いつか英雄に敗北を

もふょうゅん

26話

「それで、話って?」
部屋のクローゼットの扉を開き、体を動かす時に着ているいつもの服を引っ張り出す。
魔獣の毛皮をなめして作った軽くて丈夫な土色のベストを白シャツの上から装備し、鉄で作った膝あてが付いている焦げ茶色のズボンに履き替える。
「っ!…着替えるなら一言言って!」
「ああ、ごめん。つい」
革ベルトには整備用の工具をいくつか取り付けることができ、魔獣の体毛を織り込んだ黒い手袋は防刃性能も高い。
「さっき、魔獣討伐に乗り気じゃなかったわね」
少し声が遠い…?
後ろを向いたのか。
「それが?」
「他の人の口ぶりからすると君が弱い訳じゃない、ならどうしてすぐに賛成しなかったの?」
「命を奪うのは苦手なんだ」
「…!どうして?」
「それは自分の大切なものを守る最後の手段だと思うし、そうならない為に力を尽くすべきだと思ってるから」
今回は魔獣の駆除だ。
本来なら侵入されないように色々考えて防ぐべきだった。
「まあ、起きちゃったことは仕方が無いんだけど」
命を奪うことに抵抗感のある俺を巻き込むために周りが考えたのは狩った魔獣を食料とすること。
ガラットや子供達に美味しいラパンリザードをたらふく食べさせる、仲間を養うために必要なことと無理やり理由をつけている訳だ。
「そうそう危険な目にあうこともないから。要は命を奪う責任っていうのかな、それをそう簡単に取りたくないんだよね」
今までもそうだった。
「魔獣と相対すること自体、まだ片手で数える程しか経験無いけどね」
「そうなの…じゃあ魔獣の事は?」
クローゼットの鏡で装備姿を確認し、次に武器を見繕うため部屋に備え付いている小さめの収納部屋に移動する。
「どちらかと言うと好きだよ。まだまだ解明されてないことが多いから、研究してみたいよ」
「そう…」
「うん」
屈めば体が完全に隠れる程大きくてずっしりとした重みのある大盾、腰を入れて構えれば大人の一撃でも受け止める簡易要塞になる。
直径40センチ程の小さい軽くて頑丈な小盾、攻撃を受け止めるより受け流すことに長けている。
今回は小物が相手らしいから後者でいいだろう。
選んだ盾の状況を軽く確認するために乾いた布を引っ張り出す。
盾の裏側には腕に伝わる衝撃を抑えるために毛足の長い魔獣の皮を重ねて縫い付けてあり、骨折を防ぐ工夫がしてある。
表面は円形の鉄板の上に、四角形の特殊な魔獣の皮が張られている。
その魔獣の毛並みには斬撃が効きづらく、この形状の盾にはもってこいの素材だ。
「ねえ」
「なに?」
「今朝のことなんだけど」
「あの魔獣討伐の話?」
引っ張り出した布で細かい汚れを払いながら軽く盾のチェックをし、アインの話に耳を傾ける。
「ええ…君はあのべッグに同情しない?」
同情…か。
「…考えたことなかった」
「え?」
「魔獣の立場に立って、魔獣討伐について考えたことなかった」
「…」
もし俺が生身の状態で武装した三人の敵に囲まれて、じわじわと体力を奪われていったら…
「アインはあの時べッグの立場に立ってたんだね」
「ええ」
新しい発見だな。
立ち位置を少し変えただけでも今まで思いもしなかったことが浮かんでくる。
例えば、一方的に狩られる恐怖とか。
「そっか、ぞっとするね」
「…そうね」
右の前腕に盾を装備する時、少しベルトをきつめに締めた。
あとは
「その剣って…」
いつも訓練に使ってるこの愛剣。
「あの広場の…?」
「あの銅像の持ってる剣と同じシリーズのショートソードだね、俺はまだあの剣を使えないけど」
「え?」
左手で抜きやすい位置のベルトに鞘ごと差し込んで金具で固定する。
「あの銅像は俺の両親だから、あの剣も杖も前はこの屋敷にあったよ。両親が死んだ時に皇帝に返還したんだ」
何度か鞘と鍔をチンと鳴らして、滑りを確認する。
「ご両親は…英雄だったのね」
「確かにそう呼ばれてたけど、英雄ではなかったよ。優秀だったのは確かだけどね」
「そんなことは…」
「実際に、相応しくない地位で頑張りすぎたせいで早死しちゃったしね。逃げる勇気がなかったんだ、二人とも」
「…」
「この国から逃げていればもっと長生きできたはずなんだ、優秀だったんだから」
「残念ね…」
「そうだね」
ベルトに武器を整備する時の工具と短剣、仕留めた獲物を運ぶための縄を取り付ける。
最後に背嚢を背負って動きを確認する。
「こんなもんか…他に話す事はある?」
「…」
「なに?」
言い淀んで下を向く彼女の顔は見えないが、随分沈んだ空気を感じる。
「私と…私は、この騒動に乗じて帝国を出る」
「分かった、捕まらないようにね」
「…ええ」
ノックが三回響く。
「タリオ、俺だ。準備いいか?」
「いいよ、今行く」
アルが声を掛けてきたということは屋敷の強化を始めようとしているのだろう、他の二人はいつも俺を急かすだけだから。
「それじゃあ、タイミングを逃さないようにね」
「…わかってる」
「じゃあもう少しだけ一緒に頑張ろう」
「ええ…」
二人で部屋から出て、玄関に向かって歩いていく。


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