このゲームのススメ方
ともだち
パソコンの騒音が部屋を満たす中、俺は何だかとても疲れた気分で溜息をついた。
昨日はリルゥを創って何となくこのゲームをやりたくなったので、ちょっと楽しんでみようかと思った途端、メンテナンスとやらで接続出来なかった。
高まった気分が急激に下がるあの感覚は二度と味わいたくない物であった。
それでも壊れかけていた心を保つのに成功し、こうやって今日また《ランド・オブ・ガーディアンズ》にログインして来たんだが。
まさかログインして早々、他の人に絡まれるとは思ってもしなかった。
瞬間、正体がバレちゃったか焦ってしまった。
その時、俺を救ってくれたのはとても魅力的なダークエルフ種族の子で、俺の親友が操ってるアバター、レフィンであった。
今、俺達は人気のない建物の中でテーブルを挟んでいる。
食店みたいな所だ。
椅子にクリックすると、そこにリルゥが座った。
親友はそのリルゥの対面側に座って話し掛けてきた。
『災難でしたね、リルゥ。昨日は昨日でアホみたいな事になっちゃったし、漸くゲームを始めたと思ったら早速絡まれるなんて。僕を笑い殺せるつもりでしたら、ほぼ成功しましたよ。流石、僕の親友です』
こいつ、最初に会った時からずっとこうした丁寧口で話している。
初めはフキダシで出たメッセージが誰からだったのか気づかなかった分、俺は歴代最大級の顰めっ面になってしまった。
指が軋むように動いて、辛うじてキーボードを叩いた。
『まぁ、一応礼は言っとく。本当助かった。でもさぁ』
『はい、何ですか、リルゥ?』
そう言い返した我が親友……いや、一々こう呼ぶのも面倒だし、ゲーム中だからレフィンと呼ぼう。
そのレフィンはゲームのアバターとはとても思えない程自然な動作でほっぺに指を添いながら首を傾げる。
悔しくも可愛い、と思ってしまったが、その事に付いてもまた後に文句を言ってやろう。
今はそれより早く何とかしないといけない問題が有るんだから。
『誰だ、お前?俺が知ってる俺の親友はそんな丁寧な口振りはしないぞ?言ってる内容が微妙にムカつくのは何時も通りだけど』
今度は逆方向に首を傾げる。
そして暫くの間の後、ポン、と片方の拳でもう片方の掌を叩いた。
『あ、そういう事ですか』
だから、その妙に現実っぽい仕草は何なんだよ、一体?
『ロールプレイですよ、ロールプレイ』
ロールプレイ……。
確か、さっきも聞いたような気がする。
『そのロールプレイっていうのは?』
『簡単に言うと演技ですね。普段の自分とは違う空想の人物を想定して、その人に成り切って行動する事です。キャラ作り、とも言えます』
「自分とは違う人物……」
その言葉に少しだけ惹かれるのを感じる。
『興味ありますか?』
まるで悪魔の囁きのようだった。
でも、すぐ頭を振って念を消した。
『いや、そこまでやりたくはない。やり切れるか自身もないし。それに、自分がそうするかと思うとちょっと変な気がしてな』
『ええ?じゃ僕は変ですか?』
『すっげぇ違和感だ』
俺が即答で答えると、レフィンは『そうですか』と、何とも思えないようにクスクスと慎ましく笑う。
いや、寧ろどこか楽しんでいるかのような反応だ。
『もう〜何も可笑しな事はありませんよ。ここはゲームだし、こういうのは割りとありふれてますから。それに』
言葉を切ったままレフィンはテーブルの上に体を載せて俺の前に顔を近づけた。
ニヤニヤしていて、少しムカつく。
『リルゥもそのつもりでこのアバターを創ったんじゃないんですか?こんなに可愛くて愛らしいアバター、今まで見た事がないんですよ』
その言葉に俺は頭を大きく頷けざるを得なかった。
『そのつもりが何のつもりかは分からないけど。まぁ、確かに。その通りだな。リルゥは可愛い』
このゲームを始めてからすぐ分かったが、俺が創ったリルゥはこの中でもかなり上位に属する外見であった。
最初にゲームを起動した時、キャラクターメイキングで見たデフォルトのデザインは結構美形だった。
しかし、周りを見渡しても美男美女と言える程のアバターは手で数える程しかいない。その殆どがデフォルトデザインのアバターかそれをちょっと変えたぐらいで、他は、ごく稀だけと、アイドルとか外国の有名人を模した姿だった。
こう判断できるのも俺が仕事柄で美人に見慣れて、こういう美的感覚が磨けたからかも知れない。
まぁ、そんな俺もリルゥを創る時は苦労したから、その難しさは分からなくもないけど。
それにどういう訳か、美形な程同じ姿をしている者が多い。もしかして俺が知らなかっただけで実はデフォルトデザインって結構在るのか?
