天空の妖界
雪女とトランス
「上手な発表だったよ影弥真君」
体育館から出ようとしたときに、トリプレットのリーダーが拍手とともに俺に言った第一声はそれだった。
「誰……ですか?」
無視するわけにもいかず、俺は振り返る。俺の脇を、同じ学年の人や先輩が歩いていく。
「俺たちは学校的に言うと、二つ上の先輩になる立場の人間だよ。で、先輩としては早くこの学校のルールっていうものに馴染んでほしいわけだ」
「は、はぁ……? ありがとうございます?」
「チョーウケル! こいつ状況分かってないぜ!」
そう言って、横から肘を入れられてる奴を見ていても、全く彼らの言っている意味が分からなくて、あの時は本当に混乱していた。
「ま、まぁなんだ? そんなわけで、馴染んでほしいからこの学校の華とも言える、バトルっていうのを体験させてあげようって思ってな」
「そうだぜ。だから、お前は今から俺たちと勝負するんだよ」
「は、はぁ!? 勝負!? って言われても、俺は戦える能力って無いから、勝負できないっていうか……」
「手元」
「え?」
そして俺は、手元を見て愕然とする。そこには空間ウインドゥと、強制バトル申請の文字。逃げ場は無かった。
混乱した頭の中、白い部屋で一分間何もできずに立っていた。部屋が消え、一瞬明るい光に包まれると、そこは建物の中のような殺風景な部屋だった。
「お、おぉ……」
そのときの俺はと言えば、のんきにその部屋を見回していた。
「チョーウケル! あいつまだ分かってないぜ?」
「そうだぜリーダー。もうはっきり言ったほうがいいんじゃねぇか?」
その言葉で、不穏な空気を感じた俺は振り返る。そしてリーダーの方を見て固まった。
リーダーの男の手が、元の約十倍程膨れ上がっていたのだ。思わず身構える。
「構えても無駄だよ。さっき自分で戦う能力は無いと言っていただろう?」
「そうだぜ。あともう一つお前に絶望的な事を言うとしたら、ポイントが無くなったら停学だからな?」
「え……」
「しかも俺たちが万が一負けたら、こっちもお前とポイント同じだから停学になる。お互いが絶望的ってわけだ」
「チョーウケル! 負けるわけがねーだろ!」
手を見て、話を聞いて、俺は完全に絶望していた。
「まずは小手調べな?」
そう言って、リーダーは隣の男から岩を受け取ると、こちらに向かって投げてきた。やまなりのゆっくり飛んできた岩を、思いっきり横に飛んで避ける。
「おぉ、上手いもんだ。どんどんいくぞ?」
そう言うと、また岩を受け取って投げる。それを避けながら相手の事を見ると、一人だけ、『タイムストップ』を持った奴が動いていないことに気がついた。
その当時、やつの能力を知らなかった俺は、迷わず進路をその動かない男へと向けた。
「……チョーウケル」
殴りかかろうとした俺は、言葉とは裏腹にとてもつまらなそうな顔で手を向けられる。
その瞬間、俺の手は宙を振っていて、大きく空振りした俺は思いっきり転んだ。
「おーい真君? どこ見てるんだぁ?」
そのときの俺は、リーダーが本当に心配しているのかと思って、もう一度リーダー達の所へと走ってまた転ばされてを何度も繰り返した。
「……あきた」
ずっと俺にタイムストップをかけて遊んでいた彼は短く言った。
「そうだぜリーダー、もうやめようぜ?」
岩の男も岩を作り出すのをやめて、リーダーに言う。
「そう、だな」
リーダーの男の告げたそのセリフは、死の宣告にしか聞こえなかった。
「んじゃ、真君じゃーな」
一言告げると同時に、俺は地面に横たわっていた。全身に痛みが走り、喉の奥から大量の血液が遡ってきて思わず口から吐く。
「……そこからじゃな」
ふと思い出しながら喋っていた俺に、千宮司先輩が口を挟む。
「そして気絶をしかけたお主を、妾は確かにお前をこの世界、時の狭間に連れ込んだ。そこから先は覚えておるか?」
「え、だから、お主はまだ死んでおらんよ。妾……の……?」
「うむ。それが間違っておるのじゃ。妾は一言もそんなことを言っておらん。恐らくそのトランスの能力のせいで記憶がおかしくなっているのじゃろう」
何を言っているのか分からない。トランスのせいで記憶が曖昧?
