人間に恋をした女神

しげぞうじいさん

第十二節 自己嫌悪

 俺を称える声が、拍手が鳴りやみ、周りにいた観客は一人ずつここを去っていく。
 それはこの小さな問題が解決した証拠だった。

「ふぅ……一件落着っと」

「お疲れ様です、マスター」

「おう。お前もな。どうだ、女性の皆さんの目は塞いでおいたか?」

「半分程度は」

 残りの半分は嫌なモノを見てしまったことにより、ちょっとしたトラウマ的な事情を抱えることになるのだろうか。
 やはり事が終わったとわかった瞬間に、即座に謝罪すべきだったな。

「では私はしばし、この娘と散歩をしてくる。夜までには帰る」

 アンリーさんは、俺にお礼を言った少女と一緒に街の中を歩いていく。無論、その親の許可も取ってある。
“助けた”と言う事実で、安心して任せられるのだろう。
 そしてアンリーさんの顔は、非常に嬉しそうだった。

「――アンリーさんって、子供好きなんですか?」

「みたいだな。エマと言い、基本子供には優しく接していると記憶しているぞ。まあ、その辺りはジェームズに聞けば……あいつ、どこ?」

 一番見ていなくちゃいけない人物が、未だに姿を現していない。
 あの人混みの中で圧迫されていたとは言え、もうほとんど人はいないのに、何故出てこないのだ?

 ――まさか!? この騒ぎに乗じて拉致されたとかじゃないのか!?

 うかつだった。仮にも一国の王なのだ。
 そんな男がこんなところに平気で出て来たら、それは鴨が葱を背負って来る、のと同じだ。
 小事が終わって、今度は大事が待ち構えていたとは……

 だが、こうしてはいられない! すぐにでも探しに行かないと――!

 そう思ってジェームズがいた方向に走ろうとしたが、そこにしゃがみ込むエマの姿があった。そしてその視線の先には……潰されたジェームズの姿が。

「………………」

 何と言って良いのだろうか。どういう風に声を掛ければいいのだろうか。
 まさか拉致ではなく、人混みの中、足で潰されて動けなかった――そんな男に、一体どんな声をかければいいのだろうか。

「――あ、ジェームズさん。どうしたんですかー、そんなところで伸びて」

 何もわからないと言わんばかりに、シルヴィスが潰されて倒れているジェームズの体を指で突く。
 しかしそれには反応しない。
 あの男がすぐに回復しないと言うことは、それほど踏まれ続けたと言うことだ。
 それにあの砂の汚れ具合――一国の王が何と情けない姿だろうか。これでは民草に示しが付かない。

「ジェームズさーん。起きてますかー?」

「――――――」

 シルヴィスがいくら体を突いても反応がない。
 完全に気を失っているようだ。

「エマちゃん、この人を起こす方法知ってる?」

「いえ……流石の私でもこの状態のジェームズさんを起こすのは……。それに、ただ寝ているだけかもしれませんし……」

 一体どこの世界に、街の道中で寝る王がいるんだよ――!

 ツッコミたい気持ちを抑えつつ、動かないジェームズに近づいて頭をペシペシ、と軽く叩く。

「おーい、起きろー。もう騒ぎは終わったぞー」

「――――――」

 ダメだ、完全に気を失っている。
 こうなったら俺が担いで宿にまで運ぶしかないようだな。

「――よっこらっせ!」

 肩に脱力しているジェームズを担いで宿の中に戻る。
 だが、その体は異様に重い。

 人間と言うのは力が入っている時が一番軽いと言うが、それはその逆だな。力が入っていないから重い、重く感じるのか。
 だが……ふむ。
 意外と筋肉あるな、こいつ。
 一体いつ鍛えているのだろうか。雑務ばかりで、あと俺との対話ぐらいしか時間を過ごしていないはずなのに――ああ、わかった。アンリーさんに無理矢理鍛えられているのだな。それなら納得だ。

 一人で勝手に納得し、宿の部屋に入った俺たち三人――四人は弾力があるベッドの上に倒れる。
 もちろんジェームズはそのままの体勢で寝かせてある。“そのまま”の姿勢でな。

「それにしても、さっきの人たち……って言うか、マスターと何やら因縁があったような人、いつお会いしましたっけ?」

「わからん。多分勘違い――人違いだと思う。俺が腕の骨をへし折るって、そんな大事起こしたことあったか?」

「私が記憶している限りでは一度もなかったですねー。気絶するぐらいにまで殴ったことは何度もありましたけど」

「……やっべぇ、それすら思い出せんわ」

「あ、あの……」

 俺たちの会話に入れないエマが何かを言おうとしている。
 俺たち二人だけで会話をしていたらこいつも暇だろう。何か話題でもあればいいのだが……

「お二人って……どこで知り合ったんですか……?」

 なんだ、そんなことか。
 その程度で良ければいくらでも話してやろうとも。

「四年前……ぐらいか、もう。俺が山賊に襲われて死にかけた時に、ふとこいつが声をかけてきたんだよ。それが始まりの出逢い。命の恩人が出来た瞬間さ」

「そうそう。あの時のマスターは血まみれで、今にも死にそうでしたかねー。私の努力で何とか一命はとりとめたんですよー」

「――アーロンさんが死にかけるぐらいの山賊なら、相当な腕を持ったことなんでしょうか……?」

「あー……そうなるな。一応倒しはしたが、それでも深手を負ったからな。山賊じゃなくて、どこかの国の兵士だったら、それは見事な功績を上げていたと思うぜ」

「倒した? 殺した、ではなくて?」

「わからん。刀で斬った感触はあったが、死んだのかどうかわからん。もしかしたら生き延びているかもしれないし、もしかしたら死んでいるのかもしれない。まあ、もう二度と会うこともないだろう。だって、もう顔わからねえもん」

