眠れぬ夜の恋詩

与太郎 桂木

安らぎの夜

半ば強引に女の住んでいるマンションの一室に連れ込まれた慎二は、出された茶を飲みながら深くため息をついた。


–––––––「よし!私の家においでよ!」

少し前に女の口から出た言葉を思い出す。


よくもまあ、先程襲われそうになったばかりの男を住んでいるところに案内できるものだと、呆れたものだ。


「そうだ!まだ自己紹介をしていなかったね!」


女の言葉で現在に引き戻される。


「私はね、渡瀬幸子(わたせゆきこ)。」



「......佐伯慎二(さえきしんじ)だ。」


名前を聞いて一瞬ドキッとしてしまった。幸子––––––––名は人を表すと言う言葉をそのまま形にしたような性格だからだ。



「そう!慎二くんって言うの!じゃあ、歳はいくつ?」


そんな慎二の心情を知ってか知らずか、幸子は新たな質問を投げかける。



「......18だ。」


「え!?そうなの?じゃあ私と同じ歳ね!」


どうやら幸子とは同い年だったようだ。


だがそんなことはどうでも良い。慎二は先程から抱いている疑問を投げかけてみる。


「どうして俺をここに連れてこようと思ったんだ?まさか、思いつきだとかいうわけじゃ無いだろうな?」


どうした訳か少しの間沈黙が流れる。


「......実はね、私、両親がいないんだ。だからね、少し、なんていうか、その、寂しかったんだよ。」


慎二は驚愕(きょうがく)に目を見開いた。まさか幸子も訳ありな家庭の生まれだとは思いもしていなかった。


「両親がいなくて寂しがってるって、恥ずかしいよね...」


幸子が続けざまに言葉を放つ。幸子の目に、どうしようも無い寂しさが見えた気がして、気がつけば慎二の口が開いた。


「恥ずかしくなんか無いと思うぞ。人は孤独じゃ生きていけないし、むしろよく我慢して今まで生きてきたよ。」


幸子はその言葉を聞くと息を呑み、目の端に光るものを溜めながら、頷いた。


慎二は、また泣くのかこいつは、と思ったが、不思議と居心地は悪くなかった。

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