Koloroー私は夜空を知らないー

ノベルバユーザー131094

第一話 異世界に、きちゃった…?


一人の男が空を見上げていた。五つの光に囲まれている黒い影が目にもとまらぬ速さでこちらに落ちていた。彼の孤独な瞳が静かに瞼を落とす。男にしては長い睫毛まつげが夜風に揺れた。
「創造主ペレイーナの慈愛じあいの心に導かれ、この地に選ばれし娘よ」
黒い影の胸元が光る。
「喜びを分かち合い」
黄色の光が踊るように南東へ。
「怒りの嵐さえも従わせ」
赤色の光が燃えるように南西へ。
「嫉妬に惑わされることなく」
紫の光がいざなうように北西へ。
「移り変わる記憶を保持し」
緑の光が暖かく照らすと北東へ。
「悲しみを恐れることなかれ」
青い光は、黒い影の周りを一周すると北へ。
「女神の魂は常に我らとともにり」
男は言わねばならぬ呪いを吐いた。何も知らぬ無垢むくな彼女を黒く染めてしまう呪いの言葉を。男の腕の中に収まった黒き影…いや、真黒な髪と服を纏いし娘を強く抱きしめた。
遅かれ早かれ、彼女はこの呪いに気づくだろう。そして、それは逃げ切れる呪いではないのだと、どれだけ輪廻を廻り転生し続けても、彼らは…。
「…久しぶり」
腕の中で眠る彼女にそう呟いたのは、偶然ではないだろう。

―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―

目を閉じた私が聴いたのは少し低く優しい声色こわいろの青年がうたう子守唄だった。少し懐かしくて、甘やかしてくれる…そんな…。
そうやって夢に微睡まどろんでいた私だったが、しばらくしてこの声は夢の外にあると気付く。そこでふと我に返った。私にはこんなふうに優しく寝かしつける兄はいない。ならば父かと問われると、思春期真っただ中の女子高生の部屋に無断で入ってくる父親などいないだろう。男の声なのだから母は論外だ。その声に対しての恐怖と不安、そして少しばかりの期待。
私は様々な気持ちを抱きながら重たい瞼をこじ開け、歌声のあるじを見た。黒く長い前髪が邪魔をして顔がよく見えないが、見たことない男だということはよくわかる。
男は私が微かに動いたのに気付くと、唄うのをやめ、こちらを見た。
「おはよう」
「お、はようございます…」
あまりにも優しく挨拶されたため、思わず返事をしてしまった。ツッコミたいことは色々あるのだが…。
「体調は?」
「問題ないです…」
「頭痛は?」
「…ない、です」
「じゃあお腹は?」
今はそんなことを言ってる場合じゃ…と言いたいところだったが、偶然にもお腹が鳴った。クスクスと男は笑う。自然現象には逆らえない。
「…空いてます…」
「じゃあご飯を食べよう。まずはそれからだ」
彼は私の眠っているベッドから立ち上がると唯一見える口元をほころばせてそう告げた。まるで私がこの世界に存在することが【当たり前】かのように話が進んでいる。
…夢、なのだろうか。それとも今までが夢だったのか…。
彼について行こうと布団から起き上がる。自分の着ている服を見るといつも愛用していたパジャマを身につけていた。寝癖でボサボサの頭を軽く手で押さえ付けると、なんとかなるだろ、と軽い気持ちで彼の後ろについて行った。
先程まで寝ていた部屋――ぱっと見、簡素な机と少し大きめのベッド、それから衣装棚だけが置いてある少し広めの部屋――の扉を開けると、狭い廊下があり、少し進んだ先にリビングと思われる部屋が見えた。リビングに置いてあるのは、暖炉とその前に置いてある大きめのソファ、少し大きな机に椅子が二つ。元から広めの部屋だと思われるが、物の少なさから余計に広く感じる寂しい部屋だ。
「そこに座って」
彼はテーブルに付いている椅子を一つ指差し、また違う部屋へと移動してしまう。言われるがまま椅子に座った私はまず、状況を整理をする。
…私は日本の女子高校生だ。JK、と言うやつである。得意な科目は英語だがペラペラ話せるわけじゃない、苦手な科目は科学でこれはもう理解しようとは思っていない。よし、記憶はしっかりしている。ならば、ここに来るまでの記憶は…?