「じゃあ、アーロンさんは『人殺し』ではないんですね」

「………………いや、俺は人殺しだ」

 答えるのをためらったが、否定も出来ない。

 そうとも、俺は人殺しだ。この手は血にまみれている。
 一国の兵士から騎士に。騎士から将軍にまで上り詰めた時には、俺の手は既に血にまみれていた。
 何十、何百と。数えきれないほどの人をこの手で殺した。
 人間も獣人も関係ない。年寄りや若者も関係なく。
 ただ自分の中の“正義”に従って、殺した。

 殺した奴らにも家庭があっただろう。恋人がいただろう。
 その未来をこの手で奪ったんだ。
 俺が死後、冥界に行くことが確定しているのはこれが関係しているからだろう。だから俺は前に冥界に堕とされた。

 ……ああ、約束したのに、あの女をまだ助けに行けないな。

「――マスター、どうしました?」

「あ? あ、ああ、何でもない。ちょっと自己嫌悪に陥っていただけだ」

「は? マスターが自己嫌悪? ――ブフッ!」

 まさか……吹き出して大笑いされている。
 俺の言葉のどこに笑う要素があったのだろうか。是非とも小一時間ほど問い詰めて聞きたいところだ。

「おーい、シルヴィス君~? 一体何がおかしいのかな~?」

「これが笑わずにいられますか――! たかがその程度のことで、自分が嫌になるだなんて……! マスターらしくない冗談を言うなんて……ブフッ!」

「その程度のこと……だと? ――お前にはわからないだろうな」

「ええ、ええ! わかりませんとも! だから私はこう言いましょう! 『人を殺したのならば、その人の分まで生きろ』と」

「――ッ」

 笑いながら何を言うかと思えば……その程度のこ――

「『その程度のことか……』とでも思っているんでしょうね」

 俺の考えを先読みされた。

「逆に聞きますよ? マスターにとって、私が言った言葉は本当に『その程度のこと』なんですか?」

 笑うのを止めて、急に真剣な顔になりやがった。
 変わり身の早さに驚くところだが、今はそんな状況ではない。

 死んだ人の分まで生きろ――それは何も知らない第三者だけしか言えない言葉だ。
 何もわかっていないから、何も知らないからこそ言える言葉だ。
 だが――

「死んだ人に唯一してあげられることって……何だと思います?」

「――――――……」

「エマちゃんはわかる?」

「……楽しく生きること、ですか?」

「大正解! 死んだ人に対していくら自分を責めても。いくら自分を傷つけても。死者にそれがわかると思いますか? 死者は冥界に行き、そこで己の罪を清算します。冥界とこの世界は決して交わることがない――だけど、非常に近い世界。しかしそれでも想いは伝わらない。だったら、その人の分まで生きて、生きて。楽しく生きるのが当然だと、私は思いますけどねー」

 ――チッ、何をふざけたことをぬかしやがる。
 そんなのはただの自己満足にすぎない。他人を犠牲にして自分の欲を満たす為だけに他ならない。
 しかし……そうだと、わかっているのに……

 何故、俺は反論出来ない……?

「エマちゃんはー、もし家族に会えるとしたら、どんな顔で会いますか? どんな姿で会いますか?」

「――立派な姿……?」

「まあ、そうですよね。“私はこんなに立派になりました”と言うのが正解ですね。――エマちゃんですらそれが理解出来ているのに、何故あなたは理解出来ないんですか? あなたはそれでも一人の騎士――正義を持った人じゃないんですか?」

 ……理解、か。
 ああ、そうだとも。俺は理解出来ていない。無意識的に理解しようとしていないんだ。
 だから、か……。俺がここまで悩まされるのは。俺がここまで年下の女に説教されるのは。

 なんて――なんて惨めなんだろうな、俺は……

「――俺は……俺の好きなように生きて良いのか……?」

「何をいまさら。あなたは好きに生きているじゃないですか。お料理を作ったり、こうして皆でお出かけする。それは『無理矢理やらされている』わけじゃないでしょう? あなたが望んでそうしているんですから」

「そう……か……。それなら――」

「――っう……ここは……どこだ……?」

 俺が言葉を言おうとした瞬間に、気絶していたジェームズが起きた。
 目を覚ましたのは喜ばしいことだが、今この状況では――

「「「空気読め!」」」

 ジェームズを除く全員が怒りを込めて、そう叫んだ。

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