Geschichte・Spiel(ゲシヒテ・シュピール)
drei(ドライ)
あまり寝心地の良くないマットから起き上がった瞬はため息をついた。
「夢じゃなかった……」
「姫さま。おはようございます。奥様がお呼びです」
「おはよう。ベアタ。奥様……お母様が?」
「はい」
「解りました。すぐ起きます」
体を起こすと、ベアタたちがすぐに新しいドレスを用意する。
しかしそれも香水がきつく、うんざりするが、黙っておく。
朝でもあり、髪を結い上げず、軽く編んで横に流す。
シンプルだが一番愛らしい姿である。
通常13歳前後で貴族の娘の結婚は決まるのだが、父親のエルンストは、妻によく似たアストリットを溺愛し、婚約者を見つけなかった。
それに、提督として戦場の指揮に携わっていた彼は、なるべく恋愛結婚をしてほしいと願っていた。
だが、アストリットは乗馬をし、鷹を飼い、チェスを習い、歌や詩の朗読に、歴史の勉強に費やした。
それ以外にも刺繍をし、絵を描いたり、街の生活の為と、布を集めて孤児院の子供たちに寄付する服を仕立てたり、時には孤児院に赴き、勉強を教えたりしていた。
それだけではない。
貴族の夫人である母親の姿を見て、一緒にパンを焼き、ビールやエールを醸造し、Butter……バター……やKäse……チーズを作り、煮たり燻したりして保存食を作り、ろうそくを作った。
ろうそくは、ほとんど獣の脂から作られていた。
料理も作ることができる。
このほぼ全ては貴族の女性の、夫人の最低限の教養で……それを覚えて育ったアストリットは両親から見れば十分立派な奥方になれるだろうと思われていた。
瞬も何となくだが、自分が教養を持っていることと、それにプラスして元の世界の知識を持っていた為、今日からでも水を蒸留する方法、料理を変えることを考えようと思っていた。
ついでに近くの畑にハーブでもないかと思っていた。
侍女たちに案内され、母親のいる私室に向かう。
この後、伯爵夫人である母は昼食を作る時間である。
トントン……扉を叩く。
「お母様。アストリットです。お待たせ致しました」
「入りなさい」
侍女に扉をあけてもらい、入っていくと、お腹のだいぶん膨らんだ母親の姿。
「お母様。おはようございます。お加減はいかがですか?」
「うーん……まだ、あまりね」
エリーザベトは物憂げに呟く。
30代の妊娠、それは当時では高齢出産の上、当時の平均寿命は30代……特に、女性の死因は出産の時が多く、それは戦争で男性が死ぬ確率よりも高かった。
そして大体、女性は生涯で4〜5人子供を産むが、そのうち1人から2人は3歳までに死んでしまい、12歳までには半分が死んでしまう。
つまり、3人の子供が成人していることは奇跡に近い。
しかし、アストリットの妹と弟は生まれてすぐ死んでしまった。
この歳で妊娠とは、エリーザベトにとっては文字通り命がけである。
「アストリットの結婚……見られないかもしれないわ」
「何を弱気な……お母様。大丈夫ですわ。お母様が赤ん坊を……私の妹か弟を抱いて、私の姿を見送ってくれると信じてますわ」
母の手を握る。
「お母様。今日のディナーはどうされますか?私が作りましょうか?」
「あぁ、今日は、ばあやと料理人が作ってくれるそうよ」
「そうでしたか……では、お母様は少しゆっくりされてください。私は、ばあやの手伝いに行きますわ。お母様の料理も大好きですけれど、もっと私もお母様の手伝いができるように……」
「まぁ、貴女は頑張りすぎよ?もうすでに、私がいなくても、この城を采配できるのだから……貴女が出来るからカシミールとフレデリック……特にカシミールが結婚もしないで……跡取りだと言うのに……困った子だわ。フレデリックはあの子で、やんちゃだから……婿にと言う事もまだまだだし……困ったわね」
因みに長兄は18、次兄は17。
一般の家庭では母親が母乳で育てるため、次の子供は間が空いていることが多いが、貴族の家庭では乳母がおり、子供の年が近い。
そして、一般の女性の結婚は17歳頃だが、貴族の令嬢の結婚はかなり早かった。
逆に、男性の平均結婚年齢は20歳過ぎが多く、貴族の嫡子以外の子供は20代後半になる事もあるらしい。
「カシミールお兄様は婚約者がおられますもの。フレデリックお兄様は、帝国の何処かに向かわれるの?」
「そうね……お父様は優れた統率者として知られていますからね。その息子のどちらかをと、言われているの。本当は……」
