ロリっ娘女子高生の性癖は直せるのか

きり抹茶

7-9 「大好き」

 堂庭と話さなくなってから約一ヶ月。このかん、本当に色々なことがあった。
 平沼に相談して自分の想いに気付き、修善寺さんから堂庭の想いを聞かされ、桜ちゃんからは俺に対する想いをぶつけられた。
 そして次は俺が堂庭へ想いを伝える番だ。告白した事は今まで一度も無いし、無茶苦茶緊張するけど絶対に成功させたい。これまでのすれ違っていた関係を終わりにするんだ!


 ◆


 揺れる列車内。俺は吊り革に掴まりながら流れる車窓をぼんやりと眺めていた。
 今日は二月十三日。世間ではバレンタインデーに向けた特集やセールで賑わっているが、現状全く無縁である俺はチョコレートなど見向きもせずにとある場所へ向かっていた。

「ねぇケイくん、あたし今度あそこ行きたいんだけど。猫なんとか峠って所」
「名前うろ覚えなのかよ……。つか、もう心霊スポットは行かねぇからな」
「えぇー何でよぉ。お化けに怖がる可愛いケイくんをもっと見たいー!」
「やめろよそういうのは……恥ずかしい」

 俺の目の前に座っている若い男女のカップルが仲良さそうに談笑していた。デートの計画をしているようで、俺もいつか堂庭とそんな話をしてみたいと思った。
 …………いや、違う。いつかじゃないだろ。今日これからするを成功させて、すぐにでもあいつとデートの予定を立てるんだ。そしてお互いに行きたい場所を言い合って、二人だけのプランを立てて思う存分楽しもう。
 よし、そうと決まれば今のうちに告白のシミュレーションをしておくか。「好きです、付き合ってください!」は定番のセリフだから入れておくとして、アレはいつ渡すか……。

 仲良しカップルの会話を背景に、俺の脳内では好きという想いをひたすら堂庭へぶつけるというカオスな展開が繰り広げられていた。


 ◆


 小さくて古びた鳥居を一人でくぐる。数十分も電車に揺られて辿り着いたここは例の神社だ。堂庭が俺との関係を変えようと打ち出した場所なのだから、その決着もここでするしかないだろうと考えていたのだ。それに、人気ひとけが無いこの神社なら告白という最強に恥ずかしくて緊張する行為をしても、他人に見られる恐れは少ない。俺としては非常に好都合な場所である。

 周囲の喧騒を断ち切るかのように覆われた茂みを避けながら奥へ進み、見晴らしの良い高台に設置された例のベンチに座る。
 さて……。問題は堂庭がここへやって来るかどうかだ。昨日の夜にLINEで「話があるから来てほしい」といった内容のメッセージを送っており、既読マークが付いていたので読んでくれていると思うのだが、返事は無かったので来てくれるという確証は無い。俺を嫌っている訳じゃないから大丈夫だと思うけど、それでも心配である。
 スマホを取り出し、今の時間を確認する。午後五時五十四分。堂庭には六時に来るように伝えてあるからあと五分ぐらいは余裕がある。
 それでもやっぱり緊張するな……。練習した通りのセリフを言えるだろうか……。

 身に突き刺さるような冷たい風が吹き、木々の葉が擦れる音が鳴る。太陽も既に沈んでいて幾分と寒さも増したように思える。
 そしてカラスの悲しい鳴き声を聞きながら途方に暮れかけた時、視界の隅で小さい人影らしきものが動いた気がした。

「堂庭……!?」

 反射的に振り向く。しかしそこには誰もいなかった。気のせいだったようである。

 もう一度スマホを取り出してみた。時刻は五時五十六分。まだ全然時間は経っていない。焦るな俺、大丈夫だぞ。
 自分を勇気づけながら、俺は脳内シミュレーションを再開させることにした。


 ◆


「ねぇ――る。生き――の? 聞こえて――――」

 なにやら聞き覚えのある声がする。それに体を揺すられる感覚もするぞ……?

「起き――。――ってば――」

 徐々に視界が広がってくる。そして目の前に映し出された光景は……。

「え……あれ!?」

 堂庭が至近距離でこちらの顔を覗き込んでいた。……って待ってくれ。俺は一体……?

