喪女はヒモを飼うことは出来るのか

伊吹咲夜

喪女、聖杯に血を捧げる

 やっぱりネットの力は強い。
 あんなにあくせく逆ナンしても成果がなかったのに、SNSで拡散したら面白いくらいにDMがやってきた。
 中には詐欺でしょう、とかイチャモン着けてくるのもいたが、普通に暇ですからという理由で『警備員』になってもいいというメッセージが届いていた。

「それにしても、よし子ったら上手いこと募集かけたわね」

 パソコンからDMの返信をしながら横で紅茶をすするよし子に言った。

「ヒモといえばニート。ニートといえば『自宅警備』。ならば警備といえば事足りるだろうって思ってね」
「あー、ナルホド……」

 だから中には『現役の警備員です』なんてメッセージもあったのか。
 自宅警備ご苦労様です。

「それでさ、きっちり百人になるように連れてきた方がいいのかな? それとも余裕をもって多めに連れてくるか」
「そうねぇ……」

 カップを持ち上げたまま、よし子は少し首を傾げて考え始めた。
 ちょっと小指を曲げて止まっている様は、カップがなければ菩薩様を連想させる。
 ああ、よし子菩薩様。いいお知恵を授けたまえ。

「三人くらい多めに連れてきましょう。聖杯に血を捧げるなんて聞いて、逃げ出す人もいそうだし」
「まぁ、それだけ聞くと怪しげな儀式よねぇ……」

 実際怪しげな儀式なんだけどさ。
 呼び出すのが悪魔かオカマかの差だけだ。

「それでも足りなくなったら、こそっと拐ってくればいいのよ」

 ニッコリ笑顔でよし子が付け加えた。

 **********

 駅前から少し外れた場所にある公園には、既に何十人かの人だまりが出来ていた。
 指定した『よく分からない少女らしき像』の前なので、募集をかけたヒモ候補であるのは間違いない。

「やべ、緊張してきた」

 逆ナンで少しは男に免疫が出来たといえ、初対面の大勢相手となると勝手は違う。
 どう入っていって、何と喋っていいのかも分からなくなってきた。

「ど、ど、ど」
「ドーナッツのド?」

 違う。どうしようって言いたかったのだ!
 よし子、これくらい分かってくれ。

「ほら、行ってみましょうよ。時間もいい頃だし」
「あぅあぅ……」

 何か怖い。超怖い。
 ボコられたらどうしよう。

 そんな心配をよそに、よし子はグイグイ私を引っ張っていく。

「はぁーい皆さーん。お待たせいたしましたー」

 よし子が大声を上げて手を振りながら集団へ向かっていくと、一斉に視線がこっちへ集まる。
 うわぁー!! 注目するなぁぁぁ!
 そんな心の声なんて届くはずもない。

「私は付き添いのよし子でぇーす。こっちが雇い主のあっちゃん。よろしくね」

 フレンドリーというか、何も考えていない人っぽいというか。
 集団はよし子の挨拶にポカーンとしてしまってますが!?
 どうするのよ!?

「では皆さん移動します。あっちにバスが待ってますので、それに乗って下さい」
「え? よし子、これ全員連れて行くの? 説明もなしに?」
「そうよ。だってここで説明したら邪魔でしょう? それにいい感じの人数だから、屋敷に連れて行っちゃえば簡単には逃げられないし」

 うふふ、とよし子は囁いて笑う。
 よし子、実はこういうのに手慣れてたりする……?

 私が一言も発することなく、よし子は集団をバスの中に納めた。
 ここへは二人ともシンヤの運転する車で来ていたが、バスなんて私はレンタルした記憶はない。
 それに誰がバス運転出来るんだ?
 あれって大型免許だったかいるんだよな?