そう考えてしまう程キャラクターメイキングの自由度に比べて他のプレイヤー達の姿が単調過ぎた。
わざと太くしたりしてアバターの姿を崩壊させたりしたのを除けば、だけど。
そのお陰で俺はただの自慢ではなく、事実として、嘘偽り無く、論理的結論として言える。
リルゥは可愛い、だと。
『そう、それなんですよ』
レフィンは指をビシッと指しながら告げた。
『リアルとあんまり変わらないから気づくのが遅かったんですけど、リルゥのその言葉遣い自体が既にキャラ作りな物ですよ。偶に自分を"リルゥ"って呼んだり、普段は冴えないくせに褒められたらすぐ調子に乗って、自信たっぷり肯定したりして』
『それのどこがキャラ作りって言うんだ?俺は普通に喋ってるだけだけと』
レフィンはチッチッチッと人差し指を振りながら答えた。
……一々気に障るな。
『勿論、普段であれば何の問題もありません。その外見と似合って、如何にもつまらなさそうな顔ですから。でも、忘れていませんか?今の貴方はリアルの貴方じゃなくて"リルゥ"なんですよ』
『だから、それがどうだってんだよ?問題ねぇだろう?』
終始理解できない話ばっかり言って、何がなんだかさっぱり分からない。
それにこいつ、話す途中にまた妙にディスってやがるし。
そんなレフィンに俺は苛立ちを覚えながらも続きを催促した。
『つまりですね。今の貴方は"リルゥ"で、その"リルゥ"がリアルの貴方と同じく振る舞うと、グッとくるんです』
『何がだ?』
『それは……萌です!!!』
『………………ヘェー』
俺は最大限に感情を抑えてそう返した。
『それは……萌です!!!』
『いや、何で二度言うんだよ』
『重要だから二度言いました』
『あ、ソウデスカ』
『詳しくはロリ属性、俺っ子属性、気弱属性、ぼっち属性、無気力属性、馬鹿属性等等。今のリルゥは正しく歩く萌え要素ですから。僕はてっきりそんな打算的な計画があるかと』
『お前なぁ……』
絶句しかけた頭を何とか保つ。
呆れながらも俺はキーボードに手を走らせた。
『俺がそんな事する訳ねぇだろう。それに、それをお前が言うのかよ?』
『何の事ですか?』
『確かにリルゥはめちゃくちゃ可愛いんだけど、お前が人の事言えないだろう。"レフィン"も凄く可愛い女の子じゃねぇか。どう見てもオタク向けの萌えキャラだろうが』
『あ、僕、女の子じゃありませんよ』
「………はぁ?」
レフィンの爆弾宣言に俺は思わず声を出してしまった。
『え?いや、だって、お前』
『正確には男の娘ですけどね。オトコのムスメじゃなくてオトコノコ』
いや、だから……男なのに娘、じゃなくて娘……?
え?何?どういう事?
全く意味不明だけど……。
『もしもし〜ラグってるんですか?』
頭が混乱していて暫く何の反応も見せなかった俺にレフィンが手を伸ばした。
リルゥの顔の前で手を振りながら意識の確認をしている。
そのデタラメなアバターの動作に強制的に我に返ってしまった。
俺はもう少し逡巡した後、また指を動かした。
『……ボーイッシュ?』
『それじゃまだ女の子ですよ』
『……男装?』
『惜しい』
『……女装?』
『まぁそれが一番合ってますね』
あれが女装……だと?
