大魔導師になったので空中庭園に隠居してお嫁さん探しに出ます。

ノベルバユーザー160980

エフィルの故郷

「エフィルはそれで本当にいいんだね?」
「いいに決まってるじゃない!だって今すぐ村に帰れるんでしょ?早くお父さんやお母さんや妹に早く会いたいわ!」


今の彼女には明るい未来しか見えていないのだろう。
きっと「もしかしたら村のみんなもどこかに連れ去られているかも」などと言っても恐らく聞かない。
そうしたところで「きっと大丈夫」と自己暗示をかけて不安から逃れようとするはずだ。
それならば実際に連れて行ってやるしか他に良い選択肢はない。


「わかった。じゃあここに来た時と同じように俺の手を握ってくれるかな」


そういいながら手を差し出すと、来た時の照れた様子など微塵もない速さで握り返してくる。
その表情は笑顔で、うっすらとうれし涙さえ浮かべていた。
それにいたたまれない感覚を覚える。
そしてこれ以上このことについて考えることを諦め、目を瞑り呪文を口にした。





頬を清らかな森の風に撫でられて瞳を開く。目の前には木々が生い茂る鬱蒼とした風景が広がっていた。


「着いたよ。ここがエフィルの住んでいた森で間違いないはずだ」
「――――ここ、この森、帰って…来たんだ…」


エフィルは様々な感情が渦巻いた小さな呟きを口にし、次の瞬間には森に向かって駆けだしていた。
俺の手を離し、まるでつい昨日までこの森で暮らしていたかのように何の迷いもなく奥へと進んでいく。
それを追いかけるように俺もエフィルの後に走り出した。
エルフの間での共通の道なのか、エフィル個人の道なのかはわからないが、どうやら村までの使い慣れた通り道があるらしい。
俺からしたらどこもただの草むらだが、意味もなく左右に曲がっているとは思えないのできっと何かの法則性があるのだろう。
森の中でのエルフの方向感覚は人間のそれと全く比べ物にならないほどの差がある。
自然界においてエルフより森の中での機動力が高い生物は存在しない。
初めて入った森の中でもまるで自分の家の庭にでもいるようなその様子は『森と会話をしている』とさえ言われるほどだ。
エフィルも俺が身体強化を使用しなければ追いつけないほどの速さで駆け抜けている。
恐らく自分の村に帰れるといううれしさで俺のことなど頭にないのだろう。
時折視界に入ってくる小さな枝や低木などをかき分けて進むこと約十分。
大きく開けた場所に出た俺とエフィルの目に映ったのは―――――――


―――どれもズタボロに破壊されたエルフたちの家屋だった。


「なに、これ…」


先程までの歓喜の表情が一瞬にして絶望へと変わっていく。
エフィルが力なく地面に崩れ落ちそうになるのを受け止め、体を抱きかかえた。
あたりを見回してみると建物にはいくつかの戦闘痕が残っている。しかし、どれも最近の物ではないようだ。
恐らく地面にも似たような痕はあったと思われるが、土なので時間が経ってしまっているならば雨風で消えてしまっただろう。


それにしても妙な点が多い気がするがこれは――。


「お父さん、お母さん、セフィラ…私はどうしたら…」


彼女の瞳には光はすでに無く、俺に抱きかかえられた状態で家だったであろう瓦礫たちに向かって力なく震える手を伸ばしている。


「エフィル、大丈夫か?」


明らかに大丈夫な雰囲気ではないが、一応そう声をかけるとゆっくりとその声に反応するようにこちらへ顔を向ける。
俺と目が合った瞬間感情が爆発したようにエフィルの瞳から涙があふれ出した。


「しぐれぇ…せっかく、せっかくここまで戻て来たのにっ、こんなの、こんなのないよぉ…」


俺の服の胸元を強く握りしめてボロボロと大粒の涙をこぼし続ける。
夕日に照らされた彼女の泣き顔は儚くも美しいとさえ感じさせられる。
しかし脳はそう感じているのに彼女が泣いているのを見ていると胸がひどく苦しい。
心臓が締め付けられるような感覚が胸に走り、俺まで泣き出したくなってしまいそうだ。


泣かないでくれエフィル。
さっきからなんだかおかしいんだ。君が泣いているのを見ていると俺まで泣きそうになってしまう。
これは、感情なのか?
だとしたら君は俺なんかよりもっとつらいのかな?
なら俺は……君のために何をしたら……どうしたら君を助けられるんだ。


当事者でもない俺がこんなに苦しいというのに彼女はいったいどれだけの苦しみを味わっているのだろうか。
助けなくては。救わなくては。俺が、ほかの誰でもない俺が。


「エフィル。今は気が済むまで泣いてくれ。辛いときは泣くことを我慢しないのが一番、なはずだ。君のことは俺がどんなことをしてでも助ける。だから、だから今は……安心して泣いてくれ」
「うぅっ、ひぐっ、うわああああああああああああああああああああん!!!!!!!」


俺の胸に顔を押し付けながらエフィルが声を上げて泣き始めた。
エフィルの体を自分の体に抱き寄せ、出来るだけ優しく頭を撫でる。
森の中に彼女の嗚咽と泣き声がこだまする。
エフィルが落ち着くまでこうして寄り添っていたいと思えたことに少しうれしさを感じながらも彼女が泣き止むまで頭を撫で続けた。





しばらくすると森にはすっかり夜のとばりが降りていた。
響き渡る嗚咽はだんだんと小さくなっていき、しばらくするとエフィルの表情は何かを決意したものになる。


「私ね、決めたことがあるの」
「俺にも聞かせてもらえるかな」
「うん。大魔導師様のおとぎ話って、知ってる?」
「ああ、知ってるよ」


大魔導師のおとぎ話と言うのは、いわば俺がやったことからやってないことまで何でもかんでも大げさに書き立てたものだ。
迷子になった少女を親元へ導いたというどこにでもありそうな話か地震と津波と落雷を操って魔神を粉砕したとかわけのわからない話まである。
簡単に言うと大魔導師と言う登場人物が物語風に世界を旅する子供向けの話だ。


「村のみんなはそんな人いないって、そんな人は物語の中にしかいないって信じてくれなかったけど、私は大魔導師様は実在すると思うの。その人のところに行ってみんなを探してもらうようにお願いするわ。きっとみんなまだ生きてるもの」
「そうだね、エフィルの家族はきっとみんな生きてる」
「やっぱりシグレは笑った顔の方が似合ってるわね」


そういいながらエフィルは涙の痕が残る両目を細くし、力なくほほ笑む。


「エフィル、君の願いは聞き届けた。俺はどんな手を使おうとも君の願いを叶えよう」
「ありがと。じゃあ私と一緒に大魔導師様を――」
「実はエフィルにまだ言ってなかったことがあるんだ」
「言って、なかったこと?」


二人の間に一瞬の静寂が訪れる。
森の木々が風に揺れ、静かに音を立てた。




「俺が――――――――大魔導師だ」





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