「さあ私達も乗りましょう」
「う、うん……。ってあれ? 今泉さん?」

 運転席にいたのは今泉さんだった。
 朝から姿が見えないと思ったら、こんなところにいた。

「おう姉ちゃん。随分集まったな」
「そうなんだけど。何で今泉さんがバスを運転してるの?」
「ああ、よし子さんに頼まれてな。知り合いにバスの運転できる人いませんかって聞かれて、俺が出来たから頼まれてやったのよ」

 そういう事なら頼まれた段階で言ってくれればいいものを……。
 よし子も何故黙っていたんだ。

「とりあえず出発するから、姉ちゃんも座ってくれ」

 言われるままに空いた席に座り、何も知らない男達と屋敷に向かってドナドナされていった。

 **********

「さてさてお集りの皆さん、これから『警備』についてお話します」

 玄関アプローチに集めた新たなヒモ達に向かってよし子は改めて声を掛けた。
 もうすっかりよし子が仕切っている。
 私としては面倒臭いのを全部やってくれているから、助かるしいいんだけど。

「ざっくり言って、『自宅警備』と一緒です。ここで節度を弁えてだららんとして過ごしてください」

 ざっくり過ぎてこっちがびっくりした。

「では家主のあっちゃんから一言あります。どうぞー」

 さらにびっくり。
 なに急に振ってるんだよ。

 何の心の準備もしていなかったが、振られたからには話さなければいけない。
 視線もこっちに集まっている。

「えー、あー、ここの家主の亜樹子です。ちょっとダケ協力お願いしたいことがありますが、それまで気楽に過ごしてください」

 初っ端から『血をくれ』なんて言ったら退くだろうし、夜逃げされる。
 今はこれだけしか話せない。

『では空いている部屋を案内します』とよし子が言って、この場は解散になった。
 部屋の案内はシンヤと龍玄君がしてくれると買って出てくれた。

「よし子ぉ……。これ大丈夫なのぉ?」
「うーん、不安」

 さらっと『不安』の二文字を口にした。
 ここは『ダイジョブ』じゃないのか!?

「なんかさー、お金せびって遊びに出て、そのまま帰ってこなさそうな感じの人が数名いるのよね。さすがに誰か監視つけて遊びに行かせるわけにはいかないし」
「あー、あの後ろの方にいたやつら? チャラ男っぽい」
「そうそれ。今日はまだ初日だから行動起こさないとは思うけど」

 確かに下手すれば明日にでも『金くれ』と言い出しそうだ。

「どうしようか。あいつらバラバラの部屋にして、行動も一緒にさせないようにする?」

 そうすれば金持ってそのまま帰って来ない可能性から、少しは回避されるかもしれない。

「それよりもさ、とっとと行動しちゃえばいいじゃない」
「行動って……」
「もう、明日の朝にでも聖杯に血を捧げるのよ」

 は? と思ったが、別に何日一緒に住まなければいけないという規定はない。
 そもそも『ヒモ』の定義だって『女の財布にぶら下がる男』が大前提だ。

「そうよね。三食食わせて、一晩寝させて、お小遣いあげれば『一晩養った』ってなるわよね」

 言い訳というかこじつけというか。
 でもこんな勝手な『満たした条件』をつけてやらなければ、もう時間のない私には到底叶えられれるものではない。

「よし、明日の朝、ご飯の後に実行する! それまではそんな素振りを見せず、普通に過ごすわよ」

 この場にいたのはよし子と今泉さんのみ。
 あとのヒモ達は仕事に行っていたり、遊びに出ていたりで不在だ。
 ここで漏れなければ、直前までバレて逃げられる可能性は回避できる。

「明日、いよいよ『キリストの聖杯』に血を捧げる……!!」

 **********

 夕食後に部屋で一人で飲んでいるとノックする音が聞こえた。

「いいか?」

 入って来たのは今泉さんだ。

「どうしたんです? やっぱり変な儀式に付き合わされるのに、不安というか不満でも?」

 まあ不満はあるだろうな。
 安全性もなにも確約されていない。
 聖杯に願いを告げた時、周りにいるヒモや私がどうなるかなんてゼフォンは何も話してくれていない。

「不安も不満もないが、最後に姉ちゃんと少しサシで話したくてな」
「こんな汚部屋ですがどうぞ」

 前のアパートの時よりは片付いているが、それでも本や寝起きの乱れたベッドのままの部屋だ。
 恥ずかしくないのかと聞かれたら、『慣れた』が答えだ。
 今泉さんには寝起きそのままのアパートにも突撃されたし、ここでもしょっちゅうそんなズボラな姿を見られている。

