ロリっ娘女子高生の性癖は直せるのか

きり抹茶

【スピンオフ・修善寺の過去】幼児編「平穏な日々」

 私、修善寺しゅうぜんじしずくの家庭環境は恵まれていた。
 父は上場企業の代表取締役社長。母は父の秘書を務めており、私自身も将来は会社を受け継ぐように教育には力を入れたかった……らしい。
 以上の事から金銭的に困窮する事は一切無かった。いわばピラミッドの頂点に位置する富裕層であり、手に入れたい物は必ず手に入る。資本主義社会である以上、札束の暴力で叶わない夢は無いという環境に私は産まれたのだ。

 そんな私なのだが、高校二年生となった現在はピラミッドの下層部。白米を食べられる事に幸せを感じるような一般庶民未満の立ち位置まで大転落を起こしてしまっているのは周知の事実。
 では何故大富豪の娘がマッチ売りの少女の如く哀れな娘に陥ってしまったのか。私自身で直々にお話しようと思う。


 ◆


 ――三歳。私立鶴岡学園附属幼稚園入園。

 この頃は宮ヶ谷君はもちろん瑛美や桜とも知り合っていなかった。通っていた幼稚園が違うためだ。
 名企業社長の一人娘として気品溢れる子に育つように――というのは建前で本音は父の権力に傷が付かないように封じ込める為だったのだろうけど、私は両親の私欲のままに早くも名門お嬢様女子校の仲間入りを果たしていたのだ。

「しずくちゃん。あーそーぼっ!」
「うん!」

 それでも三歳というよわいである為、セレブの娘が集まっても会話や遊びはごく平凡だったはず。おままごとの金銭的なスケールは庶民とは桁外れだったが。

 平和過ぎる日常。そして英才教育と呼ぶべきなのだろうか。私はこの頃から習い事を数多くこなしていた。ピアノにバイオリン、書道にバレエまで手をつけていた。要するに親の意向に逆らわず、すくすくと従順に育っていたのだ。


 ――五歳になってから数ヶ月後。私にとって最大の出会いが起きる。

「せんせーさよーなら。みなさんさよーならっ!」
「はいさようなら! また明日会いましょうね!」

 帰りの挨拶となっているお決まりの文句を園児全員で声を上げ幼稚園の一日は終わる。それからは保護者の迎えが来るため教室から園庭を通り抜けて玄関に向かうのだが、この日の私は教室に暫く居残っていた。探し物をしていた為、皆の行動に乗り遅れていたのだ。
 五分ほど経ってようやく探し物が見つかる。既に誰も居なくなった教室を出て、閑散とした園庭を駆け抜けていると視界の隅で何かが気になった。

「おーい!」

 誰かを引き止める声がする。そして声の方向から推測すると園庭の中にいる人物――つまり私に向けられた声であり、後ろを振り返ると鉄格子の柵の外からこちらを覗いている少年がいた。

「こっちに来て!」

 知らない大人に付いて行ったら駄目だと両親や先生から教わっていたので私は少し戸惑ったが、相手は自分より三つぐらい年上と思われる男の子。子供に付いて行ってはいけないとは言われて無かったので、私はその場の興味本位だけで彼の近くに駆け寄った。間に柵もあるし万が一の場合でも大丈夫だと判断したのだ。

「あなたは……誰なの?」
「キミは楽しいと思う?」

 質問には答えてくれなかった。それどころか、謎の質問まで受けてしまった次第だ。この人……大丈夫なのだろうか。

「えっと……」
「ここに通ってる子ってさ、みんな金持ちなんだよね。でもみーんな楽しそうに笑ってないの。俺たちの方が無量大数倍楽しいと思うぜ!」

 言いながら彼は無邪気に笑っていた。初対面の相手、しかも幼児の女の子にとんでもない煽りをしてきた訳だが、当時の私は不快に思うことは一切無く、寧ろ彼の言葉が気になって仕方なかった。

「もっと楽しい、の? お金が無くても楽しいの?」

 煽りに対して煽りで返すとは我ながら感心するが当時の私は自覚が無かった。世の中の全ては金であり、楽しみや幸せは全部金で測れるのだと思っていたのだ。

「そうだとも。俺たちはキミよりも面白い遊びをたっくさん知ってるんだぜ。例えば……」

 少年はニコニコ笑いながら地面の土を両手で弄り始めた。私はそんな彼を瞬きする間も惜しんで見つめる。既に興味津々だった。

「何してるの?」
「ここをよく見てろよ……。ほら、アリの巣だ!」

 彼が指差す先には大量にうごめく黒い蟻。

「ひゃっ!?」
「はっはっは。どうだ、面白いだろ?」

 彼は楽しそうだった。
 土を素手で触るなんて汚らしいと思ったけど、それ以上に彼が語る未知なる遊びに私は惹かれていた。同世代の仲間は全て富裕層の女子だった私にとって庶民の男の子は正に対極の存在。知らない知識を披露してくれた事が嬉しくてたまらなかった。

「雫ちゃーん。お迎えが来てるわよー!」

 ところが現実に帰らなくてはいけない時が来る。
 私を呼ぶ先生の声が園庭に届いてきた。今の状況はあまりよろしくないので早く戻らないといけない。

「ごめん。私そろそろ行かなくちゃ」
「おぅ! じゃあまた会おうぜ! 俺はまた来るからさ!」
「うん!」

 私は元気よく返事をしてその場を立ち去った。正直な話、この出会いで感じた嬉しさは過去の記憶で一番だと思っている。そして高校生となった今でもそれが塗り替えられる事は無い。

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