言葉を切った母を見つめる。
「お母様。もしかして、カシミールお兄様が?そ、そんな……!お兄様はこの領地に……」
「お父様が、お断りになったそうよ。2人を差別することはないけれど、カシミールは自分の後継で、この領地を守るように教育した。フレデリックは外に出しても恥ずかしくないと。納得してくださったわ」
「……お母様。私、カシミールお兄様とフレデリックお兄様……」
言葉を切り俯く娘にエリーザベトは苦笑する。
アストリットはあまり表情は出さないが、カシミールと一緒にいると笑顔が時々溢れるが、フレデリックの近くでは無表情よりも強張っているというか、親にだけは分かる、泣きそうな顔になっている。
元々温厚で、妹を溺愛傾向にあるカシミールと違い、小さい頃からいたずら好きで成長するにつれて体が大きくなり、妹を大声で怒鳴りつけるフレデリックは恐怖でしかないらしい。
「大丈夫よ。あの子も不器用なだけで、悪い子ではないの。貴方の事を嫌いではないのよ?」
「……はい」
扉が叩かれ、
「母上。お加減は如何ですか?」
「あら、カシミール。入って頂戴」
「はい」
扉が開き、現れたプラチナブロンドと青い瞳のカシミールは、にっこりと微笑む。
「母上だけではなくて、アストリットも一緒だったんだね。おはよう」
「あらあら、カシミールは、私よりもアストリットが目的だったの?」
近づいてきたカシミールは、いつのまにか小さい妹を抱き上げている。
「可愛い私のKleine Prinzessin(小さなお姫様)」
冷静にアストリットを演じていたものの、ドアップで美少年から美男子になりつつある端正なカシミールに抱き上げられ、動揺する。
母親エリーザベトによく似た顔はさほど変わりないが、成長し精悍さも備えた体つきになっている。
ちなみに、主要キャラクターの1人であるカシミールから聞こえる声は、演ずる声優さんの声である。
ひょいっと抱き上げられたアストリットも、瞬と同じ、現代よりも小柄な筈のこの時代でも小さいらしい。
「あ、あの、あの……」
「カシミール?そろそろアストリットも15歳なのだから、小さいお姫様はやめなさいな」
苦笑する母親を尻目に、高い高いをし、クルクル回るカシミールにされるがままである。
ひとしきりカシミールはスキンシップを取ったのだが、妹を抱いたまま、椅子に座る。
人形か……テディベアか……私は。
いや、まだ、この時代テディベアはいない筈……。
半分目を回していた瞬は考える。
ついでに、このペットか何かのように妹を溺愛する兄と、もう1人の兄は嫌悪丸出しとはどういう事だ……。
その耳には母と兄の会話が届いた。
「そう言えば、母上。ディーデリヒが、是非とも会いたいとか」
「あら、昨日お会いしたでしょう?」
「いえ、正式に」
「まぁ……」
放心していたアストリットは母親と上からの視線に我に帰る。
「え、と、お母様、お兄様?」
「この姿ではダメですね。可愛いけれど、地味」
「そうね。ドレスを……それとも化粧を……」
「お、お母様。け、化粧はしたくありません……それなら、自分の部屋に戻ります。ディナーは、皆さんで……」
慌てて逃げ出そうとしたのだが、突然目の前に六面体が二つ現れると、宙に転がった。
出た目はどちらとも1。
『脱出大失敗!』
と、無情な声が響いた。
ついでに、腰に回っていたカシミールの腕が逃げる事を許さず、
「はい、アストリット。化粧は良いけれど、ドレスは着替えてくるんだよ?大事なお客様だからね?ドレスは前に私が選んだものにするんだよ?」
「ディナーには、あのドレスは……あのっ、ディナーは別にとります。後でお邪魔するのは……」
「そう言って逃げるのは誰だったかな?それとも、このまま抱っこして連れて行こうかな?母上。どう思われます?」
「そのまま連れて行きなさいな。ディナーではドレスが汚れると心配するのなら、そのままがいいのではなくて?」
とコロコロと楽しげにエリーザベトは促す。
「えぇぇ?お、お母様?」
「そうですね。このまま連れて行きます。母上は後で父上が迎えにくると伝言です」
「あら、ありがとう。じゃぁ、カシミール、アストリットをよろしくね?」
「はい。大丈夫ですよ。じゃぁ、私のKleine Prinzessin。行こうか」
無情にも低身長、低体重が仇となり、兄にお持ち帰りされてしまう娘の姿を、母親は楽しげに見送ったのだった。
『Würfelの指示はこの世界の掟。逆らうことはできない……』
