大魔導師になったので空中庭園に隠居してお嫁さん探しに出ます。

ノベルバユーザー160980

夜戦

「これ、あなたが用意してくれたの?」
「ん?ああ、パジャマのことか。そうだけど、サイズとか大丈夫だったかな?」
「う、うん。あ、ありがと…」


なんだか先ほどまでの対応や雰囲気と比べて少しだけ柔らかくなった気がする。
目が少し赤くなっているので、どうやら風呂で泣いたらしい。心境の変化が若干いい方向へと進んだようだ。


要するにお風呂様様か。


やはり、お風呂の力は偉大だなと考えていると、エフィルがそういえばと話しかけて来る。


「そういえば私は自己紹介したけど、まだあなたの名前は聞いてなかったんじゃない?」
「そういえばそうだったね。ここしばらくまともに自己紹介なんてしてなかったから忘れてたよ。俺の名前はシグレだよ」


実際のところは俺を拾った爺さんがつけてくれたこっちでの本名があるんだが、長ったらしい上にセンスのかけらもないので正直なところ誰にも使いたくない。


「シグレ?変わった名前ね」
「まあね。それとエフィルの部屋は二階になるんだけど、俺の使ってる書斎以外の空いてる部屋の好きなところ使っていいよ」
「わ、分かったけど…。本当にあなた私のこと娶るつもりなの?」
「そうだけど?」


そういうとエフィルの表情が「やっぱりこいつ何考えてるか分かんねえ」と言いたげなものになる。
先程からこんなに言っているが、まだやはり信じてもらえていないらしい。
それほど人間に深い傷を負わされているという事だろうか。
俺が夫としてしっかりケアしてあげなければ。


「それとエフィルが言ってた故郷の村って何て名前の村なの?」
「名前なんて言ってもわからないと思うけど…。シリラって言う名前の村よ」
「なるほどシリラか。となるとここからならスピード上げればそうかからないかな」
「あ、あなた私の村のこと知っているの!?」


自分の村を知っているような発言に対してエフィルが驚く。
実際に行ったことは無いが、情報としては知っている。『遠見の魔術』でエルフの集落や村々は一度見たことがある。
それにエルフは個体数が少ない上にあまり集団での暮らしをする種族ではないので、数十人が暮らしている村は人間で言う所の各国の首都と同じくらいの少なさだ。
それ故に、名前が付くほどの町や村は数えるほどしかない。
かなり昔に一度しか見たことは無いが、その時はかなりの人数がいたはず。そんな印象の強い場所の名前をそうそう忘れるわけがない。
なんたって知識量と経験と魔術だけが取り柄なんだから。


「昔ちょっとね。あそこはかなりの人数のエルフが住んでたはずだけど、どうしてエフィルだけ奴隷に?」
「…お母さんの言いつけを破って森の外側まで出たのが間違いだったのよ。いつまでも子ども扱いするお母さんとお父さんに私はもう子供じゃないって言いたくて。それで外の怖いことなんて何にも考えずに森の外に出たら通りがかった人間の盗賊にあっけなく捕まって売り飛ばされて。結果はさっき見た通りよ」


エフィルは少し自嘲気味にそう答えた。
エフィルの話を聞いた限り、これはもう運が悪かったとしか言えない話だ。
それに、こういった気持ちになる年頃は誰にでもある。それが原因で起こした行動とこの世界の文化の悪い面が運悪くぶつかってしまった。
これはもうどうしようもないことのように感じられる。
とりあえず今日のところは早く休ませてあげた方がいいだろう。


「とにかく今日はもう休んだほうがいいんじゃないかな?これまで柔らかいベッドで寝るなんてしばらくできてないだろうし」
「そうね。じゃあお言葉に甘えてそうさせてもらうわ」


エフィルはそう言ってリビングを後にする。
エフィルが去った後で、ふとした疑問が脳裏をよぎった。


「あれ?夫婦って一緒に寝るものだっけ?」





どさり、と今までの出来事の疲れをすべて投げ出すようにベッドに寝転がる。
肌触りのいいいシーツと、体重がすべて柔らかく受け止められて、まるで空に浮いている雲に乗っているかのような感覚が心地いい。