……昼寝、してたはず…だよね?

普段、記憶力がいいね!なんて言われる私の最後の記憶が昼寝なのだから、昼寝していたと思って間違いないだろう。外で寝るなんてありえないし、昼寝してたところを拉致してきた…にしては、あまりにも私は自由に動けるのではないだろうか。
椅子が二つあるところから見ると、男の他にもう一人住んでいてもおかしくなさそうだが、物の少なさから生活感が感じられない。拉致するためにわざと借りた部屋…?しかし、暖炉とはまた大きな家だこと……って、あれ?おか、しい。
暖炉の中で薪が燃えている。薪が燃えていることによって、この部屋は暖かい空気を保っているが、足元に時折吹く冷たい風が、外の気温は最悪&最高に寒いのだと感じさせる。

今は、夏…だよ、ね…?

光を感じて窓の外を見ると、曇天の空から舞い降りてくる白い雪、それに埋もれる黒い家々。拉致された時点で近所ではないということはわかるのだが、それにしてはあまりにも日本離れした景色、さらには夏だというのに雪が降っているのだ。雪!!!
神様!!私、こんなに雪が積もっているところ見れたの初めてです!!!!都会っ子だから!!雪に埋もれてみたかった!!!…じゃない!おかしい!違う違う違う。真面目に考えて。此処ここ何処どこ、さっきの男の人は誰。5W1Hだよ。
WhenいつWhere何処でWho誰がWhat何をWhy何故Howどのように…。
「大丈夫か?顔、恐いけど」
「ひぇっ…」
「脅かしたか?悪かったな」
彼はコトリと私の目の前に二つのカップを置いた。黒と白、色違いのカップ、中に満たされた白い液体…ホットミルク、だろうか。
「熱いうちにどうぞ」
「あ、どうも…」
じゃ、ねぇよ!!!おかしいよね!?くつろいじゃいけないよね!?でも、あなた、私を誘拐しました?って言える?言えないよね!??
「ははっ、そんなにジッと見られると困るよ」
すいません、私、顔に
「顔にあんまり感情が出ないんだよね。で、今、君は焦っている」
「え」
「ここは何処?貴方は誰?私はどうすればいいの!!?ってね」
クスクスと笑いながら私の真似(にしてはムカつく演技だが)をした彼に唖然とする。なんだよ…状況わかってるんじゃん…いや、誘拐犯だから?誘拐犯だからですか?
「さて、おふざけはここまでかな」
「ふ、ふざけないでください…」
「わかったから、それ飲んで落ち着いて」
男は自分のカップに入ったホットミルクを一口飲んで、あちっと呟いた。どうやら相当熱い飲み物らしい。それを飲んで落ち着けとは、また彼はふざけているのだろうか?
「猫舌?」
「あ、はい。熱いのあんまり得意じゃなくて」
「奇遇だね、俺もだ」
…この場合、どう返すのが正しいのか。
「…あー、えっと、奇遇…です、ね」
「くっ、はははははは!!やめてくれそんな怯えた顔」
ひぃえ、そう言う顔が好きな人ですか!?
「いつも堂々として笑っているのが君なのに」
「…はい?」
どういう…意味…?
「さて、じゃあ君の質問に答えようか。何から聞きたい?」
私の疑問には答えないようだ。だがしかし、他に聞きたいことが山積みである。
「あの、貴方は誰ですか」
「俺の名はルーノ」
ルーノ…だけ、ということは、ファミリーネームは言いたくないのだろうか。…いや、っていうかそこじゃない。ルーノ?ルーノって片仮名?外人さん?…ああでも、彼の見た目は真っ白なのだから、白人の方なのかも。日本語上手だね。
「ここは何処ですか?」
「ここはヂャルデーノ」
「ヂャルデーノ…?」
「そう、ヂャルデーノっていう国の南にある小さな街」
「…ヂャル、デーノ…という、国」
胸騒ぎがした。
黒の街ブラックタウンだ」
目の前が真っ暗になりそうだった。全ての国名を知っているわけじゃないが、街の名前が決定打。確信にて確固たる証拠。黒の街ブラックタウンなんていう街は聞いたことがない。そんな安易な名前が付くわけがない。
「あの、私、どうしてここに」
私の人生の中において、こういう体験をした人を見たことがないと言えば、嘘になる。此処は何処!?彼は一体誰!?からの、私、異世界トリップしちゃった!?ってやつだ。が、具体的にどんな人が体験していたかと言うと…本の中の人、なのだが…。
「さぁて、今日の晩御飯は何が食べたい?」
「はへ?」
「どうしてここに、なんで私が、それを俺が知ってると思う?」
あ、そうか。ルーノさんはもしかしたら知らな…
「知ってまーす」
こいつ、ぶん殴りたい。
「知ってる、けど、今はそれについて話せない」
「なんでっ」
「今度は俺の質問に答えて」
「え?」
「君はどうしてここに来た?」
彼の質問があまりにも予想外で思わず固まる。
「どうしてここに、なんで君が、それを君は知っているのか?」
「い…え…知らない、です」
確かに異世界トリップには何らかの理由がある。異常現象や指名があってくる人。その理由は様々。…だけど、この人は、知ってるんだよ…ね?
「この世界に、何故君が来たのか、知るにはまだ時期が早すぎる」
「時期、って、そんなのいつまで待てば」
「じゃあ君は理由を知ってさっさと故郷に帰るのか?」
故郷、両親はどうしているのだろう。私が突然いなくなって心配しているのか、それとも私がいない間あちらの時間は過ぎないのか。しかし、慌てて家に帰れば…?