『フフフ、驚きました?ねぇねぇ、驚きましたよね?他ならぬLOGだからこそ出来る事ですよ。服に性別制限無いんですからwwwww』
何がそんなに楽しいんだか、レフィンはとても上機嫌で、今まで一番輝く笑顔で笑った。
思わず見惚れてしまう程のいい笑顔だ。
それがまた混乱を加速させる。
『性別は確かに男なのに女の子より可愛い、女の子には無い魅力を持ち、スカートを捲るまではシュレディンガーの猫。この業界では寧ろご褒美ですよ』
レフィンはドヤ顔で胸を張って言った。
つまり、生物学的には男、雄、maleだけど、見た目は完全に女の子で、しかも普通の女の子より可愛くて、魅力的で、でもツイていて、それが寧ろ良くて……。
それ以上考えるのは危険だと本能が叫んで、俺は考えるのをやめた。
◆ ◆ ◆
『で、これから何をしますか?』
俺が回復するのを待ってくれたレフィンはいつの間にか手にしたドリンクを口に着けてコクコク飲んでいた。
食店だろうし問題ないか。
『さぁな。ゲームだからやっぱり敵と戦うとか?』
『まぁそれもありなんですけど』
チャットを見ながら俺は何となくマウスを動かした。
そしてポインタがテーブルの上に乗った時、テーブルがハイライトされた。
多分、クリック出来る物だからだろう。
俺の指はそのままテーブルをクリックする。
画面の横に飲食店のメニューみたいなウィンドウが出た。
レフィンはこれで注文したのか。
折角だし、俺も何か注文しようと適当に飲み物をクリックした。
〔所持金が足りません〕
「………ツイてねぇなぁ」
何気ない事なのに残念な気持ちになってしまう。
『ノビスは元々お金無いんですよ』
俺が何をしていたか察しがついたレフィンが説明してくれた。
『まったく、しょうがないんですね〜』
ピン!
〔レフィン様がハチミツジュースを奢りしました〕
『はい、どうぞ』
『………ありがとう』
『今度何か奢ってくださいね。リアルで』
『気が向いたらな』
ゲームの中だし直接飲むのではないから意味ないかもと思ったけど、両手でコップを掴んでちょくちょく飲むリルゥの仕草がとても愛らしくて、そんなに損した気はしなかった。
レフィンも同じだったのか、リルゥが一口飲み終えるのを待った後話を続けた。
『モンスターと戦うのも面白いんですけど、LOGの楽しみは他にも沢山ありますから』
『そんなにあるのか?』
『はい、ハウジングとか畑づくりみたいなベタな物からパズル、宝探し、アバターの飾り付け、モーション作成、ギャルゲー、レース、モンスター図鑑、等等。ミニゲームまで含めると数え切れないんですから』
結構あるんだな。
正直、どうせただのゲームだからと舐めていたかも知れない。
『リルゥは何をしたいんですか?』
俺はスクリーンを見つめた。
その中でリルゥはさっきからハチミツジュースとやらを飲んでいた。
でも、ついさっき飲み干したのか、開けっ放しの口の上でカップを振って最後の一滴まで飲もうとしていた。しかし何度振ってもこれ以上は出ないようだ。
コップをテーブルに戻したリルゥの顔は少し下を向いていて、何だかションボリしている気がした。
そんなリルゥを見ていたらさっきレフィンが言ってた戦い以外の楽しみとやらを思い返し、それに従って動く手をそのまま走らせた。
『アバターの飾り付けって何?』
『……やっぱりそれですね』
レフィンはまるで何もかも分かっていますとでも言うように大きく頷いた。
『普通に服とかアクセサリーとか髪型なんですよ。ちょっとお金がかかりますけど、時間さえあれば必ず欲しいようにアバターを飾れますよ』
『じゃあそれをやりたい』
『分かりました』
椅子から立ち上がったレフィンは背筋を伸ばした。
『では、早速行きましょうか。テュートリアルもまだでしたよね?付き合ってあげますからさっさと済ませてからやりましょう。リルゥがやりたい進め方を』
〔レフィン様から"手を繋ぐ"モーションの申請が届きました〕
変なメッセージがスクリーンの中央に出たので、はいをクリックしてみた。
するとリルゥが席から立ち、レフィンと手を繋いだ。
そしてレフィンが動き出した。
俺はリルゥを操作していないのに、リルゥはレフィンに引かれるように付いていく。
今の時間は深夜だが食店の中から出たゲームの世界は日が高くて、雲一つない晴天だった。
街には人が多く、物凄く賑わっている。
レフィンとリルゥはそんな人々を追い越して走り駆けた。