「ようやく目を覚ましたかしら。ふふ、よくこんな寒い場所で寝られるわね」
「嘘……俺、寝てた!?」

 練習と準備を重ねて堂庭がいつ来ても良いようにしていたというのに、とんだ失態である。

「大体、呼び出したのは晴流の方なのになんで寝てるのよ。だらしないとかいう以前の問題だと思うわ」
「すまん……」

 堂庭はくすくすと笑っていた。それは、俺がヘマをした時に見せるいつもの顔で、あの時から一度も見ることのなかった姿だ。

「あたしが来なかったら凍え死んてたかもね」
「確かに、有り得るかもな」
「もう……本当に放っておけないんだから」

 何故か普通に会話ができている。今までの一ヶ月が嘘のようだ。でも……凄く安心する。

「ありがとな、助かったよ」
「いいえ、どういたしまして」

 ニコッとはにかむ堂庭。見慣れた表情ではあるが、今の俺にはそれがとても可愛らしく映った。本当に天使みたいに可愛いな……。

「その、今日呼び出した理由なんだけどさ」
「う、うん……」
「お前に話があるんだ。――大事な話だ」

 もう失敗はしないぞ。俺は込み上げる緊張感を抑えながら一語一句丁寧に話した。

「俺、どうしても堂庭に伝えたい事があって……。今まで言えなかったけど、絶対に伝えなくちゃいけないって思ったんだ」

 堂庭は俺の隣に座って真剣に聞いてくれている。それだけで嬉しい。

「お前が俺と距離を置き始めた時は驚いたよ。最初は嫌われたのかと思ったけど……本当は俺に考えさせるチャンスをくれただけなんだろ?」
「ええ、そうよ。…………晴流を嫌いになるなんて有り得ないし」

 頬を赤く染めた堂庭がポツリと呟く。その声は周囲に掻き消されるほど小さかったが俺の耳にはしっかりと聞こえていた。
 堂庭がその小さな口で確かに答えてくれた。その事実が俺の気持ちをより高ぶらせた。

「あれから考えたんだ。俺だけの力じゃないけど、自分を見つめ直して俺が堂庭とどうしたいのか必死に考えた。そして気付いたんだ」
「うん……」

 彼女は不安そうな顔をしながらこちらを見つめていた。
 大丈夫だ、安心しろ……。俺は爆発しそうな感情を抑え付けながら続ける。

「俺は自分に嘘をついていた。幼女に夢中になっているお前を落ち着かせるために仕方無く傍にいてあげたつもりだったけど、本当は傍にいて欲しかっただけなんだ」
「晴流……」
「あの時お前が質問してきた内容の返事だけどさ、あれ訂正させてもらうよ。日頃助けてもらってるお返しに俺はお前を守っている訳じゃない。嘘をついて悪かった。……この通りだ」

 水入らずの関係だったはずの幼馴染みを前にして俺は頭を深く下げた。こんな謝り方をするのは初めてだけど、あの時の発言が堂庭を一段と傷付けてしまったのだから真剣に謝らなくてはいけない。

「……なんで晴流が謝ってるの? 頭……上げてよ……」

 堂庭の声は震えていた。俺は言われた通り、ゆっくりと元の姿勢に戻す。彼女は今にも泣き出しそうな表情をしていた。
 ――なんで俺は堂庭を悲しませてしまっているんだよ。予定が狂ってしまうじゃないか。

「……堂庭!」
「ひ、ひゃい!」

 もう我慢できなかった。彼女の顔を見ているだけで愛しい気持ちが溢れてしまい、理性が保てなくなってしまいそうになる。





「俺は…………俺はお前が好きだ! いつだって欲に忠実で、自分を犠牲にしてまで手に入れようとする姿が好きだ。居眠りしてると叱ってくれる所も好きだ。ヘマをしたら馬鹿にして笑うけど、最後までフォローしてくれる所も好きだ。幼女に夢中なお前も好きだ。雷が苦手な所も好きだ。だから……」

 呼吸を挟んで間を置く。そして――

「ずっと俺の傍にいてほしい。困った時は俺に守らせてほしい。例えお前が何もしてくれなくても俺が全部守ってやる。もう二度と悲しい思いなんてさせないから……俺と結婚してくれぇぇぇ!!」



 喉が枯れてしまう程の声量で叫ぶ。練習していたセリフ、全然言えなかったじゃねぇか。何やってんだろうな俺は。

「えっと…………」

 口をポカンと開けて硬直していた堂庭はすぐさま立ち上がり、後ろに振り向いてしまった。おかげで表情を伺うことができない。
 しかし……彼女の肩は小刻みに震えていた。この状況――まさに一ヶ月前、堂庭が「もうこの関係はやめよう」と打ち出した時と全く同じだ。俺は問題無いと思いながらも大きな不安に駆られた。

「あたしと結婚とか……馬鹿じゃないの……。それじゃあんた、ただのロリコンの変態よ……」
「フッ、上等じゃねぇか。そうさ、俺はロリっ娘のお前と結婚したいとか思ってるロリコンの変態だよ。気持ち悪いくらい愛してるんだよ、文句あるかぁ!」