“貴方は人の気持ちがわかってない!!!!”
“君はどうして他の子の気持ちをわかってあげれないんだ”
“仲直りする意思は、あるんだよね?”

地獄学校が待っている。あそこに行きたくなくて、戻りたくなくて、ずっとずっと頭を抱えて生きてきた。そんな人生を変えたくて、変えれなかった。
…もしやこれは…あわれに思った神様がくれた人生をやり直すチャンスなのかもしれない。この場所に来たことが、後々違う意味だったとしても…帰る方法が彼の口から聞けないのであれば、楽しむしかないのではないだろうか。
辛い、苦しい、帰りたいと嘆いても、きっと彼はある一定の時期が来るまで帰る方法を教えることはないだろう。なのに、嘆いている暇があるのか?帰りたいと言えば、帰りたい気持ちが膨らむだけ、帰れるわけじゃない。
帰ったところで地獄が待っているのならば、せめて、ここで自分の気持ちが落ち着くまで。
「私、今すぐ、帰る理由はないんです」
「うん」
「でも、何時かは帰らないと両親が心配するし、問題になってしまう」
「うん」
「だけど、今は、帰りたくない。だから」
だから
「この世界でどうやって過ごせばいいか、教えてもらってもいいですか」
人に自分の気持ちを伝える時はいつも声が震えてしまう。対して大きな声でもないし、ぼそぼそと話しているのだから聴きとりにくかったかもしれない。それでも彼は、私の答えを聞いて怒ることもなく、笑って返事をくれた。
「ここに住んじゃいなよ」
……ここに、住んじゃいな…YO?
「君は俺の妹ルーナ。小さい頃、生き別れてしまったが、今日、この日から君は兄である俺と住むことになった。ここは小さな教会の裏で俺は教会の手伝いをしている。妹の君はそれを手伝うことになった。OK?」
「えっと、あの…?」
「君は周りに異世界トリップしてきました!なんて言うつもりなのか?」
「…………いいえ…」
大丈夫。今だけ、この一瞬だけ、別の人物に生まれ変わったと思ってしまえばいいのだ。そう。ルーナと言う少女を演じるだけ。何も怖いことはない。
「よろしく、お兄、ちゃん?」
「ルーノでいいよ」
「じゃあ、ルーノ」
「よろしく、ルーナ」
彼の長い前髪が揺れて、細い髪の隙間から光を見た。
その光は懐かしい色を帯びていたが、その理由を知るのはずっとずっと後のことである。

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