天使の誘惑

mikaL

第一話 【何も知らない前夜】

俺は完璧な幸せ者だった。

家事育児を完璧にこなす、そこそこ美人なカミさんがいて、可愛い二人の子供にも恵まれている。

結婚10年目、カミさんとはもう15年か。
同じ大学の同期で、四年の夏頃から付き合っている。

この10年、家族の笑顔を守るために頑張ってきましたよ。

まわりからはマイホームパパだとからかわれ、
女子社員からはよく「前田さんはイクメンですもんね」って言われる。


なぜかそう言われるたび、やんわりと拒絶されているような虚しさを覚える。
イクメンって誉め言葉なんでしょうか?
それってイケメンの意味も含まれてます?

まぁ、別に今さらモテたいわけじゃないからね。
たとえモテモテだったとしても、俺には妻子がありますから!
女子達からどう思われてようが、そんな話しはもうどうでもいいの。

37のおじさんには、色恋話しなんて無縁の世界だし。
夜のおねえちゃんのお店にでも行かなきゃ、見ることのできない夢物語なんでね。

お金を払って夢なんか見なくても、俺はリア充ってやつだから大丈夫。

俺が築きあげた城での暮らしは、それなりに居心地良くて、それなりに家族仲良くて、それなりに幸せを感じているから。

俺にとっては充分すぎるくらいの最高の城だ。

そこそこ充実した毎日。

何不自由なく満たされているような毎日。

余計な感情には蓋をして、
見ないようにしている毎日。

って、ん?
俺は何を見たかったんだっけ?

この穏やかで平和な世界を築きあげるため、
何を犠牲にしてきたんだ?
どれだけのものを失ってきた?

俺が今まで大切にしてきたものって?

・・・・・・・・・・・・

考え出すと心がモヤモヤしてくる。
それが何なのかもわからない。

そうだ。
それは知らなくていいことだ。
気づいちゃダメなやつだ。

胸にポッカリとしたものができているのは、
うすうす感じてはいたんだ。

そこに無理矢理蓋をして、気付かないふりしてきた。

だって現に、そのポッカリの正体も原因も、
謎のままだったから・・・。

それでもこの数年間、それなりにやり過ごしてこれたんだ。

よしっ!俺はまだまだイケる!

そして両手を上に挙げ、「う~~~んっ」と思いっきり体を伸ばした。

「あれ?アンタもう起きてるの?」

その声でハッと我に返る!

時計を見ると、もう朝の四時だった。
カミさんの起きる時間だ。

「ちょっとトイレに目が覚めて」
とトイレへ駆け込んだ。

またやってしまった。

アレコレ考えすぎて、いつもの徹夜ループに入ってしまった。

この春から異動があり、明日から新しい職場なのだ。

はぁぁ~・・・めんどくさい。

なんで15年目にして異動なんか。

大学出てからずっと同じ平和な職場だったもんで、15年ぶりの初めましてな環境は、無意識にストレスだったんだろうか。

ちょっとナーバスになってしまった。

でも前田直輝37歳、野球に青春を捧げてきた男です。野球で培ったポジティブ精神で、明日からも頑張るぜ!

「アンタいつまでトイレ入ってるの~?早く出てくれる!」

俺は素早くトイレを出て、イライラ気味のカミさんへ笑顔でごめんと言ったが、普通に無視されてしまった。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品