喪女はヒモを飼うことは出来るのか

伊吹咲夜

喪女、堕天使召喚?する

「困った……実に困った」

 薄汚れた聖杯を部屋の中央に鎮座するガラステーブルの上に置き私はこいつをどうするか悩んでいた。
 捨てたいのに捨てれない、そんな伝説のアイテム『キリストの聖杯』
 怪しげな人物が私に押し付けるように売って行ったのだが、そいつ、これが呪われたアイテムだなんて一言も言ってなかった。
 まぁ、そんな事言われてたらいくらこれが伝説の聖杯だったとしても絶対に買ったりはしなかった。
 たとえ千円だったとしても、だ。
「これ、本当に本物なのかなぁ……。偽物のようにしか思えなくなってきた」
 だって『キリストの聖杯』って千円で売らないでしょ、普通。
 かのアーサー王も使ったと言われる聖杯が、だよ?税込み千円。しかも魔法少女のでっかい紙袋もおまけに付いてきて千円。
 きっと魔法少女のファンなら紙袋だけで千円払っちゃうはず。

「……やっぱり捨てよう。偽物に違いない」
 迷ったが、やっぱり捨てる事にした。
 呪い云々をコピー用紙で『(はーと)』って」済ませるってありえないでしょ。
 魔法少女ファンには悪いけど、紙袋ごと捨てようと私はガラステーブルから聖杯を持ち上げ、紙袋に再び仕舞った。
 そして件のコピー用紙の取り扱い説明書も一緒に入れて捨てようとガラステーブルの上を見た。が、
「ない……」
 最初に捨てようと思ってごみ箱に入れかけはしたが、呪いの一文で思い留まり聖杯と一緒にガラステーブルの上に置いたはずだったんだが。
 もう一度確認の為にごみ箱を覗く。やっぱりない。
「何も一緒に捨てなきゃいけない訳じゃないし、見つかったらそれだけで捨てればいいだけか」
 幸い明日は家庭ごみの日。これを逃したら来週火曜日まで捨てられない。
 そうと決まればとっとと捨てに行こう。さっさと出しに行こう。いざ行かんゴミステーション!
「あーあ、やっぱり捨てちゃうんだぁ。勿体なぁーい。本物なのにぃー。がっつり呪われちゃうわよー?」
 紙袋を抱えて立ち上がると、誰も居ないはずの背後から声がした。
 居る訳がない。だって喪女だし、一人暮らしだし、ちゃんと鍵かけてたし。
 恐る恐る声のする背後を振り返った。
 そこには、何か居た。

『何か』としか表現しきれない。
 だって私の今までの人生で見たものの中で最もBeautifulで漂亮で、Красиваяなのだ。うん、つまり「美しい」の一言でしか言い現わせないものが居た。
 背中まである漆黒のストレートヘア、紅蓮の瞳、部屋半面を埋め尽くす闇夜を思わせる羽根。
 ……これははっきりいって邪魔臭い。似合うは似合う。でも部屋狭いから、今すぐもぎ取って外に放り投げたい衝動に駆られる。
 それよりこれは誰なんだ?
「あぅあぅあぅ……」
 一応聞いてみた。が言葉になってなかった……。
「……日本語喋れるぅ?ってか言葉自体喋れんのぉ?」
『何か』は私の顔をまじまじと見て眉を寄せる。
 そんな顔もワンダフォーなんですが!!イケメンってどんな表情でもかっこいいというが本当だったんだ!
 馬鹿にされてたのにイケメンな顔の方に頭が回ってて反論できなかった。
 正直喋ったら『あぅあぅ』になってしまっていたから反論する余地もないんだけど。

 だってイケメン耐性がなかった。残念なほどになかった。
 身近にいる男といえばハゲ散らかした部長か、黒縁牛乳ビン底眼鏡に前髪伸ばして左目だけ隠して『俺超かっこいい』って思い込んでるオタしか居ない。
 そんな私に突然イケメンと面と向かって話せって言われても、どうすることも出来ないでしょう、普通に考えても。
 しかし唯一の救いは『何か』がイケメンな容姿に対して話し方が残念でしか思えない事と、気になって仕方がない部屋を埋め尽くしている羽根の存在。
 そっちに集中すれば何とか喋れるかもしれない。