「夢じゃなかった……」
「姫さま。おはようございます。奥様がお呼びです」
「おはよう。ベアタ。奥様……お母様が?」
「はい」
「解りました。すぐ起きます」
体を起こすと、ベアタたちがすぐに新しいドレスを用意する。
しかしそれも香水がきつく、うんざりするが、黙っておく。
朝でもあり、髪を結い上げず、軽く編んで横に流す。
シンプルだが一番愛らしい姿である。
通常13歳前後で貴族の娘の結婚は決まるのだが、父親のエルンストは、妻によく似たアストリットを溺愛し、婚約者を見つけなかった。
それに、提督として戦場の指揮に携わっていた彼は、なるべく恋愛結婚をしてほしいと願っていた。
だが、アストリットは乗馬をし、鷹を飼い、チェスを習い、歌や詩の朗読に、歴史の勉強に費やした。
それ以外にも刺繍をし、絵を描いたり、街の生活の為と、布を集めて孤児院の子供たちに寄付する服を仕立てたり、時には孤児院に赴き、勉強を教えたりしていた。
それだけではない。
貴族の夫人である母親の姿を見て、一緒にパンを焼き、ビールやエールを醸造し、Butter……バター……やKäse……チーズを作り、煮たり燻したりして保存食を作り、ろうそくを作った。
ろうそくは、ほとんど獣の脂から作られていた。
料理も作ることができる。
このほぼ全ては貴族の女性の、夫人の最低限の教養で……それを覚えて育ったアストリットは両親から見れば十分立派な奥方になれるだろうと思われていた。
瞬も何となくだが、自分が教養を持っていることと、それにプラスして元の世界の知識を持っていた為、今日からでも水を蒸留する方法、料理を変えることを考えようと思っていた。
ついでに近くの畑にハーブでもないかと思っていた。
侍女たちに案内され、母親のいる私室に向かう。
この後、伯爵夫人である母は昼食を作る時間である。
トントン……扉を叩く。
「お母様。アストリットです。お待たせ致しました」
「入りなさい」
侍女に扉をあけてもらい、入っていくと、お腹のだいぶん膨らんだ母親の姿。
「お母様。おはようございます。お加減はいかがですか?」
「うーん……まだ、あまりね」
エリーザベトは物憂げに呟く。
30代の妊娠、それは当時では高齢出産の上、当時の平均寿命は30代……特に、女性の死因は出産の時が多く、それは戦争で男性が死ぬ確率よりも高かった。
そして大体、女性は生涯で4〜5人子供を産むが、そのうち1人から2人は3歳までに死んでしまい、12歳までには半分が死んでしまう。
つまり、3人の子供が成人していることは奇跡に近い。
しかし、アストリットの妹と弟は生まれてすぐ死んでしまった。
この歳で妊娠とは、エリーザベトにとっては文字通り命がけである。
「アストリットの結婚……見られないかもしれないわ」
「何を弱気な……お母様。大丈夫ですわ。お母様が赤ん坊を……私の妹か弟を抱いて、私の姿を見送ってくれると信じてますわ」
母の手を握る。
「お母様。今日のディナーはどうされますか?私が作りましょうか?」
「あぁ、今日は、ばあやと料理人が作ってくれるそうよ」
「そうでしたか……では、お母様は少しゆっくりされてください。私は、ばあやの手伝いに行きますわ。お母様の料理も大好きですけれど、もっと私もお母様の手伝いができるように……」
「まぁ、貴女は頑張りすぎよ?もうすでに、私がいなくても、この城を采配できるのだから……貴女が出来るからカシミールとフレデリック……特にカシミールが結婚もしないで……跡取りだと言うのに……困った子だわ。フレデリックはあの子で、やんちゃだから……婿にと言う事もまだまだだし……困ったわね」
因みに長兄は18、次兄は17。
一般の家庭では母親が母乳で育てるため、次の子供は間が空いていることが多いが、貴族の家庭では乳母がおり、子供の年が近い。
そして、一般の女性の結婚は17歳頃だが、貴族の令嬢の結婚はかなり早かった。
逆に、男性の平均結婚年齢は20歳過ぎが多く、貴族の嫡子以外の子供は20代後半になる事もあるらしい。
「カシミールお兄様は婚約者がおられますもの。フレデリックお兄様は、帝国の何処かに向かわれるの?」
「そうね……お父様は優れた統率者として知られていますからね。その息子のどちらかをと、言われているの。本当は……」
言葉を切った母を見つめる。
「お母様。もしかして、カシミールお兄様が?そ、そんな……!お兄様はこの領地に……」