昨日はリルゥを創って何となくこのゲームをやりたくなったので、ちょっと楽しんでみようかと思った途端、メンテナンスとやらで接続出来なかった。
高まった気分が急激に下がるあの感覚は二度と味わいたくない物であった。
それでも壊れかけていた心を保つのに成功し、こうやって今日また《ランド・オブ・ガーディアンズ》にログインして来たんだが。
まさかログインして早々、他の人に絡まれるとは思ってもしなかった。
瞬間、正体がバレちゃったか焦ってしまった。
その時、俺を救ってくれたのはとても魅力的なダークエルフ種族の子で、俺の親友が操ってるアバター、レフィンであった。
今、俺達は人気のない建物の中でテーブルを挟んでいる。
食店みたいな所だ。
椅子にクリックすると、そこにリルゥが座った。
親友はそのリルゥの対面側に座って話し掛けてきた。
『災難でしたね、リルゥ。昨日は昨日でアホみたいな事になっちゃったし、漸くゲームを始めたと思ったら早速絡まれるなんて。僕を笑い殺せるつもりでしたら、ほぼ成功しましたよ。流石、僕の親友です』
こいつ、最初に会った時からずっとこうした丁寧口で話している。
初めはフキダシで出たメッセージが誰からだったのか気づかなかった分、俺は歴代最大級の顰めっ面になってしまった。
指が軋むように動いて、辛うじてキーボードを叩いた。
『まぁ、一応礼は言っとく。本当助かった。でもさぁ』
『はい、何ですか、リルゥ?』
そう言い返した我が親友……いや、一々こう呼ぶのも面倒だし、ゲーム中だからレフィンと呼ぼう。
そのレフィンはゲームのアバターとはとても思えない程自然な動作でほっぺに指を添いながら首を傾げる。
悔しくも可愛い、と思ってしまったが、その事に付いてもまた後に文句を言ってやろう。
今はそれより早く何とかしないといけない問題が有るんだから。
『誰だ、お前?俺が知ってる俺の親友はそんな丁寧な口振りはしないぞ?言ってる内容が微妙にムカつくのは何時も通りだけど』
今度は逆方向に首を傾げる。
そして暫くの間の後、ポン、と片方の拳でもう片方の掌を叩いた。
『あ、そういう事ですか』
だから、その妙に現実っぽい仕草は何なんだよ、一体?
『ロールプレイですよ、ロールプレイ』
ロールプレイ……。
確か、さっきも聞いたような気がする。
『そのロールプレイっていうのは?』
『簡単に言うと演技ですね。普段の自分とは違う空想の人物を想定して、その人に成り切って行動する事です。キャラ作り、とも言えます』
「自分とは違う人物……」
その言葉に少しだけ惹かれるのを感じる。
『興味ありますか?』
まるで悪魔の囁きのようだった。
でも、すぐ頭を振って念を消した。
『いや、そこまでやりたくはない。やり切れるか自身もないし。それに、自分がそうするかと思うとちょっと変な気がしてな』
『ええ?じゃ僕は変ですか?』
『すっげぇ違和感だ』
俺が即答で答えると、レフィンは『そうですか』と、何とも思えないようにクスクスと慎ましく笑う。
いや、寧ろどこか楽しんでいるかのような反応だ。
『もう〜何も可笑しな事はありませんよ。ここはゲームだし、こういうのは割りとありふれてますから。それに』
言葉を切ったままレフィンはテーブルの上に体を載せて俺の前に顔を近づけた。
ニヤニヤしていて、少しムカつく。
『リルゥもそのつもりでこのアバターを創ったんじゃないんですか?こんなに可愛くて愛らしいアバター、今まで見た事がないんですよ』
その言葉に俺は頭を大きく頷けざるを得なかった。
『そのつもりが何のつもりかは分からないけど。まぁ、確かに。その通りだな。リルゥは可愛い』
このゲームを始めてからすぐ分かったが、俺が創ったリルゥはこの中でもかなり上位に属する外見であった。
最初にゲームを起動した時、キャラクターメイキングで見たデフォルトのデザインは結構美形だった。
しかし、周りを見渡しても美男美女と言える程のアバターは手で数える程しかいない。その殆どがデフォルトデザインのアバターかそれをちょっと変えたぐらいで、他は、ごく稀だけと、アイドルとか外国の有名人を模した姿だった。
こう判断できるのも俺が仕事柄で美人に見慣れて、こういう美的感覚が磨けたからかも知れない。
まぁ、そんな俺もリルゥを創る時は苦労したから、その難しさは分からなくもないけど。
それにどういう訳か、美形な程同じ姿をしている者が多い。もしかして俺が知らなかっただけで実はデフォルトデザインって結構在るのか?
