眠れぬ夜の恋詩

与太郎 桂木

希望の夜

眠らない街の、喧騒さえも届かない路地裏に、1人佇む少年がいた。名は佐伯慎二。彼は小学校から中学卒業まで、酷いいじめを受けていた。

彼は別段変わった所は何も無く、至って普通の子供であったにもかかわらず、いじめられていた。最初はまだ良かった。ノートを破るとか、靴を隠すとか、小学生なだけあって程度が低かったからだ。

だが、中学校に入ってからいじめのやり方が劇変した。最初の変化として、金銭を要求された。さすがの彼も最初は断った。しかし、すぐに第2の変化が訪れた。彼は暴力を振るわれるようになった。彼は追い詰められていたが、さらに彼を追い詰める出来事があった。

親からの虐待が始まったのだ。その日から彼は全てに従い、待った。親、いじめっ子––––然るべき報復の時が訪れるまで。

意外にも、機会はすぐに訪れた。それは彼が中学3年生になった年の夏の日だった。彼をいじめていたグループのリーダーは、カッターを使って慎二を脅すようになっていた。これを利用しようと彼は悪魔のような笑みを浮かべて閃いた。

次に慎二がグループから呼び出しをされた時、彼はリーダーが持っていたカッターを素早く奪い取り、その場にいた全員を殺した。彼は殺人を犯したという恐怖より、快感で震え、嗤っていた。人というモノはこれほど簡単に死ぬのか。なんて面白いモノなのだろうかと。

彼が18歳で少年院を出た後に向かった所は、東京だ。彼は女に飢えていた。親も殺し、恨みの発散のしようがなかったため、人を壊そうと彼は考えたのだ。

裏路地に入り、歳が近いような女を探して犯そうとしていた。するとそこに、1人の女子校生が通りかかった。とても好みの女だった。慎二はすぐにその女を路地裏に引きずり込み、抵抗する女を押さえつけ、下卑た笑みを浮かべながら、目的を果たそうとして、ふと、女がどんな顔をしているのだろうと彼は思った。

絶望に満ちた顔なのだろうか。それとも、壊れたようにひたすら無表情なのか。それとも––––––
彼が見た表情は、彼がその時想像しうる全ての表情と違った。女は、慈しみ、哀れんでいるかのような表情であった。

「おい、お前は自分の立場がわかっているのか?」その表情に驚いて、思わず彼は問いかけた。

「分かっているわ。でも、それでも、私はあなたが可哀想だと思う。どうしてそんなに悲しい目をしているの?どうしてそんなに追い詰められた顔をしているの?私にあなたの苦しみを少しでいいから分けて?それで少しは変わるかもしれないから、ね?」
言葉が出なかった。もちろん心に渦巻く言葉はあった。––––お前に俺の何が分かる–––––知ったような口を聞くな––––だが、その言葉の全てを押し込み、彼がやっとした行動は––––––
「俺は、俺はぁぁぁぁっ!」
女の胸に顔を埋めて泣き叫ぶことだった。今まで彼にこんな優しい言葉をかける者はいなかった。堪えていたものが一気に溢れ出すような、そんな瞬間だった。女は、慎二の頭を、まるで子供をあやすかのように撫で続けていた。

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