Koloroー私は夜空を知らないー
第九話 気になったことはとりあえず質問しとけ
「ところで、さ、黒の街は悪魔に強いって、神父様もルーノも言ってたよね?それはどうして?」
ルーノが落ち着いた頃、私は改めて昨日気が付いた疑問を質問にしてみた。他の人を助けたいから聞きたい、と言う気持ちよりは、気になった謎を解き明かしたい
という気持ちが今は強い。
「ああ…それは、この世界の創世記を話さないとな」
「…創世記?」
彼はコクリと頷くと落ち着いた声で話した。
この世界を創りだした女神は、あらゆる生命を産み出すと、自身の心を七つに分けてこの世界を守らせることにしたという。
喜びの黄色、怒りの赤、哀しみの青、嫉妬の紫、欲望の緑、純粋の白、そして憎悪の黒である。その心は時に人となりあらゆる生命の味方になれば、魔物となりあらゆる生命の敵ともなる。
彼女を恐れ敬い崇めた人間たちは、彼女の感情【コローロ】と名付け、祀り上げ、それぞれの村に色の名前を入れた。それが今や街になっているという。
「…?それがなんで悪魔と関わりが?」
「この街は憎悪の黒だろう?つまり、彼女の憎悪に護られているということ」
私は少し眉間に皺を寄せてしまった。憎悪に護られているって言い方は、あまり好ましくない。
「上手く言葉では言えないんだけど…この街では、憎悪…憎しみや恨み、そういう負の感情は護られやすい」
負の感情を、護られる…?それはつまりどういうことなのだろうか。
「それぞれの街によって護り方は違うけれど、黄の街であればそこで感じる喜びを倍増させ、赤の街であれば感じる怒りを半減させる、青の街では哀しみを麻痺させるし、緑の街であれば欲望に忠実になる。紫の街に行けば嫉妬に踊らされることなく、ここ黒の街では憎悪を忘れさせる…って言われてる」
なるほど…確かにそれはすごい。それぞれの街に行けばそれぞれの感情を護られるのだから、色んな場所に行きたいだろう。
「でもそれは、お伽噺みたいなものでしょう?」
「それだけじゃないんだ」
首を傾げる。それだけじゃない、とは。
「彼女の感情である【コローロ】達は、生命の敵にもなるが、味方でもある。【コローロ】自体はこの世界を護るために産まれたわけだしね。で、この街は憎悪の【コローロ】が護る土地。この街にいれば女神の加護で憎悪を忘れられる…なんてことは、実際のところ、他の街から見れば…というだけで、【コローロ】から直接護られている人間がいればそれが一番いい」
「…【コローロ】…」
女神の心が七つに分かれた一つ、憎悪の感情を持つ【コローロ】と言う名の護り人。正直、そんな負の感情を持っている人が私達を護ってくれるなんて、少し不思議な話だが…それは女神の意志なのか、この世界で生きて【コローロ】自体が思った生き方なのか。
「直接護られている…っていうと?魔法をかけられたり、とか?」
正直、直接護られていると言っても、多くの人を護るには時間と体力が必要だろう。どんなに女神から直接産まれたからって、ほいほいと人助けなんてできるのか。
そんな私の質問に答えるようにルーノは服の内側に隠していたネックレスを見せる。彼の首から垂れ下がる黒い紐の先には、彼の指の大きさに合わせてあるだろう指輪があった。内側に細かい刻印が見えるがここからでは何が書いてあるかまであまり見えない。指輪のトップに神々しく輝く大きな黒い石が大きく、また、それらを挟むように両隣に一つずつ小さな黒い石があった。シンプルでありながら美しいデザイン、内側に書かれた刻印までもが美しく見える設計。
大事にしているのがよくわかるように、それはあまり傷が入っていなかった。
「【コローロ】から直接護られている人は、必ずこの石を身につけている。…指輪にしているのは俺ぐらいだろうけど」
彼はそう言いながらまた指輪を服の中に隠した。
「ルーノは【コローロ】と会ったことが?」
彼は私のほうを一瞬見たが、少しだけ黙って、考え込むように答えた。
