いつか英雄に敗北を

もふょうゅん

7話

「はいどうぞ!タリオはミルク、お客さんは紅茶でよかった?」
「ええ」
俺とアインが階段を登りきると、カウンター席の向こうで先程の少年がカップをお湯で温めているところだった。
「飲み物はありがたいけど、ロロム。どうしてカップが三つあるのかな?」
三つのカップにミルクと紅茶と酸味のある甘水をそれぞれ注いでいる彼、ロロムに若干冷めた言葉と視線を送れば
「え?僕が飲むからだよ?」
「何言ってるの?」
ロロムとアインがそろって返事をする。俺とアインの他に誰かいたら仕事の話はできないんじゃないのか?
「これから仕事の内容を話すから、ロロムはいない方がいいと思う」
内容を話す前にわざわざ質問したんだから、この仕事のことはできるだけ秘密にするのがいいと思う。
「…そうだね」
とロロムは納得したものの、明らかに落ち込んでおり自分の分の飲み物を捨てるべきか迷っていた。それを見たアインが別に構わないと目で話しかけてきたので
「まあ、今は休憩時間だから依頼主が許可をくれれば問題ないよ」
「もちろん歓迎する」
すかさずアインが許可を出して元気を取り戻したロロムは、注いだ飲み物とお菓子をお盆に載せてキッチンからテーブルに運んできてくれた。


「それでね!このお菓子は屋敷のキッチンでみんなで作ってるんだ!」
「売り物みたいね、すごく美味しい」
少し頬を赤くしたロロムがアインの感想を聞いて満面の笑みを浮かべている。この二人は早くも打ち解けてかなり会話が盛り上がっている、今何時だ?
「…15時」
俺の背中側の壁に掛けてある廃材や魔獣素材を合わせて作った時計の短針は、3の数字を少し過ぎた位置を指し示していた。
「もうそんな時間?」
「いい加減仕事の━━━━」
「ああ!!早く夕食の買出しに行かなくちゃ!」
少し驚いた様子で俺のつぶやきに返事をするアインに仕事の話を促そうとしたら、またしてもロロムに遮られてしまった。
「タリオ!今日は一緒に行くんだよね?」
確かに朝の時点では午後の予定がなく、買い物にも行くつもりだったが今は事情が変わった。
「あのね…俺はアインから仕事の話を聞かなくちゃいけない、だから今日は行けない」
「そんなぁ…」
先程よりも大きくしょぼくれたロロムは今にも泣きそうだ。しかしこればかりは仕方がない。
「別に明日でいい」
成り行きを見守っていたアインが発言し、ロロムの方へと歩いて近づいていく。
「急いでいるわけじゃないから」
「ほ、ほんと!?」
アインはロロムの頭を撫でながら静かに頷く。そして元気を取り戻したロロムは、今度俺の方に向き直り反応を待っている。
「いいんだね?」
「ええ」
ロロムに元気が戻るとアインは頭を撫でるのをやめて俺に向き直る。
「わかった、それじゃあ今日はこれで解散に━━━━」
「それじゃあお姉ちゃんは今日屋敷に泊まるといいよ!」
「え?」
またしても遮られたものの、ふむ、いい案が出たな。
「いや、私は宿に泊まるつもりだから」
「ええ〜!もっとたくさんお話したい!」
「泊まってくれると助かるよ。近くにいれば仕事の話をする機会もあるかもしれない」
「で、でも…」
「なにか気になることが?」
言い淀むアインの表情は緊張しているように見える。
「屋敷が建っているのは二等区であってる?」
「そのとおり」
「正直に言うと私は貴族が嫌い。だから貴族街には行きたくない」
もちろん、タリオのことは技術者として信用すると付け足してアインは自分の考えを話した。実際にこの国の貴族は一定以上の格がないと、子供の頃から権力に溺れるような者が多い。それが特に多いのが二等区であるためそこに住む者以外の出入りはほとんど無い。
「確かにあそこにはひどい貴族が多いけど、そいつらに出会わなければ問題ないよね?」
アインの気持ちを無視するわけにはいかないが、気持ちを傾けさせるのは平気だろう。
「そうね、でもそんなのは無理でしょう?」
「そんな事ないさ、だって屋敷が建っているのは二等区でもあり三等区でもあるからね」
区の境目は段差になっているが、俺の工房のようにそれぞれの区からの入口を設計することは出来る。つまり上空から見たらちょうど区の境目に建物が建っていることになる。
「まさか君たちの住んでる屋敷も?」
「上から見たら同じかも、でも少し違うね」
「どんなふうに?」
「屋敷が段差に埋まっているように見えるよ」
それは俺の両親が武功を挙げて爵位を与えられた時、その式の最後に少しでも早く戦地に向かえる土地が欲しいと皇帝に直接頼んだところ、大掛かりな工事の末に段差を抉り取りそこに屋敷を建てることで貴族街に並んでいながら三等区に玄関がある屋敷が完成した。だから
「貴族に会うことはないよ」
そう話を結ぶと、少々呆気にとられていたアインが
「そう…」
と小さく返事をした。
その彼女の手を取ってニッコリと笑っているロロムが
「一緒に買出し行こ!」
と言って手を引くと、アインは抵抗せずに歩きだした。

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