幼馴染は黒魔法を使いたい
幼馴染は勉強ができない
久々に文子の部屋に来た。
黒魔法趣味は以前より格段に悪化していて、真っ黒な棚には色々なモノが乗っている。小さなドクロ、怪しげな魔導書、ヘンテコなガラス瓶。床のカーペットは魔法陣の柄をしているけど、こんなものどこで買ったんだろう。
文子は椅子に座り、ふんぞり返って俺を見た。
「くくく……我が館になにか用かな」
「おばさんに頼まれてな。お前、中間テスト最悪だったろ」
顔を青くした文子を無視する。
彼女のカバンを探る。
毎度テスト後にもらう見慣れたテスト結果表。そこには、見たこともないほどの赤点が並んでいた。
「俺が家庭教師をやめた途端これか」
「だ、だってぇ」
情けない声。
俺はため息をついて文子を見る。
俺と同じ高校に行きたいと言うから、高校受験に向けては多少無理してでも詰め込んだというのに。それで高校に入ってから留年なんてしようものなら、俺のほうがおばさんに顔向けできない。
「7月の期末テストだ」
「期末テスト……?」
首を傾げる文子。
俺は彼女に人差し指を向ける。
「期末の点数が悪かったら、黒魔法グッズは没収する」
「えぇぇぇ、待ってよヒデ兄」
「お前の将来のためだ」
慌てたように俺に詰め寄る文子。
だがこれはおばさんとも合意した決定事項だ。
文子に拒否権はない。
「テストまで毎日家庭教師に来るからな」
頭を抱えていた文子が顔を上げる。
先程まで青かった顔が、ほんのり赤くなる。
口元が少し緩んでいるようだが。
「毎日、きてくれるの?」
「厳しくやるぞ、わかったな」
「……よ、よきにはからへ」
頬を赤くしてニヘラと笑う文子。
そんな風に笑ってられるのも今のうちだ。
翌日。
パソコン部の部室では、一年生二人がお互いのノートPCを覗き合いながら何やら相談していた。
「しんくん、ACLって何かわかりますか」
「確かこの本で──」
背の低い真面目そうな女子が川辺。
ヒョロ長い猫背の男子が森田。
二人は幼馴染らしい。
付き合ってはいないそうだけど、仲が良くていつも一緒にいる。今も体はほとんど密着している。それでも、二人とも気にした様子もなくパソコンの画面に夢中だ。
パソコン部の課題は極力自分で進めてもらっている。
仮想サーバをサクッと一つ立てるだけだけど、本を何冊も読むより体験で理解するのが一番手っ取り早い。セキュリティ面とか危険なこともあるから、俺も二人の作業をチェックしたり、指導したりはしているけど。
「坂本先輩、ちょっと教えてください」
川辺に呼ばれ、俺は重い腰を上げる。
二人の桃色空間に足を踏み入れるのは気が乗らないけど、これも部長のつとめだ。
最近は二人ともいろいろなことに詳しくなってきたと思う。
部活が終わって部室を出ると、廊下には見慣れた人影があった。俺は鍵を挿しながら話しかける。
「ずっと廊下で待ってたのか、文子」
「悠久の時をこの地で待ち続けたのだ。足がすごく痛い」
ずっと廊下に立ってたのか。
待つなら待つで、他の場所にいればよかったのに。
「図書室にでも行ってろよ」
「我、あそこ出入り禁止だから」
「おい何したお前」
仕方ないやつだなぁ。
中学のときのパターンだと、教室にも居づらいんだろうし。世話が焼けるよ。
「明日からはパソコン部の部室に入れ」
「いいの?」
文子は目を丸くして俺を見上げる。
俺は彼女の頭をポンと叩いた。
「課題出すから、勉強でもしてろ」
「ありがと。ヒデ兄が天使に見えるよ」
俺たちは並んで歩き、文子の家へと足を向けた。
「ヒデ兄が悪魔に見えるよ。鬼。デビル。ヒデ兄じゃなくてじゃなくてデビ兄だよ」
