Geschichte・Spiel(ゲシヒテ・シュピール)
neunzehn(ノインツェーン)
アストリットは意識を取り戻すと、目の前にディーデリヒの顔があった。
「ディ、ディ兄さま!えっ?えっ?」
「倒れたから、膝枕。大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます……あっ!皆のご飯!」
起き上がるが、腕が伸び、ディーデリヒがアストリットを膝に乗せる。
「あの、ディさま。昼食の準備を……」
「サンディがしている。中々手際がいいとばあやが言っていたぞ」
「で、ですが、あの、皆の……」
「少し位傍に居てくれないか……嫌われていないと思うが、そんなにワタワタされると、嫌われているのかと少し……辛い」
アストリットの中の瞬は、耳元で囁かれる甘い声に、硬直する。
18、19のディーデリヒの声に、何故、丹生雅臣が当てられたのか……大好きな声優さんだが、自分が彼に声を当てられているディーデリヒの恋人だの婚約者だの……現実世界でもそんな存在などいなかったのだ、困惑すると言うか気恥ずかしい。
それに、元々丹生雅臣は、映画の吹き替え声優として特に知られていて、母の世代の映画『アーサー王物語』シリーズでは、湖の騎士ランスロットを演じたガウェイン・ルーサー・ウェインの声の再吹き替えを担当し、当たり役としてその名を轟かせている。
その彼が珍しく演じると言うゲームの中に入り、その声を耳元で聞けるとは……。
オタクファンとしての幸福レベルは最高数値、である。
「あ、あの……き、嫌いでは……ない、です……」
俯き、小声で囁く。
「本当か?」
「は、はい……ア、アストリットも……ディさまがお好きだったのでしょう?」
ディーデリヒは黙り込み、そして口を開く。
「アストリットは、冷静沈着で大人しい。カーシュは溺愛していたが、私も兄妹のように接してきたが、それ以上ではなかった」
「えっ?」
顔を上げると、ディーデリヒが甘く微笑む。
「今の君は可愛い。何かを一所懸命になったり、笑ったり、泣いたり、言い返したり、それに、家族や私達、砦の人々に心を砕き、頑張っている姿が……とても可愛い」
「えっ……」
「瞬でもアストリットでも構わない。傍にいて欲しいんだ。駄目だろうか?」
顔色を変える。
「で、でも、ディさま……わ、私は……」
「異世界の人……か?でも、私にとってはアスティであり、瞬……一緒にいたい」
腕の力が強くなり、こそばゆいと思っていたら、耳元、首筋に口付けられる。
「返事を待ちたいと思うけど、でも、なるべく早く欲しいんだ。お願いだから……」
頭頂部に口づけし、囁く。
「俺は本気だから……」
瞬は、耳元に真剣な口調で囁くその声に、現実逃避したのだった。
「あ、気絶した……」
真正面で見ていたカシミールは吹き出した。
「ディ、逃げられたよ。どうするのさ」
「……真剣に思われていないのか……」
ディーデリヒは、『太陽の王子』の別名を持つ絶世の美形……その上、性格も育ちのわりにひねくれておらず、声も甘い声……。
19歳のわりには親父くさいと、幼馴染の目の前のカシミールには言われるが、世話好き長男タイプである。
薄々は、アストリットと結婚するのだろうなぁと思っていた。
アストリットは本当に、大人しい女の子だった。
それは、今、少し疲れたと休んでいるテオが、あのフレデリックからよくかばっていたから解る。
大人しく真面目すぎて、乱暴な兄が怖く、優しい長兄やテオの近くにいた為、告げ口されたと勘違いされたのだろう。
テオの怪我も本当に自分が悪いと責めていた。
誰も責める訳がない。
まだ、か弱い女の子……結婚適齢期とはいえ小さく華奢な少女に、力のある男の拳など受けられる訳がないのだから。
それをどう説明すればいいか……ディも悩んでいた。
しかし、フィーと共に久しぶりにこちらに滞在を勧められ、当主で父と呼んでいるエルンストと外遊中のテオを除く兄弟と猟に行き、戻ると、
「アストリットがいない!」
と侍女たちが騒いでいた。
部屋にいたのに、目を離した隙に姿が見えなくなったと……。
驚き、エルンストは心配するであろうエリーザベトと妹のフィーのところに行き、カシミールは問題児の弟を監視しつつ二手に分かれ探した時、中庭の……フィーが滞在している小さな家のベッドに、不思議な服を着たまま眠っていた。
紺色の上着に、膝丈のドレスではなく、上は白いシャツ、下はスカートを着ていた。
髪も顔立ちもそのままだが、手には一冊の本。
そして大きな皮袋だろうか?
