極寒の地で拠点作り

無意識天人

なんとかリアン


「ギィッ!」

「さっくさく気持いいね!」

「流石の手捌きですねー」

さて、色々わちゃわちゃあった後はやっと敵モンスターとの戦闘だ。本来なら厄介なこのダンジョンらしさも、ハープの手によって単純な作業と化す。

「あの身体に生えてるキノコ、採ったら美味しいですかね」

なので私達はいつも通り、楽しそうで何よりなハープに任せて傍らで観戦しているのである。

「あー、ケイ君。よく見なよ、あれ絶対毒あるから」

「わ、凄い。ぐねぐね動いて……別の生き物みたいです……!」

この空洞に居るモンスターは、確かおばあちゃんの家にあった…………ビデオカセットって言うんだっけ。お父さんが幼稚園の頃だから……もう四十年くらい前か。で、その頃好きで見てたっていう教育番組があって、それがそのビデオカセットに入ってて、それに登場するキャラクターがこの敵モンスターにそっくりだった。

えーっと、なんて言うんだっけ……英語? イングリッシュ? A5? うーん、まあ思い出せないけど、なんとかリアン、そんなニュアンスだった気がする。とりあえずそんな姿なんだよ。

「それでもゲテモノは……」

「美味しい、って? ふふっ、そんなの誰が言ったの?」

「美味しいって、ハープさんからユズさんが前言ってたって聞きました」

「ユズさん……」

「え? あー、私かぁ……あはは?」

自分で自分のこと馬鹿にしてた。多分、ハープが言ったのは、あの焼きそばもどき、もといコスバそばのことだろう。アレは甘いだけでゲテモノじゃないんだって!

こうしてる間にも、ハープはまた一匹倒す。
ハープは、リザみたいなアクロバティックな動きで魅せる様なパフォーマンス力は持ち合わせて無いけど、その良さは言うまでもない、その速さと弱点突きだ。
今回の敵は弱点はまだ見つけられていないのかそもそも無いのかは知らないけど、弱点突きが出来ないのを速さでカバーしている。

「よっ、と」

「ギッ!」

助走つけて刺して、振り向かせて背後に回ってまた刺して、繰り返し繰り返し。HPがある程度まで減ったら後は怒涛のメッタ刺し。みるみるHPバーはその色を変えていき、遂にゼロになる。

「おーい、そっち行ったよー」

ハープの焦りも無い声で漏れが出たことに気づいた。まー、一対多で袋叩きする筈が、その一が滅茶苦茶強かったんだ。そこで大人しく捌かれるのを待つ訳が無いよね。当然、他の標的を探す。

「じゃあここはアレですね。『間欠泉』」

【ケイは間欠泉を唱えた!】

すると、こちらに猪突猛進してくるなんとかリアンの脚を上手く掬う。

「おおっ! ナイス!」

「ありがとうございます。さ、次はユズさんの番ですよ」

「あ、あれ? ケイ君がやるんじゃないの?」

「俺って技色々覚えてますけど一応、援護役のつもりなんですよ。特に物理ヤバイの人が二人もいらっしゃるんですから」

ここはユズさんが効果的です、とニッと笑ってケイ君は言った。

「まあ任されたよ」

私は数歩前に出て、二人を一瞥する。とりあえず期待されてる様なのでそれに応えよう。
倒し方は幾らでもあるけど、いつも通り殴る奈落シャード君じゃつまらない。
うーん、じゃあアレにしよう。

「『暗黒球』」

【ユズは暗黒球を生み出した!】

私の前に闇の塊が現れる。丁度試したかったんだよね。

「えーっと、実体アリで半球状にして大きく、もっと大きく…………」

半球状になった暗黒球をなんとかリアンへ向かわせながら遠隔で大きくさせる。なんとかリアンはまあまあ大きいので、それに合わせて大きくする。

「このくらいでいいかな」

「ギッ!」

「起き上がります!」

「おーけー。やっちゃうよ」

出来上がったので、もうすぐ被せられるところまでに来ていた暗黒球を降ろしてすっぽり囲む。

「大丈夫……ですか?」

「うん。心配しないで」

「それで、中はどうなって?」

「ああ、中はこの前と同じ空洞だよ」

ただ、あの団長の時は動きを封じていたけど今はそうではないので内側では外に出ようと暴れている。耐久性は感覚でなんとなく、まだ耐えられるってわかる。けど、いつまでもって訳じゃないからとっとと倒してしまう。

「内膜をこうして……」

このまま内側を実体のある闇で圧死させるのも良いけど、また別のやり方でやる。こっちも割とエグいのは変わりないけど。

「先端を尖らせて……こう!」

『ギァァァ!』

「もっともっと!」

「え? 何が起こってるんですか?」

中身が私以外に見えない上に音も聞こえないので、私が呟いたり思わず手を動かしたりしている様子からしかわからない。尤も、それだけでは多分わからないと思うのでちゃんと説明してあげる。

