Koloroー私は夜空を知らないー

ノベルバユーザー131094

第十五話 花のペンダント

今は午後六時過ぎ、ちょうど夕飯時の時間。
「できたー!!」
「お疲れさま」
「じゃあ、片付けようか」
うーんと伸びをする私の頭を撫でるルーノ。慣れた手つきで布や糸を片付け始めたディアン。私もディアンを手伝うよう、使った物を元の場所に戻していた。
いつもなら夕方頃には既にルーノと仲良く帰ってしまうのだが、今回は服を作るのにかなりの時間を費やしてしまい、仕事を終えたルーノと神父様も加わり総勢四名で作業、後、私はこうして作り終えたのだった。
「はー…もう何もしたくない」
「ルーナがあそこまで不器用だったとは」
「ルーノ!?失礼なんですけど!?」
「まあよくできたほうだよ」
…と言っても、反論ができないほどに私は何もしていなかった気がする。
元々作っていたのはシスターの格好で、簡素でシンプルな服だったが、何を苦戦したって言えば細かな刺繍である。裾に少しだけ象られた黒の街ブラックタウンの紋章。流れ落ちる星と月の安らかな紋様。
一部、私もやっていたのだが…ほとんどそれらを丁寧に縫ってくれたのは慣れているディアン。その他、不器用な私がやらかした部分のフォローはルーノが、休憩時にお茶淹れしたり、皆の応援をしていた神父様。
私は彼らに言われるがままに試着して、サイズが違うと言われればまた脱いで…の繰り返しだったため、特段裁縫をしていたわけじゃなくどっちかっていうとマネキンね。勿論、ディアンにこっぴどく怒られたので着替えの度に男子全員外に出させるという面倒なことをさせてしまっていたのだが。
「うーん、私としては神子みこの格好をさせてもよかったんだけどね」
「神子の格好とシスターの格好交えたデザインしてもよかったですね」
「それには時間と布が足りません!今日一日でよくできたほうだよ!!」
三人それぞれ様々な意見があるようだが、私はこの衣装で満足だ。
なんせ皆と仲良くつくった愛着のある一品である。大事にしよう。
「とにかく、ディアンもルーノくんもルーナちゃんもお疲れさま。
今日はゆっくり家で休んで、明日に備えなさい」
珍しく大人の発言をする神父様。その言葉に甘えて私も今日はこれからまっすぐ帰ってさっさとご飯食べてお風呂に入って寝ることにしよう。
ディアンもある程度の片付けが終わったのかぐーっと伸びをして帰る支度をし始めた。
そういえば、私は明日、どうやって城にまで行くのだろう。私はルーノに質問をした。
「明日は一度教会に来るの?」
「ああ、そのつもりだ。城の使いが教会まで迎えに来てくれる」
次に神父様を見た。
「じゃあ服はここに置いていても?」
「かまわないよ」
よかった。家に持って帰る途中に汚したり雪でビショビショになったら困ると思っていたのだ。
特段、沢山の雪が降っているわけじゃないし、教会から家に行く途中もびしょびしょになったりはしない。が、やっぱり念には念を入れて考えておいたほうがいいだろう。
「ルーナちゃんは明日、後ろでニコニコしてるだけでいいからね」
神父様がにこやかに話し、私はそれに大きく頷いた。言われたことはちゃんと守ります。

それにしても!明日、人生で初めてのお城に行くのだ。
…日本のお城は何度も行ったことがあるが、それとこれとはまた別の話である。
女の子が一度は憧れるお姫様や王子様の優雅な世界。庭園に咲く美しい花々!
いるのは公爵家だが、まあそれはいいのだ。楽しみ!!

