このゲームのススメ方

ノベルバユーザー174145

考え事

 子供ならそのまま丸呑み出来る程大きな野良犬が高く飛び出して、リルゥを目かけて襲ってきた。子供にしか見えないリルゥなら一溜りもなく咥えられるであろう。例えゲームだとしても、その光景はあまり見たくない物であった。
 俺は瞬時に指を動かし、ショートカットに設定された幾つかのスキルを使った。

 最初に数字キーの三を押す。
 それに答えるようにリルゥは約ニ秒間両手に握られていた杖を捧げ大きく円を描いた後、地面を向けて鎚を打つように振り下ろした。
 杖の先端が地面を打った時、幾多の青い光が杖を通じて地面に入り、蛇の如く地底を這い広く拡散して行く。
 地面の隙間から漏れる青光がカーテンのように揺らめいた。
 拡散したように見えた光はコンマ数秒で角度を変えて野良犬に迫る。そして青光が野良犬の足元に着いた瞬間、爆発するような勢いで周りが凍り、その中心にいた野良犬を含めて氷の中に閉じ込めた。野良犬は脚の関節までが氷漬けになり、動きが目に見える程減少した。
 このチャンスを使ってリルゥに距離を取らせた。

 重い脚で近づく野良犬を見ながら次のスキルを使った。
 数字キーの四を押すと、リルゥは杖の先端を空を向けて掲げた。周りが淡い金色に輝き始める。
 さっきよりは少し短めの1.5秒程後、リルゥは杖を静かに下ろした。その途端、光は数件の光の鎖に収束し、やがて矢が放たれたように野良犬を襲った。光の鎖に雁字搦めになった野良犬はそこで更に速度を落とした。

 これで準備はよし。
 これから攻撃に移る。

 俺は数字キーの五を押してリルゥに次のスキルを使わせた。
 それに答えたリルゥは杖を片手に持ちながら前に出して、反対の手も前に伸ばし杖の先端のやや後に置いた。すると、手と杖の延長線上にある位置に金色の光の玉が回転しながら現れた。
 一秒も経たず、その光の玉は野良犬を目掛けて撃ち放たれた。反動でも有るのか、玉を撃った瞬間、杖と手が上に弾かれた。瞬く間に野良犬は光の玉に撃たれ、鈍器に叩かれたような鈍い音を響かせた。

 奴の上にダメージを表示が現れる。あまり大きいダメージは通らなかった。
 でも、俺は構わずまた五番キーを押して同じ攻撃を撃ち続けた。
 一回、二回、三回……と。

 野良犬のHPゲージを確認した俺は今度は六番数字キーを押した。
 リルゥは杖を高く捧げて、何か集中するように動きを止めた。徐々に杖の先端にさっきの光の玉より二回り大きい火の玉が現れた。

 その時、野良犬を束縛していた鎖と氷が解かれて、リルゥに向かって走ってきた。
 間もなく届く距離まで近づいた野良犬は次の瞬間、リルゥが放った火の玉に襲われて、その場で爆発に巻き込まれた。
 さっきとは全く違う大ダメージに野良犬は後に吹き飛ばされ、HPゲージが物凄いスピードで減っていった。

 これは勝った、と思ったその時、HPを約数ポイント残した野良犬が反転し再びリルゥに襲ってきた。
 俺はその光景に驚いてしまい、むやみに方向キーを押しただけで、何の反応も出来なかった。リルゥも勿論、勝手に動く事は出来ず、俺が押した方向に一瞬だけビクッとしただけで、無防備なまま野良犬の攻撃を受けてしまった。

 攻撃の音と、リルゥの上に現れたダメージ表示。そして後に倒れながら苦痛の表情になるリルゥ。
 その光景が眼に入った瞬間頭の中が沸騰したかのような感覚に襲われた。

 俺はまた襲い掛かってくる野良犬を睨みながらタイミングを測って一番数字キーを押した。
 野良犬が攻撃に移って噛み付こうとしたのと全く同じ瞬間にリルゥが杖をフルスイングした。
 一瞬スクリーンが揺れたと思ったら、杖に叩かれた部分から閃光が放たれ、野良犬は大きく後にぶっ飛ばされた。その衝撃で奴のHPが全部削られて、漸く倒れた。

