いつか英雄に敗北を

もふょうゅん

6話

「謝りに行くのは正解だと思うよ。この辺の工房は横のつながりも強いから彼らのことはよく知ってる、みんないい人達ばかりだよ」
「そう、それなら安心」
照れ隠しなのか努めて冷静に受け答える。まだ若干頬が赤いけど。
「他に質問は?」
「無い」
キッパリとそう言って首を振る。
「それで俺は仕事を受けられるのかな?」
「ええ、君にお願いする」
彼女はそう言ってやっと緊張を解いたようだった。そして年の割に少々華奢で血色のいい肌をした右手を差し出してきた。
「君の腕前は信用する」
「それはどーも」
俺はその手を軽く握り返し、これまた軽く返事した。


彼女から正式に仕事を受けたことだし一度内容についてしっかりと聞かなければならない。
「さて、早速だけど仕事の内容を聞きたい」
「ええ、分かってる」
「けどその前に一息入れよう。飲み物をとってくるけど、何かリクエストは?」
立ち上がろうとした彼女を手で制し、階段の先を指さしながらたずねる。彼女は少し考えてからなにか思いついたらしくクスリと笑った。
「それじゃあ、名前を教えて?」
「ん〜、確か今はミルクと甘水が何種類か…あとは時間がかかるけど紅茶があるな」
「…やっぱり鈍感」
真剣に記憶を掘り起こしていた俺に彼女は呆れたように言った。
「君の名前を聞いたんだけど?」
どうやら俺の勘違いだったようだ。でもどうして飲み物の話をしていて名前を聞いてくる?おかしくないか?
「君がリクエストを聞いてきた」
それはマナーとして一応聞いただけであって…
「それなら苦手なものを聞くべき」
「…それもそうだ」
もしリクエストされたものを用意出来なかったらむしろ失礼だ。それなら苦手なものを聞いてそれ以外を提供するのが正解、別にここは喫茶店じゃない、飲み物の注文に応える必要は無い。
「それで、君の名前は?」
「技術者としての俺は『青髪』で通ってる、帝国じゃこの髪色は珍しいからな」
俺と姉さんはどちらも青い髪をしている。俺はかなり濃い青色に所々に白髪のメッシュ、姉さんは真っ白に見えるほど薄い水色が入っていてそれぞれ母さんの青い髪と父さんの白い髪を譲り受けている自慢の髪だ。
「仕事とプライベートは分ける質なんだ」
「いい心掛けね」
彼女は不快に思った様子もなく理解してくれた。
「私の事は名前で呼んでくれていい、私の名前は━━━」
「アイン、だよね?さっきトムさんに言ってたのを聞いてたよ」
「…そう」
自己紹介を邪魔されて不機嫌になったのか目が少しつり上がっていた。
「途中で邪魔してごめんね」
「…気にしてない」
してるだろ。
「あ〜それじゃあ飲み物をとって━━━━━━」
バァンッ!!
「お〜〜い!タリオ起きてる〜?」
二階の扉が勢いよく開いた音に俺と彼女はそろって肩を飛び跳ねさせた。それを起こした犯人は二階をドタドタと小走りに確認し、俺の姿が見えないとわかると今度は階段を降りてきた。階段の途中で工房をのぞき込み俺と目が合うと
「おはようタリオ!!」
と元気に挨拶をしてくれた。そしてそのキラキラと輝く大きな目を今度はアインに向け
「あっ!お客さん?今飲み物用意するね!」
と言ってまた階段を上っていった。
「…」
「…」
そして俺とアインはお互いに顔を見合わせた。彼女は彼の突然の来訪に困惑していたが、俺の顔はきっと随分と疲れて見えたことだろう。
「…とりあえず上に行こう」
そう提案し重い足取りで階段に向かう俺に
「そうね、タリオ?」
彼女は更に追い打ちをかけてくる。
「…名前で呼ばないでよ」
「仕事中は、ね?今は休憩中」
とからかいながら軽い足取りで俺を追い越して行く彼女はきっと仕返しができて満足だったことだろう。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く