なんて、思っていられたのは今日までであったことを私は決して忘れない。
だが、それはあくまで明日の話、である。


「あー!お家!!我が家!!!なんだか懐かしい!!」
「今日の朝もここで寝起きしただろ」
「そういうことじゃないってば、もう」
私の反応にクスクスと笑うルーノ。その顔を見て私も笑ってしまった。
「さて、俺も明日着て行く服の用意をするか」
「じゃあ、晩御飯作っておくね」
「頼んだ」
実際は気持ち的に疲れてへとへとなのだが、切って混ぜて煮込むだけ、でできるスープと帰りに買ったお肉と野菜を甘辛く炒めれば完成だ。…これ自体は元の世界のレシピを思い出してやっているものだが、一度作った時、ルーノに大好評だったため、時々作っている。
まずはスープ、人参、キャベツにジャガ芋、それから大好きなキノコ類を入れ、塩コショウ、それからコンソメで味付けをする。実はこの世界、コンソメも塩も胡椒もちゃんと売っているお店があるとのこと。さらには魔石で作られた冷蔵庫もあるので、割と主婦に優しい世界だった。
スープを煮込んでいる間、お肉と野菜の炒め物を作ることにする。これは簡単だ。お肉を炒めた後、キャベツにピーマンを入れて醤油で炒める。最後にほんの少し砂糖を入れて甘くしたら完成!
そのうち、コンソメと野菜の出汁の匂いがキッチンに満たされるとスープの様子を見る。キャベツがしなって、ジャガイモがホロホロになったら味が染みてきているので、牛乳を入れて完成。トマトを入れても美味しそうだが、残念なことに今、我が家にトマトはないので今回は我慢しよう。
うーん、我ながらいい匂い!真っ白なお皿の上に盛り付けた後、リビングのテーブルに持っていく。それからもう一度キッチンに戻って食べたいパンをほんの数秒だけオーブンで焼く。すると外はカリカリ、中はふわふわの出来立てのような食感が味わえるのだ!
「んー!パンもいい匂い!」
ルーノが作ってくれるご飯ももちろん美味しいし、毎度毎度いい匂いだと、美味しいと騒いでいるが、自分で作る料理もやっぱり愛着が沸く。そして、ルーノも美味しいと言ってくれたらいいな、なんて思っちゃってにやける。
リビングにパンと作ったおかずを並べて私はルーノを呼びに部屋の前まで行った。
「ルーノ!ご飯できたよー!」
だが、珍しく返事がない。今日は疲れてもう何もせずに寝てしまったのだろうか。
「ルーノ…?」
それとも、中で何か大変なことが起こっているのではないだろうか。突然の腹痛、疲労からの頭痛、突然の病にあの人が!?なんてことはよくあることで。悪魔インクーボに憑りつかれた人と今日も対峙してきたわけだし…しかし、もしも彼が健やかに寝ているだけなのなら、起こしてしまうのは悪いんじゃないだろうか。
こっそり、部屋の中を見るだけなら、彼の邪魔はしないだろうか。
「…失礼しまーす…」
少しだけ、ドアを開けた。すると、部屋についている唯一の窓の近くに彼は立っていた。
なんだ、起きていたのかと苦笑し、彼を再度呼ぼうとした、が。
それよりも早く、私を見つけ捕えたその瞳は、いつもの彼ではなかった。
私はビクリと肩を震わせた。彼が私を睨んでいる…!!!

「…ぁ、ああ、ルーナか、ごめん、外に集中していて気づかなかった」

彼が力んだ瞳をを緩ませ微笑んだ。直後、窓の外にある黒い物体が影の様に消えた。もしかして誰かがいたのだろうか。そちらと会話していたのか…?
「勝手に入って、ごめんね」
「大丈夫。それよりもご飯出来たのか?いい匂いがする」
「うん。今日はルーノが大好きなお肉と野菜の甘辛炒めです!!」
「じゃあ、早くリビングに戻ろうか。ご飯が冷めないうちに」
彼は何事もなかったかのように私ににこやかに近づいた。
…彼が怖いわけではなかったが、先ほどのこともあってなんだか彼がいつもと違うように見えた。窓の外にいた相手は誰だったのか。そもそも、部屋の窓は開くはずなのに、どうして開きもせずに会っていたのか。
彼の行動に謎を感じた。だが、それは敢えて今、問うべきではないと私の心が答えた。


