喪女はヒモを飼うことは出来るのか

伊吹咲夜

喪女、最終決戦

「何冗談言ってるのよ。残業し過ぎて脳ミソでも溶けたの?」

 そう言ってゼフォンは私の頭をペシペシと叩いた。

「いやいやいや! 冗談でも何でもなくて! ほら!」

 当選番号の一等の欄と、持っていた宝くじを目の前にかざす。

「あらぁ、本当だわぁ。じゃあこのお金で、みんなで旅行行きましょう。海外旅行!」
「わーい、さんせー」

 私のすっとんきょうな叫び声を聞いてやって来たシンヤが両手を上げて喜んだ。
 他のヒモ達はまだこの環境に馴染めないせいか、叫び声を聞いても私の部屋に近付こうともしていない様子だ。

「ちょーっと、まったぁー」

 ゼフォンから宝くじを奪い返し、盛り上がりにストップをかける。

「忘れちゃいませんか、今の状況を。私の変身のために遣ったカード代、そして日々のヒモ達との生活費! どんだけ掛かってると思ってんだ!」

 日頃の鬱憤が溜まっていたのもあって、つい怒鳴り地団駄を踏んでしまった。
 呆気にとられるゼフォンとシンヤ。

「や、やぁね。本気にしないでよぉ。旅行とまでいかなくても、少しみんなで贅沢なものでも食べましょうよぉ」
「僕ステーキ!」
「お前ら話聞いてたんか!?」

 思わず再び噴火。

「遣い道は決まってるの! カードローンの返済、食費・光熱費、ガソリン代。税金とかの必要経費」
「残りは?」

 ゼフォンが聞いてきた。
 まだ集ろうって思ってるのか、このクソ堕天使。

「あとは何かあった時用の貯金。ヒモ確保にまだまだお金もかかりそうだし」
「言われてみれば、まだ半分ねぇ。あと半年ないけど集まるの?」
「……それは運次第」

 ここまでも何とか運で乗り越えてきた。
 うまくいけば残りだって集まる筈、なんだけど。
 ただその運が不安だ。
 だって宝くじ当ててしまったのよね。

「運なんてもう残ってないんじゃないのぉ?」
「言うなぁぁぁー!! 自分でもコッソリ思ってたわ!」
「やっぱりぃー?」

『やっぱりぃー?』じゃないわよ。不安を煽るな堕天使!

「まぁさ、集まらなかったら諦めて呪われちゃいなさいってことよ。もう思い残す事もないでしょ、一応モテたんだし」
「確かに逆ナンという形ではあるがモテた……」

 しかし私の聖杯への無謀な願い(候補)は『処女を捨てる』なのよ。
 まだちょっとばかり思い残すとこはあるのよ、ゼフォンよ。

「そんな辛気臭くしてたら運だって逃げてくわよぉ。パーッと景気づけしましょう! パーッと!」
「じゃあステーキ食べよう! ステーキ!」

 ……結局落ち着くところはソコか。
 上手いこと誘導されてしまった。

 その夜は新井シェフに頑張ってもらい、ヒモプラスオカマ幽霊そして私の分のステーキを焼いてもらった。
 新井シェフの仕入れルートから無理言って用意してもらったお肉は、さすが高級レストラン御用達って感じで蕩ける旨さだった。
 肉の脂もとろけるが、自分も蕩けた。

 もうこんないい肉食べることなんてないんだろうなぁ。

 **********

 当たり前というか、やっぱりというのか。
 翌日からの逆ナンはさっぱりの成果だった。

 同じ駅前ばかりでは顔も割れているだろうし、そこを通る人も限られてくる。
 そう思って別な駅前にも足を延ばして逆ナンに行ったが、そこそこ近いせいか捕まらない。
 というか有名になっていた。

『ここ半年、逆ナンする女が毎週現れるんだぜ。しかも毎回変装して』

 ナンテコッタ……。
 知らずは自分だけ。

 それでも面白がって付いてくる輩というのは存在して、ペースこそかなり落ちたがたまに捕まることもあった。

「だめだ……。間に合わない」

 スマホに記録したヒモ達の数を数える。
 どう数えても現在七十九人。
 残り二十一人をどうやって捕まえればいいんだ……。

 気が付けば残された時間はあと一カ月。
 寒かった季節も終わり、あのローブを羽織ったオカマと出会った温かい季節になっていた。

「はぁ~。あんたと過ごした一年も、あっという間に終わったわねぇ。楽しかったようなつまらなかったような」
「まだ終わってない! あと一カ月もあるの!」
「しか、じゃないの? 一日一人捕まえてこなければ、ゲームオーバーって感じなんですけど?」

 分かってる。嫌って程分かってる。
 ただ、ここまできて諦めるというのも癪だし、勿体ない。
 あとちょっと。ほんのちょっと。

 でももう隣の市まで出掛けていって逆ナンまでしたが、結果はご覧の通りといった感じだ。
 他に手立ては、何か手段はないのか!?

「は・あ・い。よし子さんが遊びに来たわよー」

 頭を抱えて悩んでいると、こんな時に必ずといっていいほど現れるよし子がやって来た。

「あら? あっちゃん珍しく悩んでるわね。どうしたの?」
「どうしたも、こうしたも……。もう一カ月切っちゃったのよ」
「何の期限? 仕事の締め切りでも迫ってるの?」
「違うわよ。ヒモよヒモ。百人集まらないのよ」

 がっくりと肩を落とし溜息をつくと、よし子は『そんな事?』と笑って私の頭をポンポン叩いた。

「もー、あっちゃんってば。まだひとつやってない事あるじゃない」
「はへ?」
「SNSよ。ネットの力を借りるのよ」
「あ!!」

 すっかり忘れていた。
 事もあろうに私はネット民なのに、その存在を忘れていようとは!
 帰る家を忘れた犬のようだ。

「まだ一カ月あるじゃない。ダイレクトに『ヒモ募集』って書かないで、数日ルームシェアしてくれる男性募集』とでも書けばいいんじゃない?」
「よし子頭いいい!」

 そうだ、まだ手は残されていた。
 この際容姿も性格も関係ない。
 生活の面倒を少々看れればそれで『ヒモ』は成立するのだ。

「早速やるわよ! よし子も手伝って!」

 逆ナンしに行こうと用意しかかった服を放り出し、よし子を連れて部屋へ戻った。

 やる事が決まればあとは仕事は早かった。
 今使っているSNSのアカウントとは別に捨てアカウントを作った。
『アルテミス』なんて痛いハンドルネームでは、それこそ身バレもするし怪しさ満点だ。

「これでいいかしら?」

 よし子が『それっぽい』文章を打ち込み、私に見せた。
 これなら些か怪しいが、それなりに人は集まりそうだ。

「よっしゃ! 最終戦に向けて発信!」

 **********

『当方、親の遺した郊外の屋敷で一人暮らしをしております。
 最近敷地内に誰かが勝手に入り込んでいる物音がして、
 不安な日々を過ごしています。

 屋敷内の警備と話し相手に、
 一緒に住んでいただける男性を募集しております。
 ささやかなお礼もいたします。

 やっていただける方はDMにて連絡をお願いいたします』

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