それが横に置かれていた。
「ディーデリヒさま!」
「ここにいた。毛布で包んでいくから、この荷物を……」
「これは?」
「解らない。だが、持って来てくれ」
「はい」
短いスカート……何も身につけていない脚を、触る訳にはいかないと毛布で包み抱き上げる。
と、戦場にいる自分たちが日頃担ぐ武器などの方がいかに重いかと思う。
軽い……そう、妹のフィーとまではいえないが、それでも小さくて華奢……。
時々見ているが、眠っている姿は初めてである。
顔は小さく、彫りは深くなく、15歳にしては本当に幼い顔立ち……。
しかし整っていて、まつ毛が長く、白い肌に小さめの唇のピンクの色が彩りを添える。
そのピンクは濃くはない、チェリーピンクではなく、ローズピンク。
アストリットは母のエリーザベトに瓜二つで、エリーザベトは花の女神と昔称された、中央でも高位の貴族の娘。
一度、家族が中央に挨拶に出向いた時、皇帝陛下やエリーザベトの姉の皇后陛下に、
「花の女神の周りには、花の妖精たちが戯れているのだな。愛らしい。絵画に残しておきたいものだな」
「本当に……可愛らしいこと……」
と声をかけられたらしい。
ちなみに皇后陛下も、愛らしい妹よりも華やかな印象の美女である。
妖精……カシミールと隣の領で長男同士、良く会っていたが、
「こいつのどこが妖精だ。悪魔だ!あぁ、いたずら好きの妖精だな」
と思っていた。
しかし、今腕の中に眠るアストリットは、なんて……。
「愛らしいんだろう……まさしく、花の妖精……」
と呟いた。
アストリットの部屋に休ませて、出て行った後、猟の後の獲物をさばき終え、食事の時間には、体調の良くないエリーザベトと幼いフィーは一緒に食べるといい、4人で食べていた。
「アストリットが見つかって本当に良かった……」
胸をなでおろすエルンストに、鼻持ちならない口調で、
「はんっ、あいつは驚かせたかったんじゃないですか?」
「お前じゃあるまいし」
カシミールは仲の悪い弟に素っ気ない。
「それよりも、お前の弓の腕、酷いものだな。あんなに近くにいたのに、当てることもできないとは!一緒にいたディに当てて貰って、恥ずかしくないのか?」
「なっ!俺は、止めたんだ!」
「はっ!僕やディは、あの程度一矢で仕留めたよ」
「やめなさい……それよりも、後で、様子を見に行こうか……」
と父親がたしなめると、侍女たちと共にアストリットが姿を見せる。
「あれ……?」
呟く。
普段のアストリットは、青白い印象の美しいが儚く、か弱く、暗いイメージだったのだが、白は白でもほんのりと紅を載せたイメージとなっていて、淡い瞳にも強い意志が見え隠れする。
あれ?
と不思議に思った。
今まで自分はアストリットをどう見ていたのだろう……。
のっぺりとしたお人形か、絵のように思っていたのだろうか?