「…それは、答えられないな」
【コローロ】自身は、自分が何処にいるのか、ばれたくないのだろうか。会ったことすら、私にも言えないことなのだろうか。だけど、その指輪を持っている時点で会ったことがあると言っても過言じゃないだろうに。
「この石に護られていれば、多少の闇は祓える」
でも、ルーノがこうして信頼しているのであれば、その人かどうかもわからない【コローロ】は、今、我々の味方と考えるのが妥当だろう。憎悪の感情から生まれた者でありながら、憎悪と戦う【コローロ】。黒の街の【コローロ】。
「【コローロ】は、基本、人に正体を言わない」
「え」
「人伝に石を渡すときもあれば、頼まれたと嘘をついて他人になり切り直接石を渡すときもある。動物だったり、人間だったり、様々な姿で人を観察している」
なるほど、だからルーノは会ったかどうか答えられないのか。会った、であれば【コローロ】の顔を知っていることになるし、会ってない、であれば【コローロ】の顔を知らない。きっと私に嘘をつきたくないから言えない、を選択した…のかな。しかし、何故【コローロ】はちゃんと名乗らないのだろう。
「どうして?英雄みたいなものでしょ?」
私だったら、ちゃんと人が喜ぶ顔を見て渡したいし、英雄のようなものになれば自然と人が石を求めてくれてわざわざ渡しに行く手間が省けるだろう。
「…【コローロ】は、人間が怖いんだよ」
「怖い…?」
「…これは…【コローロ】に直接会ったことがある人から聞いた言葉だけど…「自分達を産んだ彼女の創る世界を護りたい。この世界を一番豊かにし、護っているのは人間だが、また彼女の世界を簡単に滅ぼしてしまうのも人間である」って、ね」
ルーノの言葉に少しだけ、【コローロ】の気持ちを理解することができた。
元の世界でも、一番恐ろしいのは人間だという台詞を聞いたことがある。弱肉強食のピラミッドの頂点に立とうとする人間。世界の全てを、研究だからと神の領域まで知りつくそうとする人間。お互いの土地を奪い合うためだけに同じ人間同士で殺し合い、自分たちの幸せの為に自然を破壊する。
人間同士でいつまでも争うことをやめない愚かな生き物。武器で人を傷つける時もあれば、言葉で人を傷つけることもできる危険な生き物。知能が高いからこそ、最も危ない生物。
【コローロ】が恐れるのもわからないわけじゃない。
「私は…あんまり、人間好きじゃない、けど」
「うん」
「ルーノは好きだよ」
彼は私の答えを聞いてクスリと笑い嬉しそう私の頭を撫でた。人間は恐ろしい。だが、人間として生まれてしまった以上、人間と手を取り合って生きて行かなきゃならない。
でも、どんなに人間のことを嫌いになっても、ルーノだけは、好きでいられるって自信があるから。
実際のところ、どうして彼をこんなにも信用しているのか、私には自分が理解できない。彼に優しくされたからか、彼が甘やかしてくれるからか、彼が裏切らないと信頼してしまうほど私が甘い人間なのか。
だけど、今ま出会ったどんな人間とも違う、大きくて安心できる要素が彼には不思議とあった。
「もしも、さ、ルーノ」
「ん?」
「【コローロ】に会ったら、私にもそれちょうだいって言っておいて」
「これを?」
ルーノが服の内側にある指輪を指差す。
「うん」
負の感情を抱きやすい人間だから。淋しいと、哀しいと、辛いと、苦しいと、簡単に思ってしまう私だから。ルーノがいれば大丈夫、そんな自信はある。けど、信頼できる彼を傷つけたくないから。
「わかった。もし会ったら、伝えておくよ」
私は笑った。彼も笑った。私はまだ彼に言ってないことがある。彼は私のことをよく知っているみたいだから、もう既に知っているかもしれないけど。
私を元の世界で苦しめていた病気が、鬱病だから。
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