ゼロの魔導騎士と封印の魔導書《グリモワール》

本城ユイト

No.2―1 新しい朝

普段と変わらない朝。
多くの物と人が動き、活気づく王都の一角に。
突如、少女の怒声が響き渡る。

「クリスト!早く起きて来てってば!」

「はいはい、起きて来ましたよーっと………」

ソラミアの声に眠そうに反応するのは、完全に死んだ魚の目をした少年、クリストだ。普段通り、ホワイトシャツの前を開けて黒のスラックスをだらしなく着崩している。
朝からあくびを連発しながら、クリストは下の階へと続く階段をゆっくりとした足取りで降りていき………

ツルッ!と、不意に足を滑らせた。

「えっちょっ、あれぇぇいぁぁぁ!?」

ズタドタドスン!という盛大な物音を立てて、一直線に階段下まで転げ落ちる。だが、最後に襲い来るであろう激痛がいつまでもやって来ない。
代わりに、フニッとした柔らかい感触と、戸惑いを含んだ声が身体の下から飛んで来た。

「あのー団長?嬉しいんだけど、さすがにこれはちょっと恥ずかしいっていうか………」

「………はっ!わ、悪いルーナ!」

クリストは階段を落下した拍子にルーナを押し倒していたのだ。ただでさえ短いプリーツスカートから覗く生足がなんというか目の毒だ。
クリストはそれに視線を奪われながら、ルーナの上から慌てて飛び退く。だが、その反応は手遅れだった。

「おい団長、羨ま………じゃなくて何してんだよ!」

「そうよ!朝から何セクハラ事件起こしてるの!」

「いやわざとじゃねぇし!セクハラじゃないから!」

「ふふふ………お互いに朝から最高だね、団長!」

4人揃って騒ぎながら、ソラミアは思った。
―――ああ、楽しいなぁ、と。



**********************



そして、1騒動を終えたあと。
ソラミアと朝食の後片付けをしていたルーナが、何気なく呟いた。

「ねぇ団長、そろそろ下のお店開いた方が良いんじゃないの?」

「えぇー?だって店主はいないし俺はやる気ないし」

ソファーに座り、普段はかけていないメガネをかけて趣味の読書に勤しむクリストが適当に返事をする。そんな無気力の塊と化したクリストに「だよねぇ」と言葉を返して、ルーナはソラミアに向き直る。

「ね?ソラミアもそう思うよね?」

「うーん………その前に、お店ってなんのこと?」

「え………?もしかして団長、説明してないの?」

「んー?あぁ、そう言えばそうだな………」

本から一切目を上げずに、クリストは相変わらず気の抜けたカンジで返事をする。どうやらこちらの話に関わる気は無いらしい。
仕方ないので、代わりにルーナが説明する。

「えーっと、アタシ達はこの家の1階にある魔導具店『スレイヤー』を経営してるんだよ」

「そうそう、本業の報酬執行部の稼ぎだけじゃ生活出来なくてさあ。オレたちと、ここにいない2人でやってるんだ」

「いない2人?」

途中から割り込んできたユグドの言葉を、ソラミアはオウム返しで聞き返す。だがその疑問に答えたのは、目の前のユグドではなく、本を読み終わったらしいクリストだった。

「帰って来たみたいだぞ、アイツら。実際に会ってみた方が早いだろ」

「え?」

ソラミアが心の準備を終えるよりも早く、玄関のドアが勢い良く開かれた。そして、1人の青年が入ってくる。

「ただいま帰りましたー」

「「お帰りー!」」

「国王様への報告も済みましたよ………っと、あなたがソラミアさんですね?僕はセリル・ハフナーと言います。よろしく」

空色の髪を後ろで尻尾のように束ねた青年は、ソラミアを見て綺麗にお辞儀する。眼鏡の奥の柔和な瞳が真っ直ぐにソラミアを見つめてくる。

「あっ、どうもソラミア・シーネルタです」

「よーし、顔合わせは終わったな。それじゃ俺二度寝するから、3時間くらいしたら起こしてくれ」

「いや団長、3時間も寝たらお昼だよ?」

ルーナのツッコミに片手をひらひらと振って応え、階段を上がっていく。そんなダメ人間を絵に描いたようなクリストをソラミアは呆れた目で見送ってから、隣にいたルーナにそっと耳打ちした。

「ねぇ、2人じゃなかったの?」

「え?何が?」

「ほら………いなかった2人って言ってたじゃない?でもセリルさんしかいないじゃないの」

「いるじゃん。ほら、後ろ」

そう言われてソラミアは後ろを振り向くが、そこには誰もいない。首をかしげるソラミアだが、その時足元から声がした。

「小さくて悪かったな、若いの」

「へ?」

慌てて視線を下に向けると、そこには少女………いや幼女がいた。スミレ色の腰まで届くロングヘアーに病的なまでに白い肌、それを包む黒色のドレス。
『魔女』という言葉がよく似合うだろう。

「あなたは誰?」

「妾はアリス。執行部のメンバーにして半吸血鬼ハーフヴァンパイアじゃ」

「は、ハーフヴァンパイア!?」

「うむ。お主の血を吸い付くしてやろうかの?」

「ち、血を!?」

アリスの言葉に腕を胸の前で組んで防御態勢のソラミア。すると今まで真剣な顔をしていたアリスが、不意にプッと吹き出した。

「フフフッ、冗談じゃよ。あまり本気にするな」

「そうだよソラミア。アリスはそんな怖い子じゃないからさ」

「それに妾は血など吸わぬ。魔力マナで十分じゃ」

「は、はあ………?そうなの………かな?」

ソラミアが困惑していると、玄関の扉をノックする音と共に、落ち着いた声が部屋に響いた。

「あのー、そろそろ気づいてもらっていいか?」

苦笑いを浮かべて立つのは、長めの銀髪と碧眼の王国一の有名人。ハーネス・リアスター国王だった。

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