桐島記憶堂
29.本当は…?
稚内空港から少し移動して、直ぐにフェリーに乗って礼文島へ。
これといった何かもなく、順当に目的地へと辿りついた。
「島、というからどんなところかと思っていましたけれど――随分と大きな所ですね」
そんな感想を漏らしたのは、僕の隣を歩く桐島さんだ。
楽しそうに、あちらこちらへと視線をやっては微笑んでいる。
拒絶、ないしはつまらない、なんてことも無さそうでほっとした。
更にその隣では、大輔さんと小夜子さん、修二さんも――
(……ん?)
待て、これはおかしい。非常におかしいぞ。
僕はどうして、あんなに必死になって本を漁り、岸姉妹を頼り、葵に元気を貰って、ここにいるのだろう。
とてもおかしな話ではないか。
そも、僕が受けた依頼の内容は何だ?
修二さんが言っていたな。つきましては、葵と共に、もう一度写真の場所へ、と。そしてその為に、あの写真に写っている場所がどこなのかを突き止めて欲しいと。
その口ぶりだと、当初の予定では、兄妹で行く筈ではなかったのだろうか。
しかしこうして、ご両親までついてきている。
写真の場所について尋ねたのが僕だった理由は、修二さんが桐島さんには尋ねられないからだった。
ではなぜ、尋ねられなかったのか。桐島さんが、家出をしている状況下にあるからだ。
そして家出をした理由は、両親及び修二さんとの仲違い。結果的には勘違いだった訳だけれど、当時真剣にそう思っていたのはもう分かっている。
それならと、僕は修二さんの依頼を請け、色んな力を借りて場所を突き止めた。突き止めて、仲直りして、元通りになったからこうしてご両親も同席している。
それが、おかしいのだ。
いくら幼少の頃の写真と言えども、その頃ご両親は良い大人だ。こんな珍しい場所、そうそう記憶から抜け落ちよう筈もない。
どうして修二さんは、ご両親に尋ねなかったのだろう。この写真の場所なんだけどさ、と、そう聞けば済んだ話ではなかろうか。
(何か……何かが気持ち悪い)
煮え切らない。
ここまで来てちゃんとした答えがないのは、居心地が悪い。
スマホを取り出し、要点だけを纏めたメモを残し、
「修二さん、ちょっとスマホの操作で分からないことがあって」
「あぁ、今そっちに――」
疑いなく従い、僕の少し離れた所から僕のほうへと寄って来た。
「ここなんですけれど……」
そう言って、自然な流れで画面を見せると、修二さんは少し目を見開いた。
何を見せられるのかも疑っていなかったらしい。
《ご両親への確認は不要でしたか?》
それだけ書いたスマホの画面。
修二さんは「あぁ、これはね」と演技を続けて文字を打ち込み始めた。
《穴がありましたか》
《穴しかない、が正解ですかね。今思えば、随分とおかしい》
《えぇ、たしかに。しかし、どうか堪えて。後からちゃんと、全部話しますから》
《理由は?》
《藍の前では、話しにくいことだからです》
ふむ。
また随分と都合的な話ではあるけれど。
「なるほど――ありがとうございます」
「いえ。また何かあれば」
そう言い残して、修二さんはまたご両親の隣へ。
すると、入れ替わるように桐島さんが顔を覗いて来た。
「何か?」
「いいえ。何の話をしていたのかな、と気になってなんかいません」
「それはもう宣言していますよ。別に何も、というのが僕の返答です。ちょっとスマホが誤作動を」
「田舎者さんでしたのもね、神前さんは」
そう、桐島さんは微笑んで流してくれた。
どうせ、分かっているくせに。
今の僕は、灰色の筈だから。
「さて、まずは如何いたしましょう?」
小夜子さんが明るく尋ねた。
その声に、皆が一斉に考え込む。
修二さんに見せて貰ったあの写真の場所は、ここから随分と遠い所にあるから後回しにするとして。
ではキーワードとして余っているのは、ウニだ。
丁度、少し前にその店も見える。
「ウニ――いいですね。そういえば、小腹も空いています」
「腹ごしらえとしようか」
「ですね。行きましょうか、皆さん」
ご両親が先行し、僕らは後から着いていく。
すると、前を歩いていた桐島さんが、少しペースを落としてまだ僕に並んだ。
「北海道は稚内よりこっち側、利尻、礼文に多く存在する、変わった“セミ”がいるそうですね」
「き、気付いていたんですか…!」
「神前さんは、あんな面倒な褒め方をする人ではありませんから」
「うぅ……一矢報いる機会はお預けですか」
「あら、そんなことは。反抗期を迎えた子どものようで、ちょっと楽しんでいましたから」
「なんて人だ……」
肩を落とす他ない。
そんな言い分に対しても、割と頭を使ったつもりだった挑戦状を、あっさりと躱されたことに対しても。
やはり、僕ではまだ全然届かない。
とはいえ、我ながら稚拙なものではあるのだけれど。
――ここは、気さくな店ですから――
きさくなみせ。
逆さから読めば、せみなくさき
セミ鳴く先。
今思えば、ただヒントを与えていただけだったのかも知れないな。
これといった何かもなく、順当に目的地へと辿りついた。
「島、というからどんなところかと思っていましたけれど――随分と大きな所ですね」
そんな感想を漏らしたのは、僕の隣を歩く桐島さんだ。
楽しそうに、あちらこちらへと視線をやっては微笑んでいる。
拒絶、ないしはつまらない、なんてことも無さそうでほっとした。
更にその隣では、大輔さんと小夜子さん、修二さんも――
(……ん?)