 そらを見届けた後、俺は数字キーの二番を押した。
 リルゥは片手で杖を捧げて、金色の光を放ち始めた。そして、光に包まれる中、リルゥの体力がどんどん回復していった。

 これで一旦大丈夫か。
 俺はため息を吐いて、椅子の上で寛いた。
 そして、その時になって漸く私の意識と体の動きがシンクロする。

「今回は随分と長かったなぁ」

 と、独り言を呟く。

 意識と身体が合わさるのと同時にどんどん大きく聞こえてくるパソコンのファンの音をBGMに、俺はさっきの戦いを振り替えてみる。

 戦い中、俺は殆どの意識を別の事に向けたまま、体が動くままに置いといた。
 昔から考え事が多かった俺の悪い癖だ。何かを考えながら別の行動をしようとしたら、いつの間にかこんな癖が付いてしまった。
 この状態の俺は、自分が普段取れそうな行動をそのまま取るんだけど、殆ど周りも見ず、後先考えず行動するので、馬鹿みたいな行動もよく取る。簡単に言うと、普段より抜けた俺だ。お陰で碌な目に会った事がない。

 でも、このゲームに限っては許容範囲内の行動を取るので、最近はよく放っといてる。
 多分だけど、リルゥの存在が俺の意識を少しだけ多めに分けていると思う。
 この娘がダメージを負う姿は心が痛むから。
 まぁ、そのせいで昨日は大変な目にあったけど。

 俺がさっきまで考えていた別の事とは正にその昨日の事である。

 勝手にリルゥを操作しながら狩りを続ける身体の事は取り敢えず意識の他所に置いて、俺は続けて考え事をした。

 昨日俺は新しい服を作る為、素材集めにマップを見ながら移動していた。
 その時も俺は考え事中で、マップが示す位置を目指してひたすら動き回っただけだった。
 まさかその道中に蛇のモンスター群と出くわすとは思えなかった。しかもリルゥより結構高レベルな上で仲間を呼ぶ事もあるとは。
 危うくリルゥを死なせるところであった。
 ゲームだからどうせ死んでも街で生き返るだけだから大丈夫だと言われるけど、それでも俺はリルゥが死ぬのを見たくない。絶対に。

 昨日はそんな俺と同じ考え方を持っていたプレイヤー、メアリーに出会った。
 彼女もまた蛇達に襲われていて、居ても立ってもいられない状態だった。
 だけど、防御特化な彼女はどんなに蛇が攻撃しても体力が全然減らなかった。
 何故だが動かないままだったが。
 もしかしたら頭の上に乗っていたアイコンのせいだったかも知れない。

 そして、俺は長い時間を掛けてメアリーに協力し、あの蛇地獄から抜ける事が出来たのだ。

 何故彼女はそんなに防御力が高かったのかを訊いてみたら、俺と同じくアバターを死なせたくなかったからだった。
 共通した考え方を持っていた事に気づいた彼女は酷く興奮して、とても嬉しそうに語り始めた。
 その喋ら方から考えると、どうやらまだ子供に思われた。直接聞いていないから確実ではないけど。
 まぁ、俺の方から二十代と明かしても問題なかったようだから、実際はもっと歳を取っていたかも知れない。

 でも、問題はそこじゃない。
 その後、メアリーは俺にフレンド登録したのだ。

 フレンド。
 つまり、友達になるって事だよな?
 その事実に対して、俺はかなり動揺してしまった。

 今の俺はあんまり人と関わりたくなかった。
 そんな中で逃避処としてこのゲームを始めたんだが。
 こうしてメアリーと友達になって大丈夫なのか?
 俺はそこがどうしても心残りであったのだ。

 現実での人との関わりを持てば確実に俺が誰なのか相手に知られて、また問題になりかねない。
 でも、ここでも友達が出来て仲が深まったら、また俺の事を感づいてしまうんじゃないだろうか?
 そしたら一体どんな事になるんだか。
 想像するだけで脱力感に襲われて、凄く落ち込んでしまう。

 そう言えばレフィンに相談した時、この悩みを話す辺りでキレてしまったよなぁ。
 親友である俺がこんなに悩んでいて、唯一頼りにして相談したのがアイツなんだから、もうちょっと優しくしてくれてもいいのに。

「ツイてねぇなぁ……」

 あ、でもそのお陰で俺はこのゲームを始めて、リルゥにも出会ったんだからそんなにツイてないってわけじゃない、かな?

