへの関わりを控えてください。私たちは別に人間を襲おうとなんて思っていませんから」
「……」
 学園長は、そんな私のまっすぐな願いを聞いて、まるで私を値踏みするかのように見た後に笑顔を作りました。
「いやぁ、そんな怖い顔をしていたらかわいい顔が台無しだよ?」
「か、かわ……え?」
「安心しなよ。最初に伝えた通り君たちへの危害を加えるつもりはなし、勿論彼に対する情報を手に入れた君たちへ情報収集したい気持ちは山々だけど、君がそう言うならそれもあきらめる」
「……信じて……いいんですよね?」
「ここまで信用して仲良く話してくれたのに最後の最後で心配するなんて変わっているねぇ」
 それもそうですよね……。あまりにもうまい話に疑ってしまいました。
「……あなたたち、お金とかどうするつもり?」
 ずっとやり取りを見ていたどうもこうもが聞いてきました。……あ、どうしよう……。
「大丈夫大丈夫。学校側が負担するから安心していいさ」
 ……心配は無さそうです……。
 こうして私たちは、敵である学園長からお金をもらって潮ヶ江へと向かうことになりました。

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