ぐったりした文子がそう呟いた。
なんだよデビ兄って。
「ヒデ兄。さてはお主、魔王ベルゼブブの眷属かなにかか」
「いや坂本家の長男だけど」
文子の家で夕飯を頂いたあとは、そのまま彼女の部屋で家庭教師をしていた。軽い休憩もはさみながら、みっちり二時間。
まずは現状の学力を把握しよう。そう思って各単元の簡単な問題を出して行ったのだが、高校の授業はほとんどイチからやり直しの状態だった。
特に理系科目は壊滅的だ。
「だいたい、なんで授業のノートが魔法陣だらけなんだよ」
「ふふ。深淵を理解するために必要なのだ」
「深淵の前に数学を理解しろ」
受験のときより頭悪くなってないか。
そんなことを思いながら、説明を終えて演習問題を解かせる。集中する文子の後ろで、俺は棚の魔導書に手を伸ばした。
パラパラ。
ページをめくり、ざっと概要を理解する。
意外と几帳面に付箋が貼ってあるから、その辺りが文子のお気に入りページなんだろう。
ふーん。文子はこんな感じの黒魔法ワードが好きなんだな。
俺はスマホにメモを取りながら、これから作ろうと思っているWebサイトの詳細を検討する。
「ヒデ兄……終わった……燃え尽きた」
「初日からよく頑張ったじゃないか。偉かったぞ」
採点をしながら、文子を褒めちぎる。
間違っていても叱りはしないけど、正解していれば大きく褒めるのが文子を操縦するコツだ。だいぶぐったりしているから、今は何を詰め込もうとしても無駄だろう。
「じゃ、また明日な」
文子の頭をポンと叩く。
彼女は顔をほんのり赤らめた。
口元をモニモニと動かしている。
俺は荷物を抱えて部屋をあとにした。
期末テストまで約一ヶ月。
なるべく早く準備を整えよう。
Webサイト『黒魔法使い養成所』を。
黒魔法趣味は以前より格段に悪化していて、真っ黒な棚には色々なモノが乗っている。小さなドクロ、怪しげな魔導書、ヘンテコなガラス瓶。床のカーペットは魔法陣の柄をしているけど、こんなものどこで買ったんだろう。
文子は椅子に座り、ふんぞり返って俺を見た。
「くくく……我が館になにか用かな」
「おばさんに頼まれてな。お前、中間テスト最悪だったろ」
顔を青くした文子を無視する。
彼女のカバンを探る。
毎度テスト後にもらう見慣れたテスト結果表。そこには、見たこともないほどの赤点が並んでいた。
「俺が家庭教師をやめた途端これか」
「だ、だってぇ」
情けない声。
俺はため息をついて文子を見る。
俺と同じ高校に行きたいと言うから、高校受験に向けては多少無理してでも詰め込んだというのに。それで高校に入ってから留年なんてしようものなら、俺のほうがおばさんに顔向けできない。
「7月の期末テストだ」
「期末テスト……?」
首を傾げる文子。
俺は彼女に人差し指を向ける。
「期末の点数が悪かったら、黒魔法グッズは没収する」
「えぇぇぇ、待ってよヒデ兄」
「お前の将来のためだ」
慌てたように俺に詰め寄る文子。
だがこれはおばさんとも合意した決定事項だ。
文子に拒否権はない。
「テストまで毎日家庭教師に来るからな」
頭を抱えていた文子が顔を上げる。
先程まで青かった顔が、ほんのり赤くなる。
口元が少し緩んでいるようだが。
「毎日、きてくれるの?」
「厳しくやるぞ、わかったな」
「……よ、よきにはからへ」
頬を赤くしてニヘラと笑う文子。
そんな風に笑ってられるのも今のうちだ。
翌日。
パソコン部の部室では、一年生二人がお互いのノートPCを覗き合いながら何やら相談していた。
「しんくん、ACLって何かわかりますか」
「確かこの本で──」
