いつか英雄に敗北を

もふょうゅん

1話

心地よい木漏れ日と爽やかな風に身を委ね、柔らかい太ももの感触と頭を撫でるふたつの優しい手。
耳に届くのは風の音と風に揺れる草の音、鳥の声、遠くで楽しそうに話す大人達、そして周りで自分と同じ様に眠りこけている数人の子供の寝息だけ。
いつまでもこうしていたいと思うものの、子供っぽいことは気恥しくて苦手だ。
ゆっくり目を開けると見覚えのある二つの顔がこちらを覗き込んでいた。しばらく見つめ合うと、一人がクスリと笑い
「目が覚めたのかしら。それとも寝ぼけてる?」
「タリオの目はいつも眠そうだから分からないね」
もう一人もつられて笑いながら訪ねてくる。
「おはようございます。父さん、母さん」
「「「おはようタリオ」」!」
「…それから姉さんも」
さっきまで反対側の母さんの膝枕でぐっすり寝ていたはずの姉さんが起きていた。そしてすぐさま俺を抱き上げると今度は自分の膝の上に座らせて、髪やほっぺたをいじくり回す。いつもの事だと両親は苦笑いだが俺の方はそうはいかない。
「姉さん、俺は母さんの膝枕がいいです」
「そんな事言わないで!ほら!お姉ちゃんの膝枕使って!」
と、今度は強引に俺の頭を姉の太ももに押し付け、固定されてしまった。
なんとか抗うものの、俺と姉さんの年の差は9歳。さらに姉さんの潜在能力は凄まじく、神童と呼ばれ学生の身でありながら既に軍に所属している。
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
しぶしぶ姉さんの膝枕に甘んじる、姉さんの方はご満悦といったところだ。
仕方ない、このままもうひと眠りしよう。諦めて二度寝の体制に入る。
時刻は午後7時。まだまだ空は青い。


目覚めた時に目に映ったのは、まるで大量の血が染み込んだような真っ赤な夕焼け空だった。
「おはようタリオ、あまり寝すぎると夜に眠れなくなるぞ?」
声のするほうを見ると父さんが屋敷からこちらに歩いてくるところだった。しかし、先程までとは服装が異なっていて、右手には大きな盾を持ち右の腰には皇帝から与えられた立派な片手剣がさがっていた。
「ごめんなさい父さん」
これから父さんが何をするのか理解した俺は少し緊張感のある声で返事をした。
「気にするな、もし眠れなかったらタリオに稽古をつけてやるからな!」
俺の緊張を察して父さんが軽口を叩く。
「だ〜め!タリオは今夜母さんと寝るのよね?」
空からふわりと降りてきた母さんも会話に参加する。
「嫉妬しちゃうな」
「しょうがないからあなたも混ぜてあげるわ」
いつも通りの二人の会話。その和やかな雰囲気に緊張も緩む。でも
「お父さん、お母さん…今日はやめときなよ」
俺の後ろで険しい顔をした姉さんが二人に言葉を投げかける。変な胸騒ぎがしてたのは俺だけじゃなかったみたいだ。
「なんかよくわかんないけど、今日は行かないで」
続けて言われた姉さんの言葉に二人は黙り込む。そして目で何かを伝えあった後こっちに向き直り。
「なんだなんだ?フィアは怖い夢でも見たのか?」
「あら、お姉ちゃんと言ってもまだ子供なのね?」
やれやれと肩をすくめてにやけ顔。
「なっ!違うから!私はもうお姉さんだから!」
ムキになって声を上げる。
「「ほんとかなぁ?」」
「もう!真面目に聞いてよ!」
姉さんの必死の訴えをのらりくらりとかわしている二人。そしてとうとう姉さんに限界が来て。
「もういい!せっかくこの神童が忠告してあげてるのに!どうなっても知らないからね!行こ!タリオ!」
そう言い捨てて、父さんが来た道をずんずんと屋敷に向かって歩いて言ってしまった。

屋敷のドアが大きな音を立てて閉まったあと、両親は俺を抱き上げて愉快そうに笑っていた。
「まったく、からかいがいがある子だね」
「ほんと、いい子に育ってくれて良かったわ」
「タリオ、すまないがフィアを慰めてやってくれ」
「それからごめんねと伝えておいてね」
コクりと頷くと、今度は目を細めて優しい手つきで頭を数回撫でてくれた。
「タリオは何も言ってくれないのかな?」
「そうね、お見送りの言葉がないと母さん寂しいわ」
頭を撫で続けながらそう訪ねてくる。
『気をつけて』
いつもなら二人にこんな言葉を送っていた。
発育の早かった俺は子供扱いされるのが嫌で、泣きついたり駄々をこねたりして二人を困らせたくはなかった。
本当は二人を引き止めたい。
でも、たとえ泣いてもわめいても二人はごめんと言って行ってしまうだろう。
だから、今日は俺の最大限の子供らしさと最小限の見栄を込めた言葉を送る。
「今夜は一緒に寝ようね」
頭を撫でていた手が止まる。二人は少し驚いた顔をしていた。
「起こさないように静かにベッドに来て。一緒に寝てくれれば、後はどうでもいいから」
二人は少し困ったように笑いながら俺を地面におろした。
「ああ、分かった」
「もう!今夜に限らずいつも一緒に寝てあげるわ!」
と言って庭を出ていった。
その背中が見えなくなってからゆっくりと屋敷に向かって歩き出した。


━━━━ごめんね
頭を、撫でられている? 
「急げ!!」
「しかし人手が!」
「私とお前でいい!」
少し開いていた部屋のドアから屋敷に使えている使用人の慌ただしい雰囲気が伺える。どうやら何かあったようだ。
泣き疲れて眠ってしまった姉さんを部屋に残し、騒がしい外の様子を見に行く。
帝国全体を囲っている無骨な灰色の大きな壁。そこについている大きな両開きの扉は開ききっていて、次々
に人が運ばれてくる。
人の流れに逆らって吸い寄せられる様に扉に近づいていく。胸の中を言いようのない不安がのたうち回る。
そこから見えるのは舞う鮮血。
そこから聞こえるのは断末魔。
この目に映ったのは一際大きな魔獣とそれに対峙する多くの強者。
立ち向かうが刃は砕け。
次の瞬間には人間だったモノになる。
そして既に俺の両親も。

ああ、そうか。

俺はこれを知りたくなかったのか。

「俺の両親は優秀だった。だが ━━━」




「タリオ!またこんな所で寝てたの?」
夢の世界が唐突に終わりを迎える。机の横に立って肩をゆする姉さんに視線を向ける。
「ちゃんとベッドで寝なきゃダメじゃない。あ、そうだ。朝ごはん食べたらアングラーターの整備してくれない?なんだか調子悪くて…」
「…分かった」
「ありがとぉ!タリオ大好き♡」
そう言っておでこにキスをしてよろしくね〜と軽い足取りで階段を上がっていく。するととたんに部屋は静かになり、先程まで見ていた夢のことを思い出す。
「あ〜あ…」
ついため息が漏れ、頭を抑える。

「ほんと、嫌な夢。」

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