Geschichte・Spiel(ゲシヒテ・シュピール)

ノベルバユーザー173744

eins(アインス)

 荷物は触るなと繰り返し、まどかは数人の侍女に囲まれ着替えをする。

 ベアタはアストリット……瞬の侍女の中でも最も上の身分であるらしい。
 しかし、一種のオタクで髪の毛も切らずにほったらかし、瞳も黒い上にベアタから見て鼻ぺちゃな瞬をどうして『姫さま』と呼ぶのか不思議でしょうがなかったのだが、

「こちらで如何でしょうか?姫さま」

 と鏡を示された時に唖然とする。
 漆黒の瞳と髪が……何故かプラチナブロンドの長い髪に瞳は淡いブルーになっている。
 ベアタたちのようにツンと鼻が高いわけではなく、想像以上に色白で整った、あるべき場所に全てがきちんと揃った愛らしい少女になっている。
 ベアタが何かを持ち出してくる。

「今日こそお化粧を……」
「いらないわ!」

 瞬はきっぱりと告げる。

 世界史はあまり得意ではないが、中国や日本でも鉛や水銀を肌に塗ったり、口にしていたと聞いたことがある。
 それに、中世ヨーロッパでは毒薬のベラドンナを点眼することで、瞳を美しく見せるという恐ろしい美容法もあったらしい。
 それに、青白いほど美しいともてはやされ、血を流し、貧血状態でパーティに出るのも当たり前だったとか……そうだ!ヨーロッパでも鉛の入った白粉が使われていたんだ。

 それ以上にまだ15歳の自分に、どんな化粧が必要なのだ!
 元々の瞬ですら白かったのに、この鏡の中の少女はまだ白い肌をしている。

「やめて頂戴。これ以上しないで!」
「ですが、姫さま。大事なお客様のお越しです」
「私はいいと言っているの。この姿が向こうに失礼になるというなら、ここに残ります。そうお伝えして頂戴」
「……解りましたわ。姫さま。ですが、姫さまのお美しさが……」

 残念がる侍女たちに、

「美しさよりも、大切なものがあるのよ。では参ります」

 歩き出した。
 髪を結い上げてもらい、華美な飾りもつけず……それでもアストリットは愛らしい。
 ただ無表情のお人形のように見える。
 だが……瞬は、ただ単に、

『この建物暗いし、匂いはこもってるし、何なんだ、ベッドもあまりいい匂いしなかった気がする。なのにドレスは香水臭い……うげぇぇ……』

 と思っていたのだが、急に瞬の目の前に文字が現れた。

『この世界は、地球でいうヨーロッパの中世の城を模している。』
『当時の城は石造りで、頑丈に作られていた。』
『敵からの侵入を防ぐことと、ガラスが高価だったこともあり、窓は小さく、開け閉めされるようになっている。その為薄暗い。』
『ベッドは城主などでもわらを詰めたもので、あまりクッションも良くない。』
『取り替えることもなく、時々チクチクとするのでその上にいく枚も布をかけ眠る。』
『この時代では入浴と言うことは少なく、臭いを消すために香水を用いた』

 と文字が現れ消えていく。

「何……これ?」

『南部ヨーロッパではオリーブオイルで明かりだったが、北部では獣の脂を使った獣脂ろうそくが作られ、広まり、各家庭で用いられた。』
『17世紀になるとクジラから油が取れるようになり、乱獲が始まる事となる。』

「うげぇぇ……日本に、クジラとるなって言ってるのに、その前に乱獲か〜」
「どうされました?姫さま」

 声を掛けられ、瞬は微笑む。

「何でもないわ。気にしないで」

 と言うか、気になるのは自分だけでなく周囲の人の香水の匂いの強さ……。
 それに、目の前に何故かゲーム画面に書かれていた文字が現れること。

「ねぇ。ベアタ。私は、肩に下げていたものと、手に何か持っていなかった?」
「今お持ちの書物のみです。姫さま。その書物は何ですか?」
「四角いものは持っていなかった?」
「はい。その本だけにございますわ」
「ありがとう」