「あの日の真実を妾が教えてやろう。時の狭間に運んだ時、お主は気絶をしそうになっていた。故に気を確かにしろと言って、わらわは傷を癒していたのじゃ。そして傷をすべて癒したとき、お主は勢いよく起き上がり、妾と頭をぶつけた。それも覚えておらんのか? 結構痛かったがのぅ?」
……覚えてない。
「ふん。まぁ良い。結論を先に言うぞ? 貴様の能力であるトランス、それは幻の能力じゃ。頭で触れ合った者の性別に変身すると、その能力を使える能力。それがトランスじゃ。ここまで言えば分かろう? そう、貴様は妾と頭をぶつけたために、妾の能力を使える様になったのじゃ。ただし、その能力の一番の欠点は、自分では動けないことじゃ。相手の能力の器になると言えば分かりやすいかの? 言うなれば操り人形じゃな。能力の主に動かしてもらうのじゃ。ただしあの時は、お主も能力を手に入れたばかりで器が完成していなかったから、妾の魔力で身体が影響したのじゃろう」
なるほど、全ての辻褄があっている。
「まぁ、助けたと言えば助けた事になるし、魔力を貸したと言えばそうなるわけではあるが、その勘違いだけは無くしてほしかったのじゃ。主のは戦えない能力なんかじゃない」
告げられた真実は、今の状況をどおにか出来るものじゃなかったと正直に感じた。しかし、なぜ雪撫が男じゃ憑りつけず女で憑りつけるのかの理由だけは分かった。そういえば雪撫も頭ぶつけてたな。
「さてさて、その真実が分かったところで問うが、勝ち筋は見えたか?」
いじわるな顔を浮かべて、千宮司先輩は俺に問う。どうせここで見えないと答えたら、また手を貸すとでも言いだすのだろう。
「見えました」
「お主、噓をつくのならもう少しうまくついたらどうじゃ……。未だに借りがどうのとでも言うつもりか? それで負けたら元も子も無いじゃろう。約束なんじゃろう? お主の連れである雪女との」
雪撫の事も千宮司先輩にはお見通しらしい。
「くだらない事を気にするのか、約束を気にするのか。お主ならどっちがいいのか分かろう?」
「……つまり戦わせろと言ってます?」
「無論じゃ。先輩としては、かわいい後輩がいじめられるのは見ていられぬ。そういうものじゃ」
「……」
「それでもまだ恩義がどうのというつもりなら、安心すると良い。この戦いが終わったら、妾の所に来ること。これが条件じゃ。それでここは手を打ってはくれぬか?」
このまま負けて雪撫に迷惑をかけるよりも、確かにそっちの方がいいと思った。
「……試合が終わったらすぐにそっちに行きます」
「それで良い!」
体育館から出ようとしたときに、トリプレットのリーダーが拍手とともに俺に言った第一声はそれだった。
「誰……ですか?」
無視するわけにもいかず、俺は振り返る。俺の脇を、同じ学年の人や先輩が歩いていく。
「俺たちは学校的に言うと、二つ上の先輩になる立場の人間だよ。で、先輩としては早くこの学校のルールっていうものに馴染んでほしいわけだ」
「は、はぁ……? ありがとうございます?」
「チョーウケル! こいつ状況分かってないぜ!」
そう言って、横から肘を入れられてる奴を見ていても、全く彼らの言っている意味が分からなくて、あの時は本当に混乱していた。
「ま、まぁなんだ? そんなわけで、馴染んでほしいからこの学校の華とも言える、バトルっていうのを体験させてあげようって思ってな」
「そうだぜ。だから、お前は今から俺たちと勝負するんだよ」
「は、はぁ!? 勝負!? って言われても、俺は戦える能力って無いから、勝負できないっていうか……」
「手元」
「え?」
そして俺は、手元を見て愕然とする。そこには空間ウインドゥと、強制バトル申請の文字。逃げ場は無かった。
混乱した頭の中、白い部屋で一分間何もできずに立っていた。部屋が消え、一瞬明るい光に包まれると、そこは建物の中のような殺風景な部屋だった。
「お、おぉ……」
そのときの俺はと言えば、のんきにその部屋を見回していた。
「チョーウケル! あいつまだ分かってないぜ?」
「そうだぜリーダー。もうはっきり言ったほうがいいんじゃねぇか?」
その言葉で、不穏な空気を感じた俺は振り返る。そしてリーダーの方を見て固まった。
リーダーの男の手が、元の約十倍程膨れ上がっていたのだ。思わず身構える。
「構えても無駄だよ。さっき自分で戦う能力は無いと言っていただろう?」
「そうだぜ。あともう一つお前に絶望的な事を言うとしたら、ポイントが無くなったら停学だからな?」
「え……」
「しかも俺たちが万が一負けたら、こっちもお前とポイント同じだから停学になる。お互いが絶望的ってわけだ」
「チョーウケル! 負けるわけがねーだろ!」