その時から、気になった。
幼馴染なのに、自分を初めて見たというふうに見上げ、声をかけると頬を赤くする。
その上ちょこまかと動き回り……そして、後にペットたちの命を救ってくれた……。
それに、フィーの為にお人形を作ったり、KartoffelやSüßkartoffelのことを説明して、領地のために考え、微笑む。
ある時、リューンやラウだけでなく、狼や猟犬などにも怖がることなく近づいて、慌てる侍女に、
「ダメよ?この子達優しい子なの。びっくりさせたら逆に驚いて、攻撃される前にって飛びかかるのよ。怖くないわ。ねぇ?優しいあなた。お名前はなんていうのかしら?後で、ディさまに聞いて見ましょう」
と、笑いかける。
普通、人間は生き物に向かう時自分が上だと思い、頭の方から手を出すのが普通だが、生き物は攻撃を受けると思い噛み付く。
逆に、餌を載せた手のひらを見せて、攻撃する気は無いことを示すことから始めるのだ。
馬もそうである。
アストリットも馬に乗る。
だから知っているのかと思っていたが……。
クスクスと、楽しげに笑うと、
『お手!……って言ったら、こうしてね?』
と、比較的人間に懐いている狼の一頭、アナスタージウスの手を取り、自分の手の上に乗せた。
狼の手を取る。
なんて危険な……
と、見ていると、顎を撫でる。
「ありがとう。はい。よくできました、のおやつ」
と食べさせると、じっとアナスタージウスを見て、
『お手!』
と声をかけ、自分の手を差し出すと、首を傾げつつアナスタージウスは前足を乗せる。
「まぁぁ!あなた、賢い!すごい!偉い!はい!よくできました!」
本当に笑顔で大げさにほめながら、餌のかけらを与え、顎を、体を撫でる。
「もう一回して見ましょうか?『お手!』」
アナスタージウスは、おやつを貰えると分かったからか、スタッと手を差し出す。
「まぁぁ、ちゃんと覚えてる。あなた、とっても賢い子ね。ねぇ、ぎゅーってしても大丈夫?」
おやつを与えほめた後、おねだりをする。
アストリットは狼の危険を知っている。
だから様子をしっかり見ているのだ。
ディーデリヒは声をかける。
「アナスタージウスは、群れの中で一番甘えん坊だ。アスティなら大丈夫だと思うよ」
「あ、ディさま。この子はアナスタージウスと言うのですか?」
「あぁ、アナスタージウス。アスティと仲良くしような」
「あぁ、ディさまが命令したらダメです!私が、アナスタージウスと仲良くなりたいんです。アナスタージウス。私はアストリット。アスティよ。仲良くなってくれる?」
アストリットはじっと見つめると、アナスタージウスはペロンっと舐める。
「ありがとう!アナスタージウス」
嬉しそうに、狼の首に腕を回し抱きしめる。
その笑顔と笑い声に、その様子を見守っていた他の狼も、アストリットに頬を寄せたり、前に座り手を出す。
アナスタージウスが手を出して、おやつを貰っていたのを見て、貰えると思ったらしい。
変なことを教えて……
と内心思ったものの、アストリットは自分の手の上に乗せ嬉しそうに、
「あら、あなたたち、皆とても賢いのね!はい。よくできました」
と、おやつを与えそっと体を撫でる。
すると次々に、狼たちが、おやつをねだっているのだろうが、前足を乗せる。
狼たちとひとしきり遊ぶと、
「あ、もう、おやつがないわ。また明日持ってくるわね」
とアストリットは袋をひっくり返し、中身が無いことを示すと、喉や体を撫で、残念そうに離れていった。
「アスティ。肝が冷えるよ。狼に……」
「だって……猟犬は怖くて……」
近づいていき注意しようとすると、目に涙をためる。
「私のかな?」
「いいえ、フレデリックお兄様の猟犬です。前に、侍女を噛みました。私も噛まれました……。お兄様は、『やれ!もっとやれ!狩の練習だ!次こそ兄貴を見返してやる!』と言いました」
「噛まれた!父上や母上、カーシュには?」
「言ったら……告げ口したって、殴られます。侍女やベアタがかばってくれますが、皆が傷つくのは嫌なんです……」
ディーデリヒは、内心、
あいつをどうしてくれようか……。
と思ったが、
「でも、それならなぜ、狼であるアナスタージウスたちに……」
「狼は家族……両親と子供達と言った、家族で生きる生き物です。犬は昔から人間に従って生活しています。でも、躾をきちんとしないと、噛み付いたりします。猟犬じゃなく小さい子犬なら……触れそうですけど……怖かったので。でも、アナスタージウスはとても好奇心が旺盛で、私のしていることをじっと見ていたのです。仲良くなって欲しかったのです。あの……ダメですか?」