「簡単に言うと、って言うかほんとに簡単なんだけど」

「はい」

二人は、私のまどろっこしい前置きにも何も言わずに聞いてくれる。

「内側の壁を槍みたいに尖らせて、それをザクザクって感じかな」

殻の一部を突き出させてから三角錐状にして勢い良く内側に向けて伸ばす。やはり刺さる程度には耐久性は充分にあるので深々と刺さっていった。

「へぇ。人にやったらなかなかにヤバいですね」

「うーん。人だったらもっと違うのにするかな」

例えばさっき言ったみたいに内側を実体のある闇で満たして圧死させるとか。それなら大人数でも一網打尽だし。そもそも閉じ込める必要は無いからね、これ。

「あー見なよ、リン。ユズさんが殺し方考えてるぞ」

「ふふっ。そんなこと言ってると、ハープさんだけじゃなくてユズさんにもキルされちゃいますよ?」

「あぁ、それだけはご勘弁願いたいね。宜しくお願いしますよ、恐怖の魔女さん」

「あーだから……ん。ケイ君、何か言った?」

ケイ君とリンちゃんが私に何か言ってたみたいだけど、色々考えてたら聞き逃しちゃった。

「いえ、何も言ってませんよ?」

「そう? ならいいんだけど」

「あっ、それより中どうなったんですか?」

「忘れてた!」

中は透けて見えるってだけで頭の中に映像が送られてきている訳ではないので、見ていなければ様子はわからない。
実際そっちを見てみると、既になんとかリアンは姿を消していた。そして、遠隔で無意識に操作してた無数のトゲだけが引っ込んだり突き出たり繰り返している。いつの間にか、なんとかリアンを倒してたみたいだ。全く、締まらないや。

兎も角、実験は成功。これでマンネリ化は防げそうだ。この暗黒球、自在過ぎる。これ以外の魔法使えなくなってもどうにかなるんじゃないかと思ったけど、その分MPも馬鹿にならないからやっぱり駄目だね。それに、物理攻撃が効かなかったらどうにもなんないだろうし。

そうして、気づけばハープの方も終わっていた。

「お疲れー!」

私とハープはハイタッチをして笑い合う。

「ごめんね、任せちゃって」

「いいのいいの。私も好きでやってるんだから」

「最近大勢を相手にすること以前に敵モンスターとの戦闘も少なかったですからね」

「どれくらい倒したんですか?」

「聞いちゃう? ふっふっふ…………ふぉーてぃすりー」

なんで英語で言ったの。いいけど、それにしても四十三匹か。それだけ倒したのもそうだけど、よく数えてたね。

「相当ですね」

「ハープさんだからこそ出来ることですよ」

「あはは、そうね。久しぶりだよ、こんなにやったの」

二人共、口々にハープを賞賛すると、本人は照れくさそうにそう言った。

少し休憩してから、次の空洞へと進む。
そこでもそれなりの強さの奴がそれなりの数で攻めてきた。その次もそのまた次も。このダンジョンは強さ的には真ん中くらいのモンスターを中規模で出してくるんだとわかったけど、私達にしてみれば良い狩場でしかない。ボーナスエリアだ。
そう感じるのも、最初にもやを仕掛けてきたからなんだろう。凶悪な精神攻撃からの状態異常攻め、そして今は物理攻撃だ。ダンジョンっぽくはなってきてるけど、それに連れて難易度は相対的に下がってきている感じがする。

油断させて最後にドンと来るのかもしれないけど、その最後というのはボス戦。強くて当たり前の存在だ。突然普通の部屋に来るということもあるかもしれないけど、よくよく考えてみたらそもそも油断しなければいいだけの話。
そう思ってからは、私は積極的に闘いに参加してケイ君とリンちゃんにも援護をしてもらってハープに任せっきりな状態はヤメにした。

