魔術師改革 ~どうやらタイムスリップしたもようです~

深谷シロ

第6話 リエル=ウルグランス

 未だに寒い春の日の事。

「おりゃあ!」
「ふっ!」

 二人の男女が魔法練習をしている。二人が使う魔法は誰が見ても洗練されていると分かる。
 少女の名前は赤宮悠奈あかみやゆなという。
 少年の名前は分からないが、見た感じではユナと仲が良さそうである。
 少年の名前が分からずとも不思議な事ではない。この孤児院に来て、まだ一年経ったばかりなのだから。その間、少年は図書館やこの広場ぐらいしか歩き回っていないのだから。
 食事やトイレには行くが、大体人とは会わない時間帯である。朝が早いのだ。

「ユナ!もっと本気だしていいぞ!」
「スザクも!」

 少年の名前はスザクのようだ。苗字は何だろうか。少年も中々の美形であるが、ユナはさらに目立つ。
 ユナはこの孤児院に隣接されている学校にて特別講師を引き受けている。ユナは魔術師の中でも屈指の実力者であり、とある国家のお抱え魔術師だった時代もある。
 年齢は不明であるが、史書の中では度々、名前が出て来る。噂によれば、魔法暦以前より生きるという馬鹿らしい話もある。

 この魔法暦において、人々が魔法暦以前に生きていたという学者は存在しない。何故ならば、何一つとして関連文書が無いからだ。
 文字は太古の昔より存在していたが、遺されている文書が一つもない。よって魔法暦以前の世界を証明できる者がいないのだ。

 ところで今、スザクとユナを見ているのは誰なのか。
 孤児院にスザクの二年ほど前に入って来たスザクよりも一歳、年下の少女である。
 名前はリエル=ウルグランス。孤児院にいることから分かるように両親は生きていない。
 リエルの両親は孤児院に入る数ヶ月前に魔法事故によって死んでしまった。リエルの両親は魔法学者である。新たな魔法の開発中に魔法による爆発に巻き込まれたのだ。
 リエルは引っ込み思案な性格で両親からは甘やかされていたため。両親の死を聞いた時、もう、立ち直れないのでは、と周囲の人が囁く程、何日も泣いていた。食事も喉に通らなかった。

 栄養失調で死ぬ危険性がある、と医者に警告されても自分の部屋から閉じこもって出てこなかったリエルに当時、家政婦だったリィナが説得して、ご飯を食べさせた。その際、リィナはリエルの悲しみを共に背負ってくれたのだ。

 その後、色々な事があったが、孤児院に来ることになった。リエルには後見人がいなかったのだ。莫大な資産を持ったリエルは、遺産争いをする事もなく、孤児院へと来たのだ。

 孤児院に来たリエルは、ここでも引っ込み思案は治る気配を見せなかった。孤児院に来て二年ほど経った今も担任の教師以外とは話すことも出来ていない。当人は努力しているのだが。

「……ユナ、あの子誰か知ってる?」
「……知らない。担当のクラスの子じゃないから。」
「そうか……。」

 と、魔法練習をしつつ小声で話していた二人は、魔法練習を終了させた。見ていた子が気になった訳ではなく、普通に終了時間になったからだ。
 スザクは歩いて、リエルの近くに行き話しかけた。

「どうしたの?」
「わっ!」
「うわあ!」

 引っ込み思案であるリエルはいきなり話しかけられたことに驚いてしまった。斯く言うスザクもリエルが驚いたことに驚いてしまっていた。

「君は誰?」
「……わ、私の名前はリエル。」
「リエル、さん。よろしく。俺はスザクって呼んでくれ。」
「……よ、よろしく、スザク。」

 ふむ……引っ込み思案なのかな?それとも俺が図々しいのか……?あ、両方か。

「私の事は知ってる?」
「は、はい!ユナ先生ですよね。」
「うん。よろしく。」
「よ、よろしくお願いします!」

 どうやら師匠が話し掛けた事でさらに緊張してしまったようだ。ここは俺が落ち着かせてあげないと……
 スザクは謎の使命感に包まれた。そんなポップアップが表示されたような気がする。

