特殊科学研究事務所-muzina-

@ma-bo-@

第9話 闘志

 ピピピピッ ピピピピッ

 甲高い機械音が聞こえたので、無意識にベットの上の目覚まし時計を止め、目を開けた。

 時刻は午前七時。
 俺はベットから身体を起こし縁に足をかけ座る。
 いつもより一時間遅くに起きたので身体が少し重い。

「取り敢えずおじさん達の店にいくか」
『流石にそれは早すぎるのでは?』
「……それもそうか」

 俺は妙に高鳴る鼓動を抑え、一旦深呼吸する。

  すうぅぅぅ     はあぁぁぁ

 ……深呼吸って凄いな。だいぶ落ち着いた。

 俺はベットから立ち上がり部屋を出て、危なっかしい足取りで階段を降り、その先の洗面所へ向かった。

 蛇口を捻り、出てきた水を手ですくい、パシャッと顔にかける。
 冷たい水がまだ寝ぼけ気味の顔を引き締める。

 俺はリビングで朝食のバターロールをすぐに食べ終え、自室へ戻り着替えを済ませ玄関を出る。

 ガチャ

『歯磨きをお忘れでは?』
「あっ……」

 ガチャ

 再び洗面所へ向かい、歯を磨く。

『そんなに焦ってもいい事はありませんよ』
「うっ。そうだな」

 俺はリビングで寛ぐことにした。


 午後四時。
 今度こそ、いろいろ済ませて俺は玄関を出た。

 歩いてもすぐ着くのに俺は小走りで向かう。
 実は寛いでいる間も気が気ではなかったのだ。


 暖簾のれんをくぐり、おじさんの安否を確認する為に声を張り上げる。

「おじさぁーん!!」
「おお。伶斗! また来たのか!」
『なんだ。そんなにでけぇ声出さなくても聞こえてるぞ』

 おじさんと小豆洗いは入口近くの椅子に座っていた。
 時間も無いので、いや時間はあるのだが、とにかく昨日分かったことを伝える。

「なんだ! そんな事のために来てくれたのか! お前は良い奴だなぁ! ガッハッハッ」
『まあ俺らとしちゃあ知ってても知らなくても大丈夫だったけどな』

 あれ? おじさん達は全然驚いていない。

「えっ! 命を狙われてるんだよ!?」
「ん? それがどうした。俺らはいつもそんな状況で戦ってきたんだぞ?」
『おい! 変な事言うな』

 戦ってきた? いったいどういうことだ?