「じゃあ遠慮なく」

 今泉さんはのっそりと部屋に入って、床に腰を下ろした。
 手には飲むのを前提にしていたのか、少し高そうな芋焼酎の瓶が握られている。

「姉ちゃんも飲んでたのか。これ、一緒に飲もうと思ってな」
「わざわざすいません。これ、高いやつじゃないですか」
「まあ、前祝ってことで」

 器用に指の間に挟めていたコップを床に置く。私の分と二つある。

「あ、テーブル出します」

 テーブルと呼べない、アパート時代から使っているちゃぶ台を出して、その上に焼酎とコップを置く。
 デスクの上にあった食べかけのさきいかも忘れずに並べる。

「では、乾杯」

 色気もへったくれもない透明なコップを合わせる。
 氷も何も入っていない芋焼酎の、甘く芳醇な香りが飲む前から鼻を抜けていく。

 ちびりちびりと焼酎を味わいながら、今泉さんと今までの共同生活を振り返った。
 あのスライディング土下座から始まった、奇妙な出会い。
 今泉さん曰く、『この女、話を聞いてやらなければそのまま道路に飛び込んで自殺する』と思っていたそうだ。

「まさか、私そこまで度胸ありませんよ」
「でもあの時はそう思えた程に切羽詰まった顔してたぜ」

 確かにあんな変な話を聞かされた後だ。詰まるものは詰まる。

「でもよ、あの土下座があったからこうして出会えたんだし。良かったっていやぁ、良かったのかもな」
「ですよね。あれで不審がられて帰られてたら、まだ逆ナンしてましたよ」

 ぐびっと焼酎を煽って今泉さんは言った。

「それでよ、姉ちゃん、本当にあの願いを聖杯とやらに言うのか?」
「……それが目的でしたから」

『処女でなくなりたい』

 そんなバカな願い、聖杯ごときに叶えさせる価値があるのかと言えば今では疑問にも思えてくる。
 オカマ幽霊の手助けもあって、見た目も変われた。
 苦手とするリアルな男性との会話も、ヒモを集め、こうして毎日顔を合わせて食事のたび、すれ違うたびに会話をしていけば自然と慣れてくる。
 苦手だった料理も掃除も、新井シェフやここにいる住人もみんなの協力もあって上達し、苦手でもなくなってきた。

 頑張れば恋人くらい作れるだろう。
 それなのにまだ『処女でなくなりたい』と願うのか。
 願えば、ここにいるヒモの誰かならば、きっとその身体を提供してくれるだろう。

「俺さ、思い出も何もなく失っていいものじゃないと思うんだ」
「今泉さん……」

 彼もまた同じことを思っていた。
 私も最近そんな事を薄々とは思っていた。
 いくらアラサーで処女だからって、誰とも身体を交わすことなく、それを失ってもいいものなのかと。
 恋人ができ、そういう行為をした時に、『ない』ことに満足して彼との行為に臨めるのだろうか。

「姉ちゃんが嫌でなければ、俺……」

 隣に座っていた今泉さんの手が肩に触れる。
 そっと引き寄せられたかと思うと、今泉さんの顔が近づき唇が触れる。

 ほんの少し触れた唇から、今泉さんの吐息とさっきまで飲んでいた焼酎の味が伝わる。
 でもそれはほんの数秒で感じることはなくなった。

「悪い、少し酔ってたみたいだ」

 ばつの悪そうに笑うと、今泉さんは立ち上がって自分のコップを持ち上げた。

「俺の戯言は聞かなかったことにしてくれ。おやすみ、明日成功するといいな」

 そう言ってコップを掲げて部屋を出ていった。

「何……が、起こった……」

 早鐘のように心臓がドキドキと暴れ出す。
 これは、本気にしていいのだろうか……?

 **********

 あまり眠れぬまま、朝を迎えた。
 朝食後に庭に集合、と各部屋に連絡しそれぞれ朝食を摂らせた。

 いよいよ聖杯に願いを叶える時。
 まだ迷いが拭いきれない私には、もう時間はない。

 庭で聖杯をテーブルに置き集まるのを待っていると、ぽつりぽつりとヒモがやって来るのが見えた。

「いよいよねぇ」
「そうね。全然役に立たない堕天使とも、これでお別れね」
「やだぁ、ちゃんとアドバイスもしたわよぉ。呪われてる証明もしてあげたじゃない」
「あれはその場でゼフォンを殺してもいい案件でしたが?」

