いつか英雄に敗北を

もふょうゅん

3話

「作動させてみても問題なさそうだね、トムさんから見てどうかな?」
「散布する量も範囲もバッチリだ!いや〜助かったよ、おかげで野菜が腐らずにすんだ!」
お昼までになんとか修理と運搬を終わらせて依頼主のトムさんに届けた。場所はトムさんとその家族が暮らしている二階建ての家の裏手。大きな畑だ。
「よかった、いくら薬水でもあげすぎると腐っちゃうし…」
「いや、そっちじゃなくてな…」
「?」
「あ〜まあいいか、とにかくありがとな!」
「どういたしまして」
トムさんが俺の店を訪ねてきたのは昨日の午後8時頃で、畑に設置した薬水散布機が設定以上の薬水をまいてしまい困っていたらしい。
薬水とは農家の強い味方で、水の中に野菜を育てるのに必要な養分が全て入っていて肥料いらずになるのだが、大量に散布すると作物に強い刺激が与えられ、腐ってしまうことになる。トムさんはこの第7商店街で八百屋を営んでいて、野菜を腐らせるわけにいかなかったわけだ。もちろん俺もトムさんの作った野菜を毎日食べている。
「お兄ちゃん、今日は知らないお姉ちゃんと一緒だね?」
「そういや、あの嬢ちゃん見たことない顔だな」
「まあ…」
俺が聞きたいよ。なんであんた付いてきたんだ?
「私はアイン、彼に仕事を頼みに来た」
「なんだ嬢ちゃん客なのか」
「そう」
肩透かしを食らった彼女が少々照れた後、仕事を片付けに行くと伝えたところ一緒に行くと言い出して無理やり運搬用のアングラーターに乗り込んできた。
「お兄ちゃんの彼女じゃないの?」
「……違う」
トムさんの娘のエルちゃんはアインの返事を聞くと安心したような様子を見せて、トムさんと彼女を置いてこちらに駆け寄ってきた。
「お兄ちゃんお兄ちゃん!今度はいつお店に来るの?」
「ん〜、今日の夕飯の材料を後で買いに来るかな」
「ほんと!?」
「うん、何人か連れて買いに来るよ」
「やった!じゃあまたその時お話ししようね!」
「そうだね」
「あっ!それとね?今日はお肉がまだ仕入れられてないって、お肉屋のおじちゃんが言ってた!」
「そうなの?」
「うん、兵隊さんたちがまだ届けに来てないんだって〜」
「そっか、教えてくれてありがと」
よしよしと頭を撫でてあげるとえへへと言って大人しくなる。エルちゃん、ほんとにいい子。アインにもこのくらいの可愛げがあればいいのに…あ、でも照れた顔は可愛かったか。
「おいおい、エルまで屋敷に連れてく気か?」
「まさか」
「屋敷?」
そこで会話を終えたトムさんとアインがこちらに歩いてきた。
「ああ、嬢ちゃんはこいつの仕事場は見たのか?」
「ええ」
「実はこいつはこう見えて貴族の家柄でな、ほんとは二等区にある大きな屋敷に住んでんのよ」
「え?」
アインの顔が一瞬こわばったように見えた。
「二等区に?」
しかし、すぐに元の感情表現が少ない顔に戻っていた。気のせいかな…トムさんは気づいていないみたいだし。
「普段は仕事場に寝泊まりしてるみてぇだけどな」
「その方が仕事がしやすいから」
俺の暮らす国、『帝国』は皇帝とその家族が暮らしている城を頂点にほぼ円錐の国土を巨大な壁で囲っている。城から壁に向かって一等、二等、三等、四等と区分けされていて、一等区には城で働く貴族や役人の屋敷と様々な主要機関が建てられている。二等区は貴族街だが、他にも大商人の屋敷があり第1〜4の商店街が存在する。三等区は商人や農家が集まっていて、第5〜12の商店街がある。四等区には教会があり、住宅よりも商店街がおおくて、第13〜30の商店街、プラス闇市が存在する。
区の境い目にはに段差が存在し、城と一等区と二等区、三等区、四等区の全三段に分かれている。俺の仕事場は三等区と四等区のちょうど境目にあり、二階は三等区、一階の仕事場は四等区にそれぞれ繋がっていて、結構気に入っている。
「しかもその屋敷を使って孤児院みたいなことをしてやがる」
「それは教会の役目」
「そうさ、だけど少しばかり違う」
「違う?」
含みを持たせた言い方をしたトムさんは俺のことをニヤついた顔でまじまじと見てきた。それにつられてアインも俺の顔を見る。
「別に俺が養ってるわけじゃないよ。他のみんなも働いてるし、働けない小さな子供は家のことを進んでやってる」
「つまり、こいつの屋敷に暮らしてるのは子供だけってこった」
驚いて口をつぐんでしまったアインとは反対に、トムさんは決まったと言わんばかりに自慢げな顔をして笑っている。
「何のために?」
「さあな?実際に見たことはないからなんとも言えないが、少なくとも周りとはうまくやってる。こいつが上手くやってるからだと思うがな」
「買い被りすぎ。俺、ほとんど帰ってないから」
「へいへい」
「もう問題なさそうだから帰るよ」
「おう!また後でな」
「バイバイお兄ちゃん!あとお姉ちゃんも!」
何か考え込んでいるアインを運搬用のアングラーターの荷台に乗るよう促し、トムさんの農場をあとにした。

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