怪談殺し

ダイナソー

日常と平穏

 十二月。オタマ社への襲撃の日から三ヶ月が経った。
 雷はあの日から再び姿を消していた。忍者達を全員一度に相手にするのは分が悪いという事で武者達と雷達は同盟を結んでいたが、終わってみればあっけの無いものだった。だが相棒を失った雷は何も言わずに武者達の元を離れて行った。
 島では半蔵の死体が確認され、老婆は半蔵を殺したつもりになっていたが実はまだ半蔵の息が有り最終的に相打ちになったという意見と、島から姿を消した杓に殺されたのではないかという意見が出たが、真相は分からなかった。
 ニャルはそれから一週間程は近衛家で過ごしていたが、再びドリームランドへの扉を捜す為に武者達の元を離れて行った。
 そして今、明美と武者は竜宮院家に来ている。
「悪いな十金、俺をこの家の警備員として雇ってもらってるのに、やってる事は毎日明美と一緒に遊びに来てるだけだ」
 客室でスケッチブックにクレヨンで絵を描く明美を眺めながら、武者は十金と談笑していた。
「何も起こらないのが一番良いですよ。それに今の明美様には常に武者様かヤミコ様が付いていなくては、お二人様が居ない時に明美様はいつも不安がっている様ですから」
 明美はいつも何かが不安だと武者達に言っている。だがヤミコや武者が一緒に居る時はいくらか安心出来る様だ。
「でも風呂まで一緒に入りたがるのは勘弁してもらいたいがね」
 武者が気恥ずかしそうに十金に話していると、明美がスケッチブックを持って武者達の元へ駆け寄って来た。
「パパ! 見て! 見て!」
 そのスケッチブックには稚拙ながら一生懸命描いたであろう、三人の人物を描いた絵が描かれていた。
「これは?」
 武者の問いに対して、明美は絵の内容を説明する。
「これはパパとママと私、上手に描けてるかな?」
 武者は明美の絵をまじまじと見ながら、明美に対して笑顔を向ける。
「ああ、上手く描けてる。俺なんか凄く格好良く描かれてて嬉しいよ」
 武者の言葉に明美の顔もパッと明るくなる。
「私も嬉しい。私、パパもママも好きだよ」
 明美の言葉に武者は顔を少し赤らめる。
「ああ、俺も明美の事が好きだ」
 其処へ滝がやって来た。
「武者様、明美様、花子様が帰ってきましたよ」
 滝の後ろから花子が姿を現す。
「花子ちゃんお帰り! 見て! パパが絵を褒めてくれたんだ!」
 花子は明美の描いた絵を一瞥する。そして一言。
「下手」
 明美はシュンとし、悲しそうな目で武者を見る。
「パパ……さっきのは嘘?」
 武者は何と言ったものかと悩んでいたが。
「明美ちゃん! 戻ったよー! 一緒に帰ろう!」
 玄関からヤミコの大きな声が聞こえて来て、明美の意思はそちらへ移った。
「ママ! お帰りなさい! ママ!」
 そして明美はヤミコの元へ走って行った。

「お疲れさま。ヤミコ」
 夜。寝室で明美が眠りについた後、近衛家の居間で武者とヤミコは酒を酌み交わしていた。
「人ならざる存在になって良かった事の一つは、こうして今お酒が飲める事だね。ああ、仕事で疲れた体にお酒が染み渡る」
 ヤミコはグラスの酒を少しづつ飲む。
 武者はグラスの酒をグイッと飲み、グラスを置いてからヤミコに質問する。
「しかし十金が紹介してくれた仕事の方は上手くいってるのか?」
 武者の問いに対し、ヤミコは頷く。
「ええ、朝は早いけど終わるのも遅くないし、職場の人達も良い人ばかりだからね。私は楽しくやらせてもらってるよ」
 武者はそれを聞いて安心した。いや、此処三ヶ月は平穏な安心のできる時間が続いている。
「こんな時間がずっと続けば良いんだがな」
 武者はつい思った事を口に出していた。
「ずっと……は無理かな」
 ヤミコはグラスの中に残った酒を眺めながら語る。
「此処しばらくは平和な時間が続いてるけど、いつかは新しい怪談が現れる。人が居る限り怪談もまた存在すると、そう私は教わった」
 二人はしばらく黙っていたが、寝室からの足音に同時に顔を向けた。
「ママ……おしっこ」