「どうしてこの家のものは何から何まで高級品なのかしら」


風呂に入ったときや、上がった後にいつの間にか用意されていたパジャマからは、こんな少し大きめの一軒家を立てる程度の財力しかない者が持つには明らかに分不相応な素材が惜しみなくつかわれている。
そもそもこの空飛ぶ島はどうやって浮かんでいるのだろう?
シグレやこの島のことについては疑問が尽きない。


「また明日ちゃんと聞けばいいか…」


そう呟き、睡魔に逆らわず意識を手放そうとする。
しかし、この部屋の扉がゆっくりと開けられる音が耳に届く。
慌てて目を開けるとすぐ目の前にはシグレが立っていた。


「な、なに!?まだ何か用があったの?」


警戒を解いてゆっくり眠ろうなんて考えていた自分は馬鹿だ。相手は何を考えているかわからない得体のしれない人物だというのに。
勝手に自分が信じたい風に信じ、警戒を怠っていた。
結果として逃げ場がない状態で追い詰められている。そのうえ今になってようやく剣を風呂場に忘れてきてしまった事に気が付いた。


「いや、夫婦になったらすることがあるかなと思って」
「なっ!?」


やはりこいつは私の体が目当てだったのだ。
結局人間なんてそんなもの。
きっと自分がある程度楽しんだ後は私をどこかに売り飛ばすのだろう。
そうやってこのパジャマに使われている上質なシルクやこの高級なベッドを購入したに違いない。
今まで他にもこの家に連れてきたことがあるから空きベッドがこんなにたくさんあったのだ。
どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったのだろう。
今さらながらこの男を信用してしまったことを後悔する。


「大丈夫だよ。怖くないからね」


しかし、現状この男には私を殺すつもりはなさそうだ。ならば、今は耐えて隙を見計らってこの島を抜け出そう。
どこかに売るにも一度地上降りるはず。その時をじっくり待つしかない。
そう覚悟を決めてこわばる体をキュッと自分の腕で抱きしめる。
そしてそのままベッドの中で押し倒された。
この後のことを想像して目を瞑り、ぐっと体に力が入る。
しかし、その直後の出来事は私の考えていた刺激とは全く違うものだった。
シグレが私のことを腕の中で抱きしめ、私の頭がゆっくりと優しく撫でられる。


「え?え?な、なに、これ?どうなってるの?」
「どうなってるって……添い寝かな?」
「そ、そいねぇ?」


私の口から力の抜けたオウム返しがこぼれる。
あまりの予想外の答えに今まで入っていた体の力が急激に抜ける。
シグレの腕の中でもうどうしていいのかわからないという気持ちがグルグルしている。


「私のこと…その…襲いに来たんじゃないの?」
「そういうのはお互いの同意が無きゃダメじゃないかな」


何を当たり前のことを、とでも言いたげな言い方を、終始真顔で口にする。
勘違いをさせるようなことをした本人にそういわれると腹が立つが、今はもうそこに怒る気力も湧かない。

「エフィルがちょっとでも落ち着くかなと思って」


私の頭を撫でながらシグレが言う。


「そ、それは…うれしいけど…」


ゆっくりと繰り返される優しい動作の中で、なんだか少し懐かしい光景を思い出す。
それは私がまだ小さな子供だった頃。怖い夢を見たときは決まってお母さんのところに逃げ込んでいた。
お母さんは泣きべそをかく私を抱き押し目ながら色んな昔話を聞かせてくれたものだ。
その中でも一番のお気に入りは大魔導師様が人々を偉大な知恵と魔法で助けるお話しだった。私は子供のころ母にこの話をしてもらうのを何度もせがんだ記憶がある。
なぜだかそのことを思い出しながら、視線を目の前の男に向ける。
近い。
今さらながら、少し恥ずかしくなってきた。先ほどまではあまりに予想外の衝撃で気にしている余裕なかったが、少し落ち着くとちょっと照れる。
すると、そんな私の気持ちは露知らず、キョトンとした表情を―――いや、やっぱり真顔だ。


「もう、なんなのよ…」


これはきっとこれ以上何か視線で抗議してもきっと伝わらない。
はぁ。一つ諦めたため息を吐き、このままシグレの腕の中で眠ることにした。
瞳を閉じ、今日分かった唯一確かなことを考える。


この男はきっとバカか天然だ。


そう悪態をつきながら、今度こそ意識を睡魔に手放した。





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