「リエルさん。そんなに緊張しなくてもいいよ。俺も師匠と図書館の司書さん以外の人とは初めて話したから。」
「ししょう……?」
「あ、いや、気にしないでくれ。」
「うん。……名前もリエルでいい。」
「そうか、分かった。リエル。……適正属性って何?」
「…………え?」
「いきなりだったな……ごめん。」
「大丈夫……適性属性は……『圧力属性プレッシャー』。」
「……希少属性か?師匠。」
「違う。『圧力属性プレッシャー』は固有属性ユニ)ク。」
「偶然って凄いな。」

 固有属性ユニークは世界でも使える者が一人、二人しかいない属性の事を総称してそう呼ぶ。
 固有属性ユニークには、スザクの持つ『無限属性インフィニティ』やリエルの持つ『圧力属性プレッシャー』の他にも幾つか存在している。だがそれらの所持者が出会う事は天文学的な確率なのだ。……偶然って怖い。

「スザクも?」
「ああ……俺のは『無限属性インフィニティ』って言うんだ。一応、全部の属性が使えるみたい。希少属性とか固有属性ユニーク以外。」
「すごい属性だね……。」

 リエルの今のセリフは口数が少ないからというよりは、呆然としている、というのが理由であろう。誰でも初めて聞けば驚く属性能力である。

「あ、そう言えば師匠。」
「何?」
例の魔導書ベルム・グリモアで分かった事だけど『無限属性インフィニティ』が使える能力は、全ての属性だけじゃないみたいだ。」
「だけじゃない、というと?」
「体内魔力量やスタミナなどのステータス関連についても、無限になるみたいだよ。」
「……初めて知った。」

 初めて師匠に情報量で勝った気がする……。まあ、この世の中は持っている情報量はそのまま強さになるからな。要するに師匠より凄いという事だ。

無限属性インフィニティって凄い……。」
「リエルの属性能力はどういうもの?」
圧力属性プレッシャーは、全ての圧や力に関するもの全てを操る事が出来る……重力や浮力、気圧や水圧とか……。」
「それも成長次第ってことか?」
「うん……。」
「相変わらず固有属性ユニークの能力は他の属性より飛び抜けた能力が多いな……。使い所を間違えないようにしないとな。」
「そうだね。」
「……あ、最後にいいか?」
「うん、何?」
「………………友達になってくれないか?」

 スザクは小声でリエルに聞いた。スザクはユナとは師匠と弟子の関係で友達とは言えない。スザクはボッチなのだ、友達100人出来なかったのだ。なんと悲しいことであろうか。タイムスリップ前であれば、SNSでネット友達が沢山いたのだ……スザクでも。

 * * * * *

 その後、リエルと少々話をして、放課後にまた広場での再集合を約束した。既に仲良しだったりする。

「……あのさ、最近師匠が朝の練習後に俺の部屋に来るのが日課になってないか?」
「…………そんなことない。」
「なんで今溜めたのかな?」

 見るからに師匠の行動は怪しい。何か狙っているのだろうか。俺の初だったら歓迎だよ?是非貰ってください。幼女趣味までは無いけど、一応師匠……5000歳以上だからな……。ここは一つ仕掛けてみるか。

「あのさ、師匠。俺も朝練後は休みたいからさ。あんまり……来ないでもらえると嬉しいんだけど。」
「え……?」

 ちょ、ちょっと待って……。何故ここまで動揺しているのかな、師匠さん?

「来たらいけな「いいです。」いの?」

 あ、即答してしまった。師匠がちょっとばかり首を傾げ、顎に人差し指を当て、例の可愛いポーズ。どストライクです。辞めてください、許してしまいます。

「なら良かった!」

 グハッ!やばいよ……あの、笑顔やばいよ……。眩しすぎて目が眩むよ……天空の城にいた大佐の気持ちが分かるよ……目が。

「そして毎度の事だけど授業。」
「ハッ!」

 例の如く、ユナは走って職員室へ。師匠……遅れずに仕事場に行く気は無いのかい?弟子として恥ずかしいよ。
 スザクはユナが職員室へDASHダッシュした後も魔法のイメージトレーニングをしている。魔法の無詠唱において、イメージトレーニングはとても有用である。イメージが出来ないことには、まず無詠唱発動など出来るはずもない。師匠の受け売りだ。

 * * * * *

 その後、1時間ほどイメージトレーニングをして、図書館で本を読み、真魔導書ベルム・グリモア固有属性ユニーク関連の文書を読んだ後、部屋でゆったりとしていた。
 その時、コンコンと扉をノックする音がした。スザクもこんな時間に誰だろう、と思いつつ扉を開いた。
 訪ね人はリエルだった。立ち話もどうかと思うので、中に招き簡単にもてなしをして、話を切り出した。

