ゼロの魔導騎士と封印の魔導書《グリモワール》
No.1―11 全てを失った日
あの日。
ソラミアは広大な屋敷のとある場所にいた。
だがそこから見える光景は普段のものではなかった。
激しく燃え盛る前庭。
そこを飛び交う魔法と魔術。
辺り一面から響く悲鳴と怒号。
一言で表すならそれはまさに………絶望。
そう、ソラミア・シーネルタが全てを失った最悪の日の出来事だ――― 
**********************
まずはソラミア・シーネルタについて話しておこう。
大貴族シーネルタ家の次女として花よ蝶よと育てられたソラミアは、幼い頃から魔法を使うことができたために『神童』と呼ばれた。そして元来の性格もあって友人にも恵まれていた。
だが、姉だけは違ったのだ。
「ソラミア〜、ちょっとこっち来て?」
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「これでもくらえっ!」
「きゃっ!?な、なんで水かけるの?」
「あんたが生意気だからよ………。いっつもいっつもあんただけちやほやされて!大っ嫌い!」
ソラミアが産まれるまでの数年間、両親の期待を一心に背負って生きてきた姉にとって、それは屈辱以外の何物でも無かったのだ。
故に、表には出さなかったものの、姉はソラミアに敵対心を抱いていた。といっても、子供のすることなので水をかけたり物を隠したりする程度だったが。
それでも、ソラミアが姉は逆らってはいけない存在として認識するまでにそう時間はかからなかった。
そんな時だった。
先代の『魔導書の護り手』が亡くなり、次の護り手にソラミアが選ばれたのは。そしてそれは姉の敵対心をさらに肥大化させた。
魔法や防衛の訓練と称して、物理的に危害を加えたこともあった。わざと不利な噂を流して、評判を悪くさせたりしたことも。
しかし、ソラミアは耐え抜いた。元々の性格のよさもあったが、それ以上に心のどこかで思っていたのだ。『姉が自分を嫌っているのは、姉から居場所を奪った自分が悪いのだ』と。
こうして年月は過ぎていき、そして突如崩れ去った。魔導教団による屋敷襲撃という最悪の形で。
その日ソラミアは普段通りに姉の訓練という名目の一方的な攻撃を何とかやり過ごし、屋敷へと向かって前庭を歩いていた。別にそれ自体は大したことない、日常の一コマだ。
次の瞬間に訪れた、屋敷の崩壊という非日常がなければ。
突如屋敷の前に現れた大量の人影が、ボソリと何かを呟く。それと同時に出現する炎球や風の刃など、ありとあらゆる異能。それはソラミアの知らない、未知の力。
そしてその集団の一番前に立つ1人の人物が告げる。
「―――焼き払え」
その無慈悲な言葉と共に放たれた攻撃は、一瞬のうちに屋敷を残骸へと変えてしまう。あまりの出来事に声も出ないソラミア。だがその人影達が迫り来るより早く、ソラミアの体をかっさらった者がいた。
「大丈夫ですか、ソラミア様!?」
「じ、ジェイル!?」
それはソラミアが兄同然に思っていた、執事のジェイルだった。だが普段の理知的で落ち着いた雰囲気はもうどこにもない。あるのはただ焦りと恐怖のみ。
「どうなってるの、ジェイル?」
「分かりません。今判明していることはただ1つ、あの襲撃者達が魔導教団の人間だということです!」
「………魔導教団ですって!?なんで彼らがここに!?」
「旦那様の推測では、ソラミア様が所有する『封印の魔導書』が目当てではないかとのことです」
「………そう。また私のせいなのね」
私のせいで姉は居場所を失い、こうして家族にまで不幸が及んだ。だから私は………疫病神だったんだ。
そう考え、そしてその答えに押し潰されようとしているソラミアを見て、ジェイルは必死に勇気づける。
「大丈夫です!ソラミア様のせいではありません!むしろあなたが居てくれたから、私はこうして………」
だが、そんなジェイルの言葉は最後まで続かなかった。上空から狙い済ましたかのように飛来した剣が、ジェイルの足を貫いたのだ。
「し、しまった………っ!」
「ジェイル!」
さすがにもう走ることは出来ず、2人は地面へと倒れてしまう。そしてそこに再度飛来する剣。
自分の死を覚悟し、目をつむってしまうソラミア。
しかしいつまでたっても死どころか痛みすらこない。
己の中の恐怖を強引にねじ伏せ、ゆっくりと目を開けたソラミアの前にあったのは―――
飛来した剣に胸を刺し貫かれた父の姿。
「お、お父様!」
「旦那様!」
慌てて倒れていく父親の体を受け止めると、そのまま建物の影へと2人がかりで引きずって行く。そして追撃がないと分かると、父親へと呼び掛けた。