身長差もあり、必死に自分を見上げるアストリットに、
「……いいよ。アナスタージウスや皆はアスティを好きだって言っているから。でも、注意するんだよ?」
「ありがとうございます。ディさま」
嬉しそうに笑ったあのキラキラとした輝きに、恋に落ちていた。
「ディ、ディ兄さま!えっ?えっ?」
「倒れたから、膝枕。大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます……あっ!皆のご飯!」
起き上がるが、腕が伸び、ディーデリヒがアストリットを膝に乗せる。
「あの、ディさま。昼食の準備を……」
「サンディがしている。中々手際がいいとばあやが言っていたぞ」
「で、ですが、あの、皆の……」
「少し位傍に居てくれないか……嫌われていないと思うが、そんなにワタワタされると、嫌われているのかと少し……辛い」
アストリットの中の瞬は、耳元で囁かれる甘い声に、硬直する。
18、19のディーデリヒの声に、何故、丹生雅臣が当てられたのか……大好きな声優さんだが、自分が彼に声を当てられているディーデリヒの恋人だの婚約者だの……現実世界でもそんな存在などいなかったのだ、困惑すると言うか気恥ずかしい。
それに、元々丹生雅臣は、映画の吹き替え声優として特に知られていて、母の世代の映画『アーサー王物語』シリーズでは、湖の騎士ランスロットを演じたガウェイン・ルーサー・ウェインの声の再吹き替えを担当し、当たり役としてその名を轟かせている。
その彼が珍しく演じると言うゲームの中に入り、その声を耳元で聞けるとは……。
オタクファンとしての幸福レベルは最高数値、である。
「あ、あの……き、嫌いでは……ない、です……」
俯き、小声で囁く。
「本当か?」
「は、はい……ア、アストリットも……ディさまがお好きだったのでしょう?」
ディーデリヒは黙り込み、そして口を開く。
「アストリットは、冷静沈着で大人しい。カーシュは溺愛していたが、私も兄妹のように接してきたが、それ以上ではなかった」
「えっ?」
顔を上げると、ディーデリヒが甘く微笑む。
「今の君は可愛い。何かを一所懸命になったり、笑ったり、泣いたり、言い返したり、それに、家族や私達、砦の人々に心を砕き、頑張っている姿が……とても可愛い」
「えっ……」
「瞬でもアストリットでも構わない。傍にいて欲しいんだ。駄目だろうか?」
顔色を変える。
「で、でも、ディさま……わ、私は……」
「異世界の人……か?でも、私にとってはアスティであり、瞬……一緒にいたい」
腕の力が強くなり、こそばゆいと思っていたら、耳元、首筋に口付けられる。
「返事を待ちたいと思うけど、でも、なるべく早く欲しいんだ。お願いだから……」
頭頂部に口づけし、囁く。
「俺は本気だから……」
瞬は、耳元に真剣な口調で囁くその声に、現実逃避したのだった。
「あ、気絶した……」
真正面で見ていたカシミールは吹き出した。
「ディ、逃げられたよ。どうするのさ」
「……真剣に思われていないのか……」
ディーデリヒは、『太陽の王子』の別名を持つ絶世の美形……その上、性格も育ちのわりにひねくれておらず、声も甘い声……。
19歳のわりには親父くさいと、幼馴染の目の前のカシミールには言われるが、世話好き長男タイプである。
薄々は、アストリットと結婚するのだろうなぁと思っていた。
アストリットは本当に、大人しい女の子だった。
それは、今、少し疲れたと休んでいるテオが、あのフレデリックからよくかばっていたから解る。
大人しく真面目すぎて、乱暴な兄が怖く、優しい長兄やテオの近くにいた為、告げ口されたと勘違いされたのだろう。
テオの怪我も本当に自分が悪いと責めていた。
誰も責める訳がない。
まだ、か弱い女の子……結婚適齢期とはいえ小さく華奢な少女に、力のある男の拳など受けられる訳がないのだから。
それをどう説明すればいいか……ディも悩んでいた。
しかし、フィーと共に久しぶりにこちらに滞在を勧められ、当主で父と呼んでいるエルンストと外遊中のテオを除く兄弟と猟に行き、戻ると、
「アストリットがいない!」
と侍女たちが騒いでいた。
部屋にいたのに、目を離した隙に姿が見えなくなったと……。
驚き、エルンストは心配するであろうエリーザベトと妹のフィーのところに行き、カシミールは問題児の弟を監視しつつ二手に分かれ探した時、中庭の……フィーが滞在している小さな家のベッドに、不思議な服を着たまま眠っていた。
紺色の上着に、膝丈のドレスではなく、上は白いシャツ、下はスカートを着ていた。
髪も顔立ちもそのままだが、手には一冊の本。
そして大きな皮袋だろうか?