「お父様が、お断りになったそうよ。2人を差別することはないけれど、カシミールは自分の後継で、この領地を守るように教育した。フレデリックは外に出しても恥ずかしくないと。納得してくださったわ」
「……お母様。私、カシミールお兄様とフレデリックお兄様……」
言葉を切り俯く娘にエリーザベトは苦笑する。
アストリットはあまり表情は出さないが、カシミールと一緒にいると笑顔が時々溢れるが、フレデリックの近くでは無表情よりも強張っているというか、親にだけは分かる、泣きそうな顔になっている。
元々温厚で、妹を溺愛傾向にあるカシミールと違い、小さい頃からいたずら好きで成長するにつれて体が大きくなり、妹を大声で怒鳴りつけるフレデリックは恐怖でしかないらしい。
「大丈夫よ。あの子も不器用なだけで、悪い子ではないの。貴方の事を嫌いではないのよ?」
「……はい」
扉が叩かれ、
「母上。お加減は如何ですか?」
「あら、カシミール。入って頂戴」
「はい」
扉が開き、現れたプラチナブロンドと青い瞳のカシミールは、にっこりと微笑む。
「母上だけではなくて、アストリットも一緒だったんだね。おはよう」
「あらあら、カシミールは、私よりもアストリットが目的だったの?」
近づいてきたカシミールは、いつのまにか小さい妹を抱き上げている。
「可愛い私のKleine Prinzessin(小さなお姫様)」
冷静にアストリットを演じていたものの、ドアップで美少年から美男子になりつつある端正なカシミールに抱き上げられ、動揺する。
母親エリーザベトによく似た顔はさほど変わりないが、成長し精悍さも備えた体つきになっている。
ちなみに、主要キャラクターの1人であるカシミールから聞こえる声は、演ずる声優さんの声である。
ひょいっと抱き上げられたアストリットも、瞬と同じ、現代よりも小柄な筈のこの時代でも小さいらしい。
「あ、あの、あの……」
「カシミール?そろそろアストリットも15歳なのだから、小さいお姫様はやめなさいな」
苦笑する母親を尻目に、高い高いをし、クルクル回るカシミールにされるがままである。
ひとしきりカシミールはスキンシップを取ったのだが、妹を抱いたまま、椅子に座る。
人形か……テディベアか……私は。
いや、まだ、この時代テディベアはいない筈……。
半分目を回していた瞬は考える。
ついでに、このペットか何かのように妹を溺愛する兄と、もう1人の兄は嫌悪丸出しとはどういう事だ……。
その耳には母と兄の会話が届いた。
「そう言えば、母上。ディーデリヒが、是非とも会いたいとか」
「あら、昨日お会いしたでしょう?」
「いえ、正式に」
「まぁ……」
放心していたアストリットは母親と上からの視線に我に帰る。
「え、と、お母様、お兄様?」
「この姿ではダメですね。可愛いけれど、地味」
「そうね。ドレスを……それとも化粧を……」
「お、お母様。け、化粧はしたくありません……それなら、自分の部屋に戻ります。ディナーは、皆さんで……」
慌てて逃げ出そうとしたのだが、突然目の前に六面体が二つ現れると、宙に転がった。
出た目はどちらとも1。
『脱出大失敗!』
と、無情な声が響いた。
ついでに、腰に回っていたカシミールの腕が逃げる事を許さず、
「はい、アストリット。化粧は良いけれど、ドレスは着替えてくるんだよ?大事なお客様だからね?ドレスは前に私が選んだものにするんだよ?」
「ディナーには、あのドレスは……あのっ、ディナーは別にとります。後でお邪魔するのは……」
「そう言って逃げるのは誰だったかな?それとも、このまま抱っこして連れて行こうかな?母上。どう思われます?」
「そのまま連れて行きなさいな。ディナーではドレスが汚れると心配するのなら、そのままがいいのではなくて?」
とコロコロと楽しげにエリーザベトは促す。
「えぇぇ?お、お母様?」
「そうですね。このまま連れて行きます。母上は後で父上が迎えにくると伝言です」
「あら、ありがとう。じゃぁ、カシミール、アストリットをよろしくね?」
「はい。大丈夫ですよ。じゃぁ、私のKleine Prinzessin。行こうか」
無情にも低身長、低体重が仇となり、兄にお持ち帰りされてしまう娘の姿を、母親は楽しげに見送ったのだった。
『Würfelの指示はこの世界の掟。逆らうことはできない……』
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