「悪魔?」
 羽根を見ていたせいかもしれないが、何とか出せた言葉がこれだった。
 何で居るのかとか誰なのかとか、気になってたそっちよりも先に出てきた。
「やだぁ。こんなイケメン見といて『悪魔』とかって。信じられなぁい」
 ぷぅ、っと頬を膨らまして拗ねてみせる『何か』。
 イケメンだから悪魔でないという保証はどこにあるんだか私は聞きたいくらいだ。その真っ黒い羽根見て、悪魔って思う人間は多いと思う私は間違ってるのか?
「全身真っ黒でそんなでっかい真っ黒い羽根持ってれば悪魔って思うでしょ」
「えー、悪魔の羽根って、こんな素敵な鳥系じゃなくってコウモリみたいな下品なやつだしぃ」
『何か』は自慢の羽根を広げて私にお披露目する。
 邪魔臭い通り越して更に狭くなって、部屋の空気が薄くすら感じてくる。
 止めろ!羽ばたかせるな!掃除してないから埃が舞うじゃないか!

 くしゃみを我慢して、私は『何か』の正体を調べることにした。
 このナルシスに合わせていては全てが先に進まないような気がしてきたからだ。いい加減疲れた。
「それで、誰なの?何でここに居るの?」
 私の質問を聞いて『何か』は羽ばたかせていた羽根を止めて顔を顰めた。
「何それぇ。この羽根とこのイケメン見てもまだ分からない訳ぇ。信じられなーい」
「いや、分からないから聞いてるんだし。ホント、あんた誰」
 分かったことはある。この『何か』、超面倒臭いナルシスだ。イラっとさせる素質も存分に持っていらっしゃる。
 うちのお局サマに献上して、罵り合い、相互自滅して頂きたい物件だ。
「これだから無知な子は嫌なのよねぇ。僕は堕天使。堕天使ゼフォン様よー」
「は?シラネ。そんな堕天使聞いたことないし」
 堕天使って言ったらアレだ。神から天界追放された天使ってやつか。ルシファーだのベリアルは知ってるが、ゼフォンなんて知らない。
 そもそも私は摩訶不思議系の物とか現象が好きなのであって、オカルト系が好きなのではない。
「ゼフォンって初めて聞いた」
「やだぁー。知らないのぉー。ほんっとうに無知ねぇ」
 口調だけでなく、言うこともイラっとさせる、この堕天使。
「僕は創意工夫の才を持ったあったまイイ天使ちゃんだったのよ。ルシファー様に可愛がられていたんだからぁ」
 ……そんなのどうでもいい。こっちの質問の答えがまだ半分だ堕天使よ。
 私のイライラを分かっていないのか、堕天使は脳内でルシファーを再生しているらしく、頬を染めてくねくねしている。
「堕天使よ、何でここに居ると聞いている」
「ゼフォンよ。ぜ・ふぉ・ん」
「ゼフォン、さっさと答えないと羽根毟って丸焼きにするぞゴラァ!」
「もぉ、せっかちな子ねぇ」
 せっかちにさせてるのはお前だろう、と突っ込みたいがこの調子でいくと『KYなんだから』とか訳わからんことまで言い出しそうだから止めておこう。

 流石にイライラしているのが分かってきたらしく、ゼフォンは本題を話し始めた。
「僕はあなたが契約した聖杯の担当者。聖杯壊したりしないように見張ってる役目もあるんだけどね」
「担当者とかって……。車買った記憶ないんですが?」
 買ったのは千円の聖杯だ。
「車と似たようなもんよぉ。メンテナンスもあるしぃ。どうやっていいか分からないトコだっていっぱいある訳じゃない?そんなのをアドバイスするのもあるから付くのよぉ」
 確かに分からない事だらけだ。ヒモの生き血100人とかだってイミフだし。
「そういう理由なら納得出来るわ。では早速だけどクーリングオフでお願います」
 買ってまだ1時間も経ってない。レシートとかはないけれど。
「ナニソレ。オイシイノ?」
「クーリングオフで」
「無理。出来ない。あっちの世界にそんなもの存在しないからねぇ。諦めて集めるか、契約不履行で呪われちゃって」
 うわぁ……。まさに悪魔の契約だわ……。
 喪女の私にはヒモ100人集めるのも呪いも同じくらいに無理な案件。
 究極の選択!さぁ!どっちを選ぶ!ヒモか呪いか!
「……分かったわ。集めるから。今日はもう休みたいからお引き取りください」
 いずれにせよ死ぬんだったら先の方がいい。処女のままで死ぬのは何か嫌だ。
 そうと決まれば、早く独りになってゆっくり焼酎飲んでネットして寝たい。
 いい加減こいつの羽根と存在、邪魔くさ過ぎる。
「何言ってるのよぉ。僕帰らないわよぉ。24時間あなたにぴったりくっついて監視するんだからぁ」

 伝説の聖杯、今ならもれなく堕天使付いてます。

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