喪女はヒモを飼うことは出来るのか

伊吹咲夜

喪女、リア充? を体験する

 よし子に解散を告げられ、当然ながらアシの無い私は今林さんの車でアパートへ送られていった。
「……何か前途多難なんですが」
 つい愚痴をこぼしてしまったが、このおっさんはヒモになってとお願いした時からやたらと親身だった。
「いいんじゃねぇか? 平坦な人生なんてつまらねぇぜ?」
 そんな慰めとも、自分の経験とも取れるような言葉を返してしてくれた。
「あんまり悩み過ぎても上手くいかない時はいかないもんだ。流されるのもたまにはアリだぜ」

「明日は夜間工事のみだけだから、引っ越しは仲間も連れていって手伝うぜ。ああ、あのボウズ達は屋敷の掃除でもしとくように連絡しててくれ。非力すぎて邪魔だ」
「あ、はい。ありがとうございました」
「いいって。これから俺も世話になるんだから」
 そういって今林さんは颯爽と帰っていった。
 一瞬上がってお茶でも、と思ったがあの部屋の惨状を見られるのが恥ずかしくなって言葉を飲み込んだ。
 言って上げたところで、男性と二人きりってどうよ!? 私は生粋の喪女なのにどう会話とかすればいいわけ!? 慣れないことしてパニクって死んだら呪いどころではないし。
 早まったことしなくて良かったと、部屋に入ってから思い返した。
 仮にだ、まかり間違って男女のそういう関係……、願ったり叶ったりの処女消失なんてことの行為に及んだら、明日会った時に恥ずかしさで逃亡する可能性が出てくる。
「喪女は喪女らしく、慣らし運転からしないと事故る」
 自分によく言い聞かせて行動しよう。でないと何かやらかす、絶対やらかす。

「もーぅ、事故っちゃえばいいのよぉ。折角のチャンスを棒に振るなんてぇー」
 ふぅー、と私の耳に息を吹きかけながらゼフォンが独り言に返事する。
 またもやこの堕天使様は気配もなく、予告もなく現れてくれる。
「のわわわわー! それ止めて! ぞわっとする!」
「やだぁー、それが快感に繋がるのよぉ。これだから処女はダメねぇ。さっさと捨てちゃいなさいよ」
 だからその為に聖杯に願ったんじゃないですか……。この堕天使ポンコツ過ぎないか?
 今から堕天使の交換って効かないのかな。そもそも最初にゼフォン来た時に何で交換すること思いつかなかったんだろう。
「簡単に捨てられるなら聖杯に頼ったりしてないわ。てか今泉さんもこんな女の処女なんて重すぎていらないだろうし」
 正直、アラサー女子の処女なんて重すぎて欲しがる男性なんて皆無に等しいと睨んでいる。
 まだ二十代前半ならまだしも、この年になると結婚だの何だのって絡んでくる。
『今まで貫いた純潔を穢したんだから責任取って!』なんて言い出す輩がいるから、余計に貰いたがらないだろうねぇ……。
「物好きなんてそこら辺にゴロゴロ転がってるもんよ? あんたは視野が狭いから見えてないだけ」
「そんなもん?」
「そんなもん。ま、その前に物好きに見つけてもらえるように少しは美容とか女子力とかお勉強した方がいいとは思うけどね」
 僕はあのオカマ幽霊達ともっと美を極めるんだー、と嬉し気に私のほっぺにキスをしてバイバイと消えていった。
「ちょ……!? ゼフォン、あんたも明日の引っ越し手伝いなさいよ!」
 ほっぺにキスなんてされたことなかったので、思いっ切り動揺してしまった。
 多分顔真っ赤なんだろうなぁ。耳が熱いもん。
 たとえオネェといえどもイケメン男子という生き物だ。喪女には免疫すらないのにキスなんて……。
 そういえば今泉さんって工事現場にいる時は思わなかったけど、体格もいいし顔もワイルド系で格好いいんだよね。
 そう思ったら何か急に恥ずかしくなってきた。
「ヤバイ。意識しちゃいかん!」
 そう、考えたらアウト。想像したらアウト。
「他の事、他の事……。そうだ、シンヤに明日は掃除しといてって連絡しとかなきゃ」
 まずは目先の引っ越し。そしてヒモ確保。これが私の今すべき課題。
 喪女は普通の女子とは違うのだ。簡単に男子と触れ合えるならば喪女が喪女であるはずがない。

 まだ夜も明け切らない時刻、浅い眠りの耳にアパートの表の些か騒がしい声と物音が飛び込んだ。
 朝帰りの酔っ払いか? なんて思った矢先、自分の部屋のピンポンがけたたましく連打された。
 え!? うち!? ちょい待て、近所迷惑!
 飛び起きてパジャマの上にカーディガンを羽織って慌ててドアを開ける。
「おう、おはよう。まだ起きてなかったのか。とっとと引っ越しするぞ」
 薄暗がりに眩しいほどの笑顔の今泉さんが段ボール束を抱えて現れた。
「ああああ、おおおお、おは、おは、おはようごじゃいますぅー!」
 ゼフォンの『事故っちゃいなさい』が思い出されて、急に気恥ずかしくなってしまった。思いっきり挙動不審。
 今泉さんはこれ位平気なのか、私の吃りも気にせず不思議がる事もなくドカドカと部屋の中に侵入してきた。
 てか、女子のパジャマ姿に恥ずかしがるとか、こっちを気にして悪いとか思わないの!?
 あ、入られちゃったから着替えられない……。
 着替えるから一回出てと言おうと思いきや、今泉さんに続いて引越し部隊が三人侵入してきた。
「おーし、片っ端から片付けるぞ。まずは配線関係纏めとけ。終わったら重いのから段ボール詰めな」
「「「うぃーっす」」」
 男達は工事現場さながらの返事をすると、いつ役割分担したのかと不思議に思わせる勢いで各々が作業に移っていた。
「ねぇちゃん、パソコンはそのまま抜いて大丈夫か?」
 呆気に取られていると、横から今泉さんが聞いてきた。
「あ、はい。大丈夫です。昨日のうちに全部落としておいたんで……」
「じゃあ大丈夫だな。おーい、シゲ! パソコン運んどいてくれ! ねぇちゃんの一番大事なもんだから慎重にな!」
 シゲと呼ばれた男は今泉さんの言葉に小さく『へい』と答えてパソコンの配線を纏め始める。
 今泉さんがじっと見つめてるのもあり、シゲさんは言われた通り慎重にディスプレイをプチプチで包み、そっと段ボールに収めた。
 私がテキパキと動く男達に見とれているうちに、荷物はあっという間に段ボールに仕舞われていった。
 気付けば散乱していた服や本を含め全てが無くなっていた。
 段ボールからのトラック。
 いつ運んだ? と思う程の時間で部屋から運ばれていた。

