天空の妖界

水乃谷 アゲハ

雪女の過去2

 あの日、帰り道が消えたことに驚いて動けなかった私の背後に、いつの間にか凪君は立っていました。
「君は誰? 僕に何か用があるの?」
 そんな言葉を後ろから言いました。思わず後ろを振り向くと、黒い髪が目元を隠すほど伸びていた事を覚えています。
 その彼に、私は慌てて弁解をしました。
「あああ、あの! 私は雪女の雪撫といいます。よ、妖界で一番強いと言われている、夢現という妖に会いに来たんですが……す、すいません。道を間違えましたね」
 とはいっても、あの時私は山の頂上にいたので、間違えようがありませんが。
 慌てた私に、凪君は首をかしげました。
「いや、間違ってないよ? ここが夢現のいる場所さ」
「え!? じゃ、じゃあ夢現さんの息子さんですか?」
「いやいや、僕が夢現だ」
「へ!? で、でもこ、子供……」
 と、驚いた私に凪君は苦笑いをして、
「失礼だなぁ。君だって僕と変わらないのに十位にはいっているだろ?」
 と、そう言いました。今思うとかなり正論です。
「僕は夢現の凪。いやぁ、ここに妖怪が来るなんて久しぶりだから、僕は嬉しいよ」
「あ、あの……も、もう帰りますので許してください」
 突然の笑顔が怖くてそんなことを言いました。だって、目が見えないから本当に笑っているかが分からなかったんです。でも、凪君は笑みを崩さず、私を歓迎してくれました。
「そんはおどおどしないでいいよ? 僕は何も君をとって食おうなんて思ってないんだ。むしろ、歓迎してるんだよ。言っただろう? ここに人が来るのは久しぶりだって。僕は喜んでいるんだよ」
 目が見えないから分からないかな? と、おどけて言っていました。
 そして少し体を横に向け、中へ入れるような素振りをしました。しかし山の頂上です。家は見当たりません。
「家はないの? ……夢現君は」
「なんだい? あった方がよかった? 分かった」
 と、その時突然、凪君は地面を軽く靴の爪先で叩きました。すると、突然目の前に家が建ちました。と、いうより見えなかった家が唐突に見えるようになったという感じでした。
「あぁ、それと凪君でいいよ。雪撫ちゃん」
「え? あ、あぁ……うん」
「面食らったという顔だね。家を建てただけだよ」
 凪君は平然とそう言い、家に入りました。
「変かな? でもね、僕にとってはこれが当たり前なんだ」
「当たり前……」
「そう、当たり前。常識とも言えるかな?」
 そんな風に言っていました。だから私は、すごく驚いているとだけ彼に言いました。すると、思わぬことを言われました。
「そうだろうね。でも、雪撫ちゃんにも出来るでしょ?」
「出来ないよ!?」
 とてもすごい勘違いをされていた様でした。
「君だって氷の城とか出来るんじゃないの?」
「え、うーん……。やったことが無いから何とも言えないけど、でもやっぱり一瞬じゃ出来ないと思うよ?」
「あれー……。妖界で強さは十位いないと言われた、実力のある期待の妖怪。武器を自分の妖力で作った液体を一瞬で凍らして戦う。また、武器も様々な物を使えるっていうのは雪撫ちゃんでしょ?」
「武器と家じゃ大きさが違うじゃん!」
 と、思わず突っ込みを入れ、それと同時に自分のことをバッチリ把握されていることに驚いた事を、今でも覚えています。
「あぁ確かに。まぁ、一瞬で家を建てるのは、夢現の特権だね」
 その言葉に、私は気になって質問をしました。
「夢現ってどんな妖怪なの?」
 そう質問すると、凪君は椅子をどこからかまた出して、すすめてくれました。
「あ、ありがとう」
「紅茶派? コーヒー派?」
「わ、私は紅茶で……」
「座って待ってて」
 そういって凪君は台所に行きました。
 あの時はとても後悔しました。もしかしたら自分の過去を話したくないのかもしれないと思ったからです。
 しかし、台所から紅茶を持ってきてくれた凪君はあっさりと、
「夢現は枕返しの進化」
 と、答えてくれました。
 なんて謝ろうと考えていた私は、その声が聞き取れず、
「え?」
 と、聞き直しました。
「枕返しの進化が夢現っていう妖怪。枕返しが夢と夢を入れ換えて、夢を変える妖怪なら、夢現は夢と現実を入れ換えて、どちらも変えられる妖怪が夢現だ」
 普通に話す凪君に、私は聞きました。
「あ、あの、話したく無かったんじゃ無いの?」
「ん? 別に喋れるよ? ただ枕返しっていう名前が思い出せなかったから、台所にいくふりして調べただけ」
「え、えー……」
 こっちが無駄に気を使っただけだったようです。そう考えると、なんだかおかしくなって笑ってしまいました。
「ようやく笑ってくれた。雪撫ちゃんはそっちの方がかわいいよ」
 笑う私に、凪君は優しく言いました。お陰で、私は心が落ち着きました。
「この家も、夢? から持ってきたの?」
 想像が出来ず、疑問系で聞きました。
「そんな感じかな? あんまり考えたことは無いからなんとも言えないけどね」
「……へぇ、変わった能力だね。でも、すごく強いと思う」
 と、淹れてもらった紅茶を飲みながら思った事を言いました。すると、
「え? 勝負するんじゃないの?」
 と、驚いた顔で言われて、盛大にむせました。今でも、家を一瞬で建てる能力を見て、話を聞いてやりたいと言う妖はいないと思います。
「や、やらないよ!? ま、負けるもん!」
「へぇ、雪撫ちゃんは負けない勝負しかしないの?」
「いや、基本挑まれたらするけど、でも凪君の能力を聞いちゃったら負けるのがわかったもん」
「えー……一回でいいから!」
「一回でも二回でも嫌です」
「頑なだなぁ」
 確かにその通りです。でも、言い訳を今させてください。私の師匠も、
『相手の力量を見極めて、時には逃げる事も必要だね。その逃げは負けではなく、作戦だよ』
 と、言っていたんです!
「そりゃあ、頑なにもなるよ」
「暇なんだよ。練習でいいから!」
「……」
 確かに、他の妖も私みたいに避けているのかも知れません。そのとき私は、凪君に少し同情しました。だから、小さく、
「ちょっとだけだよ?」
 そう言いました。

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