「んー、美味い」
「よかった!」
にこやかにご飯を食べる彼を見て、私はいつもの様子の彼に安堵した。
渾身の野菜とお肉の甘辛炒め、パンももちろん好きだし、この街のパンはとても美味しいのを私はよく知っている。が、元の世界で食べていた料理を食べると白米が恋しくなるのが日本人なわけで。
少しだけ、紫の街パープルタウンに行ってみたいと思わないわけじゃなかった。
「ルーナ、明日は何もしなくていいから」
「見てるだけで本当にいいの?」
「元は神父様一人でできるんだから、俺もほとんど見てるだけでいいと思うし」
「お城の中、見学できるといいなぁ…」
「まぁ、そこはショコラ公の気分次第、ってやつだな」

ちなみに、明日、お城に向かうのはショコラ公の5女が産まれた後に神父が悪魔インクーボや魔物達のような闇から彼女を護ってくれるよう祈りの魔法を行う、というものだ。
神父様、実は若い頃緑の街グリーンタウンの【サティルーソ】で武者修行をしていたらしく、魔法なら何でも任せなさい!とのことだったが、彼の得意とするのは魔石の研究、そしてほとんどの人がいらないからと勉強もしない【闇祓い】の魔法だった。
…実はその闇祓いの魔法、資格がないとできないほど高度な魔法らしく、神父様は結構有名な人だそう。…とはいえ、手伝いをするだけと言うルーノも使えるらしいので、私的には神父様すごいんだなー、でもルーノもすごいんだなーぐらいの認識である。

「ショコラ公の5女の名前は?」
「ミルク」
あーミルクチョコレート的な…。
「興味が?」
「え?あ、いや、特にないんだけど、知らないと損かなーみたいな」
「なるほど」
まあ、そりゃチョコレート一家なのかなって興味はあるよね。うん。
チョコレート、と言えば太るから!とかなんとか言ってあまり食べなかったイメージだが、バレンタインの時に貰う友人達からの手作りは格別だったり、無性に甘い物が食べたくて買ったりなど懐かしい思い出である。
この世界に来てから、お菓子、というものに巡り会うこともなく、食べる機会もなかったため、こうして名前だけ聞くと無性に食べたくなる。…が、我慢我慢。今ここにないんだから。
「ごちそう様でした」
ぺろりと綺麗に食べ終えたルーノ、私も続いて食べ終える。
お互いにお皿を片付け、私は皿洗いを、彼は風呂を沸かしに行く。

なんともない、いつも通りの平和な日常。何かに急かされることもなく、何かに怯えて暮らすこともなく、淡々と平和に、それが当たり前だったかのように。
だが、こうしていつも通りの日常を過ごすと、時折不安になる時がある。
(何時までこうしていられるの?)
それは、平和は続かないと知っている本能からか。それとも単なる考えすぎか。
何故そう不安になるのかもわからない。ただ…このままでいられるはずがないと。