 瞬間、堂庭の肩がビクッと揺れる。やってしまった……。今の、普通ならドン引きして当然のセリフだよな。でも本心を伝えることはできたし、もうどうでもいいや……。

「そ、そっか……」

 このまま堂庭は立ち去ってしまうのだろうか。いくら俺を好きだった堂庭でも今の流れで呆れてしまったかもしれない。二度と会話ができなくなるかもな……。



「……もう、気付くの遅すぎるよ」

 しかし数秒後。何かを呟いた堂庭はこちらに振り返った。

「あたしも晴流が大好き。一生傍にいてあげるから覚悟しなさいよね!」

 堂庭は笑っていた。だが目には涙が溜まっており溢れ出た雫が一滴、頬を伝ってこぼれ落ちた。
 その表情はとても綺麗で俺が彼女に抱く欲求を最大限に加速させた。そして俺を襲っていた不安感は一瞬にして消え去った。

「お前……本当に可愛いな」
「は、はぁ!? いきなり……何言ってるのよぉ!」

 蒸気が噴き上がりそうなくらい顔を真っ赤に染めた堂庭が両手で必死に顔を隠そうとする。
 もう駄目だ。今の俺にはこいつの行動、仕草の全てが愛おしく映ってしまう。少し落ち着かないと。

「そうだ、お前に渡さなくちゃいけないモノがあるんだった」
「え…………。もう、次から次へと……一体何なのよ……」

 困惑する堂庭をよそに俺はカバンの中から一つの小箱を取り出した。本当は告白と一緒に渡す予定だったけど、まあいっか。

「これ……俺からのプレゼントだ」
「嘘、まさか……?」

 小箱の形状を見た堂庭は中身を察したようだが、俺は構わずにそれを彼女の小さな手に乗せる。

「……開けていい?」
「もちろん」

 堂庭が喜ぶと思って選んだモノだけど、果たして気に入ってくれるだろうか。
 再び不安が募る中、小箱は二枚貝のようにパカッと開かれる。そして、その中に眠っていた小さな緑色の宝石が堂庭の目の前で綺麗に輝いた。

「これってクリスマスの……」
「うん。欲しがってたのに買わなかったのが気になってさ、余計なお世話だったかもしれないけど……」

 俺が用意したのは、クリスマスに堂庭とアウトレットへ行った時に売り切れで買う事が出来なかったエメラルドの指輪だ。
 平沼からアドバイスを受けた後、俺はすぐに店に電話をかけて取り寄せの連絡をしていたのだ。

「ううん、全然余計じゃないよ。凄く、嬉しい……。でもお金はどうしたの? 三万ぐらいする指輪じゃなかったっけ?」
「それなら心配ない。今年のお年玉をほとんど注ぎ込んだけど、借金はしてないから平気だ」
「いやいや、平気じゃないじゃんそれ……。もっと自分の為にお金を使いなよ……」
「お前が喜んでくれたら俺も嬉しいんだ。だから遠慮無く受け取ってくれ」
「…………馬鹿。晴流のくせに格好良すぎ」
「……悪いかよ」
「悪くないけど」

 お互いにくすりと笑い合う。

「でもまさか晴流にプロポーズされるとは思わなかったなー。婚約指輪まで貰っちゃうとは思わなかったし」
「あ、それは別に……」

 結婚してくれってセリフは勢いで言ってしまっただけだし、指輪もそういう意味で買ったわけじゃ無いんだよな……。

「何、違うの?」
「いや、結果的に考えれば正しいというか……」
「はっきりしないわねぇ。まあ別にいいけど」

 若干不貞腐れた態度の堂庭が左手を前に差し出した。

「はめてくれる……?」
「え……!?」

 か細い声で発した言葉と共に恥ずかしそうな顔をする堂庭を見たら、鼓動が跳ね上がりそうになった。
 いや、指輪をはめてくれと言っているのは分かるけど……。意味深に聞こえてしまった俺は少し反省しないといけないな。

「ほら早く……。こういうのって男の人がするものでしょ?」
「あぁ、そうだな……」

 分かってはいるけど緊張する。指輪を選んだのは俺だけどこうなる事は想定していなかったんだよな……。
 しかし男なら素早く決心するべきだろう。俺は心の中で頷いて堂庭の差し出した手に触れたのだが……。

 な、なんだこれは……!?