 瞬は考える。
 変なものがあったとして、取り上げられたのではなく、自分は世界に入ってしまい、ゲームの普通なら画面に現れる知識などが現れるらしい。

「しかし、自分が誰で、どこにいるとか分かんないかなぁ……」

 ぼやくと、突然画面が現れ、

『名前:アストリット・エリーザベト・ディーツ。ディーツ伯爵エルンストの娘。15歳』

 そして地図が現れ、三角矢印が点滅する。

『ここが、ディーツ伯爵領の城の一つ。名前はない。近くに小さい町がある。周囲はほぼ鬱蒼とした森に囲まれている。隣の町などにいくのですら大旅行である。』

「そう言えば、昔はそうだったらしいし……」

 内心思う。

「でも、ゲームで最初に入力した『シュン』は何なのよ。意味ないじゃない」

 アストリットという名前に慣れない瞬である。

 しばらく歩くと、犬たちが現れ、ギョッとする。
 家では小型犬を飼っていたが、現れたのは細身ではあるが猟犬に近い……多分、セッターやポインター、もしくはこのドイツ語の世界、スタンダードシュナウザーやシェパードなどの原型なのかもしれない。

「こちらにございます。姫さま」
「犬がいていいの?」
「こちらは食堂ですから。残飯は全て犬が食べるのですわ」

 当たり前のように告げる。
 瞬は頭を抱える。

 そうだった。
 食事は狩った肉中心で、食べたら骨などを始めとする残飯は全て床に捨てる。
 それは犬の餌になるのだ。
 それにところどころ落ちていたのは、犬のフンで……。

「不衛生だ……そういえば、料理も各家庭にオーブンとかなかったから、パンも小麦を持って行ってパン屋で焼いてもらうはず……。一応フィンガーボールはあっても、ナイフは共用、フォークは無しで手づかみ……。フランス料理は16世紀にフランスの一部地域から起こった料理だから……もうダメだ……」

 遠い目になる。

「姫さま?」
「……何でもないわ。行きましょう」

 開いていた扉から入っていく。
 奥にエール(ビールの原型)をゴブレットという脚付きのグラスで飲んでいる男たちがいた。
 1人は40代、後3人は10〜20代である。
 目の前に画面が出る。

『父エルンスト。右、長兄カシミール、左、次兄フレデリック。戦いの前に猟に向かった。満足な狩ができたと盛り上がっている』

「おかえりなさいませ。お父様、お兄様。そして、お邪魔致しまして申し訳ございません。お客様。簡単な挨拶になりますが、ま……アストリットと申します」

 丁寧に頭を下げる。
 4人は振り返る。

「あぁ、ただいま」

 赤茶色の髪と、焦げ茶色の瞳のエルンストは答える。
 いかついというよりも、いくつもの領地を提督として帝国より預けられるのが不思議なほど温厚な顔をしている。
 カシミールはアストリットと似たプラチナブロンドの髪と瞳はブルー。
 フレデリックは、父と同じ色である。

「アストリット。こちらで食べるかな?」

 父親の問いに、微笑む。
 ちなみに、客人は明るい金の髪と濃いブルーの瞳である。
 穏やかな微笑みを浮かべている。

「ありがとうございます。ですが、お兄様や、皆さんと色々とお話があるでしょう。私は遠慮させてくださいませ。また明日の昼食ディナーの時に」
「そうか……残念だ」

『エルンストは妻に似たアストリットを溺愛し、カシミールは長男として一応安泰。しかし次男のフレデリックは妹をよく思っておらず、アストリットは言葉が少ないためどうしていいかわからない』

「複雑ね……」

呟き、食堂を出ていく。

 当時の貴族は朝食を食べず、昼食をディナー、夕食を軽食として取った。
 アストリットにも部屋で自分の分の夕食が用意されているはずである。

「では行きましょう」

 アストリットは告げたのだった。

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