そう考えてしまう程キャラクターメイキングの自由度に比べて他のプレイヤー達の姿が単調過ぎた。
わざと太くしたりしてアバターの姿を崩壊させたりしたのを除けば、だけど。
そのお陰で俺はただの自慢ではなく、事実として、嘘偽り無く、論理的結論として言える。
リルゥは可愛い、だと。
『そう、それなんですよ』
レフィンは指をビシッと指しながら告げた。
『リアルとあんまり変わらないから気づくのが遅かったんですけど、リルゥのその言葉遣い自体が既にキャラ作りな物ですよ。偶に自分を"リルゥ"って呼んだり、普段は冴えないくせに褒められたらすぐ調子に乗って、自信たっぷり肯定したりして』
『それのどこがキャラ作りって言うんだ?俺は普通に喋ってるだけだけと』
レフィンはチッチッチッと人差し指を振りながら答えた。
……一々気に障るな。
『勿論、普段であれば何の問題もありません。その外見と似合って、如何にもつまらなさそうな顔ですから。でも、忘れていませんか?今の貴方はリアルの貴方じゃなくて"リルゥ"なんですよ』
『だから、それがどうだってんだよ?問題ねぇだろう?』
終始理解できない話ばっかり言って、何がなんだかさっぱり分からない。
それにこいつ、話す途中にまた妙にディスってやがるし。
そんなレフィンに俺は苛立ちを覚えながらも続きを催促した。
『つまりですね。今の貴方は"リルゥ"で、その"リルゥ"がリアルの貴方と同じく振る舞うと、グッとくるんです』
『何がだ?』
『それは……萌です!!!』
『………………ヘェー』
俺は最大限に感情を抑えてそう返した。
『それは……萌です!!!』
『いや、何で二度言うんだよ』
『重要だから二度言いました』
『あ、ソウデスカ』
『詳しくはロリ属性、俺っ子属性、気弱属性、ぼっち属性、無気力属性、馬鹿属性等等。今のリルゥは正しく歩く萌え要素ですから。僕はてっきりそんな打算的な計画があるかと』
『お前なぁ……』
絶句しかけた頭を何とか保つ。
呆れながらも俺はキーボードに手を走らせた。
『俺がそんな事する訳ねぇだろう。それに、それをお前が言うのかよ?』
『何の事ですか?』
『確かにリルゥはめちゃくちゃ可愛いんだけど、お前が人の事言えないだろう。"レフィン"も凄く可愛い女の子じゃねぇか。どう見てもオタク向けの萌えキャラだろうが』
『あ、僕、女の子じゃありませんよ』
「………はぁ?」
レフィンの爆弾宣言に俺は思わず声を出してしまった。
『え?いや、だって、お前』
『正確には男の娘ですけどね。オトコのムスメじゃなくてオトコノコ』
いや、だから……男なのに娘、じゃなくて娘……?
え?何?どういう事?
全く意味不明だけど……。
『もしもし〜ラグってるんですか?』
頭が混乱していて暫く何の反応も見せなかった俺にレフィンが手を伸ばした。
リルゥの顔の前で手を振りながら意識の確認をしている。
そのデタラメなアバターの動作に強制的に我に返ってしまった。
俺はもう少し逡巡した後、また指を動かした。
『……ボーイッシュ?』
『それじゃまだ女の子ですよ』
『……男装?』
『惜しい』
『……女装?』
『まぁそれが一番合ってますね』
あれが女装……だと?