それが横に置かれていた。
「ディーデリヒさま!」
「ここにいた。毛布で包んでいくから、この荷物を……」
「これは?」
「解らない。だが、持って来てくれ」
「はい」
短いスカート……何も身につけていない脚を、触る訳にはいかないと毛布で包み抱き上げる。
と、戦場にいる自分たちが日頃担ぐ武器などの方がいかに重いかと思う。
軽い……そう、妹のフィーとまではいえないが、それでも小さくて華奢……。
時々見ているが、眠っている姿は初めてである。
顔は小さく、彫りは深くなく、15歳にしては本当に幼い顔立ち……。
しかし整っていて、まつ毛が長く、白い肌に小さめの唇のピンクの色が彩りを添える。
そのピンクは濃くはない、チェリーピンクではなく、ローズピンク。
アストリットは母のエリーザベトに瓜二つで、エリーザベトは花の女神と昔称された、中央でも高位の貴族の娘。
一度、家族が中央に挨拶に出向いた時、皇帝陛下やエリーザベトの姉の皇后陛下に、
「花の女神の周りには、花の妖精たちが戯れているのだな。愛らしい。絵画に残しておきたいものだな」
「本当に……可愛らしいこと……」
と声をかけられたらしい。
ちなみに皇后陛下も、愛らしい妹よりも華やかな印象の美女である。
妖精……カシミールと隣の領で長男同士、良く会っていたが、
「こいつのどこが妖精だ。悪魔だ!あぁ、いたずら好きの妖精だな」
と思っていた。
しかし、今腕の中に眠るアストリットは、なんて……。
「愛らしいんだろう……まさしく、花の妖精……」
と呟いた。
アストリットの部屋に休ませて、出て行った後、猟の後の獲物をさばき終え、食事の時間には、体調の良くないエリーザベトと幼いフィーは一緒に食べるといい、4人で食べていた。
「アストリットが見つかって本当に良かった……」
胸をなでおろすエルンストに、鼻持ちならない口調で、
「はんっ、あいつは驚かせたかったんじゃないですか?」
「お前じゃあるまいし」
カシミールは仲の悪い弟に素っ気ない。
「それよりも、お前の弓の腕、酷いものだな。あんなに近くにいたのに、当てることもできないとは!一緒にいたディに当てて貰って、恥ずかしくないのか?」
「なっ!俺は、止めたんだ!」
「はっ!僕やディは、あの程度一矢で仕留めたよ」
「やめなさい……それよりも、後で、様子を見に行こうか……」
と父親がたしなめると、侍女たちと共にアストリットが姿を見せる。
「あれ……?」
呟く。
普段のアストリットは、青白い印象の美しいが儚く、か弱く、暗いイメージだったのだが、白は白でもほんのりと紅を載せたイメージとなっていて、淡い瞳にも強い意志が見え隠れする。
あれ?
と不思議に思った。
今まで自分はアストリットをどう見ていたのだろう……。
のっぺりとしたお人形か、絵のように思っていたのだろうか?