「まあ取り敢えずなんか食ってけ」

 色々考えても仕方ないのでお言葉に甘えよう。

「じゃあおはぎで!」
『なにもウチはおはぎ専門店じゃねーんだぞ?』
「いいじゃねぇか! 食いたきゃ食わせてやれ」

 そういえばそうだな。ここは和菓子屋だった。

『私にも一つ頂けないでしょうか』

 ムジナが目をキラキラさせながら言った。

「もちろんいいぜ! おはぎ四個頼んだ!」
『頼んだ!ってベースはお前が作ったんだからあんこ塗って出すだけだろ。何を大袈裟に……』

 ブツブツ言いながら小豆洗いは厨房に入り、すぐにおはぎを持って出てくる。

「あ、ついでに持ち帰りで二個頂けますか?」

 麗奈とすーちゃんの分も買っといてあげよう。

『おう、いいぞ。ほら食え』
『「いっただきまぁす!」』

 俺はおはぎにかぶりつく。
 コメの食感を残しつつもモチっとしていて、あんこも程よい甘さで口の中でとろける。

 ……美味い。やっぱりとても美味い。

『流石……としかいいようがありません』

 ムジナは感無量といった感じだ。

「そうか!そりゃよか-」

 コツ コツ コツ コツ

 おじさんがそう言いかけた時、一人の少年が暖簾のれんをくぐって現れた。

「ん? あんちゃん見ねぇ顔だな。どっから来た」

 少年は短く、端的に答えた。

『「お前を殺しに」』

 言うと同時に殴りかかる。
 その鋭い拳をおじさんはてのひらで掴む。

「すまねぇけどなあんちゃん。そういうのは他所でやってくれ」
『「言ったはずだよ。南篠敦なんじょうあつし、お前を殺す」』

 少年はより拳に力を込めるが、おじさんの握力が強いからかびくともしない。

「優しく言っても分からねぇみたいだから相手してやるよ。外に出な」

 そういっておじさんは少年を連れ外に出る。
 小豆洗いと俺らも暖簾のれんをくぐり外に出た。

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「あんちゃんが何しに来たのかは大体検討がつく。けどいいのか? 俺らには勝てねぇぞ?」
『「僕はの指令に従うだけ」』
「あんちゃん名前は?」
『「冥土の土産に教えてあげるよ。殿上唯てんじょうゆい、それが僕の名前」』

 さっきからこいつ声がおかしいんだよな。

『おそらく、憑依しています』

 来る時間は予定よりだいぶ早いけど、憑依を使えるところは予想通りだな。
 こいつには目的があるのか? もしかして俺らには話さなかった方の記憶なのか?
 先生って事は黒幕はそいつか?

 俺の疑問を置去りにして唯は唱えた。

『「天へ堕ち、地を見上し者よ。無様に散りゆく運命を授けよう。“枕返し”!!」』

 同時に両手を上下に突き出し、反転させる。 

 するとおじさんの体が宙に浮き始めた。
 いや、空へ落下し始めた。

「なんだ!?」
『「俺のモノノケは枕返し。重力の方向すらも変えることができる。酸素がない空間でも果たして生きられるかな?」』

 おじさんは空へ落ちて行く。

『お前を倒したらどうなるんだろうな』

 いつの間にか唯の背後にいた小豆洗いが唯を突き飛ばした。

『「……しまった」』

 不意を突かれた唯は悔しそうに呟く。

 おじさんが地面に着地してきた。十メートルほど飛んでたけど着地は大丈夫だったようだ。
 かかっていた重力は元に戻ったらしい。

「すまねぇな。ちょっと油断した」
『全くお前はいつもそうだ』
「ああ、すまねえ」

 唯が冷めた目でこっちを睨んでくる。
『「今のは緩すぎたな。僕とした事がおっさんを舐めてたね。次は全力でいくよっ』

 俺とムジナはレベルの違う戦いを見ることしか出来ない。

「今のが全力じゃないなら生身はちときついな」
『そうだな。俺はやる気じゃないけどな』
「そんな事言うな。風呂掃除俺がやってやるからよ」
『言ったな? 今言ったからな?』

 緊迫した状況なのに随分場違いな事を話している。大丈夫なのか?と思った俺の考えはすぐに吹き飛ばされることになる。

「よし。やるか」

 おじさんは胸の前で合掌し、唱えた。

「川下り 天下り 山下り 清き心の叫びよ! 妖影憑依ようえいひょうい!!」

 空気が震えて憑依時特有の寒風が吹き荒れる。
 俺は耐えきれず思わず目を閉じてしまう。

 すぐに風は収まった。
 ゆっくりと目を開け、おじさんを見る。

 靴は黒く、服は燃あがるような紅へ変化しており、顎鬚あごひげは白く長く伸び、いかにも拳法の達人の様な風貌をしていた。

 おじさんが立っているだけなのに空気がピリつく。少しでも気を緩めると吹き飛ばされそうなほどの迫力だった。

『「……まさか貴方だったとは。これは僕では勝てないかもしれないな。」』
『「おいおい、随分弱気になったな」』
『「先生が言ってたよ。憑依できるルーナでも僕に勝つことは出来ない、でも一人だけ例外がいるってね。戦場を駆け巡るそいつはいつしか人々からこう呼ばれた-」』

 唯は一呼吸置いて静かに言い放った。

『「朱の闘志アトラス」』

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