そうして辿り着いた。

「あのそれっぽい扉はそういうことなのかな」

「それっぽいどころかここまで扉なんて無かったからほぼ確実だろうね」

目の前にはダンジョンにありがちな重厚で豪華な造りの扉が左右の松明にぼんやりと照らされて、試しに一旦フラッシュを消してみると尚、独特の雰囲気を醸し出すようになる。

「割とすぐでしたね。思い返せばだいぶありましたけど」

「皆で一生懸命闘ったからじゃないか?」

「そうかもしれません」

「これこれ仲間って感じだよね」

「一人で大勢相手も良いけど、やっぱり皆でやった方が楽しいし安心出来るよ」

私もこれほど充実したチーム戦は久しぶりでとても良かったと感じた。良かったことには良かったけど、ここで終わりではない。それは皆わかっている。

「よし! 皆、準備は良い?」

「いいよ!」

「いつでも構いません!」

「頑張りましょうね!」

私の掛け声に皆、元気良く反応してくれる。これなら大丈夫だろう。
私はもう何度目かの緊張の瞬間を感じながら扉を開く。中は真っ暗で先が見えない。
皆が入った時点で扉は完全に閉まり、代わりに松明が手前から奥へと灯り始めた。悪いけど、それだけじゃまだ暗いのでフラッシュを再びつけさせてもらう。
雰囲気としては今までのボス部屋と比べ格段にそれっぽい感じだったけど、三方に等身の不気味な石像が立っているだけで他は特に見当たらなかった。

「おかしいなぁ。確かにここなのに」

『ふふっ』

「ちょっとハープ、こんな時に笑わないでよ」

「は?」

笑い声が聞こえたので私はハープにそう言ったけど、そのハープはキョトンとするだけだった。

「え? いやだって、今……」

「気のせいじゃない?」

『ふふふ』

「ほら!」

また聞こえたこの声はあの魅了の部屋で聞こえたのと同じ声だ。

「……からかってる訳じゃないみたいね」

「私も何か、聞こえた気がします」

どうやらリンちゃんも笑い声が聞こえたらしい。とすると、私の幻聴じゃないみたいだ。

『ええ。幻聴等ではありませんわ』

「っ!? 誰!」

『誰、ですか。そうですね、毒の神とだけ名乗っておきましょうか』

「えっ?」

毒の神、ダンジョン。それって…………。

「その毒の神様が何の用です?」

ケイ君が聞く。

『聡明な貴方ならもうわかっているのでは?』

「…………」

『ふふっ。それでは始めましょうか。とは言っても、私は一度だけ手を加えるだけですが』

「……? どういうこと?」

何か嫌な予感がする。この言い方からするに、普通ならこの三つの石像が動き出すのだろう。でも何か違う気がする。
その答えは、すぐに出た。

『こういうことです』

バシャッ。
私は上からバケツ一杯程の液体をかけられた。他の三人にはかけられていない。どうやら私だけみたいだ。

【ユズは狂気を植え付けられた!】

「狂、気……?」

狂気。それが表示される。でもそんな状態異常、存在しない筈なのに。

「あはは、ユズにはそんな状態異常なんて効かないよ!」

ハープは笑う。そう、私には効かない。混沌の克服があるから。
…………でもおかしい。いつもならここで既に解除されている筈。それなのにどうして?
私は焦る。だって、今までこんなこと無かったから。

「ユズさん? どうしました?」

俯いていると、リンちゃんが声をかけてきた。横に立つリンちゃんは心配そうな顔で見上げてくる。あぁ、リンちゃん、いつだって優しいね。

だから、私は…………


「…………えっ?」


それに応える様に、リンちゃんを思いっ切り殴った。
訳もわからずにその場にへたり込むリンちゃんは、頬に手を当てる。

「ふぇ……? あ、あ、いたいよ、なんで」

ようやく痛みが感じられてきたのか、涙を浮かべて両手で左頬を抑え出した。私のSTR値は杖を使わないと半減するが、それでも相当な値に到達している。痛覚無効が無いとはいえ値が値なので普通に殴られた程度には痛んだことだろう。
今のでリンちゃんはHPの殆どを削られた。今すぐに回復しないといけないレベルだ。

「えっ? ちょっと、ちょっとユズ! アンタ何やって…………」

『ふふふっ! 良かったわ! やってみるだけあったわね!』

私はリンちゃんとリンちゃんを殴った手を交互に見る。どうして私はこんなことを? そう考えるけど、ぶっちゃけどうでもいい。
本来なら殴った所で謝るべきなのだろうけど、そんな気持ちは湧いてこない。寧ろ、

『ああ、殺せなかった』

『やっぱり素手は違うね。素手の方が感触がよく伝わってきて気持ちいい』

という残念な気持ちと快感が沸き上がってくる程だった。

殺したい。訳のわからないまま死んでいってほしい。死なないのなら、泣き叫んで私に沢山、悲鳴を聞かせてほしい。
ただそれだけが私の心をグルグルと駆け巡り、支配していくのがわかった。不思議なことに、私はそれがおかしいことだとは感じなかった。多分、これが『狂気』って奴なんだろう。ああ、クズだと思ってたあの団長もこんな気持ちだったのかな。

そうして私はソレが心を完全に支配するのを快く受け入れた。私にはもう何も届かない。

『本当にすみません…………』

だから、何処からともない声が小さく何かを呟いた様な気がしたけど、それもあまり気にせず割り切った。

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