Koloroー私は夜空を知らないー

ノベルバユーザー131094

第七話 ト○・ストーリーを見た後は物が捨てれない

レザンさんのマシンガントークが何とか終わると笑顔で帰っていった彼女を見送り、昼食を取った。
この世界の料理は何故かとても美味しく、レザンさんが持ってきた昼食もまた美味しかったのだが、それはまた別の機会に話すことにしよう。

今日一番に話したいことは、午後からの仕事であった。

「さあ、午後の仕事にとりかかろうか」
神父様のその一言で、私達は少しばかりの昼休憩を終え、先ほどまで神父様が仕事をしていた部屋へと連れて行かれた。
外の世界は曇天で暗いため、部屋は電球の光で照らされているが、物や棚、紙に埋もれて少し薄暗い。ずぼら神父様のことだから、部屋が埃に埋もれているのではと予想していたが、大事な薬草や液体、魔石にとちゃんと管理しなければいけない物が多いため魔法を使って掃除しているという。
たぶん、使っている魔法は、緑の魔導師が書いていた「日常生活に使える魔法」の8ページ目「部屋の埃を消す魔法」と類似しているのではと思う。
その仕事部屋――教会は三つの部屋で区切られていて、大きな扉の入口からよくTVのドラマで見る祈りを捧げたり、神父様の話を聞く少し大きな広間に六つのベンチが並んでいて、そこから奥に左右に分けて二つの扉がある。右側が神父様の部屋で、左側が神父様の個室であるが、机と椅子が揃っているため、私達の休憩場所にもなっている――から、教会に運んでいった薬草と黒いガラス瓶――コルクで蓋がしてあり、少し重たいことから中身が入っていることがわかる。瓶には【黒の聖水】と書かれたラベルが貼ってある――を何往復もして広間にある机に言われた順番どおりに置く。それから、小さなカゴに大量の魔石。
これらの準備をし終えた後、突然教会の中にも、外にも響き渡るような鐘が鳴った。運ぶだけで目一杯めいっぱいの私は気づいていなかったが、いつの間にか神父様が外に出ていて、鐘を鳴らしに行ったのだと思われる。
「ルーノ、私はこの後どうしたらいいの?」
「今日は見ておくだけでいい」
彼はそう言って笑ったが、私は彼の仕事を何も知らなかった。

三回目、鐘のが鳴り終わるころに扉を開けると、教会に人が集まった。教会に入って来た人の様子は一様におかしく、虚ろな目をした者、空を見つめる者、空に喋りかける者、それを心配そうに見つめつつ、どこか疲れた顔をしている家族、友人、恋人。
夫婦で来る者、兄弟、姉妹で来る者、恋人同士…様々な人が来たが、特段人数が多いわけじゃなかった。教会の六つの椅子が埋まるだけの人数。
彼らは懺悔をしに来たのか。祈りに来たのか。それとも…?
「神父様、どうか御加護を」
悪魔インクーボにやられてしまって…」
「…息子をどうか…!!!!」
この街…いや、この世界ヂャルデーノの闇を、見た気がした。
「いやぁ、今日は多いね」
「日に日に状況が悪化しているようですね」
「ルーノくんそっちは頼んだから」
「はい」
私は端のほうで突っ立っていることしかできなかった。…何も、私はやることがあったわけじゃないのだから、せめて迷惑にならないよう息を潜めて彼らの仕事を観察し、後日、彼らの役に立てるよう考えなければならない。そう思っていたのだが、仕事の難易度の高さにこの場所でただ突っ立って見ていることしかできなかった。
ルーノと神父様が少しずつ、彼らに魔法をかけて行く。時折、魔石を握りしめては魔力を補充している様子から、そうなのだと察した。何の魔法をかけているかまではわからない。だけど、魔法をかけているのは様子がおかしい者達のみで、他の人達は付き添いで来ているだけだと知った。しかし、神父様もルーノも家族に話を伺ってるところから、一つ一つの仕事の時間はかかりそうだとわかる。
魔石をよく握るのだから、それだけ魔力を消費しているのだとわかる。魔力を失えば死ぬ。彼らは簡単に見えて、命懸けの仕事をしていたのだ。…私は魔法を見たいとルーノに風呂を沸かさせたりして魔法を使わせたことにとても後悔をした。
後悔をして、心に隙を見せてしまった。その時だった。