 ヤミコが明美と一緒にトイレに向かい、少しして戻って来た。
「目が冴えちゃって眠くないんだって」
 ヤミコがそう言う横で明美はテーブルの上の酒に興味を示す。
「これ私も飲んで良い?」
 明美の質問に、二人は首を横に振る。
「まだ明美が飲むには早いよ」
 武者が明美を諭すが、明美は少し不満げだ。
「パパもママも何でも私には早いって言う。学校に行きたいって言ったのもまだ早いって言うし、パパやママが隠してる事もまだ教えてくれないし」
 ヤミコが申し訳なさそうに明美に話しかける。
「明美ちゃんごめんね。でも駄目なものは駄目なんだ。代わりにココアを作ってあげるから、今はそれで機嫌を直してもらえないかな?」
 明美はまだ少し不服そうだったが、少し間を置いてから頷いた。

「パパとママはさっきまで何の話をしていたの? それとも、それも私にはまだ早い?」
 ヤミコが明美に笑顔を向ける。
「いや、答えるよ。こんな平和な時間がずっと続いて欲しいねって話してたんだ」
 明美はココアを少しずつ飲みながらヤミコの話を聞く。
「明美ちゃん」
 ヤミコは真剣な表情になり、話を続ける。
「こういう時間は大切にしないといけないよ」 
 明美はココアを飲みながらも、ヤミコが大切な話をしようとしているのだと気付く。
「私達が何気なく過ごしているこの時間も、ずっと昔からの多くの人々の思いが繋がって出来ているんだ。それはとても美しくて、同時に愛おしい。でもそれはとても脆く儚いものなんだ」
 ヤミコの言葉は抽象的で、明美には何だか難しい話の様に思えた。
「そんな人々の大切な時間を守る為に、時に人は戦うんだ。でも人もまた脆く儚いものでね、戦いは人を簡単に傷つける。体も、そして心も」
 明美はココアを飲むのを止め、ヤミコの言葉に聴き入っていた。
「でも傷ついた人を癒すのもまた、こういう心休まる今の様な時間なんだ。だから大切にしないといけない」
 ヤミコの目に涙が滲む。
「明美ちゃんごめんね。この前はその過程を飛ばして、明美ちゃんの心が癒える前に辛い事を思い出させる所だった……明美ちゃんごめんね……私や闇子が不甲斐ないばかりに」
 遂にヤミコは泣き出してしまった。ヤミコは酔っていた。
「ママ、大丈夫?」
 ヤミコの言葉の節々に明美は気になるものが有ったが、きっと今はそれはしない方が良いのだろうと思ったのと、何よりヤミコが心配で明美はその事を追求する気にはなれなかった。
 いくらか泣いた後、ヤミコは涙を拭く。
「うん、大丈夫。それと……説教臭い話が続いてごめんね。でもあと一つ聞いてほしいのは……もし私達が居なくなる事があったとしても、私達の事を忘れないで欲しい。別れの記憶は辛く、いつまでも残るものだけど、幸せな思い出もまた、いつまでも残るものだから」
 ヤミコは少し間を置いてから、明美に続きを語る。
「そしてその思い出は貴方の心の支えになる筈だから」
 それからヤミコはまた笑顔を作り、話を切り替える。
「さ! 真面目な話は此処までにしよう。後は明美ちゃんがまた眠くなるまで何か楽しい話をしよう。じゃあ何の話をしようか?」
 それから三人は他愛も無い話をしながら、夜は更けて行った。

 また数日が経ち、クリスマスが過ぎ、大晦日の夜。
 近衛家の居間で明美達は新しい年が始まるのを待っていた。
 不意に武者のスマートフォンにニャルからの着信が入る。
「武者さん、ニャルです。扉を見つけました」
 武者はニャルに問いかける。
「場所は?」
 ニャルが武者の問いに答える。
「ヨモツヒラサカ神社、闇子さんの故郷の村で唯一残った建物です」

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