 そのリルゥはまだ草原を走り回りながらさっきと同じ野良犬モンスターと戦っていた。
 まぁ、無意識とは言え、俺が動かしているんだからそう改めて言うまでもないが。

 やっぱり直接操作していないせいか、少しずつダメージを負っていた。
 考え事を止めた俺は早速回復魔法を使ってリルゥの体力を元に戻した。

 ずっと狩りまくって素材のアイテムも結構貯まった。でも、目標数にはまだ掛かりそうだ。
 周りを見渡すとまだ野良犬の狩場の草原だった。山や森はここからかなり遠く離れた場所にいて、ここには平たい地面と草、野良犬達、そして草原の中央にでっかい楕円形の紫色の岩があるのみ。プレイヤーすら無いちょっと淋しい雰囲気の場所だ。
 もう日が変わった時間だから人が無いんだろうか?

 兎に角今は素材集めだ。
 人との交流とか、メアリーと友達になるとか、そんなの今更考えても遅い。
 それより今重要なのはリルゥの事だ。
 今の俺はリルゥに新しい服を着させる為に早く素材を集めなくちゃならないのだ。
 そう決心した俺は早速手頃な相手を探してみた。

 紫岩のすぐ近くに群れから離れた野良犬が三匹程佇んでいるのを見つけた。
 よし、アイツらにしよう。

 適度な距離まで近づいた後、俺は一番左にいた野良犬に照準して数字キー零番を押した。

 零番はスキルではなくキャラクターモーションを設定してある。
 このキャラクターモーションこそがレフィンを現実っぽい仕草をさせたものだ。
 しかし、レフィンはモーション作成と言う機能で自分で作ったモーションを使っていたから、少し違う。
 俺の場合、ショートカットに設定したのはデフォルトのモーションだ。
 自分でリルゥのモーションを作るのも凄く興味があるけど、多分一度始めたら終わる事なくずっとモーションを作る事だけするかも知れない。リルゥを創る時も取り組み過ぎて、時間を沢山使ったし。モーションは一つの完成型がなく作りたいだけ作れるから、途中で止める自身がない。

 零番のモーションは"小石を投げる"と言う物で、名前通りに小さな石粒を投げるだけのモーションだ。
 街でも使えて、プレイヤーに投げて当てると、なんと、一のダメージが通るのだ。
 勿論、フィールドでモンスターに投げるのも出来て、こっちが本来の使い方だ。
 石に当てられたモンスターは攻撃されたのと同じ判定を出して、投げた相手に反撃する。
 この野良犬のモンスター達は先に攻撃しない限り攻撃して来ない非先行モンスターだから、こうやって一匹ずつ取り出して戦うのが簡単だ。俺の今の戦闘スタイルは魔法メインなんだが、偶に変なところに撃ってしまうから、下手したら他の敵も呼び寄せてしまう可能性が高い。それに魔法には広範囲攻撃もあるからなるべく一匹ずつ倒すのが良いとレフィンに教わった。

 俺が零番を押すとリルゥはその場でしゃがんで足元から石を拾って投げた。
 えいっ、と可愛く声を出すような弱々しい動作であった。

「あ」

 そんなリルゥを眺めていた俺は思わず手が滑ってマウスを動かしてしまった。それに従って、スクリーンも振れて照準がやや上の方にズレた。
 リルゥの手から放たれた小石は綺麗な放物線を描きながら、狙っていた野良犬を越えて、明後日の方向に飛んで行った。
 そこには紫岩しか居ないのに。

 俺は気を引き締めてまた小石を投げようと、数字キー零番を押し―――。

 バキッ!

 ……ん?

 飛んで行った小石が紫岩にぶつかった瞬間、野良犬に当たった時と同じ音がした。
 そして当たった場所に-1と表示される。

 あれはダメージ表示?
 でもなんで岩から?

 俺がそんな事を考えていた時、紫岩が動いた。
 ダルマの様に左右に動いたと思ったら、完全に横に倒れてしまった。
 ドカーン!と地面を震わせるような音が響いた。
 草原にいた野良犬達はその音に酷く驚いたように、物凄い勢いでその場から遠ざかった。

 横に倒れた紫岩は今度は左右に拡張してきた。
 まるで爬虫類の鱗が動くように岩の表面が軋む。
 右側が尖った形となり、左側からは顔らしき物が後ろから回り現れた。
 あ、拡張なんかじゃなく、丸めた身体を元に広げるだけだったのか。

 俺はその光景を映画でも見るような感覚で眺めていた。

 そして完全に身体を開いた"それ"はリルゥの何倍も大きいその巨大な頭をゆっくりとリルゥに向けて、爛々と光る血色の瞳で睨んできた。

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