天空の妖界

水乃谷 アゲハ

雪女と囚われの先輩

「そうじゃな、何から話したものか考えると、半年前の事から話すのが道理ってものなんじゃろうな。半年前と言えば妾がお主を助けた時じゃな? 影弥 真。そうじゃな、いい加減お主という呼び方も……っと話がそれるから無しじゃ。そう、半年前にお主を助けた後にこのゲームの存在を知ってな。妖怪戦闘訓練ゲーム『パストワールド』。お主は当然入学式の直後だから、強制で授業を受けなければならぬからな、どうせしばらくはほおっておいても大丈夫じゃろうと思った妾はゲームエリアにそのゲームを入手しに行った」
「ん? ゲームエリア?」
 もちろん、強制授業を受けていない雪撫は首をかしげる。
「なんじゃお主、教えておらぬのか。この学校の敷地は一つの街ほどの大きさがあるのは知っておるな? その中でスクールエリア、ショッピングエリア、ゲームエリア、スポーツエリア、ハウスエリアの順にこの五つが花弁のように並んでいるのじゃ。その中心には世界樹と呼ばれる大きな木が一本生えておる。お主達が利用している寮はハウスエリアにある。ここは当然スクールエリアじゃ」
「な、なるほどぉ……」
「話を進めるが、妾はゲームエリアでゲームを手に入れた。ま、食堂で動かない事から分かるじゃろうが、妾はあそこでゲームを起動した。ゲーム内容は『パストワールド』の制約があるから言えぬが、とりあえずこのゲームが中々に面倒な物なのじゃ。クリアしなければ抜け出せないというのが一番じゃな。一応食堂にいる妾の知り合いが生身の方は無理やりご飯を食べさせてくれておるが、さすがにもう迷惑をかけたくない。故にお主、もしクリア条件を知っているなら助けてくれ、頼む……」
 弱々しく頭を下げる千宮司先輩に三人が驚いて声もかけられずに固まる。雪撫も文車妖妃も、思うところはあるのだろう。二人で顔を合わせている。
 俺は俺で思っていた。この人は何を言っているんだろう。なぜこんな顔で頭を下げるのだろう。あんなに強くて、いつも余裕そうに笑っている先輩が、なぜこんな顔をするのだろうか。そして、心からこう思った。
 この人のこんな顔は見たくないと。
 頭がその結論に至った時、俺の体は動いていた。指をこめかみに当てる。
「御社、聞こえるか? 今どこにいる?」
「真君……」
「お主……」
 暗い顔のまま顔を上げる千宮司先輩の顔をなるべく見ずに、テレパシーに集中する。
「そ、その声は真君!? ん、ちょ、ちょっと待って!」
 慌てた声に、俺は若干申し訳なくなる。そりゃまぁいきなり声かけたら皆驚くわな。
「図書室ね。あと五分で行くわ。待ってて」
「ちょっと待て!」
 おいこの女今の一瞬で場所把握したっていうのかよ。……怖えぇよ。
「あら、今からデートって訳じゃ……ないのね。それにちょっと慌ててるみたい。うふふ、いいわ、何でも言ってみて?」
 そしてなんでそんな詳しくわかるんだよ。今の状況ではすごくありがたいけども。
「前に話してくれた『パストワールド』ってゲームを手に入れたい。どうすりゃいい?」
「もう持っているわ」
「あ!?」
「今手元にもう二つあるわ。真君と私用」
 この女……すごいな。正直なんでか聞くのか怖いが、素直に感心する。
「今から持ってこれるか? 今からすぐにプレイしたい」
「場所は図書室でいいの? どこでもいいわよ?」
「食堂で頼む。食堂で会おう」
「うふふ、そういうと思ってすでに食堂にいるけどね」
「おま……なんでかは知らないけど、その察しの良さ好きだ! すぐ行くから待ってろ!」
 テレパシーを切る瞬間に発狂が聞こえた気がしたけど気のせいだろう。
「御社がすでに二つのゲームを持ってます。それで食堂で待ってくれているそうです」
「その二つのうちどちらかがつながるゲームだったらいいわね」
 横で聞いてた文車妖妃が嬉しそうに言う。
「そうだな。それより文車妖妃、俺たちは食堂に向かうからここでお別れだ。文田に憑りつくのはいいけど、ばれないようにな」
「真君、先生ってつけなきゃ……」
「あー、もういいや。めんどくさいし」
 そんな話をしていると、横からぐすっという鼻をすする音が聞こえた。
「お主達……すまぬ、妾のために……」
 誰と言わずとも一人しかいない。千宮司先輩が下を向いて泣いていた。
「……何を言ってるのよ。あなたは未来が読めるんでしょう? この状況が分かっていたはずじゃないの?」
「そ、そうですよ! 泣いちゃダメですって! 女性は笑顔が一番の化粧って言いますから!」
「……すまぬ」
「千宮司先輩、泣くのは勝手なんですが、一つ言わせてください。助けてと言ってないに助けてくれた先輩の事を助けられるなら俺は迷わず助けますよ」
「……そうじゃな」
 袖で顔を拭いて顔を上げた先輩の顔はすでに、いつもの笑った顔だった。
「それと文車妖妃、未来が云々はお主を動揺させるための嘘じゃ。とりあえず、お主達は食堂に来てくれ」
 最後にニヤッと笑うと、時の狭間と言われた世界が消え、俺たちは図書室に立っていた。
「……私は図書室にいるわね。いつものように本を読んでるから、何かあったら今の能力で連絡を頂戴。どうせ何もすることもないから、あなたたちに協力するわ」
「文車妖妃……」
 雪撫は驚いた顔をする。その顔にいじわるな顔をして、文車妖妃は笑う。
「あなたの事では分からないわねぇ?」
「っんなによそれ!」
「喧嘩はそれまでにしろ雪撫。行くぞ」
「頑張ってきなさいな」
「おう!」
 文車妖妃の激励を背中に受けて、俺たちは食堂へと急いだ。

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