「おねえ、さん」

ハッとした。彼らの動きを呆然と見ていたせいで、目の前に来ていた女の子に気づいていなかった。
「どうしたの?」
小さな少女、年齢は幼稚園から小学校低学年ぐらいだろうか。少女はとても幼く見える。だが、彼女は私に話しかけているにもかかわらず、私を見ていない…?
「こらっ、ダメでしょう。すみません」
目の前の少女を引っ張って列に戻そうとする母親。だが、彼女より一回り以上も大きい母親が力づくで引っ張っているにもかかわらず、おかしなことに彼女は微動だにしない。それどころかニコニコと私…いや、私の奥にある何かを見ていた…!!
「おねえさん、ねえ、それ」
少女の顔は蒼白あおじろく、ルーノ達が魔法をかけている人達にとても似ている。そのは私のひとみの奥を見て、何かを見つけたようにニヤリと笑った。その笑った姿、濁った声、まるで…。
「おいしそうだね」
少女に手を掴まれた。突如抜ける力、引っ張っていた母親が悲鳴を上げた。
「ルーナ!!!!!!!!」
ルーノがいち早く気が付いた。その声に神父様も異変に気づく。
「ル………ノ………」
助けを求めたかったが、声がかすれて出ないほど、力が抜け落ちて行く感覚に落ちた。視界がぼやけて、膝をついているのが精一杯、瞼があまりにも重い。
ここで地面に崩れてはいけないと、本能が悟った。捕まれた腕と反対の腕で地面を何とか押す。膝とつま先で必死にバランスを取った。瞼を閉じてその状態を維持することだけに集中すると、瞼が光を遮断して、暗い闇を見せた。
…すると、誰かの声が頭の中で響いた。

【ュルサナィ…】

様々な情景、過ぎ去っていく季節が星となり流星になって目の前をけぬけていく。死ぬ前の走馬燈そうまとうかと焦ったが、どうやら知らない記憶…私の腕を掴んだ少女は闇の中にいた。

「ウサギさん!」

先ほど聞いた少女の声に似ていたが、生き生きしていて、強い、こちらも元気が貰えそうな声。
彼女が抱いていたのは可愛がっていたお人形。

【ヮタシ達、ゥマレタ時ヵラ一緒ダッタ】

遊んでいるうちに縫い目がほつれて中の綿が見えた。焦って直そうとするけれど、彼女の力じゃ壊れるばかり。ボロボロになったぬいぐるみを捨てたらどうかと聞かれたが母に強請ねだって縫ってもらった。可愛い、可愛い、ウサギのお人形。
闇の中を翔け堕ちる流星、光る愛しい記憶、全て暗闇の底へ堕ちて行く。
駆け巡る彼女とウサギの追憶メモワール

「そのお人形、きったなーい!!」

偶然、ある少女が笑ってそう言った。その少女に悪意はなかった。

「そうだよね。きたないよね!!そろそろすてようと思ってたの!!」
「じゃあ捨てちゃいなよ、今すぐに」

何時いつの時代だって、何処の世界だって、決して人の本質は変わらない。ひとりを嫌い、を求め、決して【個性】を認めない。
その人形を捨てなければ、捨てられるのは彼女だった。
幸か不幸か、人は独りでは生きて行けない。
誰かが決めた枠にハマらない人間は世界社会から捨てられる運命さだめ

ケタケタと笑う周りの子供達、信頼している姉すら笑ってこちらを見ている。
もちろん、何度も言うが、彼女達に悪意はなかった。

大事なお人形だった、可愛がってた、自分の家族。

人形親友自分の人生友達を天秤にかけた。
だが、何度も言おう。人間は孤独が嫌いだ。

ゴミ捨て場にポイっと捨てた。振り返りもせず、家に帰った。

【ィタィヨ…苦シィョ…ュルセナィ…】

頭に響く憎しみの言葉。
それは、捨てられた人形の声…?