 ジロっと睨むとゼフォンは『こわぁい』とくねくね身を捩った。

「ところで願いは決まったの? 最初は処女でなくなりたいとか言ってたけど」
「まあね。一応決まったわよ」

 本当にこの願いでいいのか迷うが、後悔はしない。

「みんな、集まったわね」

 庭に集まったヒモの数をざっと数えて、全員いるのを確認して声を出した。

「集まってもらったのは、私の『協力』してもらう内容を伝えるのと、それを今から実行するためです」

 内容を知らないヒモ達がざわつく。
 知っているのはほんの一部のヒモのみ。何が起こるのか分からない状況に騒ぐのも無理ない。

「今からここにある聖杯に血を捧げて貰います。血といっても親指をちょっと切って一滴二滴だけです」

 さらにざわつくヒモ達。
 中には『悪魔の儀式だ』と言う声も聞こえる。
 まあ間違いでもないが。

「私の呪いを解く協力をお願いします。血を捧げたら絆創膏と謝礼を受け取ってお帰り下さい」

 聖杯から少し離れた場所に絆創膏と謝礼の入った箱を置いて、そこでよし子がにこやかに手を振っている。

 すると誰かが叫んで群れから飛び出した。

「呪いを解いたら、今度は別なやつが呪われるんだろう!? 俺はいやだぁー!!」

 一気に駐車場へ向かって走り出す。
 車の鍵は駐車場の脇の小部屋に置いてあるのを知っているっぽい。

「あ!!」

 引き留めようにも距離がある。
 足もかなり速い。追いつけそうもない。
 同じように逃げるヒモまで出てきた。

 もうだめだ、と思った時、逃げかけたヒモが動きを止めた。
 止めたというより、硬直した。

「だめよぉ、逃げたりしちゃぁ」
「そうよぉ。あっちゃん頑張ってここまできたんだからぁ」
「呪われたりしないから安心しなさいよぉ。それとも私達が憑いてあげるぅ?」

 逃げ出したヒモの前にフラリとオカマ幽霊が姿を現した。
 この硬直の原因は彼女(?)らの仕業だろう。

「ありがとうオカマ幽霊!」
「いいのよぉ。こっちもあっちゃんには思う存分遊ばせてもらったし」

 そのままオカマ幽霊は逃げかけたヒモを操って、聖杯の前まで連れて来た。

「さっさとやっちゃいましょうよ。抵抗するやつは私達が手伝ってあげるわぁ」
「頼んだわオカマ幽霊!」

 頷くとオカマ幽霊達は分担してヒモから血を集め始めた。
 一人が指を刺し、一人が聖杯の中に向けて指を絞り、一人が絆創膏を貼る。

「さっさと済ませちゃうわよぉー」

 オカマ幽霊の協力もあって、抵抗するヒモも次々と献血させ解放させるのに成功した。
 残るは初期メンバーの今泉さん、シンヤ、龍玄君、そして新井シェフだ。

「一年なんてあっという間でしたね」
「そうだね。でもあっちゃんさんのお陰で、僕も龍玄君もアパート追い出されてホームレスにならずに済んだし」
「それは言える。シンヤ君、ホスト向いてないって言ったのに無理してやってたからいけないんだけどね」

 二人はアハハと笑いながら聖杯に血を捧げる。

「これが終わったら、僕達ってあっちゃんとの記憶ってなくなるのかな?」
「どうだろう? ねえゼフォンどうなの?」

 聖杯の側でこっちをじっと見ていたゼフォンに聞く。
 いつの間にかこちらの服装ではなく、私の前に最初に現れた時と同じような黒いマントと黒い羽根を携えた堕天使らしい姿になっていた。

「そうね、本人次第かしら。憶えていたいと願うならば憶えているだろうし、どうでもいい思い出だと思っていたら記憶からは消される。そんな感じよ」

 実際のところゼフォンにも分からないのだろうか?
 曖昧な答えが返ってきた。

 そうこうするうちに、今泉さんが終わり新井シェフのみになった。
 じっとこっちを見て何か言いたげにしているが、何も言わずに指にカッターの刃先を立てる。
 ポタっと一滴二滴、血が聖杯に落とされる。
 これで全員だ。

「予定の百人より少し多いけど、問題ないでしょ?」
「全然。さあ、願いを唱えなさい」

 ゼフォンが真面目な表情をして言う。
 いよいよキリストの聖杯が命を再び宿す時が来た!

「ねぇねぇ、龍でも出てくるのかな」

 シンヤがこの場の緊張を崩す様なことを言う。
 んなアフォなことあるか!

 気を取り直して聖杯に向き直す。

「キリストの聖杯よ、私の願いを叶え給え!」

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