「授業は?」
「今日は授業がないの。」
「そっか選択制だからね。」

 孤児院隣接の学校では、元の時代の大学のような選択制が採用されている。そして偶然にも教師の研修により授業が無くなった、という事だ。
 リエルは、孤児院の大人──管理人である──に聞いて、スザクの部屋を教えてもらったのだ。管理人さんは怪訝そうな顔を向けていたが、リエルは気付いていない。ガールフレンドだと思っていたりする。

「何か用があった?」
「……い、いや、用事は……無い。」
「まあ、朝初めて会ったから、お互いの事も知らない訳だし、世間話でもどう?」

 何処のキザ野郎だよ、と内心思いつつ、リエルに尋ねてみた。
 言いづらそうであったが、暫く考えた後に「うん。」と頷いた。

「じゃあ、改めて俺は成河朱咲だ。スザクでいいよ。」
「私はリエル=ウルグランス。リエルでいい。」
「あの、スザク。」
「ん?どうした?」
「まさか日本人?」
「へっ?」
「えっ?」
「……うん、そうだよ?リエルは?」
「私はイギリス人だった。」
「だった、というのは何か意味があるの?」
「私は死んだ筈なのに生き返った……正確には違う体になった?」
「えっと魂だけタイムスリップみたいな?」
「そんな感じ。」
「ほへー。」

 ユナはずっと生きている、俺はタイムスリップ、リエルは体が変わったのか。同じ人だったとは。なんか同じ時代で生まれた人と会えて嬉しいな。

「そっか……じゃあ、あの大災害で……。」
「……死んだみたい。」
「因みに師匠の事は分かってる?」
「え?ユナ先生もタイムスリップしたの?
「いや、師匠は唯一の生き残りだよ。あの大災害の。」
「……何歳?」
「未だに聞けていない。」
「ゆうに5000は超えてる、よね。」
「そうだな……。」

 そして部屋は静かになった。何か話を続けないと。

「リエルが少し引っ込み思案なのはタイムスリップのせい?」
「うん、そう。いきなり赤ちゃんになったから驚いた。違う時代になってあまり慣れなくて……。お母さんとお父さんは良い人だったけど……。」
「……孤児院にいるからな。」
「そういうこと……二年前に二人とも。」
「悲しい話をさせてしまった、ごめん。」
「いや、いいよ。二人は私の誇れる両親だもん。本当の両親と同じくらい大切だよ。」
「そうだな。」

 リエルの引っ込み思案な性格は生まれつきでは無いんだな。俺も少しばかりコミュニケーションが苦手だったりするが……いや、少しじゃないな。本当はリエルは明るい子なんだろうな。今後、明るくなってもらいたい。

「そう言えばスザクは学校行かないの?」
「行きたいけどその前に上級魔法を覚えてしまいたいんだ。」
「ある程度、実力を付けないと後で困るからね。」
「私もそうだと思うよ。」
「リエルは上級魔法使えたりするの?」
「……一応は。」
「え……。」

 驚きです。そりゃそうだ。こっちの時代で生きてた年数が全然違うからな。俺の方が覚えが遅い訳だ。頭が悪いことは問題じゃないようだ。タイムスリップ前はそこそこ学年内上位だったような気もするが、既に昔の事だ。何千年も昔の。気にしたら負けだ。

 そんなこんなで放課後になったとさ。

 * * * * *

成河なりかわ朱咲すざく

職業:見習い魔術師

適正属性:無限属性インフィニティ

称号:真なる魔導書の使い手

階位:D級魔術師

備考:
無詠唱魔術師
真魔導書ベルム・グリモアCollection:07『図書館』所有者

得意魔法:
『炎属性』【烈火噴火イラプション
『熱属性』【絶対零度アブソリュート・ゼロ】【灼熱地獄インフェルノ
『氷属性』【樹氷世界アイスワールド
『雪属性』【吹雪世界ホワイトアウト
『嵐属性』【黒塵竜巻ダストハリケーン
『飛属性』【疾風穿斬ゲイルスラッシュ
『鋼属性』【錬金術アルケミィ
『輝属性』【中級回復術ヒーリング

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