「キャハハハハハハハハハハハハハハハ」

子供達の笑い声が木霊こだまする。苦しい、痛い、悲しい、辛い、でも、涙が出ない。
小さなことだと、何故そんなことで哀しむのかと、誰かが笑った気がした。

【ドゥシテ…】

笑った貴方はきっと幸せな人。
きっと、貴方は大切な物を奪われる感覚がないのね。
嗚呼、可哀想な人。

【許セナィ…】

後悔、懺悔、怨み、憎しみ、不安。
【ウサギのぬいぐるみ】も【友人】も彼女には大切だった。どちらを選ぶことなんて本当はできなかった。きっと、選ぶことでもなかったのかもしれない。
だけど、貴方は、今いる輪を乱す勇気があるだろうか?
少女には、その勇気がなかったのだ。それは人間であれば当然の心理。

暗闇に現れる少女の手、それは私の中にある開けてはいけない蓋をこじ開けようとする。私の中の何かを取り出される気がした。それは普段、誰もが蓋をしているもの。

何かを奪われる感覚、立つのさえも苦しい、殺されるかもしれないと思った。
彼女の見せる闇の中で、死んでしまうのかと思った。

だけど、このままではいけない。本能がそう言った。
私は彼女のこの気持ちがよくわかる。冷静に自分にそう言い聞かせた。
今、私と少女は1つになっている。理由はわからないが、彼女も私も救う方法が必ずある…!

不意に光った星が、目の前に留まった。

闇の中で光を掴んだ。小さな光、淡い光、私にもこんな時期があった。
大事なぬいぐるみを抱えて眠った優しい夜、柔らかな月の光。
ぬいぐるみと遊んで笑った穏やかな朝、包み込むような太陽の光。

ふと、背中に暖かい光を感じた。暗闇の中、その光が私に力を与えてくれる。
ルーノだと直感的に感じた。彼が私を支えてくれている!!
私の背中から感じる彼の光…私はその光に背中を押され、捕まれた腕で彼女の腕を掴み返した。
重い瞼を開くと、外の光が差し込んで来た。目の前にいる彼女の瞳を見つめる。地面に崩れ落ちそうな体をルーノが抱きかかえてくれた。しかし、私は懲りずに無理矢理己の力を振り絞って彼女を抱きしめた。今度こそぐらりと崩れてしまいそうになったが、ルーノを信頼し背中を預け、彼女を抱きしめる手を強くした。
ルーノに触れられていると、不思議と力が湧き出て、先程まで出なかった声も真っ直ぐに発することができた。

「本当は、ウサギさん、捨てたくなかったんだね」

闇の中に響いていたあの声は、きっと彼女の懺悔と後悔。

「ウサギさん、大事だったのに、捨てちゃって悲しかったよね」

ぬいぐるみがいなくて眠れない夜だってあったはず。
寂しくて泣いた朝だって、哀しみを忘れられない昼だって。
ちっぽけなことだと誰かが笑っただろうか?忘れてしまえと誰かが怒鳴っただろうか?

小さな彼女にとって人生の大きな季節をともにいてくれたウサギのぬいぐるみ家族
物かもしれない。それでも、貴方はともに育った家族を捨てる気持ちがわかりますか?

「ウサギさんを捨てて、後悔してるんだね」

彼女の手から伝わる哀しみと苦しみ、誰にも分かち合ってもらえない痛み。

元の世界でも、誰かの発言の為に大事なものを捨てなきゃいけない時があった。
悪意のない誰かの発言で、大事なものを捨てて、後悔したこと、懺悔したことが私にもあった。
私には大事なの!!貴方にはわからないでしょうけど!!そう言って輪から離れる勇気、独りでも大丈夫だと自分に言い聞かせられる力が欲しかった。自分の個性を認めることができる自分が欲しかった。

大勢の友達に言われれば、彼女達に嫌われたくないから我慢することだってあった。
捨てられた物達のことを考えると眠れない日もあった。

「ウサギさん、おこって、る?」

空を見つめていた彼女の瞳から滴が流れた。
彼女が色んな人に問いかけた言葉。繰り返し、何度も何度も自分を責めるように。
我慢していた気持ちは黒い塊となり、彼女の心を暗闇に閉じ込めてしまっていたのかもしれない。思い出すたびにはち切れそうな痛みで苦しかったに違いない。

彼女が求めているのは、彼女が必要としているのは!