 触れた瞬間、気が遠のいていくような感覚に陥った。俺を制御する機関のどれかが堂庭の魅力によって破壊されてしまったのだろうか。

 彼女の手は柔らかかった。すこぶる柔らかかった。過去に手を繋いだこともあるし、初めての経験ではないけれど、それでも驚いた。傷一つ無い艷やかな肌で小学生のようにぷっくりと膨らんだ小さな手……。何故だろう。今まではただのガキだと思っていたのに、今はとても可愛らしく見えてしまう。くそ、これじゃあロリコンと思われても否定できないじゃないか……。

「ちょっとあたしの手ばかり見て何ニヤニヤしてんの? ロリに興味を持ってくれるのは嬉しいけど流石にその顔はキモいよ」
「なっ……! 顔に出てたか!?」
「もうバカ丸出しよ。だらしないわねぇ。ほら、早くはめてよ」
「はいはい……」

 堂庭が急かすので俺は仕方無く指輪を手に取る。
 ……とここで思わぬ壁にぶち当たった。婚約指輪ってどの指に入れるんだっけ……?

「ちょっと、恥ずかしいから早くしてよ」
「いや、その、何というか……」
「え、まさかとは思うけど……どの指にはめたら良いか分からないの?」

 俺は正直に首を縦に振る。すると堂庭はわざとらしく大きな溜め息をついた。

「いくらなんでも恋愛とかの知識が無さすぎじゃない? 指輪は薬指よ、く・す・り・ゆ・び!」
「おぅ、すまん……」
「まったく……晴流ってそういう所が本当に鈍感よねぇ。まぁ知ってたけど」

 堂庭は俺の全てを知ってるぞと言わんばかりの笑顔。なんか悔しい。

「ほら、分かったならさっさとはめて」
「うぃーっす」

 言われた通り、堂庭の薬指へ輪を入れる。サイズが合っているか心配だったが、見事彼女の細い指にぴったりと収まった。

「えへへー。指輪はめてもらっちゃったー。うふふ」

 左手を夜空に掲げながら無邪気に笑う堂庭。可愛い。

「その……ごめんな。もっとお前の気持ちに早く気付いていれば……」
「いいのよ別に。あたしだって告白するのが怖くて待ち続けていたんだから、お互い様って事で良くない?」
「あぁ、それならその方が良いんだが……。お前にしては優しすぎないか?」
「え? いつもあたしは優しいでしょ。ねぇ?」

 言いながら顔を至近距離まで近づけてくる堂庭。同時に足をぐりぐりと踏まれる。痛い。暴力はんたーい!

「目……瞑ってくれる?」
「は? 何でだよ」
「いいから瞑るのよ、早く!」

 またしても俺の足を一踏み。目を瞑れって……今度は何をする気だよ。
 俺はビビりながらも彼女の指示に従い目を閉じる。すると両肩にほのかな暖かさと僅かに重みが感じられた。恐らく堂庭の手が乗せられているのだろう。そして――


「…………!?」


 唇に柔らかい何かが当たった。これってまさか……!?

 驚いた俺はすぐさま目を開ける。堂庭は俺から遠ざかろうと小走りで駆けていた。

「堂庭……」
「えへへ、今日はあたしと晴流のファーストキス記念日だね!」

 振り向きざまに笑う堂庭の顔は真っ赤に染まっている。嘘だろ……。堂庭の唇が俺に……? やべ、恥ずかしすぎる。

「と、取り敢えず帰るぞ! もう夜になっちゃったしな」
「そうだね。じゃあ……手を繋いで帰る?」
「うぐっ!? これ以上はやめてくれ……。俺の精神が持たねぇよ」

 恐らく堂庭も恥ずかしさの限界で身が持たないと思うけどな。
 俺はベンチから立ち上がり、堂庭の半歩前に立って歩き出す。彼女は照れくさそうに笑いながらも俺の隣をしっかりと歩いてくれている。それがかつて当たり前だったこの関係も今日からは恋人として新たに歩み出すことになる。その事実が嬉しくて……俺は空に向かって微笑みを浮かべていた。

「堂庭……星が綺麗だぞ」
「そうね……綺麗だわ……」

 いつの時だろうか。この場所で好きな人と星空を眺めようなんて考えてた頃もあったが、まさかその相手が堂庭だなんて当時は思いもしなかっただろうな。

 ――これからはいつでも二人で一緒。その喜びを噛み締めつつ歩みを進めていると視界の隅で強い光が一瞬だけ差し込んできた。

「何だ!?」

 光の方向に振り向く。しかしそこには風によって揺れ動く木々しか無かった。

「晴流、どうかしたの?」
「いや、なんかフラッシュみたいな光を浴びた気がしてさ……」
「本当に? でも人はいないはずだし……気のせいじゃない?」
「うーん、そうかもな……」

 確かに眩しい光を感じたはずなんだけどなぁ……。暗がりの静かな神社だしまさか幽霊……?

 夜道を先導して歩いている間、俺は恥ずかしながら少しだけ恐怖を感じていた。堂庭には絶対に言えない内緒の秘密である。

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