『フフフ、驚きました?ねぇねぇ、驚きましたよね?他ならぬLOGだからこそ出来る事ですよ。服に性別制限無いんですからwwwww』
何がそんなに楽しいんだか、レフィンはとても上機嫌で、今まで一番輝く笑顔で笑った。
思わず見惚れてしまう程のいい笑顔だ。
それがまた混乱を加速させる。
『性別は確かに男なのに女の子より可愛い、女の子には無い魅力を持ち、スカートを捲るまではシュレディンガーの猫。この業界では寧ろご褒美ですよ』
レフィンはドヤ顔で胸を張って言った。
つまり、生物学的には男、雄、maleだけど、見た目は完全に女の子で、しかも普通の女の子より可愛くて、魅力的で、でもツイていて、それが寧ろ良くて……。
それ以上考えるのは危険だと本能が叫んで、俺は考えるのをやめた。
◆ ◆ ◆
『で、これから何をしますか?』
俺が回復するのを待ってくれたレフィンはいつの間にか手にしたドリンクを口に着けてコクコク飲んでいた。
食店だろうし問題ないか。
『さぁな。ゲームだからやっぱり敵と戦うとか?』
『まぁそれもありなんですけど』
チャットを見ながら俺は何となくマウスを動かした。
そしてポインタがテーブルの上に乗った時、テーブルがハイライトされた。
多分、クリック出来る物だからだろう。
俺の指はそのままテーブルをクリックする。
画面の横に飲食店のメニューみたいなウィンドウが出た。
レフィンはこれで注文したのか。
折角だし、俺も何か注文しようと適当に飲み物をクリックした。
〔所持金が足りません〕
「………ツイてねぇなぁ」
何気ない事なのに残念な気持ちになってしまう。
『ノビスは元々お金無いんですよ』
俺が何をしていたか察しがついたレフィンが説明してくれた。
『まったく、しょうがないんですね〜』
ピン!
〔レフィン様がハチミツジュースを奢りしました〕
『はい、どうぞ』
『………ありがとう』
『今度何か奢ってくださいね。リアルで』
『気が向いたらな』
ゲームの中だし直接飲むのではないから意味ないかもと思ったけど、両手でコップを掴んでちょくちょく飲むリルゥの仕草がとても愛らしくて、そんなに損した気はしなかった。
レフィンも同じだったのか、リルゥが一口飲み終えるのを待った後話を続けた。
『モンスターと戦うのも面白いんですけど、LOGの楽しみは他にも沢山ありますから』
『そんなにあるのか?』
『はい、ハウジングとか畑づくりみたいなベタな物からパズル、宝探し、アバターの飾り付け、モーション作成、ギャルゲー、レース、モンスター図鑑、等等。ミニゲームまで含めると数え切れないんですから』
結構あるんだな。
正直、どうせただのゲームだからと舐めていたかも知れない。
『リルゥは何をしたいんですか?』
俺はスクリーンを見つめた。
その中でリルゥはさっきからハチミツジュースとやらを飲んでいた。
でも、ついさっき飲み干したのか、開けっ放しの口の上でカップを振って最後の一滴まで飲もうとしていた。しかし何度振ってもこれ以上は出ないようだ。
コップをテーブルに戻したリルゥの顔は少し下を向いていて、何だかションボリしている気がした。
そんなリルゥを見ていたらさっきレフィンが言ってた戦い以外の楽しみとやらを思い返し、それに従って動く手をそのまま走らせた。
『アバターの飾り付けって何?』
『……やっぱりそれですね』
レフィンはまるで何もかも分かっていますとでも言うように大きく頷いた。
『普通に服とかアクセサリーとか髪型なんですよ。ちょっとお金がかかりますけど、時間さえあれば必ず欲しいようにアバターを飾れますよ』
『じゃあそれをやりたい』
『分かりました』
椅子から立ち上がったレフィンは背筋を伸ばした。
『では、早速行きましょうか。テュートリアルもまだでしたよね?付き合ってあげますからさっさと済ませてからやりましょう。リルゥがやりたい進め方を』
〔レフィン様から"手を繋ぐ"モーションの申請が届きました〕
変なメッセージがスクリーンの中央に出たので、はいをクリックしてみた。
するとリルゥが席から立ち、レフィンと手を繋いだ。
そしてレフィンが動き出した。
俺はリルゥを操作していないのに、リルゥはレフィンに引かれるように付いていく。
今の時間は深夜だが食店の中から出たゲームの世界は日が高くて、雲一つない晴天だった。
街には人が多く、物凄く賑わっている。
レフィンとリルゥはそんな人々を追い越して走り駆けた。
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