を閉じて、頭の中に流れる彼女の闇にもう一度、集中した。彼女の闇の中で輝いた一筋の光。記憶が流星として堕ちて行く中、その場に留まるその希望。とてもとても小さな光だったが、その中にいる彼女の声は少女が欲していたものだろう。

“日の光の下でともに駆け走った朝、家族と喧嘩して一緒に泣いた昼、抱きしめ合って温もりを分け合い眠った夜”

少女の声とは違う、落ち着いた声。少女を諭すように、護るように。彼女はずっと、そこにいたのだ。
楽しげに笑う少女、それを見て柔らかく笑う彼女。
秘密を共有した春、ともに怒られた夏、一緒に泣いた秋、走り回った冬、二人で過ごした季節人生

“一緒に遊んだ貴方のことがこれからもずっと大好きよ”

それはきっと、彼女ウサギが最後に伝えたかった記憶メッセージ

“私の可愛い友達、私は貴方とずっと一緒”

虚ろだった少女の瞳にともった彼女の光。
私の腕から、彼女の声が聞こえただろうか?彼女の求めている答えを私は出せただろうか?正解なんてあったのだろうか?
ぬいぐるみ側の気持ちは知ることができない。でも、ぬいぐるみを捨てた哀しみなら、わかるから。

「捨てちゃったの、いっぱいいっぱい後悔したよね」

彼女を抱きしめる力を強くした。私を通して伝わってほしい。

「でも、怒ってないって」

それは頭の中で響いた彼女の声から察した私の勝手な言葉である。
彼女ウサギさんは捨てたことに怒ったかもしれない、嘆いた日もあったかもしれない。
それでも彼女は、少女の光として闇を照らし続けた。

“ありがとう。私の可愛い、可愛いお友達”

彼女の闇の底まで響く声。堕ち続けていた流星がピタリと止まった。

「あのね、おねえさん」
「ん?」
「今、ウサギさんが…」

彼女の瞳がやっと、私を捉えた。暗闇に落ちていた彼女の世界が、闇が、少しずつ光を取り戻し…少女はそのまま目をつむって眠ってしまった。

“ありがとう。お姉さん。私の声を伝えてくれた”

闇の中に残る優しい光が眠った彼女に寄り添うように、暗闇に溶け込んだ。でもそれは、決して光が消えたわけじゃない。元の星空に戻っただけなのだ。いずれこの暗闇にも朝が来て、光射す美しい世界に戻るだろう。

きっと、彼女の後悔や懺悔が終わるわけじゃない。
だけど、これから時間をかけて少しずつ前を向いていくのだ。
これから先、もし彼女が後ろを振り返ることがあったとしても、この日のことを少しだけでいいからおもい出してほしい。貴方を護る光があるのだと、覚えていてほしいから。

眠った彼女を母親が受け取りに来た。やっと力が抜ける…。

「ルーナ、大丈夫か、ルーナ!!!」
ルーノの叫び声がとても遠くに感じる。別に死にはしないんだし、そんなに叫ばなくても大丈夫だよ。って伝えたいのだけど、不思議とみなぎっていた力が無くなり、もう声が出ないほど疲労してしまった。
…ねぇ、ルーノ。前もこんな風に私が力使って、倒れた日が、あったよね。その時も貴方は怒るんじゃなくて、心配と焦りでずっと叫んでた。私、疲れ切っていて、前もその声に答えられなかったの。
そう、あの日は…。

(あれ、そんな日、あったっけ)

私も、少女と同じく、深い眠りに誘われた。

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