「ルーナ」

突如名前を呼ばれてハッとする。考え事をしているうちに皿洗いは終わっていたようだ。
「大丈夫か?」
彼は心配そうに私を見たが、すぐに笑って見せた。
「大丈夫大丈夫!超元気!」
「なら、いいけど」
そうだ。今夜からきちんとお互いのことを話し合おうと決めたのだ。風呂が沸くまで少し時間がかかる。その間の十分なら、きっと彼とももっとコミュニケーションが取れるんじゃないかと私は思う。
「ねぇ、ルーノ」
暖炉の前にあるソファに先に座り、彼を隣に座るよう促した。
「今日は仕事どうだった?」
彼は驚いた様子だったが、すぐに意図を察したようで隣に座り淡々と述べた。
「いつも通り。悪魔インクーボに憑りつかれた人達を助けるのって、簡単じゃないなって毎日思うよ」
肩を竦めて彼はそう言った。
「そっか。人間にできることって、意外に少ないもんね」
彼は少し瞼を下した。
「人間は…己の欲のためならば人間兄弟同士で殺し合う、破壊の象徴みたいなもんだから。誰かを護る、とか、誰かに手を差し伸べる、とかは、最も苦手なんだと思う」
「…なるほどね」
淡々と流れる時、パチパチと燃える暖炉の音がやけに部屋に鳴り響いた。
こうして向かい合ってちゃんと会話すること自体、あまりないことだったが、やはりいつもと違う様子を見せる彼に私は不安を抱かざるを得なかった。
「ルーナ」
先に静寂を切り裂いたのは彼だった。
「ん?」
「…黒の、コローロが…君に」
彼はポケットから、花の形のペンダントを私に渡した。
「これ、は?」
「君のペンダント」
真ん中の丸い溝がやたら目につく、デザイン的には微妙なペンダントだった。
「…これを、私に?」
「そう」
「なんか、微妙な形だね」
私がクシャリと笑うと、彼も困ったように笑った。
「今後先…ルーナ、君は…コローロ達にう可能性がないわけじゃない」
「…私が?コローロに?」
もしや、さっきルーノの部屋の外にいたのは黒のコローロだったのか。
「君が悪魔インクーボに好かれてるのは事実だ。設定じゃない」
ビックリして声も出なかった。彼が無理やり作った設定だと思い込んでいたが、そうではなかったのか。いつもなら冗談でしょなんて笑い飛ばしていたかもしれないが、いつもと違う彼に冗談も言えなかった。
「俺が傍にいる間は、悪魔インクーボなんかに近寄らせない。決して」
「うん」
何処か弱弱しい。そんな彼は見たくない。
「だけど、もしも、万が一、君の傍を離れる日が、来てしまったら」
「そんなこと言わないで」
「でも、もしも、何かあったら」
彼は私の手を掴みペンダントを渡してきた。
「これを頼りに、違う街に逃げるんだ」
…違う街に?逃げる?
「何かが、起こるの…?」
この街から逃げるほどの、何かが。
「…わからない。万が一の話だけど…」
「でも、黒のコローロが渡してきたんでしょう?」
しかし、黒のコローロが人間に渡すのは黒い石だったはず。
何故私には何の石もついていないペンダントを渡すのだろう。
それ自体が既に【何かが起こる前兆】だと言えるのじゃないだろうか。
「ルーノ…」
先ほどの不安は現実になるのか。彼が傍にいない日々などありえるのか。
「…黒のコローロは…君が何かあった時、助けてくれるアイテムになると。
つまりお守りみたいなもので、何かがこれから起こるわけじゃない」
心配していたことを消していくように彼は答えた。
「簡単に君の傍から離れない。それは誓うよ」
恋情でも、友情でもない。だけど、彼を信じられるのは誰よりも信頼できる何かがあるから。それは親愛に似ていて、だけど、少し違う何か。
「だけど、これは持っていてほしい」
何故彼がそこまでこのペンダントに絶対的なる信頼感を持っているのかは知らない。黒のコローロから渡されることは彼にとって絶対的なのだろうか。
「君を護ってくれるものだから」
私はしばらく、彼とペンダントを交互に見ていたが、不安を胸に抱えつつも決心することにした。これをつけているからって、不幸にうわけじゃない。貴方が黒のコローロを信頼するのならば、私も信頼してみよう。
「つけてくれる?」
「わかった」
私は彼にペンダントを渡して、後ろを向いた。やりやすいように長い髪を上げ、待っている私に彼は慣れない手つきで私にペンダントをつけた。
「デザインは微妙って言っちゃったけど、つけてみると可愛いかも。
うん。私これ好きだな」
「それはよかった」
私の言葉に安堵した様子のルーノ。

彼との平和な毎日が続くように祈ることしか、今の私にはできなかった。

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