いつか英雄に敗北を

もふょうゅん

13話

「さてと…」
まな板の上の巨大なべッグの肉塊に向かい合い、肉屋の厨房にある包丁を試しに何本か握ってみる。
一番手に馴染んだ重量感のある幅広で短い包丁を軽く振って改めて感触を確かめる。
やはり一般家庭の台所にある包丁とはわけが違う、まるで武器だ。
「でも、これを捌くなら武器の方が都合がいいか」
その声に返事をする者はここには居ない。
思う存分振るっても、切れるのは肉だけ。
包丁の柄を両手でしっかりと持ち、刃を肩に担ぐ。
「久しぶりだけど、いけるでしょ」
一歩後ろに下がって勢いをつけてから包丁を振り降ろすと、腕が伸びきるのと同時に肉塊に刃が入っていき。
ズドン!!
「っふう…概ね狙い通り」
そのままの勢いで肉塊を切り進み、まな板に刺さった。
その包丁をゆっくりと引き抜いて再び肩に担ぐ。
「これをあと1、2、3、4…先は長いな」
肉塊を切り分ける当たりをつけた場所を数えてため息が出そうになるのを抑えながら、黙
々と作業に集中することにした。


「精度はイマイチ…」
一通り切り分け終えてその断面を見ると、後半に切ったものほど狙いとのズレが大きくなっていた。
「でもまあ、切り口は綺麗だしいいや」
それでもさっきの三人組のように筋や繊維がぐちゃぐちゃになったりはしなかった。
「ここまで小さくできれば後は料理と一緒だね」
先程まで八歳児と同じくらいの大きさだった肉塊は、いくつもの30センチ程の肉に切り分けられた。
このぐらいだったら家庭でも料理できるだろう。
「おう!音が止んだみたいたが、終わったか?」
「ちょうど終わったところだよ」
店先に続く扉が開き、夕日とともに店主が顔を出す。
大体30分くらいで終わったかなと思いながら店主に道を譲る。
「お!バッチリだな!そんじゃあどのくらい持ってくんだ?」
「ん、三つくらいでいいでしょ」
「は!?おいおい!遠慮すんなよ!十個は持ってけや!」
「いやいや多すぎ…」
「うるせぇ!文句言うな!」
そう言って店主は次々に肉を包装していき、俺の腕の中にドサドサと落として
「よし!残りは今すぐ店に出すぜ、またな!」
残りの肉を持って出てきた扉を再びくぐって行った。
「…重い」
返すあてを失った肉を抱えて仕方なく俺も扉に向かう、すると不意に重さが軽減された。
「よっと、手伝うわ」
「アイン」
扉のそばで待っていたらしいアインが、扉をくぐった俺の抱えた肉を半分ほど持ってくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして。みんなは先にトムさんのところに向かってる」
「そっか、待たせてごめん」
「別に誰も気にしてないわ」
彼女は土地勘がいいらしい。
さっそうと歩くその足の向かう先は間違いなく第7商店街、トムさんの家だ。
「料理も上手いのね?」
顔だけこちらに振り返り、おそらく子供たちに聞いたであろう事を訪ねてくる。
「機会があったからやるようになっただけだよ」
「そうなの?意外とハマってたりして」
からかうように言われたが、ふむ…確かに研究に近いものは感じるかもしれない。
「しょうには合ってるかもね」
「ふ〜ん?」
「アインは料理するの?」
「する、あんまり凝ったものは作れないけどね」
「いつもは旅してるんでしょ?だったら凝る必要は無いと思うよ」
「あ〜…多分だけどみんなが想像してる旅とは少し違うと思うわ」
「そっか」
移動しながら生活する。
大雑把でもこの考え方でいいはずだけど、違うというならそうなのか。
「…」
「…」
「え?」
「ん?」
「気に…ならない?」
「いや?」
想像と違うと言われて気にならないわけがない。
本当はどうなのだろう?
何が違うのだろう?
こんな感じかな?
それとも…と終わらない思考を巡らせてしまう。
でも
「聞いても結局想像じゃ意味無いよ、だったら実物を見るしかないと思うからね」
「…そうかも」
「機会があったら実際に見せてね」
「そうね」
その後はどんな料理を作ったことがあるとかそんなことを話しながらみんなの元へ向かった。


「あ!お兄ちゃん!」
「タリオ!」
野菜を売っている店の奥でおしゃべりしていたテノとエルちゃんが一番に気づいてくれた。
「はいエルちゃん、おすそ分け」
アインの持っている肉屋の紙包みを見ながら言う。
「わぁ!お肉!」
「ほお、なかなかいい肉だな!」
「いつも贔屓にしてもらってるのと、美味しい野菜のお礼」
「気ぃつかいやがって」
「ありがとうお兄ちゃん!」
「どういたしまして」
主婦の皆さんに野菜を売り終えたトムさんも俺に近づいて来た。
アインが持ってくれた肉をほぼ全部トムさんに手渡してもらう。
「よぅし!ちょっと待ってろ!」
受け取った肉ごと店の奥に入っていった。
「おつかれさん!」
両手に野菜の入った買い物かごを持ったトーザが近付いてくる。
「待たせてごめんね」
「気にすんなよ!それで今夜のメニューだけどよ、べッグは豪勢にステーキにしようぜ!一人一枚!」
周りにいる少年全員とマイネがトーザの提案に何度も頷いている。
「いいけど、それだとあんまり俺がやることないよ」
「そこはソースに腕をふるってくれ!」
「なるほど」
「カロリー控えめでよろしくね」
「え、気にしなくていいんじゃない?セルノア」
「そういう訳にはいきません〜」
「まあ分かったけど」
「うん!よろしくね」
「それならこれ持ってきな!」
「トムさん」
何かをいっぱいに盛ってあるカゴを持ったトムさんが店の奥から再び出てきた。
「今朝採ったコドカの実だ!ステーキソースに使えば味もカロリーもさっぱりするぞ!」
「へぇ、じゃあありがたく貰ってくね」
「おう!じゃあまたな!」
「バイバイお兄ちゃん!」
「うん。またねエルちゃん」

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