天空の妖界

水乃谷 アゲハ

消えていた親友と消えた雪女

「うふふふ、真君遅かったわね」
 食堂に付くと入り口で待っていた御社が手を上げる。
「突然呼び出したりして悪かったな。ただ、すごい助かったわ」
「話はすでに千宮司っていう先輩から聞いたわ。ゲームは彼女の横に置いてあるし、食堂の人に話を通したから、プレイ中も大丈夫。それと、彼女のゲームは私たちの持っている種類だったわ」
「ってことは二つつながってるって事か!?」
 大きく頷いた御社の肩を思わずつかむ。
「お前と友達になれて本当に良かった!」
 それだけ言って食堂へと駆け込む。すぐに店の奥のカウンター席で突っ伏している小さい金髪の女性を発見した。
「み、御社さんに変わり者って言ったことが申し訳なくなっちゃった……」
 暗くて変わってる人って言ったのも申し訳なくなるべきだけどな。
「うふふ、同じゲームの世界は繋がっているから、入ったらすぐに千宮司っていう人に会えるはずよ。私はもう一つの方で真君を探すわ」
 用意周到な御社は、わざわざゲームの銃に俺の名前の付箋をつけてくれていた。なんて女だ……。
「んじゃ先に行くぞ?」
「うふふふ、大丈夫よ。すぐに見つけるから待っててね」
 言い方に若干恐怖を覚えたものの、すぐに銃を額へ向ける。
 目を閉じて銃を撃つと、意識が少し遠のく。頭の中が真っ白になった。何も聞こえない……。