「よーし、全部入れたな? 出発するぞ!」
 荷物の再確認をし、アパートの中に何も残されていないと判断すると今泉さんは男達に屋敷への移動を指示した。
 予め場所は教えていたのであろう、三人は今泉さんを待たず荷物と共に先に旅立った。
「じゃあ俺たちも行くか」
 今泉さんはハイエースの助手席のドアを開けて私を手招きする。
 こんな風にエスコートされるのも初めての経験で、件の事が関係してるのか分からない程に心臓が破裂寸前にバクバク言っている。
「どうしたねぇちゃん?」
 歩けば両手両足同時に出そうなために動けない私を心配して、今泉さんは顔を覗き込んできた。
 うわー! ヤバイヤバイ! 顔近い!
 これまた初体験。
 男性の、しかもイケメン系の顔が近くに寄せられた事なんてなかった。
 相手の体温が、息が感じられる……。
 そう意識してしまったが最後、一気に体温が上がる。
「顔赤いな? 熱でもあるのか?」
 そのまま何を思ったのか額と額をコツン。
「大丈夫っぽいな。よし、俺たちが遅くなっては指示がだせねぇ。出発するぞ」
 今泉さんは私の頭をナデナデすると、助手席のドアを開けたまま自分も運転席側に乗り込んだ。
 いや、ちょっとぉー!? 今の何ですか!!
 驚き過ぎて一瞬心臓が止まるかと思った。
 心臓バクバク、口はパクパク……。
 こんな私を平常になるまで今泉さんは待ってくれるはずもなく(いや、多分動揺していることに気付いていない)、『早くしろ』とさらに声を掛けてくる。
 流石にこれ以上待たせるのも失礼に値するので、ロボット歩きで何とか車に乗り込んで『お待たせしました』と一言告げた。

 そこからは道中私は勿論のこと今泉さんを意識しまくり。
 喪女歴=年齢なだけに、こんなリア充体験なんてしたことない訳だからさっきの場面が頭の中をぐるぐる回転しまくっていた。
 あんな風に心配されたり、おでこで熱測られたりなんて普通は恋人同士とか好きな相手にしかしないものじゃないの!?
 それとも巷では普通の男女間でもああいった事が日常茶飯事、当たり前の出来事になっていたとか!?
 私の知らないところで世の中の常識(まぁ、そこまで常識を知っているとは言い難いが)は急速に変わっていたとでも言うの!?
 それともそれとも、実は今泉さんは私の事、好きだとかってそういう予想外の展開になってるとか!?
 ありとあらゆる事を想像しては打ち消してを繰り返し、結果結論に至らず屋敷まで着いてしまった。
 その間今泉さんは時々私に何か話しかけてきていたが、自分の世界に入り過ぎて内容を聞き流してしまっていた。
 単なる世間話ならいいんだが、これがまさかの愛の告白とか、さっきの行動について勘違いしないでという注意だったりなら困ったことである。
 私ときたら『そうですね』『はいー』といい加減な相槌を打っていたのだから。
 着いてから『何か話しかけられてた』と思い立ったが、いまさら何話してたかなんて聞き返せないよなぁ。当たり前だけど。

 半ば悶々としている私が車を降りると、引越し部隊の男達は既に私の荷物をトラックから降ろしていた。
 その横をどっから持ってきたのか、白い三角巾と白いフリフリエプロンを着けたシンヤと龍玄君が興味津々に荷物を見てはしゃいでいた。
「みんなー、先ずは段ボール入れる前に掃除だからねー。掃除用具は用意してきたから始めるわよー」
 よし子が屋敷の入口で雑巾の束を振り回しながら大声を上げる。
 その足元にはバケツや箒、はたき、各種洗剤、そして数台のコードレス掃除機が置いてあった。
「ねぇちゃんの友達は気が利くな。いい友達持ったな」
 車を置きに行っていた今泉さんがいつの間にか傍に立って笑顔で言ってきた。
「よし子はいい子ですから。私と違って」
「何言ってんだよ。ねぇちゃんもいい奴だと思うぜ? あんなホームレス寸前のホスト拾ったり、俺達の為にあれこれ動いたりしてさ」
 ニッと笑うと、それぞれが掃除に動き出し始めたのを受けて、今泉さんもその中へと消えていった。
「私がいい奴? こんな喪女が?」
 お願いだからこれ以上喪女に未経験なリア充をさせないでくれ……。
 きっと今日が終わる頃には私、爆死しているかもしれないから……。

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