「お父様、お父様!ねえ起きてよ!こんなところで死んじゃ嫌だよ!ねえってば!」
するとその声が聞こえたのか、父親はゆっくりと目を開ける。だがその目は虚で、ソラミアを見ていない。
「………ジェイル。居るのか?」
「ええ。ここにいます、旦那様」
「ならばお前に遺言がある。私の最後の頼みだ。聞いてくれるか?」
「なんなりと。旦那様のご命令を聞くのが、私達執事の役目ですので」
「………この子を、ソラミアを逃がしてやってほしい。無理難題だと思うが、頼みたい。この子は、私の希望そのものなのだ」
「………かしこまりました。このジェイル、命に代えましてもソラミア様をお守りします」
それだけ聞くと、父親は安心したように目を閉じる。そしてその手を強く握るジェイル。それは恐らく彼の覚悟の証だろうと、ソラミアは半ば無意識にそう考えた。そうしている間にも、前庭では魔法と魔術が飛び交い、徐々に教団が近づいて来ている。
すると、ジェイルが不意にポツリと呟く。
「………ソラミア様。申し訳ありません」
「謝るのなら後にして。今は戦わなきゃ………」
「いえ、そうではございません。これから私があなたにする無礼をお許し下さい」
「………え?」
予想外の言葉にソラミアの反応が止まったその瞬間。ジェイルはその華奢な体を思い切り突き飛ばした。
そしてソラミアの体が飛んだ先にあったのは、古い大きな井戸の入り口。
「本当に申し訳ありません。ですがこうするしかないのです。私達の希望を未来へと繋ぐには………」
「ジェイル!」
ソラミアは空中で必死に手を伸ばすが、届かない。そのまま薄暗い井戸の中へと吸い込まれるように落ちていき―――
**********************
「―――ハッ!?」
唐突に夢から引き戻された。
そして現状を確認して、思い出す。
ああ、そういえば魔導教団に捕まってたんだ、と。
「おや、お目覚めになられたようですね?」
そう言って横から声をかけてきたのは、フリウス・レイズ。魔導騎士団の団長の1人でありながら、魔導教団の実行部隊の隊長を務める青年。
そんな青年は、相変わらず薄笑いを浮かべて言う。
「さて、肝心な作業を始めましょうか」
ソラミアは広大な屋敷のとある場所にいた。
だがそこから見える光景は普段のものではなかった。
激しく燃え盛る前庭。
そこを飛び交う魔法と魔術。
辺り一面から響く悲鳴と怒号。
一言で表すならそれはまさに………絶望。
そう、ソラミア・シーネルタが全てを失った最悪の日の出来事だ――― 
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まずはソラミア・シーネルタについて話しておこう。
大貴族シーネルタ家の次女として花よ蝶よと育てられたソラミアは、幼い頃から魔法を使うことができたために『神童』と呼ばれた。そして元来の性格もあって友人にも恵まれていた。
だが、姉だけは違ったのだ。
「ソラミア〜、ちょっとこっち来て?」
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「これでもくらえっ!」
「きゃっ!?な、なんで水かけるの?」
「あんたが生意気だからよ………。いっつもいっつもあんただけちやほやされて!大っ嫌い!」
ソラミアが産まれるまでの数年間、両親の期待を一心に背負って生きてきた姉にとって、それは屈辱以外の何物でも無かったのだ。
故に、表には出さなかったものの、姉はソラミアに敵対心を抱いていた。といっても、子供のすることなので水をかけたり物を隠したりする程度だったが。
それでも、ソラミアが姉は逆らってはいけない存在として認識するまでにそう時間はかからなかった。
そんな時だった。
先代の『魔導書の護り手』が亡くなり、次の護り手にソラミアが選ばれたのは。そしてそれは姉の敵対心をさらに肥大化させた。
魔法や防衛の訓練と称して、物理的に危害を加えたこともあった。わざと不利な噂を流して、評判を悪くさせたりしたことも。
しかし、ソラミアは耐え抜いた。元々の性格のよさもあったが、それ以上に心のどこかで思っていたのだ。『姉が自分を嫌っているのは、姉から居場所を奪った自分が悪いのだ』と。
こうして年月は過ぎていき、そして突如崩れ去った。魔導教団による屋敷襲撃という最悪の形で。
その日ソラミアは普段通りに姉の訓練という名目の一方的な攻撃を何とかやり過ごし、屋敷へと向かって前庭を歩いていた。別にそれ自体は大したことない、日常の一コマだ。
