のん気な男爵令嬢

神無乃愛

砂吐きそう

 移転魔法で来た男は、それはもう胡散臭い笑顔だった。己と同じ白亜色の髪なのが気に入らないくらいだ。
「私と同じ髪の色を持つお嬢さん、初めてお目にかかる。私の名前はヴァルッテリ・スミアラ・ニッキ・オヤヤルヴィと申します。やっとお会いできた」
「ふぎゃっ!!」
 挨拶するなりいきなりマイヤに抱き着いてきた。

 ダニエルはヴァルッテリを見るなり顎が外れんばかりに口を開き、腰を抜かしていた。


 ダニエルから聞いてあとで知ったのだが、何度か王宮にヴァルッテリは来ており、王女たちの嫁ぎ先候補と騒がれていたらしい。なので、ダニエルもヴァルッテリが相手だとは思いもよらなかったそうだ。


 マイヤの髪を撫で、すんすんと匂いを嗅ぐそぶりを見せつつ、抱きしめる力を強くするヴァルッテリに、ウルヤナ以外の周囲の目は生暖かかった。その視線がマイヤにも来る。……居たたまれない。
 そのままヴァルッテリに視線を移せば、うっとりとした目で嬉しそうにマイヤを見つめていた。
 見るんじゃなかった。ごめんなさい、ウルヤナさん。あなたを信用ならないと思って悪かったから、その不満をぶちまけて引き剥がしてくれないかしら。本気でマイヤはそう願った。
「あぁ、あなたにお会いできるのを一日千秋の思いで……」
「わたくし、一昨日帝国貴族の方と婚約するように王命が下ったのですが」
 こんなきざったらしい台詞を聞いていたくない。そう思ったマイヤは話を遮った。
「おや、そうでしたか。帝国側からは半年前にあなたを指名して、、、、、、、、話を持ち掛けたのですが。
 あ、それから私のことはヴァルと呼んでください」
 ご免こうむります。どう見てもかなり年の差がある。そんな人間を愛称でなど呼びたくない。
「ヴァルッテリ様は公爵家嫡男。それゆえグラーマル王国側が欲目を出したのでは?」
 本日ヴァルッテリについてきた従者、アハトがこともなげに言った。しかもローゼンダール帝国皇帝の甥だという。マイヤは何とかヴァルッテリの腕から逃げた。
「マイヤ嬢?」
 怪訝そうな顔をして、ヴァルッテリがマイヤを見つめる。おそらくこういった返しはされたことがないのだろう。だから顔面偏差値の高い男はいけ好かん、と明後日のことをマイヤは思った。
「そのような高貴な方が、なぜこのような片田舎の男爵家へ?」
 おそらく母親が侯爵令嬢だったからとか、そういう理由なのだろうが。
「様々理由がありますが、一つはマイヤ嬢が思うように、あなたのご母堂、リーディア様が侯爵令嬢であったこと。リーディア様は五年ほど前に病状が悪化し他界されました」
 あっさりと説明してきたのは、アハトだ。そしてリーディアの後を追うようにして、リーディアの両親が他界したのがその翌年。その後、リーディアの遠縁にあたる男が侯爵位を拝命しているらしい。
「……それで?」
 あちらから貰うものがないのなら、そっとしておいてくれないだろうか。
「それから、もう一つ理由がありまして、マイヤの髪色は白亜。これはローゼンダール帝国の王室に近い人間にたまに現れる色なのですよ。私の目の色は王室・公爵位の家ではよく見られる色ですが」
 ヴァルッテリがこちらの方が重要と言わんばかりに、己で説明してきた。

 ほうほう。あちらのお偉いさんは紫紺色の瞳か。そんな情報もマイヤにしてみればどうでもいい。
「分かりました。わたくしこの髪を剃りますわ。そうしたら、帝国とは何の関係もなくなるのでしょう?」
「ちょっ!? あなたはその髪色を何だと思っていらっしゃる!? 神聖な色なのですよ!!」
 あちらの従者が二人揃って騒ぎ出した。
「知ったことではありません。わたくし、アベスカ男爵令嬢であり、この領地が大好きですもの。髪の色程度のことで、領地を離れろとおっしゃるなら、この髪色要りませんわ」
今すぐ剃るのは無理でも、髪を切ることはできる。父親があっさりと小刀を渡してきた。


 母親の髪色と同じだとダニエルが言い、撫でてくれるのが好きで伸ばしていただけ。特に未練はない。
「ちょっ! 思い切りよすぎだよ! お嬢様!! ヴァル! 笑っていないで止めろ!!」
「いやぁ、本当に切るとは思わなかったんだよ。そこで勘弁してね。剃るのはダメ。止めないと本当にやるね、君」
 先ほどまでとは違い、口調がおざなりになったヴァルッテリが、マイヤに近づきつつそんなことを言った。その分、マイヤはじりじりと下がる。
「止められても剃りますが?」
 髪染めを受け付けない髪なのだから、これしか方法がない。
「だーめ。ローゼンダールには短髪の女性はいても剃ってる人はいないからね。さすがに連れていけなくなる」
 よし、剃ろう。あとでゾルターンと侍女長のレカに頼んできれいに剃ってもらおう。
「よからぬことを企んでいそうだから、さっさとローゼンダールに連れて行くよ! 供は一人」
「では、わたくしが」
 マイヤ付きというわけではないが、昔からいるベレッカが挙手した。というか、マイヤに対する淑女教育はレカとベレッカで行った。つまりは何かあったら、、、、、、何かあったらフォローするということだ。

 何かする、というのが前提になっているのが解せない。


 しでかす気はあるが。




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