いつか英雄に敗北を

もふょうゅん

10話

「おかえりなさい!タリオ!久しぶり!」
「『久しぶり!』じゃないだろ!」
「そうよ!タリオを殺す気なの?!」
「テノは相変わらずだね」
「そ、そうなの…?」
「ていうかテノお前!タリオ以外のやつともちゃんと話せよ!」
「……?」
「だから聞こえねぇっての!」
「…いたい」
ほんの数分。庭の端にみんなが集まってくる間の少しの時間だけ俺は気を失ってたらしい、大したことなくてよかった。
「あ!タリオ!早く買い物行こ!」
「おまっ!はぁ…もういいや、おかえりタリオ。それでごめん、やっぱりテノを抑えるのは無理だ」
「気にしないでいいよトーザ。テノも相変わらず元気でなにより」
「ま、コイツはな」
俺に抱きついて頬ずりをやめようとしないこの少年はテノ。四年前、4歳の時に屋敷にやってきた少々訳アリの子供だ。
「はやく!はやく!」
「あ〜もう!ちょっと待てよ!他のやつも待つんだから!」
テノを叱りつけているのは元貴族の少年トーザだ、彼は俺と同い年で、幼い頃にほかの三人と一緒に何度もこの屋敷に遊びに来たことがある。その三人、ガラット、セルノア、アルと今この屋敷で暮らしている。
「これだけ騒げばみんな来るわよ。それよりテノ、あなたタリオに言うことがあるでしょ?」
「…。」
「ほら、目をそらさない。ちゃんと言わないとお留守番させるわよ?」
「!」
セルノアのその言葉にテノは全身を硬直させ、ついに頬ずりをやめた。そしておそるおそる振り返り、セルノアの顔を一目見るとつばをごくりと飲み込んで、俺に向き直り
「い、いきなり飛びついてごめんなさい…」
と、素直に頭を下げた。
「よろしい!」
満足そうなほほ笑みを浮かべてテノの頭を撫でるセルノアに周りの雰囲気も一気に和む。今のセルノアには間違いなく母親の面影があった。
「飛びついたのはセルノアもだよ」
「ちょっ!」
この場がまとまりかけたその刹那、ロロムが先程言いくるめられたことに対して反撃ののろしをあげる。
「確かにね」
「タリオ!」
「テノだけに謝らせるのはずるいんじゃない?」
「わ、私はタリオに怪我…っ!」
彼女は咄嗟に口を塞いだが遅かった。責められたと思ったテノはみるみるうちにへこんでしまい、膝を抱え込んでしまった。
それを見て罪悪感に顔を歪めるセルノアを、ニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべたロロムが
「年上としてどうするのかなぁ〜?」
「っ〜〜!!」
さらに追い立てる。普段はただただ明るい性格のロロムだが、なぜかセルノアと絡むと性格が歪んで見えるのは、もしかしたらこれが本性だからなのか。
「私も飛びついてごめんなさい!それからテノも、私がたまたま怪我させなかっただけだから、あまり気にしないで?」
「…?」
「気にするなってさ。久しぶりにテノの元気な姿が見れて俺は満足だよ」
「タリオぉ!」
元気を取り戻したテノの熱い抱擁を受けつつ、その背後で展開されるロロムとセルノアの熱い視線の応酬。
「ロロムってあんな性格だった?」
ついさっきまで一緒にお茶を飲んでいた相手には到底見えないらしいアインは、不信感たっぷりで話しかけてきた。
「あの二人は似たもの同士だからな。あ、俺トーザ、よろしくな」
「初めまして、私はアイン。タリオに仕事の依頼をしたの」
そこへトーザも混ざり初対面同士の自己紹介を終える。
「へ〜?女の子の依頼なんて珍しいな、どんな仕事なんだ?」
「詳しい話はまだしてないの」
「今晩食事の後に聞けたらいいと思ってる」
「え゛…いや〜、それは難しいだろ」
俺の思惑を苦い顔をして否定するトーザは、未だロロムに熱い視線を飛ばしているセルノアを見て確信していたようだった。


「お待たせ〜」
しばらくロロムとセルノアの静かな戦いを観戦しながらアインとトーザと話していると、屋敷の方から三人の子供がこちらに歩いてきた。
「お、来たな」
「来たなじゃないよ〜」
「お金も買い物カゴも持たずに何しに行くつもりだったのさ?」
「しっかりしてよね!まったくもう」
「「あ」」
後から来た三人、のんびり少女のマイネ、優男のロン、おてんば娘のイストに突っ込まれたセルノアとトーザは、恥ずかしそうにはにかんだ笑みを浮かべた。
ちなみにテノは興味が無いのか俺の胸に頬ずりしている。
「三人がしっかりしてて助かったよ、ありがとう」
「えへへ〜」
「ううん、気にしないで」
「ふん!タリオが毎日帰ってくればこんなことにはならないわ!」
「そう?」
「「「『そう』だよ〜」だね」よ!」
いつも通り息の合ったコンビプレーを披露して見せたこの三人に愉快な気持ちになりながら、ごめんごめんと謝ってそれぞれの頭を順番に撫でていく。
「あ、そうだ〜。今日はお肉が少ないらしいよ〜?」
「そうなの?」
「へぇ、セルノアが知らないなんて珍しいね」
「なによ、ロロムは知ってたの?」
「いや、知らないよ?」
「おいおい」
またしても二人の視線の間で火花が散り始めるのを阻止するためにトーザが間に入り、俺はマイネに先を促す。
「俺もエルちゃんとゼノンからその話は聞いたけど、マイネはどうして知ってたの?」
「お昼頃に執事のおじちゃんに聞いたんだ〜」
「執事のおじちゃん?」
執事のおじちゃんとは、かつてこの屋敷で執事長を務めていたグラヴェルのことだ。彼はこの屋敷をやめさせられてからも心配して頻繁にここに訪れてくれている。アインにそう説明すると、さらに疑問が生まれたらしい。
「その人は一緒に暮らしてないの?」
「今は別のところで働いてるからね」
「…そう」
アインがありがとうと言って会話を切ったことから、疑問は解消されたらしい。
「さて、それじゃあまずは肉屋を覗いてみようか」
ちびっこ達のおー!という返事を受けて屋敷の庭を出発した。

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