待て、これはおかしい。非常におかしいぞ。
僕はどうして、あんなに必死になって本を漁り、岸姉妹を頼り、葵に元気を貰って、ここにいるのだろう。
とてもおかしな話ではないか。
そも、僕が受けた依頼の内容は何だ?
修二さんが言っていたな。つきましては、葵と共に、もう一度写真の場所へ、と。そしてその為に、あの写真に写っている場所がどこなのかを突き止めて欲しいと。
その口ぶりだと、当初の予定では、兄妹で行く筈ではなかったのだろうか。
しかしこうして、ご両親までついてきている。
写真の場所について尋ねたのが僕だった理由は、修二さんが桐島さんには尋ねられないからだった。
ではなぜ、尋ねられなかったのか。桐島さんが、家出をしている状況下にあるからだ。
そして家出をした理由は、両親及び修二さんとの仲違い。結果的には勘違いだった訳だけれど、当時真剣にそう思っていたのはもう分かっている。
それならと、僕は修二さんの依頼を請け、色んな力を借りて場所を突き止めた。突き止めて、仲直りして、元通りになったからこうしてご両親も同席している。
それが、おかしいのだ。
いくら幼少の頃の写真と言えども、その頃ご両親は良い大人だ。こんな珍しい場所、そうそう記憶から抜け落ちよう筈もない。
どうして修二さんは、ご両親に尋ねなかったのだろう。この写真の場所なんだけどさ、と、そう聞けば済んだ話ではなかろうか。
(何か……何かが気持ち悪い)
煮え切らない。
ここまで来てちゃんとした答えがないのは、居心地が悪い。
スマホを取り出し、要点だけを纏めたメモを残し、
「修二さん、ちょっとスマホの操作で分からないことがあって」
「あぁ、今そっちに――」
疑いなく従い、僕の少し離れた所から僕のほうへと寄って来た。
「ここなんですけれど……」
そう言って、自然な流れで画面を見せると、修二さんは少し目を見開いた。
何を見せられるのかも疑っていなかったらしい。
《ご両親への確認は不要でしたか?》
それだけ書いたスマホの画面。
修二さんは「あぁ、これはね」と演技を続けて文字を打ち込み始めた。
《穴がありましたか》
《穴しかない、が正解ですかね。今思えば、随分とおかしい》
《えぇ、たしかに。しかし、どうか堪えて。後からちゃんと、全部話しますから》
《理由は?》
《藍の前では、話しにくいことだからです》
ふむ。
また随分と都合的な話ではあるけれど。
「なるほど――ありがとうございます」
「いえ。また何かあれば」
そう言い残して、修二さんはまたご両親の隣へ。
すると、入れ替わるように桐島さんが顔を覗いて来た。
「何か?」
「いいえ。何の話をしていたのかな、と気になってなんかいません」
「それはもう宣言していますよ。別に何も、というのが僕の返答です。ちょっとスマホが誤作動を」
「田舎者さんでしたのもね、神前さんは」
そう、桐島さんは微笑んで流してくれた。
どうせ、分かっているくせに。
今の僕は、灰色の筈だから。
「さて、まずは如何いたしましょう?」
小夜子さんが明るく尋ねた。
その声に、皆が一斉に考え込む。
修二さんに見せて貰ったあの写真の場所は、ここから随分と遠い所にあるから後回しにするとして。
ではキーワードとして余っているのは、ウニだ。
丁度、少し前にその店も見える。
「ウニ――いいですね。そういえば、小腹も空いています」
「腹ごしらえとしようか」
「ですね。行きましょうか、皆さん」
ご両親が先行し、僕らは後から着いていく。
すると、前を歩いていた桐島さんが、少しペースを落としてまだ僕に並んだ。
「北海道は稚内よりこっち側、利尻、礼文に多く存在する、変わった“セミ”がいるそうですね」
「き、気付いていたんですか…!」
「神前さんは、あんな面倒な褒め方をする人ではありませんから」
「うぅ……一矢報いる機会はお預けですか」
「あら、そんなことは。反抗期を迎えた子どものようで、ちょっと楽しんでいましたから」
「なんて人だ……」
肩を落とす他ない。
そんな言い分に対しても、割と頭を使ったつもりだった挑戦状を、あっさりと躱されたことに対しても。
やはり、僕ではまだ全然届かない。
とはいえ、我ながら稚拙なものではあるのだけれど。
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