その時から、気になった。
幼馴染なのに、自分を初めて見たというふうに見上げ、声をかけると頬を赤くする。
その上ちょこまかと動き回り……そして、後にペットたちの命を救ってくれた……。
それに、フィーの為にお人形を作ったり、KartoffelやSüßkartoffelのことを説明して、領地のために考え、微笑む。
ある時、リューンやラウだけでなく、狼や猟犬などにも怖がることなく近づいて、慌てる侍女に、
「ダメよ?この子達優しい子なの。びっくりさせたら逆に驚いて、攻撃される前にって飛びかかるのよ。怖くないわ。ねぇ?優しいあなた。お名前はなんていうのかしら?後で、ディさまに聞いて見ましょう」
と、笑いかける。
普通、人間は生き物に向かう時自分が上だと思い、頭の方から手を出すのが普通だが、生き物は攻撃を受けると思い噛み付く。
逆に、餌を載せた手のひらを見せて、攻撃する気は無いことを示すことから始めるのだ。
馬もそうである。
アストリットも馬に乗る。
だから知っているのかと思っていたが……。
クスクスと、楽しげに笑うと、
『お手!……って言ったら、こうしてね?』
と、比較的人間に懐いている狼の一頭、アナスタージウスの手を取り、自分の手の上に乗せた。
狼の手を取る。
なんて危険な……
と、見ていると、顎を撫でる。
「ありがとう。はい。よくできました、のおやつ」
と食べさせると、じっとアナスタージウスを見て、
『お手!』
と声をかけ、自分の手を差し出すと、首を傾げつつアナスタージウスは前足を乗せる。
「まぁぁ!あなた、賢い!すごい!偉い!はい!よくできました!」
本当に笑顔で大げさにほめながら、餌のかけらを与え、顎を、体を撫でる。
「もう一回して見ましょうか?『お手!』」
アナスタージウスは、おやつを貰えると分かったからか、スタッと手を差し出す。
「まぁぁ、ちゃんと覚えてる。あなた、とっても賢い子ね。ねぇ、ぎゅーってしても大丈夫?」
おやつを与えほめた後、おねだりをする。
アストリットは狼の危険を知っている。
だから様子をしっかり見ているのだ。
ディーデリヒは声をかける。
「アナスタージウスは、群れの中で一番甘えん坊だ。アスティなら大丈夫だと思うよ」
「あ、ディさま。この子はアナスタージウスと言うのですか?」
「あぁ、アナスタージウス。アスティと仲良くしような」
「あぁ、ディさまが命令したらダメです!私が、アナスタージウスと仲良くなりたいんです。アナスタージウス。私はアストリット。アスティよ。仲良くなってくれる?」
アストリットはじっと見つめると、アナスタージウスはペロンっと舐める。
「ありがとう!アナスタージウス」
嬉しそうに、狼の首に腕を回し抱きしめる。
その笑顔と笑い声に、その様子を見守っていた他の狼も、アストリットに頬を寄せたり、前に座り手を出す。
アナスタージウスが手を出して、おやつを貰っていたのを見て、貰えると思ったらしい。
変なことを教えて……
と内心思ったものの、アストリットは自分の手の上に乗せ嬉しそうに、
「あら、あなたたち、皆とても賢いのね!はい。よくできました」
と、おやつを与えそっと体を撫でる。
すると次々に、狼たちが、おやつをねだっているのだろうが、前足を乗せる。
狼たちとひとしきり遊ぶと、
「あ、もう、おやつがないわ。また明日持ってくるわね」
とアストリットは袋をひっくり返し、中身が無いことを示すと、喉や体を撫で、残念そうに離れていった。
「アスティ。肝が冷えるよ。狼に……」
「だって……猟犬は怖くて……」
近づいていき注意しようとすると、目に涙をためる。
「私のかな?」
「いいえ、フレデリックお兄様の猟犬です。前に、侍女を噛みました。私も噛まれました……。お兄様は、『やれ!もっとやれ!狩の練習だ!次こそ兄貴を見返してやる!』と言いました」
「噛まれた!父上や母上、カーシュには?」
「言ったら……告げ口したって、殴られます。侍女やベアタがかばってくれますが、皆が傷つくのは嫌なんです……」
ディーデリヒは、内心、
あいつをどうしてくれようか……。
と思ったが、
「でも、それならなぜ、狼であるアナスタージウスたちに……」
「狼は家族……両親と子供達と言った、家族で生きる生き物です。犬は昔から人間に従って生活しています。でも、躾をきちんとしないと、噛み付いたりします。猟犬じゃなく小さい子犬なら……触れそうですけど……怖かったので。でも、アナスタージウスはとても好奇心が旺盛で、私のしていることをじっと見ていたのです。仲良くなって欲しかったのです。あの……ダメですか?」
身長差もあり、必死に自分を見上げるアストリットに、
「……いいよ。アナスタージウスや皆はアスティを好きだって言っているから。でも、注意するんだよ?」
「ありがとうございます。ディさま」
嬉しそうに笑ったあのキラキラとした輝きに、恋に落ちていた。
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