次の瞬間に訪れた、屋敷の崩壊という非日常がなければ。
突如屋敷の前に現れた大量の人影が、ボソリと何かを呟く。それと同時に出現する炎球や風の刃など、ありとあらゆる異能。それはソラミアの知らない、未知の力。
そしてその集団の一番前に立つ1人の人物が告げる。
「―――焼き払え」
その無慈悲な言葉と共に放たれた攻撃は、一瞬のうちに屋敷を残骸へと変えてしまう。あまりの出来事に声も出ないソラミア。だがその人影達が迫り来るより早く、ソラミアの体をかっさらった者がいた。
「大丈夫ですか、ソラミア様!?」
「じ、ジェイル!?」
それはソラミアが兄同然に思っていた、執事のジェイルだった。だが普段の理知的で落ち着いた雰囲気はもうどこにもない。あるのはただ焦りと恐怖のみ。
「どうなってるの、ジェイル?」
「分かりません。今判明していることはただ1つ、あの襲撃者達が魔導教団の人間だということです!」
「………魔導教団ですって!?なんで彼らがここに!?」
「旦那様の推測では、ソラミア様が所有する『封印の魔導書』が目当てではないかとのことです」
「………そう。また私のせいなのね」
私のせいで姉は居場所を失い、こうして家族にまで不幸が及んだ。だから私は………疫病神だったんだ。
そう考え、そしてその答えに押し潰されようとしているソラミアを見て、ジェイルは必死に勇気づける。
「大丈夫です!ソラミア様のせいではありません!むしろあなたが居てくれたから、私はこうして………」
だが、そんなジェイルの言葉は最後まで続かなかった。上空から狙い済ましたかのように飛来した剣が、ジェイルの足を貫いたのだ。
「し、しまった………っ!」
「ジェイル!」
さすがにもう走ることは出来ず、2人は地面へと倒れてしまう。そしてそこに再度飛来する剣。
自分の死を覚悟し、目をつむってしまうソラミア。
しかしいつまでたっても死どころか痛みすらこない。
己の中の恐怖を強引にねじ伏せ、ゆっくりと目を開けたソラミアの前にあったのは―――
飛来した剣に胸を刺し貫かれた父の姿。
「お、お父様!」
「旦那様!」
慌てて倒れていく父親の体を受け止めると、そのまま建物の影へと2人がかりで引きずって行く。そして追撃がないと分かると、父親へと呼び掛けた。
「お父様、お父様!ねえ起きてよ!こんなところで死んじゃ嫌だよ!ねえってば!」
するとその声が聞こえたのか、父親はゆっくりと目を開ける。だがその目は虚で、ソラミアを見ていない。
「………ジェイル。居るのか?」
「ええ。ここにいます、旦那様」
「ならばお前に遺言がある。私の最後の頼みだ。聞いてくれるか?」
「なんなりと。旦那様のご命令を聞くのが、私達執事の役目ですので」
「………この子を、ソラミアを逃がしてやってほしい。無理難題だと思うが、頼みたい。この子は、私の希望そのものなのだ」
「………かしこまりました。このジェイル、命に代えましてもソラミア様をお守りします」
それだけ聞くと、父親は安心したように目を閉じる。そしてその手を強く握るジェイル。それは恐らく彼の覚悟の証だろうと、ソラミアは半ば無意識にそう考えた。そうしている間にも、前庭では魔法と魔術が飛び交い、徐々に教団が近づいて来ている。
すると、ジェイルが不意にポツリと呟く。
「………ソラミア様。申し訳ありません」
「謝るのなら後にして。今は戦わなきゃ………」
「いえ、そうではございません。これから私があなたにする無礼をお許し下さい」
「………え?」
予想外の言葉にソラミアの反応が止まったその瞬間。ジェイルはその華奢な体を思い切り突き飛ばした。
そしてソラミアの体が飛んだ先にあったのは、古い大きな井戸の入り口。
「本当に申し訳ありません。ですがこうするしかないのです。私達の希望を未来へと繋ぐには………」
「ジェイル!」
ソラミアは空中で必死に手を伸ばすが、届かない。そのまま薄暗い井戸の中へと吸い込まれるように落ちていき―――
**********************
「―――ハッ!?」
唐突に夢から引き戻された。
そして現状を確認して、思い出す。
ああ、そういえば魔導教団に捕まってたんだ、と。
「おや、お目覚めになられたようですね?」
そう言って横から声をかけてきたのは、フリウス・レイズ。魔導騎士団の団長の1人でありながら、魔導教団の実行部隊の隊長を務める青年。
そんな青年は、相変わらず薄笑いを浮かべて言う。
「さて、肝心な作業を始めましょうか」
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