背の低い真面目そうな女子が川辺。
ヒョロ長い猫背の男子が森田。
二人は幼馴染らしい。
付き合ってはいないそうだけど、仲が良くていつも一緒にいる。今も体はほとんど密着している。それでも、二人とも気にした様子もなくパソコンの画面に夢中だ。
パソコン部の課題は極力自分で進めてもらっている。
仮想サーバをサクッと一つ立てるだけだけど、本を何冊も読むより体験で理解するのが一番手っ取り早い。セキュリティ面とか危険なこともあるから、俺も二人の作業をチェックしたり、指導したりはしているけど。
「坂本先輩、ちょっと教えてください」
川辺に呼ばれ、俺は重い腰を上げる。
二人の桃色空間に足を踏み入れるのは気が乗らないけど、これも部長のつとめだ。
最近は二人ともいろいろなことに詳しくなってきたと思う。
部活が終わって部室を出ると、廊下には見慣れた人影があった。俺は鍵を挿しながら話しかける。
「ずっと廊下で待ってたのか、文子」
「悠久の時をこの地で待ち続けたのだ。足がすごく痛い」
ずっと廊下に立ってたのか。
待つなら待つで、他の場所にいればよかったのに。
「図書室にでも行ってろよ」
「我、あそこ出入り禁止だから」
「おい何したお前」
仕方ないやつだなぁ。
中学のときのパターンだと、教室にも居づらいんだろうし。世話が焼けるよ。
「明日からはパソコン部の部室に入れ」
「いいの?」
文子は目を丸くして俺を見上げる。
俺は彼女の頭をポンと叩いた。
「課題出すから、勉強でもしてろ」
「ありがと。ヒデ兄が天使に見えるよ」
俺たちは並んで歩き、文子の家へと足を向けた。
「ヒデ兄が悪魔に見えるよ。鬼。デビル。ヒデ兄じゃなくてじゃなくてデビ兄だよ」
ぐったりした文子がそう呟いた。
なんだよデビ兄って。
「ヒデ兄。さてはお主、魔王ベルゼブブの眷属かなにかか」
「いや坂本家の長男だけど」
文子の家で夕飯を頂いたあとは、そのまま彼女の部屋で家庭教師をしていた。軽い休憩もはさみながら、みっちり二時間。
まずは現状の学力を把握しよう。そう思って各単元の簡単な問題を出して行ったのだが、高校の授業はほとんどイチからやり直しの状態だった。
特に理系科目は壊滅的だ。
「だいたい、なんで授業のノートが魔法陣だらけなんだよ」
「ふふ。深淵を理解するために必要なのだ」
「深淵の前に数学を理解しろ」
受験のときより頭悪くなってないか。
そんなことを思いながら、説明を終えて演習問題を解かせる。集中する文子の後ろで、俺は棚の魔導書に手を伸ばした。
パラパラ。
ページをめくり、ざっと概要を理解する。
意外と几帳面に付箋が貼ってあるから、その辺りが文子のお気に入りページなんだろう。
ふーん。文子はこんな感じの黒魔法ワードが好きなんだな。
俺はスマホにメモを取りながら、これから作ろうと思っているWebサイトの詳細を検討する。
「ヒデ兄……終わった……燃え尽きた」
「初日からよく頑張ったじゃないか。偉かったぞ」
採点をしながら、文子を褒めちぎる。
間違っていても叱りはしないけど、正解していれば大きく褒めるのが文子を操縦するコツだ。だいぶぐったりしているから、今は何を詰め込もうとしても無駄だろう。
「じゃ、また明日な」
文子の頭をポンと叩く。
彼女は顔をほんのり赤らめた。
口元をモニモニと動かしている。
俺は荷物を抱えて部屋をあとにした。
期末テストまで約一ヶ月。
なるべく早く準備を整えよう。
Webサイト『黒魔法使い養成所』を。
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