手を見て、話を聞いて、俺は完全に絶望していた。
「まずは小手調べな?」
そう言って、リーダーは隣の男から岩を受け取ると、こちらに向かって投げてきた。やまなりのゆっくり飛んできた岩を、思いっきり横に飛んで避ける。
「おぉ、上手いもんだ。どんどんいくぞ?」
そう言うと、また岩を受け取って投げる。それを避けながら相手の事を見ると、一人だけ、『タイムストップ』を持った奴が動いていないことに気がついた。
その当時、やつの能力を知らなかった俺は、迷わず進路をその動かない男へと向けた。
「……チョーウケル」
殴りかかろうとした俺は、言葉とは裏腹にとてもつまらなそうな顔で手を向けられる。
その瞬間、俺の手は宙を振っていて、大きく空振りした俺は思いっきり転んだ。
「おーい真君? どこ見てるんだぁ?」
そのときの俺は、リーダーが本当に心配しているのかと思って、もう一度リーダー達の所へと走ってまた転ばされてを何度も繰り返した。
「……あきた」
ずっと俺にタイムストップをかけて遊んでいた彼は短く言った。
「そうだぜリーダー、もうやめようぜ?」
岩の男も岩を作り出すのをやめて、リーダーに言う。
「そう、だな」
リーダーの男の告げたそのセリフは、死の宣告にしか聞こえなかった。
「んじゃ、真君じゃーな」
一言告げると同時に、俺は地面に横たわっていた。全身に痛みが走り、喉の奥から大量の血液が遡ってきて思わず口から吐く。
「……そこからじゃな」
ふと思い出しながら喋っていた俺に、千宮司先輩が口を挟む。
「そして気絶をしかけたお主を、妾は確かにお前をこの世界、時の狭間に連れ込んだ。そこから先は覚えておるか?」
「え、だから、お主はまだ死んでおらんよ。妾……の……?」
「うむ。それが間違っておるのじゃ。妾は一言もそんなことを言っておらん。恐らくそのトランスの能力のせいで記憶がおかしくなっているのじゃろう」
何を言っているのか分からない。トランスのせいで記憶が曖昧?
「あの日の真実を妾が教えてやろう。時の狭間に運んだ時、お主は気絶をしそうになっていた。故に気を確かにしろと言って、わらわは傷を癒していたのじゃ。そして傷をすべて癒したとき、お主は勢いよく起き上がり、妾と頭をぶつけた。それも覚えておらんのか? 結構痛かったがのぅ?」
……覚えてない。
「ふん。まぁ良い。結論を先に言うぞ? 貴様の能力であるトランス、それは幻の能力じゃ。頭で触れ合った者の性別に変身すると、その能力を使える能力。それがトランスじゃ。ここまで言えば分かろう? そう、貴様は妾と頭をぶつけたために、妾の能力を使える様になったのじゃ。ただし、その能力の一番の欠点は、自分では動けないことじゃ。相手の能力の器になると言えば分かりやすいかの? 言うなれば操り人形じゃな。能力の主に動かしてもらうのじゃ。ただしあの時は、お主も能力を手に入れたばかりで器が完成していなかったから、妾の魔力で身体が影響したのじゃろう」
なるほど、全ての辻褄があっている。
「まぁ、助けたと言えば助けた事になるし、魔力を貸したと言えばそうなるわけではあるが、その勘違いだけは無くしてほしかったのじゃ。主のは戦えない能力なんかじゃない」
告げられた真実は、今の状況をどおにか出来るものじゃなかったと正直に感じた。しかし、なぜ雪撫が男じゃ憑りつけず女で憑りつけるのかの理由だけは分かった。そういえば雪撫も頭ぶつけてたな。
「さてさて、その真実が分かったところで問うが、勝ち筋は見えたか?」
いじわるな顔を浮かべて、千宮司先輩は俺に問う。どうせここで見えないと答えたら、また手を貸すとでも言いだすのだろう。
「見えました」
「お主、噓をつくのならもう少しうまくついたらどうじゃ……。未だに借りがどうのとでも言うつもりか? それで負けたら元も子も無いじゃろう。約束なんじゃろう? お主の連れである雪女との」
雪撫の事も千宮司先輩にはお見通しらしい。
「くだらない事を気にするのか、約束を気にするのか。お主ならどっちがいいのか分かろう?」
「……つまり戦わせろと言ってます?」
「無論じゃ。先輩としては、かわいい後輩がいじめられるのは見ていられぬ。そういうものじゃ」
「……」
「それでもまだ恩義がどうのというつもりなら、安心すると良い。この戦いが終わったら、妾の所に来ること。これが条件じゃ。それでここは手を打ってはくれぬか?」
このまま負けて雪撫に迷惑をかけるよりも、確かにそっちの方がいいと思った。
「……試合が終わったらすぐにそっちに行きます」
「それで良い!」
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