天空の妖界

水乃谷 アゲハ

千宮司と雪女

 千宮司先輩は言葉を最後に、ポンと俺の背中を叩く。すると、また体に頭痛とだるさが襲ってきた。
 ……今すぐにこの術を解くのは無理そうだ。全身に力をこめる。その瞬間、一気に意識を引っ張られた。
「……のう、文車妖妃や。少し、やりすぎではないか? それとも、お主の見えると言う未来で現れる妾の存在を待っていたのか?」
 そんな事言いながら、彼女、千宮司先輩は俺の体で立ち上がる。
「え……?」
「え……」
 ここで、二度目の未来が読める彼女、文車妖妃の驚いた顔を確かに見た。勿論、雪撫も口調の変化に驚いて私の方を見る。
「なんじゃ? こんな入れ替わりも予想できないで未来が見えると言っておったのか?」
「ふ、ふん。千宮司さんね。い、いいのかしら? また彼があなたの魔力に耐えられずに記憶の障害が起きるかもしれないわよ?」
 驚いた顔をすぐに強気な顔に戻して文車妖妃は言った。
「貴様の未来予想、言霊は妾に効かん。降参したほうが身のためじゃぞ?」
 質問に答えず、意地悪い笑顔を浮かべながら千宮司先輩は挑発する。身体がうずうずしている様にも見える。恐らく戦いたいという気持ちから落ち着けないのだろう。……この人は……。
 それを聞いた文車妖妃は、明らかに顔の余裕が消えた。
「未来予想。これは恐らく、言霊の応用じゃ。つまり言霊が効かなければ関係ない。お主は、言葉に自分の妖気を乗せて聞かせることによって、相手の頭を催眠状態にし、言った通りの事をさせる。つまり妖気さえ効かなければ意味をなさない。そうじゃろ? 未来予想はその催眠状態になり、むき出しになった相手の頭の中を覗き込む事で予想している。そんなところじゃろ」
 図星だったのかどんどん顔が固まっていく文車妖妃に、千宮司先輩は意地悪な笑みのまま続ける。
「つまり、一瞬でも油断したら負けとなるが、逆に言えば神経を張り詰めておけば貴様は無力じゃ。さて、お喋りはここまで。千宮司せんぐうじ ほむら、かわいい後輩のためにこの戦いの代役となり、勝利をして見せよう」
 ……かっこいい。素直にそう思った。格好つけるようなその言葉も様になっていた。
 千宮司先輩は、腰に手を当て、そこにある何かを握る。そのまま手を前に動かすと、銀の刀身が現れた。すべて抜いて構える。日本刀がモデルとなっている片刃の刀はうっすらと赤く光って見えた。
「ま、待ちなさい。あ、あなたがそこまで彼に肩入れする理由がどこにあるの? あなたが味方して利点は全くないと思うのだけれど何があるのよ」
 こわばった顔のまま、文車妖妃は千宮司先輩の足を少しでも止めようと言葉を続ける。
 フンッとつまらなそうに千宮司先輩は鼻を鳴らすと、刀の切っ先を文車妖妃に向ける。
「この二人を見ていると学園生活が楽しくなるのじゃ。そこもかしこも雑魚しかおらんのでな。だがこやつは自分の能力を見違えて、もはやカスとも言える存在だったにもかかわらず雪女に助けると言った。妾からしたら滑稽ではあった。が、同時に感心したのじゃ。戦闘は周りと同じ雑魚じゃ。しかしな、あの状況、しかも相手は本来自分の敵という状況での判断は感心するしかないじゃろう」
 ただの悪口しか聞こえないのだが、その通りだから何も言えない。雪撫も自分の存在を知っている、この千宮司先輩に何も声を出さずにずっと見ている。
「ちょ、ちょっと待ちなさい」
 そこで文車妖妃は手を挙げて話を止める。
「あ、あなたが彼に関わっていたのはその前、入学式からでしょう? そこはなんでよ」
 そう言われても千宮司先輩は余裕の笑みを浮かべて続ける。それどころか、その言葉を鼻で笑った。
「はっ。貴様、妾を舐めるなよ? 未来予想は妖怪だけの専売特許? そうか、その程度の能力など妾は使わん。妾が使うのは未来予知じゃ。相手の頭を調べずともわかる。故にこやつの未来など見え見えじゃ。故に力を貸した。ただそれだけじゃ」
 文車妖妃の顔から、完全に余裕が消えた瞬間だった。焦ったまま、千宮司先輩に向かって妖気を放つ。
 その妖気をもはや心地よい顔をして千宮司先輩は目を閉じた。
「千宮司 焔はこの戦いから消える!」
 その余裕がまた文車妖妃を焦らせ、思わず彼女は千宮司に向けてそう言い放った。
「ほぉ? 妾がここから消えると? ふむ、良かろ。消えてやろうかの」
 言うが早いか、本当に千宮司先輩は姿を消した。私だけは千宮司先輩と繋がっているので一応場所は分かるけど、それでも早すぎて目では追えない。
 私でさえこうなる。雪撫と文車妖妃の二人すぐに見失って周りを警戒する。
 いや、雪撫は襲わない……はずですよね先輩?
 勿論、千宮司先輩は雪撫のもとへは移動せずに文車妖妃の背後で足を止める。
「貴様じゃ勝てんと言っておろうに。さっさと降参せぬか」
 突然現れた背後の気配に文車妖妃は手刀を放つが、そこにもう先輩はいない。
「っこの! ……いや、ここであなたのペースに乗ったら負けね。……奥の手、というものを使いましょう」
 目を閉じて心を落ち着かせると、彼女は足元に積もった雪を見る。そしてカッと目を開くと、雪に指をさす。
「現れよ竜! 私と戦いたる女に鉄槌を下せ!」
 先ほどよりも鋭く雪に命令をすると、なんと雪が動き出した。
「ふむ、なるほど。生物では無いものに妖力を送って動かす。これが貴様の言う奥の手というわけか」
 私たちの近く、つまり先ほどの場所で足を止めると、千宮司先輩は警戒を強めて文車妖妃の下、動き出した雪を見つめる。
「えぇ、これはかなりの妖力を使うから、本当は使いたくなかったのだけれどね」
 息を若干切らしながら、文車妖妃のその顔には余裕の表情が戻っていた。
 徐々に彼女の立つ足場が膨れていく。地面の振動は周りに広がる。そこに全くバランスを崩さず立っているのだから千宮司先輩はすごい。
「で、これに勝てるかしら?」
 地震が収まった時、文車妖妃はその竜の頭に立っていた。
 体長は三メートルを超えるだろう。頭を見上げると首が痛くなる。その背中には大きな翼、手足には鋭利な爪が付いているし、それを持つ手足もかなりでかい。まさしくその姿は竜だった。
「のう、主。一か二、どちらがいい?」
 竜に目を向けながら、背中越しの私に向かって千宮司先輩が聞いてると気が付くのに時間がかかった。
 いや、だって全く言っている意味が分からないから……。でも、答えないのも迷惑だと思うので、
「じゃ、じゃあ一で?」
 答える。千宮司先輩はその答えに大きく頷いて、竜に刀を突きつける。
「形持った雪は、音もなく崩れ去る」
 先輩が口に出したそれは、文車妖妃と全く同じ術、言霊だった。
「「「なっ……!?」」」
 私も、雪撫も、文車妖妃さえも予想していなかっただろう。全員が同じ言葉を同じタイミングで言う。
 竜が、その体を足から崩れ去ったのだ。……この先輩、最強すぎるよ。

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