『パストワールドへようこそ、一年生の影弥 真様ですね。今回はここに自分から来たということで大丈夫ですか? 誤作動でしたら後ろの扉から出てください』
 機械で作られた音声が俺へと声をかけるのが聞こえて、俺は目を開ける。
「ここは……」
「バトルする前に入る準備部屋に見えるけど……」
 雪撫も俺も思わず部屋を見回す。そして二人で部屋の真ん中で視線を止める。
「……うさぎ?」
「のコスプレだな」
 ウサギの着ぐるみに身を包んだ何かがそこにはいた。見る限り人間ではない。
『もう一度聞きなおします。誤作動ですか? 違いますか?』
「あ、あぁごめん、望んできたんだ」
『かしこまりました。それでは説明に移らせていただきます』
 ウサギの着ぐるみは、体の後ろで隠していた本のようなものを取り上げる。……かなり厚い。
『まず』
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
 一ページ目を開いたのを確認して思わず止める。
「入ってきてのんびりしてたやつが言えることじゃないが、俺たち急いでるんだ。重要なところだけ教えてくれないか?」
『……かしこまりました。では、このゲームのルールの重要なところだけ説明いたします。パストワールドでは、お題をクリアすることを条件として進んでいただきます。このゲームでのお題は時間を止めることです』
「……は?」
 ちょっと待て、俺の聞き間違いか? すごい無謀なことが聞こえた気がしたんだが?
『それ以上はお話しできません。あなたは時を止めてください。以上です』
 全く意味が分からない……いや、ここで詳しく聞いてたら千宮司先輩の所へ行くのが遅れる。
『では次に重要なルールを言います。まず、このゲームの事を他へ伝えるのは禁止です。影弥様でしたらコミュニケーションで外部との連絡が可能だと思いますが、そこでゲームの話をした瞬間、ゲームのプレイ権限を奪取及び破壊させていただき、今後一切プレイができないものとします。勿論意識は戻ることがないので、ここから出られなくなります』
 なるほど、だから千宮司先輩は言えないと言ったのか。ようやく納得できた。
『二つ目のルールは真様以外でこのゲームをプレイすることはクリアするまで禁止とします。例えば……今後ろにいる彼女も本来は禁止です』
「なっ!?」
 雪撫の事がばれている? なんでだ……。いや、それ以上にまずいかもしれない。
『ここには対妖怪専用赤外線という特殊な赤外線が流れているため、どんなに姿、気配を消しても分かります。しかしこのゲーム内容が他人にばれることはありませんので、この情報はここでのみの保管となりますのでご安心を』
 それなら助かった……それにしても人間じゃ気が付けない赤外線か……。
「雪撫、どうする?」
「あ、うん。私は私でちょっと調べたいことがあるの。真君は行って? 私は私の事をする。戻ってきたらすぐわかると思うから大丈夫」
「そうか……。ばれんなよ?」
『外部よりメッセージが届きました。外部よりメッセージが届きました』
「あ?」
 ウサギの着ぐるみは、何やら手元のウインドゥを操作する。そして俺たちの前で拡大した。
『キララです。文車妖妃に声をかけられ話を聞きました。そのゲームは妖怪の参加ができないので雪撫ちゃんが困っていると思いますが、図書館に来てくれれば文車妖妃と私が待っています』
 キララからのメールだった。ユニオンメールで届いたらしいが、現実の俺は既に意識がないからこっちに飛んできたんだろう。
「キララちゃん……文車妖妃……ちょうどよかった」
「ん?」
「何でもないよ、こっちの話! それより真君、絶対戻ってきてね? 私も多分、真君が戻ってくる頃には色々伝えられると思う」
 そういって雪撫は後ろの入り口の方へ振り返る。
「……分かった。敢えて何も聞かないで楽しみにしとくから、待っててくれ」
「うん!」
 元気な返事とともに雪撫は奥へと消えていった。それを確認してウサギの着ぐるみへ向き直る。
「……さて、俺から聞きたいんだがいいか?」
『……はい? なんでしょうか?』
「ずいぶん気前がいいが、何か企んでるのか? キララも妖怪だってわかってるよな?」
 純粋な質問だった。ここはたとえゲームだとはいっても、学校が作ったものだ。そんなみすみす妖怪を逃がすとは思えない。
『いいえ、企みなどありません。私はこのゲームのルール説明を任されているだけなので、感情もないのです。妖怪だから、人間だからは別にどうとも気にしません。だからこそすぐにゲームデータはクリアと同時に削除されます』
「……そうか、説明を続けてくれ」
 よくわからないが、このゲーム内での事は俺たちとこいつしか分からないってことだな。
『かしこまりました。では最後のルールです。このゲームはクリアするまで現実に戻れません。よろしいですね?』
「あぁ、大丈夫だ」
『では、そこのワープホールと呼ばれる穴から落ちてください。そこからゲームはスタートされます』
 ウサギの着ぐるみが振り返って指さした先には大きな穴があった。
「クリアの目安時間ってどのくらいなんだ?」
『早い人では二時間でクリアします』
「分かった、行くわ」
 片手をあげて挨拶すると、俺は先の見えない深い穴の前に立つ。そこでふと『選別』という言葉を思い出した。
 もしかしてこれ、落ちたら雪撫みたいに上から落ちることになるのか?
『最後に……』
「ん?」
 一歩踏み出す勇気が出ずに固まっていると、ウサギの着ぐるみが横に立っていた。
『ここのゲームのテーマは時間。これは忘れないでください』
「時間を止めるのがルールだったもんな。わかってるよ」
『ではもう一つ、とある死人さんからのメッセージです』
「……死人?」
 その言葉で俺の体は完全に固まった。……まさか……。
『まこ、僕だよ、分かるかな? 神無月かんなづき しずくです。すごい小さなときだったから分からないかな? 忘れてたら悲しいけど……アミコインティモって言葉は覚えてる? これで思い出してくれるといいな。僕もこの学園にいる。それはもう教えたよね? ずっとずっとこの時を待ってた。まこならここに来るって信じてた。だから私もここで待ってたよ。千宮司というまこの先輩に時間のゲームを、御社という子に時間とそれに繋がる涙というゲームを渡し、どちらかのゲームをまこがやる時、このメッセージを送るようにお願いした。今これを聞いてるって事は、まこはもう来るんだね。これが何年、何十年後に読まれたとしても僕は待つよ。まこに会いたい』
 長いメッセージの最後の一言を言い終わるころには、俺の体が穴の上にあった。
「……やっと見つけた」
 小さくこぼれた言葉と主に穴へと俺は吸い込まれていった。

「現代アクション」の人気作品

コメント

コメントを書く