いつか英雄に敗北を

もふょうゅん

9話

「結構時間がかかったのね?」
玄関の鍵を閉めて屋敷に向かって歩き出すと、前を歩いていたアインが顔だけこちらに向けて訪ねてきた。
「そういえばそうだね」
「ああ、ゼノンに会ったんだ」
「ゼノンお兄ちゃん!?」
アインにつられて振り返ったロロムは俺の返事を聞いて目を輝かせた。
「い〜な〜!僕も話したかった!次はいつ会える?」
「どうだろ、姉さんに聞けばわかるかもね」
「今日フィアお姉ちゃんは?」
「しばらくは忙しくて工房にも屋敷にも帰れそうにないってさ」
「そっか〜…」
ロロムは露骨にがっかりしていたがそれも当然だろう。数年前、まだ幼かったロロムとその両親が国外旅行から帝国に帰ってきた時魔獣に襲われ両親は死亡、ロロムに魔の手が伸びる直前にゼノンが助け出したのだ。まさに命の恩人である。
「また稽古つけてもらいたいな!」
「その、ゼノン?って…」
「僕の命の恩人!時々鍛えてもらってるんだ!」
「そうなの…」
ロロムの返事を聞いたアインはどこか懐かしむような顔をしていた。
「トーザやガラットだって恩人じゃないのか?」
「え?う〜ん…」
いつもはひたすら明るいロロムの眉間にシワがよっている。
「その二人は誰?」
「二人ともさっき話した元貴族。ロロムはその二人に連れてこられたんだ」
ゼノンに救出された後、引き取り手のいなかったロロムはしばらくの間、門のそばにある兵舎で寝泊まりしていた。その話をどこからか聞きつけたトーザとガラットが引き取ってきたのだ。
「うん、やっぱり二人は違うよ!」
「え?どうして?」
説明を受けたアインは、ロロムがまるで恩を感じていないような態度で言い放った言葉に目を丸くして聞き返した。
「二人もだけど、タリオもみんなも家族だから。今は恩を感じて一緒にいるわけじゃなくて、好きで一緒にいるからね!」
ロロムは俺の手を握って少し恥ずかしそうに笑って見せた。アインはなんとなく理解したようで
「そうね」
と言ってロロムに微笑みを返した。しかし
「それでも恩人は恩人だろ?」
俺は理解出来なかった。
たとえ今家族として一緒に暮らしていたとしても、トーザとガラットがロロムを引き取りに行った恩人には変わりないはずだ。だったらわざわざ二人のことを恩人じゃないなんていう必要はないと思う。
「…タリオ」
「…あなたって」
ロロムとアインが二人そろってとても寂しそうな目をしていた。
「それはさ、ほら、気持ちの問題というかなんというか…」
「そう、立場の問題よ、これは…」
二人が何とか俺にわかるように伝えようとしていたがさっぱり分からなかった。


「だから彼が言いたいのは━━━━━」
「やっっっっと帰ってきたぁぁぁ!!!」
「うぐっ」
甲高い少女の声と一緒に声の主までもが俺の耳と腹に同時に飛び込んできた。
「タ、タリオぉ!!」
「だ、大丈夫?!」
叫ぶロロム、慌てるアインと寝転ぶ俺と少女。
気づけばここはもう屋敷の庭に入っていて、下が柔らかい芝生で助かっ━━━━━
「遅い!!今日は一緒に買出しに行けるってお姉ちゃんから聞いたからみんな待ってたのに!!」
てなかった。ああ、そんなに肩をゆすられたら首がとれてしまう。
「ま、まあまあセルノア。落ち着いて」
「そもそもロロム!なんであんたが迎えに行ったのよ!」
「なんでって…」
「どうせこんなに遅くなったのもあんたが呑気にお茶してたからなんでしょ!?」
「うっ」
一気にまくし立ててロロムを黙らせ、フンと鼻を鳴らしてタリオに向き直る。と、その途中で見慣れない少女の顔が視界に映る。
「えぇっと…あなた、誰?」
「あっ、初めまして、私はアイン。タリオに仕事を頼んだの」
「それじゃあお客さんなのね。初めまして、私はセルノアよ、よろしく」
アインの自己紹介に応えるため、ようやく俺の上から降りて彼女に向かい合う。
「よろしく、セルノア。それと、ロロムとお茶してたのは私なの。だからあまり彼を責めないであげて」
「う〜ん…まあ、お客さんがそう言うなら…」
「ありがとう」
ロロムがアインに潤んだ瞳で感謝を伝えているあいだに俺も立ち上がり
「ただいまセルノア、遅くなってごめん」
「まあまだ夕食には間に合うし、許してあげる」
「ありがとう、もう出かける?」
「そうね…」
セルノアへの謝罪とこの後どうするかを軽く話し合う。彼女はガラットの二歳年下の妹で俺より一歳若いしっかり者で、働けない小さい子達の面倒や教育、屋敷の管理をしてくれている。
「お兄ちゃんとアルは買出しには行かないから、後はトーザとテノ、マイネ、ロン、イストを待つだけね」
「それなら━━━━」
「おい!止まれって!そんな急がなくてもタリオは逃げねぇから!」
「……!……!?…!」
「だから、聞こえねぇって!」
土埃を巻き上げてこちらに向かってくるふたつの影。ひとつの声には聞き覚えがあるが、もうひとつはまだ距離があるせいなのか聞こえない。
「あっ!タリオ、おかえり!そんで気をつけろ!」
「こ、今度は何?」
こちらに向かってくる影の一つ、トーザの警告に慌て始めるアインが心配そうに訪ねてくる。
「たぶんあれはテ━━━━━」
瞬間。肺の中にある空気はすべて吐き出され、メキメキと音を立てて体がきしむ。衝撃に逆らわないように自分から軽く後ろに飛ぶと、すごい速さで庭の隅まで飛んでいき、俺はそこで意識を手放した。

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